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王国勇者認定官ミゲルの冒険  作者: オーノ・コナ
第一章
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第3話

「え、行方不明?」


 裏返った声がアンティロペの庁舎ホールに響き渡った。手続き待ちの来訪客が何人か振り返ってくる。ミゲルは『勇者認定局・アンティロペ支所』と書かれたカウンターに手を突いた。


「ど、どういうことですか。ヘロニモ卿がいなくなったって」


「それが、我々も何が何やら」


 初老の担当官は不幸を塗りこめたような顔をしていた。額の汗を拭きながら、ぺこぺこと頭を下げてくる。


「本当に急にいなくなってしまって。行きそうなところを手当たり次第に当たっているのですが、まだ見つかっておらず、まことに申し訳ありません」


「いや、謝罪とかいいので、何があったか教えてもらえませんか。監査了承の連絡はご本人からいただいていますし、約束をすっぽかすような方ではないはずですが」


 第一種認定〈勇者〉だ。いなくなりました、はいそうですかでは終われない。当の本人だって監査をすっ飛ばすダメージは十分認識しているはずだ。なのにいきなり姿を消したとか、まさか、


「また死んじゃったってオチですかー?」


 ディアの声に担当官の顔が強ばる。慌てて彼女の口を塞ぐミゲルを、きつい視線で睨みつけてきた。


「滅多なことを言わないでください、卿がどれだけ市民の尊敬を集めているか知らないわけじゃないでしょう」


「分かってます。分かってますけど」


 ミゲルは声を潜めた。少し表情を厳しくして、


「彼女の言う通り、安否の確認ができないんじゃ最悪の事態もありえるでしょうに」


「命に別状はないと思いますよ。まぁ怪我の一つもないかは分かりませんが、少なくとも意思疎通できる程度には無事なはずです」


「なぜそう言い切れるんですか」


「ご本人から手紙が届くからです」


 虚を突かれた。担当官は書類入れから三通の封筒を取り出した。中身を取り出してカウンターに並べる。


「『急に姿を消して申し訳ない。事情によりどうしても出かけなければならなくなった。問題が解決次第、すぐに戻る。ヘロニモ』――日付は違いますが、どれも似たような文面です」


 ミゲルは視線を走らせた。紙面に踊る文字は達者だ。その辺のごろつきの代書には見えない。


「筆跡は? ご本人のものですか」


「はい」


「この」


 文章の中ほどを示して、


「事情というのは? 心当たりは?」


「まぁあると言えばありますし、ないと言えばないような」


「どっちです」


「認定官殿」


 担当官は少し皮肉な表情になった。


「中央の方には分かりづらいでしょうが、地方の〈勇者〉なんてのは、苦情の万受付窓口みたいなものです。獣害だ、天災だ、縄張り争いだと日々相談がまいこんできます。事情や問題なんて売るほど抱えていますよ。どれと限定できないだけでね」


「……」


「もちろんいかなる〈勇者〉とて全ての相談には対応できません。ただ全部を無下にすることもできない。〈魔王〉がいない今、〈勇者〉の存在意義は下々の民の救いになることですからね。二ヶ月前、ヘロニモ卿がいなくなった夜もそうでした。その日は月に一回のパーティーで、領主様を中心に町の有力者達が集まっていました。表向きの目的は諸侯の懇親、ですが実際はヘロニモ卿への陳情祭りでした。卿の人脈や権威を使えば、各々の悩みを解決してもらえるのではと。卿はいつものようににこやかに対応していましたがね、ストレスがないわけじゃなかったと思いますよ」


 一次会がお開きになり、控え室に戻り、人払いをして、そして、

 姿を消した。

 誰にも見とがめられずに、パーティー会場の建物から――

 ふっと担当官の言わんとすることに気づき、眉をもたげる。


「つまり、ヘロニモ卿は周囲の期待に耐えられず逃げ出したと?」


「しっ、しぃぃっ」


 声が大きいと言うように、口の前に人差し指を立てられる。


「あるいは全て御自身で解決すると決心されたかですね。積もりに積もった懸案を精算するまでは戻らないぞと」


「うーん」


 どちらにしろチグハグだ。

 地方の名士にまで上り詰めた人物が、果たしてそんな青臭い行動を取るものだろうか? 〈勇者〉業務の重圧も周囲の期待も、全て分かった上での立場なのだから。放り投げるのも使命感に目覚めるのも遅きに過ぎる。


『何が何やら』


 確かに、担当官の言葉通りだ。納得のいく説明が浮かばない。


「で、どうされますか? 閉庁まではいていただいても構いませんが」


「いえ」


 申し出に首を振る。すぐに状況が変わるとは思えない。長丁場に備えて拠点を確保しておきたかった。


「宿を探します。で、あとで連絡先を伝えに来てもいいですか。卿が見つかった時に報せていただきたいので」


「了解しました」


 荷物を取り上げる。まだ状況を飲みこめてないディアに退出を促しかけた時だった。


「あぁ」


 担当官が天井を仰ぐ。何かを思い出したように振り向いてきた。


「宿を探されてるなら、なるべく町の中心部がいいですよ。市外は少々物騒なので」


「物騒?」


 主要街道沿いの大都市だ。辺境あたりとはわけが違う。ピンと来ないまま担当官を見つめる。


「空き巣でも出没しているんですか」


 担当官は「いえいえ」と首を振った。書類入れを片づけながら、囁くように告げる。


「吸血鬼が出たんですよ」

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