第12話 呪いをかけたのは誰だ
エルパンの森の集会所前で暴れていた2体の聖獣を撃退したムネタカ率いるパーティーは、この森の代表であり、彼の20年来の友人である聖獣ビリーに認められ、屋敷に案内される事となる。
ムネタカとシオンはつい先日にもここを訪れているが、ランドールは20年ぶり、キルメスに至っては人生初の聖獣お宅訪問。
20年を経過して更なる進化を見せていた巨大な屋敷に、ランドールとキルメスはひたすら圧倒されていた。
「すっげーな! 今日までたかが動物だと思っていたけど、こんなの人間に作れないよ。聖獣って、その気になれば人間を滅ぼせたんじゃないの?」
辺り一面に目を奪われるキルメスは、傭兵剣士として酒や賭博も経験しているが、まだ20歳になったばかり。
両種族の和解直後に生まれた彼はレナやアランと同世代と言える為、歴史教育以上の聖獣族の真実については何も知らない。
「聖獣族の大半は争いを好まない。居住地に押し入って鉱物を乱獲しようとした人間に抵抗せざるを得なかっただけで、人間を殺すまで報復したり、人間の居住地まで攻め込んで来たのは一部の奴等だけなんだ。それがマヤーミの森の聖獣さ」
ムネタカがキルメスに真実を伝える姿に、道行く聖獣族の民は神妙な面持ちで頷いている。
彼の話は、何もしなくても自然に聖獣族へと届いていたのだ。
前世から動物とのコミュニケーションや自然災害の予知能力があったムネタカだが、ここまでの能力は努力や才能で身につくものではない。
ヒューイット王国という「異世界」へ転生する瞬間に、それこそ先程の聖獣の様に、次元のトンネルを通過した者に与えられる特殊能力と言って良いだろう。
「こいつは初めて会った時から奴等と話せたし、魔法の腕も凄かった。俺も地球から移転して、取りあえず戦う仕事に就いたが、最初から難なく剣が使えたな。宿屋のマーカスも、奴等に足を喰われるまでは凄腕の剣士だった。次元のトンネルとやらを通過した者に、特殊な能力があった事は間違いねえな」
ランドールは自身と仲間の過去を例に挙げ、次元のトンネルを通過した者は人間や聖獣を問わず、特殊な能力を持つ様になる事への確信を深めていた。
「ヒューイット王国には、俺達と同じくらい戦える人間は殆どいなかった。デラップとミシェールはいたが、彼等はエリート中のエリートで、今のシオンみたいなもんだ。俺達が英雄と呼ばれるのは、別に素晴らしい人間だからじゃなく、他の奴等に出来ない事が出来たからなんだろう。結局なり手がいないから、20年後の今も同じ事をしている。姫様次第で、しなくてもいい仕事だったはずだけどな……」
【……ムネタカの言う通りだ。皆さん、先程はありがとう】
書斎に到着したパーティーを直々に出迎えたビリーの姿は、見た目こそ確かに聖獣族ではあるものの、敵意の様なものは一切感じさせていない。
「……これ、縫いぐるみの中に人が入っている訳じゃないんだよね?」
その紳士然とした佇まいに衝撃を受けたキルメスは、レナをいじるのと同レベルで失礼にもビリーの耳や尻尾を触っていた。
「ビリー、悪い話ってのは一体何だ?」
早速本題に斬り込むムネタカ。
パーティーの他のメンバーは結局彼の通訳待ちである為、初めての事ばかりで椅子の上に硬直しているキルメスを除いて、皆思い思いの行動で時間を潰している。
聖獣族に対してそれ程好意的ではないランドールは、近くの清流から引いて来たと思われる流水をガブ飲みして戦いの疲れを癒し、シオンは人間の文字を学んでいるビリーの娘、ジニーと簡単なコミュニケーションを図っていた。
