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第11話 パーティー初陣! エルパンの森を守れ


 レナがダランの街でいちから信用を獲得し始め、アランも神官見習いを卒業した事により、国王から王国民へ向け、この度の騒動の全容が正式に発表される。


 レナとアランの軽率な行動を戒めるとともに、国王夫妻を始めとする王宮関係者が謝罪。

 加えて聖獣族との和平路線の維持と、唯一聖獣族と話の出来るムネタカを代表とする「和平維持パーティー」への、王国を挙げてのサポート体制が呼びかけられた。


 ランドールとキルメスは満を持してマーカスの宿に合流し、レナにはダランの役人による朝夕の送迎がつく。


 実に20年ぶりの「対聖獣族国家プロジェクト」が、今まさに動き出そうとしていた。


 

 「すげ〜! こんな深い森なのに涼しいなんて!」


 黙っていればイケメンな天然剣士、キルメス。

 彼は自身の生まれ故郷である南部の街、テキスでは見られない冷やかな空気の森に衝撃を受けている。

 

 漁師である父親を水害で失い、母親の為に学校を中退して傭兵剣士になった、そのキャラクターからは想像のつかない苦労人である彼。

 

 如何に才能があろうとも、経済的に困窮している者が剣術学校や魔法学校に通うには、針の穴程の奨学制度を通過しなければならず、選考期間を待てずに始めた傭兵剣士を生業とし、名も知れぬまま殉職する者も多い。

 ヒューイット王国に於いて、農業や漁業以外で生計以上の成功を手にする事がどれ程厳しい道であるかを物語る一例だ。


 「もうすぐエルパンの森だ。ビリー達の警戒の合図としてこれから霧が濃くなるが、それを理解している他の地域の聖獣族が霧に紛れているかも知れない。臨戦態勢だけは取っておけよ」


 ムネタカの指示に、改めて緊張を走らせるパーティー。

 

 先日この森を訪れた時との違いは、マヤーミの森の聖獣族がエルパンの森でも暴れているという情報を掴んでいる事。

 パーティーは前列中央下がり目にムネタカ、前列前目の左にキルメス、右にランドール、後列中央にシオンを配した、アルファベットに例えるとY字型の布陣を取る。


 「……ムネタカ様! この霧……?」


 先日森に訪れた時とは明らかに異なる、赤色の霧が森一面に立ち込める。

 シオンの大声に煽られたムネタカは精神を統一させ、ビリーとテレパシーの疎通を試みた。


 「ビリー! 近くに来ている、聞こえるか!?」


 【……タカ、気をつけろ!……奴等……屋敷の……こじ開けようと……!】


 何者かにテレパシーを妨害されているのか、ビリーの声は途切れ途切れにしかムネタカに届かない。

 

 「奴等」とは、恐らく間違いない。

 マヤーミの聖獣族だ。


 「マヤーミの聖獣だ! 準備しろ! 俺が霧を吹き飛ばす!」


 「おう!」


 ムネタカの合図に大声で応える余裕があったのは、百戦錬磨のランドールだけ。

 初陣の緊張感を理解しているムネタカは努めて冷静な表情をシオンとキルメスに見せてから、自らの額に指をあて魔法の暗唱に入る。


 ムネタカの脳裏に蘇る記憶……前世の苦しみ、悲しみ、20年前の栄光と失望、それら全てが走馬灯の様に彼を包み込む一瞬の儀式。


 それこそが、ムネタカに与えられた魔導士の証。


 「炎滴……霧散!」


 ムネタカの両手から発せられた熱波は、みるみるうちに霧を蒸発させ、目前の視界を晴らしていく。

 

