1-09 タンク
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「おっ!? デュエリングシールド関係ないって、いきなりそこに気づくんや。ラフィネ、JAOやる才能あるかもしれへんなー。なんでそう思ったん?」
リンがまるで面白い玩具を見つけた子供のような目をして尋ねてきた。
「盾がまったく関係ないとは言いません。実際、高ATKの攻撃を受けとめたのは事実です。でも、それって他の武器でもできるんですよねー?」
「うん、他の武器でもできるよ。デュエリングシールドはブロックしたときのATKが高いから、相手をよろけさせることができる。大きなメリットやけど」
「なるほど、でも、WDLが長すぎませんかー? ブロックした後、先に仕掛けたのはリザードマンでしたしー」
このゲームでは、攻撃した後に硬直が発生する。その硬直時間のことをWDLと呼ぶ。
支援センターでMobを殴ったときにも感じたが、攻撃した直後はまったく体を動かせない。1秒にも満たないわずかな時間だが、確かな違和感があった。
「ブロックの後、1秒以上硬直してましたよねー。他のU武器なら先に攻撃していたかもしれません。だから、あの場面では盾じゃなくてもいい」
私の言葉にリンは頷いた。
デュエリングシールドのWDLは、他の武器以上に長いのかもしれない。最初にリンが言っていた「遅い」とは硬直が解けるまで遅いという意味もあるのだろう。
「じゃあ、その後、星夜がカッコよく決めたんはどう思う?」
「文字通り、星夜がカッコよく決めただけですねー。リザードマンを転ばせたのは、残念ながら盾じゃなくても、たとえば、他の槍でも同じ動きができたと思います。むしろ、あの精密な動きをするのに、重すぎるデュエリングシールドは邪魔だったんじゃないですかねー」
つまり、ポイズンリザードマンを倒すのに、盾は関係なかったということだ。
その後、動画の視聴を再開した。
そこからの展開も酷かった。
星夜は盾を構えたまま、とにかく前進。ポイズンリザードマンがサーベルでどれだけ斬りつけようが、盾の前進を阻むことはできなかった。
接近した後の星夜の戦略は単純。敵に接近して敵を転ばせる。あるときは足を引っ掛けて、あるときは肘や首を掴んで投げ飛ばした。リザードマンが1体だけなら、そのままとどめを刺す。複数いる場合は、全てのリザードマンを転倒させて隙をつくったところで、1体ずつ処理していった。
他にも雑魚敵はいたが大したATKではないようで、リザードマンとの戦いに全力集中していた。
その後、3メートルほどある巨大なリザードマンのボスとも戦った。しかし、結局は星夜に投げられて倒されてしまった。ボスらしく、火を噴いたりもしたのだが、盾を掲げただけであっさりと防がれていた。この時だけは、明らかに盾が役に立っていた。
「初めて使うタイプの武器だったから慣れなくて苦労したけど、硬さが売りの武器だったから安定して戦うことができたよ。みんなもこのデュエリングシールドの硬さ実感してほしいんだ!」
ボスを撃破した後の星夜のコメントを、私は白々とした気持ちで聞いていた。隣の人はうっとりしているが。
「で、ほんまにこの武器使うん? 動画、参考にならんかったやろ?」
動画が終わり正気に戻ったリンダは、肩をすくめてそう言った。
「んー、とりあえず、わかったことが1つあります」
「デュエリングシールドが盾(笑)ってことやろ? そんな答えお見通しや、サルでもわかるで」
リンはよほど自分の答えに自信があるようだ。ドヤ顔ででかい胸を張っている。
だが、私の考えは見通せなかったようだ。
「残念ですが、リンダ先生の答えは不正解ですねー。星夜が言いたかった、硬い以外の盾のセールスポイント、1つだけわかりました」
私もドヤ顔で返答する。
「えっ!? それ以外、何かあんの!?」
「えっ、星夜がハッキリ言ってましたよ。せっかくの星夜のメッセージ届かなかったのー?」
「うそお、そんなん言ってたっけ!? うーん……。板でも言われてなかったし、そもそもデュエリングシールドの検証はあんまりされてへんかったか……」
「んー、教えてほしいですかー?」
「……っ。し、知りたい」
私は全力の笑顔を作って、こう言った。
「『教えてください、ラフィネ先生』と言ったら、教えてもいいですよー」
「くぅ~っ、相変わらず性格悪すぎやろー! ……教えてください、ラフィネ先生」
悔しそうなリンの顔。
調子に乗りやすいリンをやりこめるのは愉しい。やはり、私は性格が悪い。
