第10話 シオンの秘密
ムネタカ、シオン、ランドール、キルメスの4名により、新たに結成されたパーティー。
彼等はエルパンの森で待つムネタカの旧友である聖獣、ビリーの元に行くタイミングを敢えて遅らせ、数日間パーティーとしての基礎鍛練を積む事となる。
まずは、聖獣と戦った経験の無いシオンとキルメスに聖獣の特徴を教え、続いて剣士と魔導士の位置関係、とりわけ魔法による後方支援に巻き込まれないポジショニングを徹底させる為の、演習型の実践訓練に力を入れた。
目的を達成する為に、農家からの野性動物トラブル解決依頼だけではなく、時には人気のない山の奥地に入り、王国の野性動物としては最強のグレイベアとの立ち回りも経験する。
またその際、人間のわがままで傷つけてしまった野性動物にはシオンが回復魔法を施し、やがてパーティーメンバー各自の役割分担が明確になっていった。
一方、ハミンの店でアルバイトを続けるレナは、ハミンの娘マリンと交流を深めた事で徐々に仕事にも慣れ、子どものファンが増えた事もあり、王女としてのプライドや虚飾とは無縁な彼女本来の良さを、徐々に発揮出来る様になっていく。
しかしながら当然、獣化の影響で堪忍袋の緒が切れるとハミンとバトルする光景は相変わらず名物となっており、最近は一撃でハミンに敗れる事は少なくなってきていた。
私生活では、年齢の近いレナとキルメスの距離が近づいており、王女にも臆せず意見するキルメスには、優し過ぎる印象も否めないアランとはまた違う魅力を感じている様子が窺える。
そんな2人を眺めながらムネタカは、アランがこの場にいなくて正解である事と、仕事に打ち込んでいる現在のアランの努力が必ず報われる日が来る事を確信する。
キルメスは出世欲を隠さないタイプではあるが、王宮の様な狭い世界に収まるスケールの男ではないのだ。
「姫様は最近、お風呂でも明るい話が増えました。ハミンさんへの文句は相変わらずあるみたいですけどね」
レナがアルバイトの疲れで眠りこけた夜、シオンとムネタカは2人きりの時間を過ごしていた。
明日はいよいよ、ビリーとパーティーの面会である。
「そいつは良かった。まだ何も進んじゃいないが、今の姫様もある意味、幸せに見えるな。シオンやハミンのお陰だよ」
ムネタカはシオンやハミンの尽力に対し、素直に感謝の言葉を述べた。
思えば、出会ったばかりの頃はシオンをあんた呼ばわりしていたムネタカも、今ではちゃんと名前で呼ぶ様になっている。
魔導士を目指す上で、自らが聖典として肌身離さず持っていたテキストの著者から認められた喜びは勿論だが、ムネタカとともに行動する事で、シオンは王都にいるだけでは分からなかった王国民や野性動物、聖獣族の真実も知ったのだ。
シオンにとって、ムネタカはまさに人生の師となりつつある。
「……姫様を元に戻す事が出来たら、ムネタカ様はこれからどうなさるおつもりですか?」
シオンは、自分でも随分先の事を話していると自嘲したものの、この質問を止める事は出来なかった。
「……え? どうするって……? そうだな、また今までと同じ生活に戻るだけさ。でも、ホリフィールドの家族の為の時間は作らないとダメだし、姫様の代わりに、たまにはハミンの店を手伝わないと追い出されちまうかもな」
シオンからの質問に一瞬戸惑ったものの、周囲からの目を特に気にしないムネタカは、再び隠居生活に戻る事に罪悪感は抱いていない。
「……魔法学校は、やがて教員の世代交代が急務となります。常勤とまでは行かなくても、客員としてムネタカ様が来ていただけると助かるのですが……」
シオンは王宮専属の魔導士として働いているが、時間に余裕のある時は魔法学校の客員講師を勤めている。
彼女から見て、ムネタカには講師としての適性があると判断したのだろう。
「姫様が独り立ちすれば、王宮専属魔導士も世代交代するんだろ? そうすればシオンは魔法学校の常勤になれるし、谷間の世代にはミシェールもいる。俺みたいなのが行く必要はないんじゃないのか?」
20年前の「伝説の英雄」のひとりであるミシェールは、人当たりの良いムードメーカーとしてパーティーを支え、同僚のデラップと結婚して2児の母親となった今も、魔法学校に尽力している。
優秀な人材は残っているし、既にテキストを書き残している自身の役割は、これから台頭してくる向上心のある若手講師で十分に埋まる……ムネタカはそう考えていた。
彼の意見に納得する素振りを見せながらも、シオンはやがて目を伏せ、静かに自らを語り始める。
「……私の母親は、まだムネタカ様より少し歳上なだけなのですが、去年脳の病気で左足が麻痺してしまったんです。私がいくら王国屈指の魔導士と呼ばれていて、回復魔法で身体の傷は治せても、脳の病気を治す事は出来ません。本音を言うと、私は母親の側にいる時間がもう少し欲しいんです……」
シオンからの突然の告白に、その場で凍りついてしまうムネタカ。
王都の中流家庭に育った彼女が、そんな苦労を経験していたとは夢にも思っていなかったのだ。
「……まだ若いのに、歩行に杖が必要になってしまった事で、母親が他人との関わりを避けようとするんです。私は母親を社会に関わらせたいと思いますので、いずれは仕事を変えたいと考えています。ですからムネタカ様には、何らかの仕事で王都に戻って来て欲しいのですが……」
夜の静寂に、両者の沈黙が拍車をかける。
シオンは戦いを前にした今、うっかりこの話をしてしまった事を後悔した。
だが、それば裏を返せば王都を離れ、ムネタカやランドール、更にはハミンやジェフリーといった人生の先輩に囲まれた事で、王宮では得られないゆとり、或いは若い自分が皆を牽引しなくても良い、という安心感の様なものを得たからこその言動であるとも言えた。
「……そうだよな。俺は前世から、いつでも大人としては失格だったよ。心の傷を、困難から逃げる言い訳にしていたかも知れない……。でも、この戦いが終わるまでには逃げずに何か答えを出したい。シオンや姫様に、そしてアランやキルメスの世代に何かを伝える為に……」
シオンの母親と自らの共通点を感じ取ったムネタカは、自身の胸の内に隠していた決意をシオンに打ち明ける。
自分の未来の選択の為に、互いが互いを必要としていた事に気づいたシオンとムネタカは、やがてどちらからともなく手を握り、好意とも敬意ともつかない抱擁を交わしていた。