 風の魔法で霧を吹き飛ばす事も出来るが、それでは景色の急変に人間の視力は追いつけず、更に風圧で陣形崩壊の可能性もある。

 後列から戦況を見渡せるシオンは、ムネタカの冷静な選択を目の当たりにし、やがて自身も徐々に冷静さを取り戻していた。


 「……来るぞ! 奴等が次元のトンネルとやらでどれだけ進化したかは分からない。キルメス! まずはガードを固めろ!」


 「……分かった!」


 霧の向こうに微かに見えた、2本足で立っている獣の姿。どうやら2体いる様子。

 外見は豹に似たネコ科の獣に近く、ビリーやジニーと余り違いは無いものの、その毛並みは発する霧に近い赤色で、どちからと言えば毛皮より甲羅の様な質感である。


 「ガアアァァッ……!」


 パーティーの姿を確認し、挨拶代わりと言わんばかりの突進を仕掛けるマヤーミの聖獣。

 グレイベアとの手合わせで獣の全開パワーは経験済みのキルメスだが、野性動物とは比較にならない初速のスピードに、相手の表情を読み取る作業は早々に放棄した。


 「……くっ!」


 ランドールが認めた若手屈指の実力派剣士、キルメスが構えた剣ごと押し込まれるパワー。

 目立った武器は両手の爪と鋭い牙だけだが、どれだけ知性が進化してもガードという概念を持たない誇り高き獣、それが聖獣族。


 「20年前より速くなってやがるな……いや、俺が歳を取っただけか!」


 少々自嘲気味な表情でガードを固めるランドールは、それでも聖獣対策にはアドバンテージを有している。

 経験の足りないキルメスとは異なり、相手の突進を真正面からではなく左半身で受け流し、意識的に衝撃の反動から間合いを作り出した。


 「……喰らえ!」


 クリーンヒットを確信したランドールは大きく剣を振りかぶり、渾身の力を込めて目前の聖獣に斬りかかる。


 「ヒョオオッ……!」


 だがその瞬間、身の危険を察知した聖獣は横ではなく、真後ろに勢い良く後退した。

 まさに突進したその距離の分、まるで測ったかの様な俊足による直線だ。


 「……何だと!?」


 ネコ科の獣が背後も確認する事もなく、長い距離を高速後退する事はあり得ない。

 自慢の一撃が空振りに終ったランドールも、衝撃の余り戸惑いを隠せずにいる。


 「ランドール! まだ追うなよ!……風神鋭化!」


 ムネタカはランドールを引き留め、未だ聖獣に押されていたキルメスの援護に回る。

 風の魔法を細く鋭い針に成型し、相手の目や耳などのバランス器官を狙い撃ちする攻撃魔法が放たれた。


 「キイイィー!」


 ムネタカの風神鋭化は聖獣の鼻先を掠め、タッチの差で退却する相手は全く同じ行動パターンにより高速後退する。

 これは彼等に共通の特徴なのだろうか。


 「……どういう事? 獣というより、まるで虫みたい!」


 シオンのその言葉に反応したのは、意外にも聖獣の知識を持たないキルメスだった。


 「……この動き、スピード、毛並みの色と質感……。こいつら甲殻類を取り込んでいるのかも知れない!」


 「何だぁ? キルメス、こいつらエビやカニと同じって事か?」


 戦闘中でもあり、キルメスの推理を話し半分に聞き流すランドール。

 だが、ビリーの言う様に彼等が自らの進化を確認する為に、敢えて同族のテリトリーで暴れているのであれば、その推理はあながち間違いでもないだろう。


 「おやっさん、漁師の息子舐めんなよ! シオンさん、援護頼みます!」


 「……え? は、はい!」


 キルメスは持論に自信があるのか、シオンの後方支援を要請しただけで、その長髪をなびかせて恐れも抱かず飛び出していく。


 「おりゃあぁ!」


 キルメスの突進に、聖獣はまるで自分の意思に反しているかの如く後退し、相手が動きを止めると再び加速して距離を詰めて来た。


 「……危ない! 砂塵防壁!」


 後方支援として土属性の防御魔法を選択するシオン。

 彼女の高い集中力が土の壁を掘り起こし、中から吹き出した砂がキルメスの前に流れる壁を構築する。


 「……思った通りだ。エビはプレッシャーを受けると後ろに逃げる。つまり、奴等の背後からプレッシャーをかければ、そのまま背中を向けてこっちに突進するんだよ! ムネタカさん、おやっさんを奴等の背後にまで飛ばせるかい?」