「最初にリザードマンから攻撃された後に、盾の強さは防御力じゃない、みたいなこと言ってたのは覚えてますかー?」
「それなら覚えてるで。『この武器の売りは別のところにあるんだ』やろ?」
「うわ、キモ……。そこまで覚えていて、なぜ気づかないんですかねー」
「キモないし。そのあと、盾をポイリザに押し付けたんやろ。押し合いやったら、それこそ普通の武器でも……」
リンはそこまで言って、考え始めた。そして、
「ああっ!」
と大声を上げた。
「わかりましたかー。デュエリングシールドの最大のセールスポイント。それは、『広い』です」
当たり前だが、盾は剣や槍と比べて表面積が広い。
攻撃するには、腕を伸ばしたり、押し出したりするためのスペースが必要となる。スペースがなければ剣や槍を振るうことはできない。相手に盾を押し付けることで、攻撃のために必要なスペースをつぶす。そうすれば相手は攻撃できなくなる。リザードマンも星夜を払いのけてから、剣を振るっていた。
「しかし、そうすると自分も攻撃はできません。星夜のように投げ技でも使えたら話は別ですが、それは真似できそうにありません。でも、自分が攻撃する必要はないんですよ。パートナーがいれば問題ない。役割分担をすればいいんです」
「……なるほどなあ。ラフィネが言いたいことはわかった」
しかし、リンは難しい顔をしている。
「つまり、ラフィネがタンクになるってことやろ。最近のMMORPGでは、敵の攻撃を引き付ける『タンク』、敵を殲滅する『アタッカー』、味方を回復させる『ヒーラー』というロールがあるねん。ラフィネの言う役割っていうのはそういうことや」
「ひょっとして、リンもタンクなんですかー」
「ううん、私はアタッカーや。ヒーラーも兼ねてるけど、メインはアタッカーやで」
「じゃあ、相性は……」
「そうじゃないねん。盾はな、タンクに使えんって話なんや」
リンは、別のプレイ動画を見せてくれた。
「んんー……これは……」
星夜の華麗なプロモーション用動画とは違って、現実は悲惨だった。
「くそぉ、プロボック! これで打ち止めだぁ!」
盾を持った男が悲痛な声でスキルを使用する。
怒りのアイコンが出た悪魔はくるりと向きを変えて、盾タンクに突撃した。タゲ(攻撃対象)をヒーラーから盾タンクに変更したのだ。
だが、彼は他にも「ファイアリザードマン」が2体、「ポイズンリザードマン」1体、「ダークプリースト」1体も抱えていた。
Mobの集中砲火に耐えられないのではない。盾で相手の攻撃を受け止め、回復魔法をもらって何とかしのいでいる。
しかし、ヒーラーが回復魔法を使う度に、Mobはタンクを放置してヒーラーに襲い掛かろうとする。その度にスキルを使ってタゲを取るのだが、それも今尽きた。そもそも抱えきれなかったMobは他のPTメンバーと交戦している。
盾タンクが全てのMobに無視されるのが先か、ヒーラーからの回復魔法が途絶えてMobたちに殺されるのが先か。いずれにせよ全滅は時間の問題だ。
「タゲ、取れてないやろ?」
「そ、そうですねー……」
複数の敵にはどうしても対処しづらいとは思っていたが、この状況は想定外だった。
「なんでやと思う?」
「ヒーラーやアタッカー、特にヒーラーが狙われやすいんですよねー。回復スキルに反応してる気がする。回復が多すぎるとか?」
「回復魔法は一番ヘイトを稼いでしまうからな。それはそうなんやけど、普通にタンクが機能してたら、タンクのHPが削られる前にアタッカーが倒してるで」
やっぱりタンクが原因なのか。しかし、私にはわからない。
「教えてください、リンダ先生」
「『ちゃん』付けしてほしいな~」
くっ、うざい……。
だけど、タンクがなぜ機能しないのか、タンクをやるうえで機能不全の原因を知らなければいけない。
「ぐっ、リンダ先生ちゃ……」
ん……?
何か、引っかかる。タンクの役割は敵を引き付けること。つまり、囮にならなくてはならない。機能不全ということは……
「あっ……! わかりました!! タンクが攻撃できていないからMobに無視されるんじゃない!?」
危なかった。すんでのところで閃いた。
殴ってこない壁など、相手にとって何の脅威でもない。無視されて当然だ。
「ちっ、惜しかった。正解や、正解。リンダ先生ちゃんが、タゲの取り方教えたるわ」
リンは口を尖らせながら、もはや蹂躙されているだけの動画を停止した。
次回は8月19日の12時頃に更新の予定です。
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