人間菲才
第八回ネット小説大賞用に書きました。
初めて書いたものですので、至らぬ点もあると思いますが、読んで下さるなら幸いです。
昔、友人が言ったある言葉を思い出した。
「真は、何時の間にか知らないうちに何処かにいなくなってあっさりと死んでいきそう。」
確かにその通りだと思った。
私のことだから、その時になったら誰にも言うことなくふらっと出て行って気が付いたときには死ぬ直前になっていそうだと思った。
夕暮れ時だった。
友人が言ったことも私が思ったことも全てその夕日と一緒に沈んでいきそうだった。夢物語のようにふわふわした感覚の言葉だった。
いつの間にか忘れていた。
今となって思い出した。
本当にその言葉の通りになった。
秋の空にしては、夏の空のように深い青色と淡い藍色が混ざった綺麗な空色だった日。
自分が好きな服装をした。紺色のワイシャツに襟付きの黒のカーディガンを羽織る。下はジーパンに黒色の靴下。左耳にはシンプルなイヤカフを付けて黒色に抹茶色のスニーカーを履く。持ち物はスマホに生徒手帳とお金の入った財布、筆箱、そして私の大好きな小説を肩から下げるバックに入れる。
今日は月曜日だが祝日。
私が朝から家を出ても誰も何も言わない。
少し肌寒い風が吹く。もう少し厚着した方が良かったとも思うが、今は風が心地よかった。
バス乗り場に行く。このバスに乗り揺られていく感覚も今日で最後だろう。いつもならスマホを弄ってその数十分をつぶすが、今日は周りを見ることにした。初めは私しか載っていなかったので外の景色を見ていた。途中で親子が乗って来た。聞こえてくる話し声はとても暖かい。
二百九十円払いバスから降りる。
一番初めに本屋に行く。
読みたい本があった。すぐに目的の本を買い、クレープ屋に行く。
メニュー欄を見ていちごバナナチョコホイップを頼む。出来上がったクレープを受け取り食事スペースに行く。椅子に座ると先ほど買った本をたりだして読み始める。
口の中に広がる網味をゆっくりと楽しみながら少しせつない物語を読み進める。
読み終えた時には、クレープをすでに食べ終えており客もだいぶ増えてきたようだった。
あと一時間ほどでお昼の時刻なのに人が増えているのかと思ったが店側としては普通に嬉しいだろうから気にしないで置いた。
早いがお昼ご飯を食べに行く。
駅から十五分後ほど歩けばつくラーメン屋だ。
一か月前から好物である塩ラーメンが食べたかった。
ラーメン屋に付き注文をし終え、また本を読み始める。
だが、先刻読んでいた本ではなく私が家から持ってきた本だ。
私はこれを何度も世に続ける。
これで何度目かなどわからなかった。
それぐらい読んできた。
共に過ごしてきた時間は言えないが、時間という単位を超えるほどの回数を積んできたと思う。
飽きることなどなかった。
何度読んでも新しい発見があった。
好き嫌いがわかれる本だった。
作者の全てが好きなわけではなっかた。
それでも、私はこの本が好きだった。
読み慣れている本だったからページはすぐに進む。文章量が多い小説でもなかったため注文していたラーメンが来るころには三十ページぐらい進んでいた。
久しぶりの好物御目の前にして今の私の顔はほころびているだろう。
食レポが得意ではないので何も言えないが一つ言えることがある。
おいしかった。
ラーメン屋を出て駅へ戻る。
今度は百円ショップに行き、原稿用紙を十分な分だけ買う。
百円ショップを出て、すぐにスタバに行く。
新作を呑むか迷ったが肌寒い風に体が冷やされていくため、ホットのキャラメルマキアートを買った。ちなみに、キャラメルを増量にしてもらっている。
人目に触れにくい席に座り、買ったばかりの原稿用紙と筆記用具を取り出す。
お気に入りのシャーペンと消しゴムを筆記用具から取り出した。
そして、原稿用紙に文字を書く。
小説を書き進めていく。
ほとんど何も持っていない、才能がない私が唯一持っているもの。文を小説を書くことが出来る才能。
私が最初にして最後に書くこの小説。
馬鹿な少女の話だ。
物心ついたときから死ぬ時まで、最後まで馬鹿でいる少女の話。
万人受けするものではないが、理解して貰えるだろうか。
否、たとえ理解してもらえなくてもいい。
私にとって重要なのはそこではない。
小説を書き終えた時には十五時になっていてホットのマキアートも冷めていた。
冷めたマキアートを飲みほし、片付けをして店を出る。
まだ青い空色のうちに最期を迎えに行こう。飛べない空を最期に飛びに行こう。
まだ、私が好きな青色のうちに。
駅から少し離れた建物を目指す。
あと五分でつくはずだった。
背中から激痛が走った。温かい何かがあふれ出てくる。血だ。刺されたんだ。果物ナイフか包丁だろう。刃物が抜かれる。痛い。重力だろうだろうか反動だろうか私の身体が傾いていく。
冷たい地面。横目に見える青い空。犯人の足音。周りに人がいないからとても静かだ。体が冷えていく。
嗚呼、走馬灯が見えてきた。
最後まで私は―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
公園でブランコに乗っていた。今日の空は曇りで少し雨が降りそうな感じがした。日差しが当たらないところが曇り空のいいところだと思うが、綺麗な青空を見れないところが少し虚しい。灰色が空を覆い尽くしていた。
