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悪魔は廃病院で料理を振る舞う  作者: サーナベル
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第1章 たまごアイス

この世は嘘と偽りでできている。

人間という生き物は常に人を騙してまるで人間であることを誇りのように地に足を着ける。不幸を嘆く者達は親に逆恨みしたり、友人や恋人に八つ当たりしたりする。

醜い世界観を持つ私は都会の優に30階あるビルの電波塔の上で爪先立ちして遊んでいた。都会の夜は淫靡だ。醒めることの無い夢の中で人々は眠る。ネオンが瞬き、1つの映画のシーンのように世界全体をライトアップしている。

私はコートの内ポケットから電子煙草を探り当て、口に含んだ。メーカーはブルースターだ。苦味と甘味の共存は依存しても致し方ない程美味だ。

フーと煙を鼻から炙り出す。微かにトウモロコシの匂いが鼻についた。

しばらくすると蝙蝠にしか見えない下級悪魔共が複数で私と縄張り争いをする体勢に入った。ヤツらは群れる以外に美徳がない。それにそもそも勘違いしている。私はヤツらの縄張りが欲しいのではない。元々、私のものである場所でノスタルジックな想いを馳せているだけなのである。

血塗れの蝙蝠がキーキーと甲高い声で喚いた。語訳は必要なかった。内容が頭に入ることなくその悪魔は死んだ。

蝙蝠の姿を解いて全身グロテスクにねじ曲がった異様な姿の下級共は毒づきながら、私を睨み逃げ出す。

逃げる卑劣な生き物にわざわざ手を下す程、私は意地悪ではないし、バカでもない。

私は喉を鳴らした。ブルースターの煙を肺の奥まで吸い込む。肺が歓喜に噎びいた。体から余計な力が抜けていくのが分かる。

現代の科学は素晴らしい。そこら辺の煙草なんかよりちょっとしたお高い電子煙草の方が脳にエンドルフィンを与える。

少し考えてから月の輪郭をなぞった。中途半端な半月は食べ損なったパンケーキのようだ。

かれこれ、10年前、私は路地裏で飢えた少女にガトーショコラを作ってやった。バレンタインデーの景気付けに良いだろうというひねくれたジョークのつもりだった。しかし、その時に見た少女の笑顔は純白のスワンが鈴に触れるように美しく余りにも繊細で私の中で何かが堕ちた。

笑顔を言葉にするのは難しい。人は笑うと破顔する。それでも彼女の笑みはチリーンと音を立てて優しい世界に導いてくれるのだ。それを絵として例えるのならば、落ち葉の散り行く黄金の大草原で人型の光の精霊達が大きなダブルベッドに横たわり、頭を撫で合う愛らしくも幻想的なものになるだろう。

彼女に会いたい。今、何をしているのだ。

彼女の消息を失った場所へ漆黒のボロボロの布切れのような翼で徘徊する。ここにはいない。いる訳がない。何故ならーー。


ーー10年前


「お前、親に捨てられたのか」

少女は何も言わなかった。

チンピラのようにグレーの髪に5つのピアスを左耳に嵌めた黒ずくめの私はイチャモンを付けるように汚らしい少女に詰め寄った。少女はもう1、2年は風呂に入っていないようだ。髪の毛に大量のフケが絡んでいた。

「おい!返事しろよ、こら」

言葉が通じない可能性を考える。全く怒っていなかったが、人間を怖がらせるのが悪魔の仕事だ。

「おいおい、どうしたどうした。臭いからちびるんじゃねえぞ」

胸ぐらを掴んでようやく目が合う。ガリガリだが、なかなか可愛い顔をしている。大きな黒い瞳にスラリとした小ぶりの鼻に薄らと桜色に浮かぶ唇。

少女は何か言いたげに口を動かした。だが、声にならずヒューヒューと音を立てる。

私は再び恐喝する。

「お前、大丈夫かよ。言いたいことあんなら言えよ」

少女はしばらく俯いた。天然の茶髪が私の腕にかかる。

「お…か……た」

「あ?」

「お腹空いた」

私は咄嗟に少女の胸ぐらを掴んでいた手を離した。後退りしてマジマジと見つめる。彼女は悪魔の私に食べ物を乞うているのだ。その事実が途轍も無く気持ち悪かった。

「お前なんかにやる食べ物はねえ」

悪態を吐いて私は日向の世界へのうのうと去った。


ーー現代


割れた注射器や錆びたメスが、悪ガキに荒らされ砕けたガラスと一緒に落ちている。ガラスに月が映っている。半月だ。

夜の廃病院は彼女の匂いを濃厚に漂わせていた。

「お前とは満月の夜に会いたかった」

虚ろな瞳の無表情な女が私に視線を向ける。寧ろどこも見ていないのかもしれない。美しい茶髪と愛らしい顔立ちにあの頃の少女の面影が浮かんでいた。大きな車椅子に乗り、儚げな雰囲気で放心状態を試みているように感じる。

私は真剣な顔で身体を屈ませ、女に迫った。

「なあ、お前、名前あんのかよ」

女の顔つきは変わらない。少しも笑わない。魂が抜けたように私の背後を見つめている。

ため息を吐きつつ、私は軽く指を鳴らした。

「じゃあ、お客様、手作りたまごアイスとソーダシャーベット、どちらがご希望ですか」

女がピクリと不安そうな顔をする。しばらく硬直していたが、その間に希望の光を顔面に称えた。

「あなたの手作り」

「そう」

私は卵と砂糖とボウルとハンドミキサーと計量器を予め用意してあった地下の第7病室へ女の車椅子を運んで行った。冷凍庫も地下の第7病室の隅に置いてあった。


まずは1つの卵の卵黄と卵白を分ける。

次に砂糖13gを計る。

卵白をメレンゲにして砂糖を3回に分けハンドミキサーで混ぜ込む。

卵黄も入れ込み、冷凍庫で3、4時間待つ。

(てぬキッチン様から)


メレンゲをハンドミキサーで混ぜる際、多少飛び散る。卵黄と卵白の分け方が雑になり、心配事をする羽目になった。

5時間程、私達はただ手を握っていた。自然と苦にならなかった。彼女は私が人ではないことを知っていた。そして、惹かれ合っていることも分かっていた。

彼女が無表情なのに関わらず彼女を見ていると優しい気持ちになる。これはきっとヤバいヤツだ。早々に足を切らなくてはならない。しかし、甘美でもあった。

彼女の口に出来上がったたまごアイスが入る。

白鳥が鈴を鳴らす。光の精霊達が踊り、天井へ登っていく。精神のユートピアが炸裂した。全てが輝いた。

彼女は幸せそうな笑顔で言った。

「私は愛音燐アマネリン。あなたは?」

夜桜骸ヨザクラムクロだ。お前のシェフだ」

燐の笑顔に見惚れて、ああこの女しか私を幸せにできないだろうと思う。私は料理人の心得を全く知らない。ここで初めて料理の道を極めようと心に誓った。

全ては燐の笑顔のために。

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