第2章 唐揚げと玉子焼き
燐は8歳の時に父親に母親を殺されてから無口で笑わない孤独な少女になった。
私と初めて会ってから3年ーー。
父親は刑務所に入り、問題行動ばかり起こし、今も尚、服役中だ。親戚は皆、燐に冷たかった。居場所を無くした燐は自ら路地裏生活を選択していた。
殺人鬼の娘は誰にも愛されない。
食べ物ぐらいは与えられたかもしれないが、燐は死んだ母親か私の作った料理だけを欲し、それ以外の食べ物を頑固として受け付けなかった。結果、ホームレスとなってからチンピラに足をへし折られた。
その時の光景に私はゾクゾクとする快感を覚える。
私は見ているだけだった。
ハゲとモヤシと頭のイッている感のゴツイ目の位置がジグザグな男が燐に絡む。
「このチビ、俺達を怖がらないぜ」
赤い髪のモヤシがGと黒文字のゴシック体で書かれた白いTシャツの脇を乱暴に掻く。脇元にジットリと汗が滲んでいる。
ハゲは何が面白いのか笑い転げていた。
「犯っちまうか」
おかしな顔面の男が、オムライスにマヨネーズをかけて何故マヨネーズにしたのか聞かれた時のように何食わぬ顔で言った。
ハゲの笑いが止まる。
「えー。こんなガキを?どうせならボインじゃねえと」
少しの間を置いて顔面崩壊野郎が燐の胸に触り、舌打ちする。
「最近のガキは早熟って決まりねえのかよ」
突如いきなり、顔面男がキレ出した。燐の頬に強烈なワン・ツーパンチを繰り出す。
それでも燐は無表情だった。口を切ったのかか細い唇から血を滴らせる。
父親も母親も大好きな娘だったのだ。私には人の記憶を盗み見る力がある。しかし、感情移入のし過ぎは禁物だ。人間は悪魔にとっても脅威的である。何も核ミサイルだけが怖い訳ではない。下手な冗談だ。
顔面男が燐の長い栗色の髪の毛を鷲掴みにし、赤いスプレーで『俺最強』と書かれた壁に頭を叩き付けた。
「バカにしてんの」
そのまま左手で燐の頭を鷲掴みし、右手で燐の左脚の付け根を一気にへし折る。ゴキっと嫌な音が路地裏で鳴り響いた。
私はエクスタシーに溺れる。
燐は無言かつ無表情で泣いていた。悲鳴の一つも上げなかった。
ニヤニヤ笑いが止まらないまま、私は舞台に上がる。
「この女、その程度では表情は変えねえ。出直せ」
今まで口をポカーンと空けて成り行きを見守っていたモヤシがイキリ立った。
「何処から来た?お前、ぶっ殺されてえのか」
「俺をぶっ殺す?ハハ。下手な冗談だ」
私の挑発に乗ってモヤシが何か喚きながら、私に突っかかって来た。
人間探知能力を作動させる。大丈夫だ。周囲に関係者以外誰もいない。
軽くお遊びし、穢れた。
「こいつ、人間じゃねえ!!!」
顔面達が怖気付き、後退しながら、大急ぎで逃げ出す。余りもの負け犬らしさにふと笑ってしまった。
燐が私を不思議そうに見ている。何か言おうとして、また呼吸だけが空回りしていた。ようやく、言葉にする。
「ど…し……どう…し…て」
私は舌のアイアンクロスのピアスを弄りながら冷たく微笑んだ。夕暮れの光の影が私を溶かすように路地裏で浮かんだ。
「忘れたのか?俺は夜桜骸。お前のシェフだ」
「夜桜…むく…ろ」
少女の顎に優しく手を当てる。
「何が食べたい?」
燐がボーとした表情でゆっくり発音する。まるで1歳児の教育をしているようだ。燐も分かっているのだろう。私達はそういう関係だった。
「た…たまご…や…き」
燐が続けて苦しそうに告げる。
「ひだ…り…あし」
「おいおい、左脚まで俺に任せる訳ではねえよな。お前、もう二度と自分では歩けねえぞ。その方が可愛い」
私の言葉に燐は不快そうにした。
「悪魔」
「ご名答。唐揚げもいるか」
鶏肉を1口サイズに切る
唐揚げ粉大さじ3 片栗粉大さじ1 チーズ粉大さじ1
塩胡椒多めに
小さなフライパンに油ひたひた強火沸騰するまで肉と粉塗す
鶏肉投下表弱火2分30秒 裏中火1分
(クックパッド+オリジナル)
卵3個 だしの素小さじ1 砂糖大さじ1 醤油小さじ2分の1
熱湯100cc 混ぜる
小さなフライパンで3回に分けて混ぜた物を投下 中火
(クックパッド+オリジナル)
燐は左脚にギプスを嵌め、幸せそうな顔で唐揚げと玉子焼きを食べていた。上記は私の研究した限り1番容易い唐揚げの作り方だ。簡単なのに美味しい。それは料理界のセオリーだ。
緩やかな水の上で黄金の人々が舞い踊る。白い羽根が大量に降り注ぐ。大きな光が口を開けて待っていた。
チリーン。
甘い音がする。
燐と一体化したような気がした。
「美味しいよ、パパ」
燐が表情豊かに私に擦り寄る。
私は無性に意地悪してやりたくなった。
「俺は悪魔だ。お前のパパなんかじゃねえ」
「知ってる」と燐は何がおかしいのかクスクス笑った。
「パパの方が悪い人だもの」
「俺も極悪人だ」
「知ってる」
私の懐の中に燐が入って来、唐揚げと玉子焼きを口にしたまま眠り出す。
私は頭の中で『俺も極悪人だ』と繰り返した。そっとボロボロのユニークの服を脱がそうとして辞める。
ーーお前と何度でも会う。そして、いつかこの手で失うだろう。