そのトロの私は友人と呼べるものどころか同い年の知り合いすらいなかった。基本的に一人でいた。
幼稚園にいる時も一人。やることと言えば本を読む事だけ。先生はほかの子達と一緒なため私に話しかけてくることもない。私は、外に連れ出されても何もせずふらふらするだけ。
きっと先生たちからしたら手のかからない静かな子とか一人が好きな子という印象だと思う。
家に帰っても一人。家族の人は忙しいから私に構う事なんてできない。
私は夜ご飯までテレビを見るだけだ。
小学校もこの生活から変わらない。
朝起きて、学校に行き、勉強して、家に帰って、宿題をして、テレビを見て、夜ご飯を食べて寝る。
その繰り返しだけ。
別にこの生活が嫌いなわけではない。好きだったわけでもないが。つまんない毎日だとは思った。
それでも、それが普通だと思っていた。皆そうだと思っていた。
私は、小学校までは普通だと思っていた。
だが、それは違った。
それは社会を、世の中を知らなかったからだ。
中学校に入って友人が出来た。彼女は頭の回転が速いうえまじめだったため頭がいい人だ。努力が実になる人だ。ついでに言うと私よりは背が小さい。
友人は言う。
「真の名前はさ、何でも正解の道へと導いてくれそうだよね。少し羨ましいや。」
そんなことないと言いたかった。でも、私に反対する勇気なんてなっ方から冗談で返した。冗談はうまく言ったらしく友人は笑ってくれた。
その話の痕はくだらない話をして帰った。一番盛り上がったのは夜が反に出てくる唐揚げの美味しさについてだった。
家では静かだった。全てがモノトーンで表せるくらい色味がなく、空気全体が重かった。
その重みは、私が耐えきれなくなる寸前のところまで乗りかかってくるもので、私はその場にいて呼吸をすることさえ大変だった。
家の中の静けさよりも怖いモノなんて何もなかった。全てが空気によって伝わってきた。私に求められているものは何なのか。私の中にはいつも恐怖が住み着いていた。
理由は簡単だ。
私には答えられないからだ。何もかもが足りなかった。努力じゃない。生きている間に手に入れられる者でもない。初めから足りていなかったものだ。才能は努力で出来るものではない。
この恐怖からは逃げられない。
せめて見た目だけでも良くした。
人が勝手に勘違いできるように。
人の第一印象は三秒で決まるという。第一印象さえよければそのあとは何とかなるものだ。
だから、私は笑顔を張り付けた。
性格を作り上げた。
意外とうまく言っていた。女優にも俳優にも負けていないと言えるぐらいに。
それでも、友人は騙せなかった。
性格を作り上げる前の初めのうちに余程ボロを出してしまったのだろう。気が付かれてしまっていた。気が付かれるまで『私』という生き物を知られていたのだ。
「真はさ。何がしたいの?何をしようと思っているの?」
友人の事だからとくに深い意味はないのだろう。だが、喫茶店で珈琲を友人と飲んでいる私には、その質問はとても苦く感じた。
「ただのキャラ作りだよ。学校という舞台の中には誰か一人くらい登場人物らしい登場人物も居ないと面白くないだろ。」
私は私を捨てて登場人物にならなくてはいけない。
それが私にとっての息がしやすい生き方だと思ったからだ。
「ところで、君。珈琲に一体いくつ砂糖を入れるんだ。もう三つは入っているだろ。珈琲の意味がなくなってしまうじゃないか。」
「私にとっての珈琲は甘くなきゃいけないの。砂糖は誰が何と言おうが六ついれます。」
口を含まらせて言う彼女の顔は、まるで海から釣り上げられたフグのようだった。少し不細工だと思った。彼女には申し訳ないけど。
喫茶店から出て私と友人は本屋に行った。友人が読みたいものが今日発売らしい。本屋についた途端友人はすぐに目的の本を探しに行った。瞬間移動かと思う速さだ。
私はまっすぐにこの間の国語の時間から気になっていた文学コーナーに行き文豪と呼ばれる人たちの本を手に取り読んでみた。芥川龍之介の羅生門を数ページと与謝野晶子の君死に給うことなかれを読んだ。
心が躍った。文字の使い方がとても好きだったからだ。
その日は、宮沢賢治の銀河鉄道の夜を買って行った。
友人の本はマイナーなものらしく売り切れていたと話してきたので後日また買いに行くそうだ。
余程楽しみにしていたらしいのか帰ってきたときの顔が死んでいた。
後日また買いに行くと言っていた友人本屋に行くことが出来なかったようで本屋に用事があった私が替わりに買ってくることにした。勿論お金は貰っている。
友人の目的の本を手に取り、すぐさま自分の目的の本を見つけに行った。この前本屋に来た時から読みたかったものだ。あの時はお金が足りなくて買えなかったけれど。
太宰治の人間失格。
それを読みたかった。
何故かはわからない。
自分が人間失格だと思いたいのか、自覚したいのか否定したいのか、人間であると証明したいのか。
ともあれ、
理由はわからずとも、読んでみたいと、その本の事を知ったとたんに思った。
見つけた。すぐに買って行った。今すぐ読みたかった。
家に帰ってすぐに読み始めた。
一時間ほどで読み終えたそれは作者の遺書のように思えた。
そして、わかった。
私は、人間失格ではない。
この本に私が求めた答えはなかった。興が覚めた気がする。
私は一体何なんだ。人間失格ではない言葉を使って私を表すには、何が当てはまる?使う言葉は一体どれだ?
