010 このみの憂鬱
あの後、残された私達は喧嘩になった。
と、いうか。貴族みたいな鞭使いと露出度の高い斧使いが一方的に喧嘩を売ってきたのだ。
今この学園では、望と華が絶大な人気を誇っている。
では、望と華が来るまでそのポディションに居たのは誰だろう?
それが、鞭使いと斧使いだった訳だ__
ああ、くだらない。
「クタクタだから、帰っても大丈夫?」
華は口喧嘩に夢中だが、あとの四人はゲッソリした顔で「帰ろう」とだけ口にした。
奪った武器を地面に置いたら、外に止まっている車に学校まで送って貰う。
「今日は特別に家までお送りしますから、荷物を持って来て下さい」
教室に向かうと荷物を取り、車に向かった。
寮に戻ると、ベッドで横になり回復をする。
帰りの車の中でも寝ていたから大分楽にはなったが、魔力はほぼ尽きた状態だ。
ノックする音が聞こえ、ドアを開けると思い詰めた表情のこのみが立っている。
「今、大丈夫でしょうか? 相談があるの……」
「大丈夫だよ」
そう返事すると、唇を噛み締めたまま涙を流すこのみを部屋に入れた。
ポットで紅茶を沸かし出す。
一口だけカップに口を付けたこのみが、桜色の小さな唇を開く。
「私は回復だから回復だけしていればいいと思っていたのです……
でも、このままじゃただのお荷物になってしまうの……」
今も悩んで居るから分かる。
自分だけ置いていかれるのは、辛い__
「今のままじゃ私が確実に狙われてしまうのです……皆に守られてばかりじゃ、苦しいの……」
「分かるよ……」
「えっ!?」
「だって、私なんて魔法すらろくに使えないんだもん」
「……辛くないのですか?」
「辛いかな!」
無理矢理に笑みを浮かべてみたが、ヤバイ……。泣きそうだ。
「なら、私と一緒に特訓をしませんか?」
特訓。
良い方法が有るのなら、少しでも皆に迷惑を掛けないようになりたい。
「特訓って、何をするのかな!?」
「私が思うにですが……」
真剣な表情のこのみ。
これは、凄まじく良い案が有るのかも知れない。
ゴクリと唾を飲み込み、耳を澄ませ、頷いた。
「私は身体を鍛えたり反射神経を鍛えなきゃ、駄目な訳なのです」
「ふむふむ」
確かに、老女がそんな事を言っていた気がする。
「逆にですね、魔力を上げるには想像力だと睨んでいるのです!」
「えっ、想像力?」
驚くが、一理あるような気がする。
「そうです。想像力なの! という事で、お待ち下さいなの!!」
「は、はい……」
バタバタとしながら、部屋から出て行ったこのみ。
部屋に帰って来たと思ったら、重そうなビニール製の袋をぶら下げている。
袋から出て来た物は私が大っ嫌いな物だ。
「そ、それは!!」
「毎日、これと戯れるの。そしたら、七瀬。貴方の魔法にアイデアが溢れる事に間違いないの!」
「嫌。それを近付けないで!」
「七瀬ー。これは、怖い物じゃないのですー!」
ヤバイ。
意識を失いそう。
なのに、それを顔に近付けて来るこのみ。
もう駄目……
「起きろなのー!!」
意識を失いかけた瞬間、このみのこちょこちょ攻撃によって目を覚ます。
このみが手にしている悪魔は本。
私は本を見ると眠くなる特殊体質なのだ。
「……本を見ると寝ちゃう人が本当に存在して、びっくりなの!!」
「眠くならない?」
「わくわくするの!」
「文字の配列が気持ち悪くて。だって、ほら。文字、文字、文字!!」
「ちょっと、待ってくださいなの!」
そう言って、またもや何処かに行ってしまったこのみ。
きっと、部屋に本を取りに行ったのだろう。
本は嫌い。
でも、皆に迷惑が掛からなくなるのなら読んでみよう。
本を手に取り、数秒後意識を失った。
「起きろなのー!」
今、現在このみが悪魔のようなキャラで有る事を味わっている。
二度目のくすぐりの刑だ。
躊躇無くくすぐってくるのは、私に対して心を開いてくれているのだろうか。
そうだとしたら、悪くない。
「七瀬の為に、読みやすい本を持って来たの!」
そう言った、このみの両手に有るのは漫画本の表紙みたいな小説。
「これは、女性に人気な携帯小説なの! 主に恋愛が多いけど様々なジャンルがあるのです! だから、まず小説を好きになって欲しいとか思ったりするのです!」
このみが私の事を考えてくれている。
何より、強くなれる可能性が有るなら何でも挑戦したい!
「読むよ!」
「さすが、七瀬なの!」
「どんな本が有るのかなぁー?」
「私が最近見た本はこれなの!! 魔法少女の話なの!!」
「どれどれ……」
恐る恐る中身を開いてみると、可愛らしいイラストが付いているし、文字数が少なくて読みやすい。
何より、このみか私の事を考えてくれている事が有難い。
「ありがとう! このみ大好き!!」
「わ、私もなの!! 今まで、ひとりぼっちだったのに魔法少女になれてよかったの!!」
このみは女の子に嫌われちゃう所が有る。
気を許せる友達は今まで、いなかったのだろう。
しかし、最近はいっぱい笑うようになったし冗談も言うようになった。
「私も、魔法少女になれて良かった! ほら、私って良い所何もないから……」
このみがキョトンとした顔で覗き込む。
「七瀬の良い所は頑張り屋さんな所なの!! 努力は何よりも成果を出してくれるはずなのです!!」
「そっ、そうかな?」
「それに、人見知りしないで友達をいっぱい作れる所も素敵なの! きっとね……」
「ん!?」
「自分の良い所に気付いてないだけなのです!!」
可愛らしい顔で笑ったこのみが口を開く。
「皆、良い所はあるので、自信を持つべきなの!」
なんて、クルクル回りながら力説を始める。
ちょっとだけ心が楽になった気がした。




