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王国勇者認定官ミゲルの冒険  作者: オーノ・コナ
プロローグ
2/23

第0話

 昔々のその昔。

 大陸の西端に、それはそれは豊かな王国がありました。

 大地は瑞々しく気候は穏やか、広大な農地と鉱脈はあふれんばかりの富をもたらし、誰もがなんの不足もない日々を過ごしていました。

 まぁ王様は少しばかり怠け者で、役人は私腹を肥やしがちで、臣民も隙あらば税をちょろまかそうとしていましたが、そんなのはどこの国でもある話です。当時、東の国々は異教徒の侵攻で崩壊寸前、南の国々は百年にも及ぶお家騒動の真っ最中でしたから、些細な不義・不正など可愛らしいものでしょう。王国の人々はやれ「道の修繕が遅い」だの「暴れ川を治めろ」だの「それはともかく税金下げろ」だの、ぶつくさ言いながら王様の治世を受け容れていました。

 ですが平和な日常はある日、あっさりと終わりを告げます。

 クジャクの月、火の日。

 大地の底から突然〈魔王〉が現れたのです。

〈魔王〉

 それはこれまで王国を襲ったどんな魔物とも異なる存在でした。身の丈は山々を軽く越え、吐く息は森を吹き飛ばし、一歩歩くだけで地震と津波が町を襲いました。

 剣も弓矢も、ましてやお祈りの類いが通じるはずもありません。出現からわずか三日で王国騎士団は壊滅、神官達は聖杖を掲げた姿勢のまま踏み潰され、頼みの綱の同盟国軍も国境手前で焼き尽くされました。

 悲報に次ぐ悲報。

 敗報に次ぐ敗報。

 ことここに至って怠け者の王様も守銭奴の役人も、モラトリアムを気取っていられなくなりました。国中の賢者を召喚、王城の書庫を開け放つと〈魔王〉への対抗策を探し始めたのです。

 七日七晩、不眠不休の調査が続きました。役人と賢者の多くが倒れて、王様の目方も一アローバほど減りました。東の夜空が赤く焦げて、地平線が震え、もうだめだと誰もが思った頃です。ある賢者がその古文書を見つけました。〈聖剣〉を振るい魔を祓う者、そう〈勇者〉の存在を示す文献に彼らはたどりついたのです。

 ただちにお触れが出て早馬が王国全土を巡りました。伝承にある神の徴を持つ者、奇跡の体現者を探せ! と。

 すがるような思いが天に届いたのか、ほどなくして〈勇者〉は見つかりました。

 まだ年若いその人物は、降って湧いた話に戸惑いつつも、〈聖剣〉を握りしめて強大な魔王に向かっていきました。そして数十日に及ぶ死闘の果てに見事、彼の者を下したのです。

 王国に平和が戻りました。

 王様と役人と賢者達、尊い命と引き換えに時間を稼いだ騎士・神官、そしてもちろん〈勇者〉様の頑張りで世界は救われたのです。

 めでたしめでたし。

 ……とはなりませんでした、残念ながら。

 何せ街道はズタズタ、農地は水没、町や村は瓦礫の山と化していたのです。生活の基盤をなくした民草にすれば、何がめでたいものかというところでしょう。むしろこの有様をどうしてくれる、上に立つ者はどう責任を取るつもりだと王都に押し寄せてきました。

 目を剥いたのは王様と役人達です。慌てて城壁に上り怒れる民をなだめました。


『おお、親愛なる臣民よ』


 戸惑いと悲しみをこめて呼びかけます。


『なぜそうも我らを憎むのか? 〈魔王〉は天災のようなものだ。誰にも責任などない。我々も諸君と同様、多くの家族や友人、財産を失った。だがくじけることなく〈勇者〉を見つけ出し国を救ったのだ。他にどのようなやり方があったのだろう? 分かる者がいれば教えてほしい。一体、人の身で天災に等しい厄が避けえるのかを』


『天災じゃないだろう!』


 群衆の間から声が飛びます。事前に話し合っていたのでしょう。彼らは王様の論理の隙を鋭く突いてきました。


『だって古文書には〈魔王〉の存在も〈勇者〉の見つけ方も書いてあったんだろう? 普段から〈勇者〉を召し抱えておけば、すぐに〈魔王〉を倒せたじゃないか! それをしなかったのは王、あんたが怠けていたからだ! 法律で言うところの不作為犯だ!』


 えらく難しいことを言う民草です。何せ国中の人々が集まっていますから法律家の一人や二人もいたのでしょう。

 王様は目を白黒させつつ、それでも必死に反論しました。


『なるほど、我々が後手に回ったことは反省すべきだ。だが普段から〈勇者〉を手元に置いておくのはどうだろう? 〈魔王〉は数百年に一度、復活するかしないかの存在だ。そんなもののために常時〈勇者〉を召し抱えるのは、国庫の負担に他ならない。〈聖剣〉一つ維持するにも莫大な費用がかかるのだぞ』


『そのあたりのバランスを取るのがあんた達の仕事だろう!』


 群衆がまた憤ります。投資家らしき人々を前に出して、表やグラフの書かれた幟を掲げてきました。


『考えうるリスクの重要度と頻度を洗い出して、影響の高いものに資源を割り当てる、それがリスクマネージメントだろう。〈魔王〉出現は明らかに受容できないリスクだ。それを見逃していた国王・役人達には明白な瑕疵が認められる。我々は王国支配者層の退陣を要求する!』


 えらいことです。

 真っ青になった王様は城内に引っこみ、役人達と話し合いました。

 折角未曽有の危機を乗り越えたのに、こんなところで革命を起こされたら目も当てられません。彼らは普段ならありえないスピードで再発防止策をまとめ、法案化して、国民に示しました。すなわち、


『国は常時〈勇者〉をストックして魔王復活に備える』


『〈勇者〉は寿命・事故死に備えて複数名を確保する』


『〈勇者〉の認定には専門の官職を儲けて、それにあたらせる』


 そう、長きに渡って運用される『勇者認定保護制度』がこの時生まれたのです。


 そうして百年の歳月が過ぎました。

〈魔王〉の脅威は再び昔話と化し、〈勇者〉の称号も名誉職に等しいものとなりました。それでも先王の遺産である『勇者認定保護制度』は細々と維持され続けました。誰もがお金の無駄だと思いつつ、廃止に伴う責任を取りたくなかったからです。そしてまた、制度の担い手となる専門官も、まだ見ぬ〈勇者〉を求めて国中を走り回らされていました。いつ訪れるかもしれない破局に備えて、今度こそ後手の誹りを避けるために。

 王国勇者認定官。

 彼らはそう呼ばれていました。

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