それからいくら考えても答えは出なかった。気が付いたときには寝る時間になっていたためスッキリしないまま寝た。
朝起きてもスッキリしなかった。肺の奥にガスがたまったような気持ちだ。
こんな気持ちとは裏腹に空はすがすがしいほどの水色だった。
空は好きだ。何の才能も持たないモノトーン色をした私と違って毎日美しい色を魅せてくれるからだ。
うん。
少し気持ちを入れ換えよう。
学校に行こう。友人に機能買った本とお釣りを渡さなければ。
今日の一時限目は体育だった。
運動があまり得意でないというか球技が得意でない私は貼り付けた笑みで出番を交わしながら過ごした。
二時限目以降は良い子の中に入るような行動を取り続けたいつも通りの日だった。
友人の優秀な姿もいつも通りだった。
「お疲れ様。今日も才能にあふれた活躍だったね。」
友人はきょとんとした顔をした。
「あの問題のことを言っているの?あれは少し頭を使えば真でも解けたと思うよ。」
「買いかぶりすぎだよ。それと、はい、本とお釣り。それと帰るよ早くして。」
「ありがとう。ちょっと待ってね。うん。行こうか。」
この後何を話して帰ったかは覚えていない。
私の頭の中に在ったのは、友人が買い被ったことで証明できたキャラ作りの出来といくら努力しても友人の言ったレベルまでいけない私の努力もしくは才能不足の証明だけだった。
あと約一年で高校受験がある。友人とは別れることになるだろう。だって彼女は頭がいい。
私は、、、。私はきっと駄目だ。きっとあと約一年でまた証明される。
努力でその未来が変えられるだろうか。
これで変えられなけでは、努力では才能に勝つことなどできない証明になる。
さて、今日はいつまで起きて勉強しようか。
私にできる最大限の時間を使ってやらなければ。
それが、それが、私にできること。
やらなければ、限界まで。
つかれた。つかれた。つかれた。
努力に疲れた。
才能のない事に疲れた。
生きることに疲れた。
よし、死のう。
こう考えてしまった時点でダメだったんだ。死にたいなんて、誰もがきっと思う。重い意味から軽い意味のどこからでもきっかけはあるだろう。でも、そこじゃない。駄目だったのはそこじゃない。
死ぬことが怖くがない。何よりも怖くない。死は一種の救済ではないか。何故、生き物は死を回避しようとするのだろう。否、わかっている。死を回避しようとする理由なんてすぐに思いつく。怖いだとか、やりたいことがあるだとか他にもいろいろあるだろう。
死を怖いと思うのが普通だろう。
私は?
私は何なんだ。
生きることを飽きられた私は、生物失格か?
わからない。解らない。分らない。判らない。ワカラナイ。
誰か教えてくれ。
私は何なんだ。
昨日は取り乱してしまった。私は努力しなくてはいけない。たとえ、自分が壊れても、、、。
もう、疲れたよ。
今、神が何か叶えてくれるなら、一つだけ叶えてくれ。私に、私に才能をください。
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考えることを止めよう。
全て捨てなければ。私はキャラになりきれていない。キャラになるには今持っている考えと感情を捨てるんだ。
でも、何時まで続くかな。
きっと、続かなくなった瞬間には、、、。
多分何時の間にかいなくなっているのだろう。
いつの間にか、、、、、、、。
あとがき
真が死んだ事件はニュースになっていた。犯人は果物ナイフで真を刺した後、逃走したけれども一日も経たずして捕まったらしい。
ニュースで知った犯人の虚実は「誰かを殺したくなった。」だった。
真が血を流して倒れているのを発見されたのは、真がこと切れてからだった。背中からだったということと、ナイフが抜かれたことで、たとえ息があったとしても助かる確率は低かっただろう。
だが、助からなくて良かったかもしれない。死んでしまうほどの痛みを誰だって二回も体験したくないだろうから。
友人よせめて安らかに眠っていて。
墓に手を合わせた。
「また来るね。」
真の唯一の友人は、真から背を向けて歩き出した。