 「……おいキルメス、何言ってんだ!? 飛ばされる側の身にもなってみろ!」


 キルメスの奇想天外な発想に、思わず脂汗をかいて狼狽するランドール。

 だが、そのやり取りに笑いが止まらないムネタカは嬉々として魔力を集中させ、ランドールの巨体を聖獣の背後に送り込むべく、空気の対流を含んだ球状の風を巻き起こした。


 「安心しろランドール! 痛みも酸欠もなく、直立姿勢のまま届けてやる! 球圧……暴風波!」


 ムネタカの掌にまとめられた球状の風は瞬く間にランドールの全身を封じ込め、そのまま真っ直ぐに大地を突っ走る。


 「ぬおおぉぉっ……!」


 確かに痛みも酸欠も感じない高速移動だが、ランドールの身体にかかる圧力はかなりのもの。

 並の剣士であれば、ムネタカもここまで無茶をさせる事はないだろう。


 「どわっ……!」


 後退した聖獣より更に後方へと飛ばされたランドール。

 その顔にはキルメスとムネタカへの怒りが、ありありと浮かんでいた。


 「てめえら覚えとけよ! ……ところでムネタカ、奴等の心は読めてるのか? ここまできて仲良く解散ってのは無しだぜ!」


 ランドールに罵倒され、ようやく聖獣の目標に意識をシフトしたムネタカ。

 

 だが、彼等からは何も感じない。

 聖獣族の知性と脳を以てすれば、意志の疎通が出来ないなどという事はあり得ないはずだが……。


 「……ダメだ、全く反応がない! 何者かに操られているのか……?」


 「時間がない! ムネタカさん、倒しちまうなら今だよ!」


 余計な殺生により、両種族の関係を悪化させたくないのは、キルメスやランドールとて同じだろう。


 だが、この戦いは聖獣族から仕掛けてきたもの。


 意志疎通の出来ない状況での無責任な博愛主義は、思わぬ事態を引き起こしかねず称賛には値しない。

 ムネタカはパーティーのリーダーとして、苦渋の決断を迫られていた。


 「……よし、ケリを着けるぞ! ランドール! 俺もキルメスと一緒に奴等を追い詰める! 時間差で2体、いけるか?」


 「バカ野郎! いくしかねえだろ!」


 一瞬の勝負を賭けたやり取りの最中から聖獣へプレッシャーをかけに飛び出して行く、キルメスとムネタカ。

 

 シオンは後方から防御魔法をサポートし、ランドールはキルメスの足の速さから、そちら側の聖獣が一瞬速くこちらに到達する事を読み切っていた。


 「キイイィー!」


 キルメスとムネタカの圧力に屈した聖獣は、習性に操られる様に背後へと高速後退する。


 そしてそこには、剣を構えたランドールの姿。


 「どおおぉりゃああぁっ……!」


 一心不乱に剣を引き絞り、斧で大木を斬り倒すかの様な豪快なスウィングで聖獣の1体を胴体から真っぷたつに分割するランドール。

 そして間髪入れず、続いて背中から体当たりする格好となった、もう1体の聖獣の背中に剣を突き刺す。


 「……グオオォッ……」


 その瞬間を直視出来ず、一度は視線を逸らしたシオンだったが、自らがその一端を担った現実から逃げまいと、強引に目を見開き、2体の聖獣の断末魔をその目と耳に焼き付けた。



 【……ムネタカ、ありがとう。よくやってくれた。だが、悪い話がある。すぐに屋敷に来てくれ!】


 戦いを終えた静寂を打ち破る、ビリーの声。

 それを耳にしたムネタカは、黙ってパーティーのメンバーの姿を振り返り、小さく頷く。


 初陣勝利の余韻も程々に、一同はエルパンの森に正式に招かれたのだ。

 


 

 

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