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プロローグ 〜 姫様ご変身 〜


 「シオン様! 大変です! シオン様!」


 王宮内に響き渡る、悲鳴にも似た叫び声。

 

 あり得ない程に制服を振り乱しながら、ふたりのメイドは一心不乱に通路を駆け回る。


 「マリオン、一体どうしたのです!?」


 魔法学校の客演講義に備えていた、ヒューイット王国一の魔導士、シオン・ヴァイグルは、自身が全幅の信頼を置く王宮のメイド長、マリオンの狼狽ぶりに驚きを隠せない。


 「……シ、シオン様、姫様が……」


 通路に飛び出したシオンの姿を確認し、その安堵感から床に膝を着いて息を切らずもうひとりのメイド、ブラウニーが、どうにかして現状を伝えようと言葉を絞り出した。


 「……姫様がまた、何かやらかしたのですか?」


 王国のわがままプリンセス、レナに振り回される事にすっかり慣らされてしまったシオンは眉間にしわを寄せ、メイド達を憐れむ様な視線を投げ掛ける。


 「……い、いえ……違います! レナ様が、レナ様が……恐ろしい獣に変わってしまったのです! もはや人間の面影すらなく、言葉も通じませんので、私達にはどうする事も出来ません! 寝室の鍵が壊される前に、シオン様の魔法で何とかしていただきたいのです!」


 メイド長のマリオンはこの道10年以上のベテランではあるが、元来魔法学校を優秀な成績で卒業しており、不審者のひとりやふたりは軽々と撃退出来る実力の持ち主。

 その彼女がここまで打つ手が無くなるという事態を重く見たシオンは、着の身着のままで現場へと急行した。


 「ガアアァッ……!」


 レナの寝室から聞こえてくる、野獣の様な咆哮(ほうこう)

 かつて王国の民と争いを繰り広げた「聖獣族」の存在を、3人は微かに覚えてはいるものの、普段の彼等はここまで声を荒げる事のない、高い知性を持った獣であると聞いている。


 「……姫様! はああっ……!」


 シオンは両手を大きく広げてメイド達を制止し、高めた魔力で寝室の鍵を遠隔解除した。


 「……な、何なの? これは……」


 目の前に広がる光景。

 そこには、強靭な腕力、脚力により叩き壊されたと思われるベッドやテーブル、椅子の残骸が散乱し、中央に立ちはだかる直立姿勢の獣は王国の民を遥かに凌駕する体格。

 

 しなやかな猫科の動物を思わせる風貌ではあるが、大きく見開かれた瞳は真っ赤に燃え上がり、獰猛(どうもう)な牙の隙間から(したた)り落ちる唾液が、黄色と黒で構成された縞模様の毛皮以上の威圧感を与えている。


 「……恐らく、獣化の呪い……。マリオン、本当にこの獣が姫様なのですね?」


 覚悟にも似た表情を強張らせ、シオンは腰を抜かして床に座り込んでしまったマリオンに確認を呼び掛けるも、メイド長は大きく頷くだけで、既に声を出せる状態ではなかった。


 「グオッ……」


 シオンを認識し、彼女に向けて進路を切る獣。

 この獣がレナ姫であるならば、幼い頃から姉妹同然に育ったシオンに手を上げるまでに我を失うには、暫しの猶予があるはず。


 「…………」


 偉大なる大地に祈りを捧げ、魔法の暗唱を進めるシオン。

 

 この魔法は瞬発性の攻撃魔法や回復魔法ではない。

 効果が切れるまで、一定の持続性を求める魔法には、大自然との対話が必要なのだ。


 「獣化……粉砕!」


 正面に突き出されたシオンの両手から放たれる蒼白い光が、瞬く間に獣を包み込む。

 獣は光に戸惑い、時折叫び声を上げながらもやがてうずくまり、徐々にその野性の鎧を浄化させていく。


 「……シオン様、姫様が……!」


 うずくまる獣のシルエットが徐々に人間に近付き、柔肌も露なレナ本人の身体を確認したブラウニーが、安堵の声を漏らす。


 パアアアァァン……


 突然、耳をつんざく破裂音とともに風圧が3人を襲い、体勢を崩したシオンも床に背中を叩き付けた。


 「……すいた……」


 獣の体毛と寝室の埃が混じり合う煙の中、聞き慣れた声を耳にしたシオンは即座に立ち上がり、煙の向こうのレナに駆け寄る。


 「おなかすいた! お昼がこんな量じゃ足りな〜い!」


 あられもない自身の姿を全く気にする素振りも見せず、無邪気に空腹を訴えるその女性は、見た目こそ王女のレナそのものであったが、シオンやメイド達がよく知っている、斜に構えたわがままさを持つ彼女とはまるで別人だった。


 「……うみゃっ!」


 煙が完全に晴れたその瞬間、妙な声を上げるレナの全身を衝撃が襲い、その反動か、彼女の身体から獣の耳、肉球、尻尾が姿を現す。

 

 「あれ?……シオン……マリオン……ブラウニー。あたし、どうしちゃったの?」


 今のレナは、耳、肉球、尻尾を除けば、背中に若干の体毛が生えただけの、8割方人間の姿。

 しかし、王国一の魔導士であるシオンの魔法を以てしても、この強力な呪いを完全に粉砕する事は出来なかった。


 「ブラウニー、レナ様に服を! 何があるか分からないから、妊婦用のゆったりした衣装を用意して!」


 「は、はい!」


 冷静さを取り戻したマリオンは、メイド長らしい的確な判断でレナの現状改善に努める。


 (……どういう事なの? 私の魔法でも取り除けない呪いなんて……。これは私達や国王様だけでは解決出来ない。聖獣族を良く知る、伝説の英雄の力が必要だわ……)


 更なる食糧を求めて、まだ爪も伸びていない幼い肉球でマリオンの脚にじゃれつくレナの姿を横目に、未だ事態の把握に精一杯で、一時的に自信を喪失したシオンは途方に暮れていた。

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