【……レナ姫はジョーラの森に忍び込み、現地の子どもに危害を加えてしまった。だから当然、彼女に獣化の呪いをかけたのはジョーラの森に住む聖獣だと思っていたんだ。もっとも、獣化の呪いは誰にでもかけられるものではない。具体的には、ジョーラの代表であるコリー以外には考えられなかった。だが……】
「……まさか、違うのか!?」
驚愕の事実を知らされ、ムネタカは思わず椅子から立ち上がる。
獣化の呪いをかけた本人から許しを得る事が出来なければ、そもそもレナの呪いは解けないのである。
【例の子どもが遊んでいた場所には、時折マヤーミの聖獣も姿を現していた。その為コリーは子どもの親に注意を喚起し、事件が起きた後も人間の仕業か、マヤーミの聖獣の仕業かについて詳細を調べていたらしい。レナ姫の仕業だと分かり、抗議行動を取ろうとした時には、もう彼女に呪いがかけられていた後だった】
「……何てこった……! マヤーミの奴等に現場を見られ、姫様が人質に取られた形になるのか……!」
机に顔を伏せ、握り拳を叩きつけて激しく悔しがるムネタカ。
その姿を目の当たりにし、慌ててパーティーメンバーも彼に駆け寄ってきた。
「ムネタカ様、一体何が……!?」
シオンからの問いかけに、暫く返す言葉を探していたムネタカだったが、希望のある返事は出来そうにない。
「……残念だが、穏便な解決はもう無理だ。姫様に呪いをかけたのは、ジョーラの森の代表じゃなかったんだ。恐らく、マヤーミの代表イジーと戦わなければ……!」
「イジーだと!?」
強面の豪傑剣士ランドールも表情を硬直させる、聖獣族屈指の荒くれ者イジー。
マヤーミの森の聖獣族を率いてビリーの家族を襲い、マーカスの右足を喰いちぎって彼を剣士引退にまで追い込み、最後まで和解を受け入れなかった事で一時は同族からも追放されていた彼は20年後、遂にマヤーミの森の代表にまで返り咲いていた。
「そう簡単に大人しくなる奴だとは思っていなかったが、厄介だな……。シオン、王国に頼んでデラップとミシェールを復帰させる事は出来ないのか!?」
シオンもキルメスも、先程の戦いで実力は証明した。
だが、ランドールは現在のパーティーだけではイジーに勝てないと踏んでいる。
「……おふたりには学校の仕事とお子様の都合がありますが、相手がそこまでの存在であるならばもう一度打診してみます!」
王国にとって最優先すべきは、とにもかくにもレナを元の姿に戻す事。
シオンはパーティーの一員である以前に、レナのお目付け役であり、王宮のスタッフである。
躊躇している時間はない。
【ムネタカ、俺達は勿論だが、ジョーラの森に住む聖獣もイジーは警戒している。コリーがレナ姫の事を含めてお前と話をしたがっているんだが、俺と一緒にジョーラに来てくれないか?】
「……ああ、いいぜ。ジョーラの連中も仲間に出来れば最高だしな」
ムネタカはビリーからの要請をふたつ返事で了承し、午後からは揃ってジョーラの森へと向かう事となった。
「みんな、俺はこれからビリーとジョーラの森に行ってくる。一足先に宿に帰っててくれ。ランドール、帰り道にも何かあるかも知れない。シオンとキルメスを頼むぞ。それから……マーカスにはイジーの事を話さないでくれ。無理して恨みを晴らしに来ると危険だからな!」
「……ああ、任せな!」
マーカスの執念深い性格を思い出したランドールは苦笑いを浮かべ、シオンとキルメスの肩に手をかけて帰り道を先導する。
【ムネタカ、ジョーラには俺の魔法で高速移動するぞ。20年ぶりの体力測定だと思え】
「おいおいビリー、飛ばされる側の身にもなってみろよ!」
ビリーは何処かで聞いた事のある台詞を口にするムネタカを尻尾で小突き、両者は20年ぶりに互いの魔力を集中させていた。




