1・転生してしまったがここには魔法があるらしい
第一話と言うか、2万字のプロローグ?
巨大ロボなんてフィクションだ。
アニメに登場するロボットの実物大模型の展示を見たことがあるだろうか?
アレは離れたところからでもソレを視認することが出来る。確かにロボットファンにはうれしい瞬間だと思う。だが、こと現実の中で考えるとそんなものは何のメリットもない。デメリットばかりが目立ってしまう。
軍事という観点から見れば高さがあることは、隠れる、隠すという軍事の大前提に著しく反してしまう。あるいは民間の利用を想定しても、全長8mだとか15mなんてものが歩けるような場所を探す方が難しい。
都市部には電線や高架橋といった高さ制限が存在する。それらは5m程度の高さでしかないのだから、ロボットの通行を妨げることになる。
違った視点から見てみようか。
戦車やユンボはなぜ履帯なのか?
それは、戦車が戦場を選ばず市街地から泥濘地帯までを走破するためであり、ユンボは足場の悪い建設現場や鉱山で安定した作業を行うためだ。
そうした履帯式の対比として装輪式というのがある。タイヤで走る装甲車、積載せずに自走で現場間を移動する建設機械など。
だが、万能そうなそれらには当然、履帯式に比べてデメリットが存在している。
装甲車はタイヤの接地面積の制約から重量や装甲厚が制限され、搭載可能な大砲も限られてしまう。中には、大砲を積むが、その反動で横転しないように発砲方向が規制されていたりもする。
建設機械はクレーンが最も顕著な例だろう。履帯式クレーンならばアームを伸ばして車体を固定せずとも荷物を吊り上げることが可能だが、装輪式は必ず車体をアームで固定している。それだけ安定性が異なるという事だ。
ロボットも二足歩行や四足歩行という場合、やはり装輪式同様の制約がある。例外は足回りが履帯式のガ〇タンクのような例だ。
だが、足回りが車両であるガン〇ンクがガ〇ダムを退けて主役の座を勝ち取ったりはしていない。だが、本当なら、ガン〇ムなどは地上のほとんどの場所で足を取られて走り回るどころではないはずなのだ。だからと言って飛び回るには手足は邪魔でしかない。宇宙空間でなら尚更、手足などなく俊敏に姿勢転換するヴィークルが有利だろう。
そう、巨大ロボなど造るメリットがない。巨大化しすぎた戦艦は滅んだし、空母だってアメリカ以外は持て余しているのが現状だ。
もし、巨大ロボを作ったとしても状況は戦艦や空母の状況をなぞる事になるだけだ。膨大な費用と最新技術を駆使して作っても、その維持にも途方もない費用が必要になる。結果、作る国、維持できる国はごく僅かとなり、象徴としての意味合いばかりが先走ることになる。
巨大ロボなんか実用的ではない、あくまでフィクションの中で楽しむ存在であって実現の夢など抱いてはならない。
俺だってアニメオタクのはしくれだ、ロボットアニメを否定しない。あくまでフィクションとして楽しむ分には。実現するなんて娯楽目的にしかならんと言ってるだけなんだ。
しかし、世のロボットアニメ好きにはその分別のない奴が多かったらしい。
巨大ロボなんて、そんなことを思っていた俺が今いるのはどこかって?
ここはカルリア。炎を吐くドラゴンは居なかったが、訳の分からん恐竜みたいな生物が闊歩する世界だ。いや、アレはきっと恐竜だろうと思う。多分。
ついでに言うと、ここは地球ではないらしい。なぜわかるかって?だって、魔法みたいなモノが使えるからだ。しかも、お約束のようにここは見事に中世だ。
そう、俺は気が付いたらここに居た。
俺の名前は岩崎裕也、41歳。だった。
ある日の昼に昼食を買いに会社近くのコンビニへ行く途中、誰かの叫び声に振り向いたら目の前に車が迫っており、よける間もなく車が突っ込み俺は飛ばされた。覚えているのはそこまでだ。
次に気が付いたら、全く見も知らない連中が周りで覗き込んでいた。病院かと思ったが様子がおかしかった。まず、覗き込んでいるのは日本人ですらない。
何が起きたのかわからなかった。だが、次の瞬間には自分が10歳の子供であること、そして、この10年間の記憶やら日本語ではありえない言葉やらの知識が流れ込んできたのだから驚いた。頭が痛いとかそんなレベルではなかった。気が狂うかと思ったが不思議と一瞬で落ち着くことが出来た。何故一瞬で落ち着けたのかはわからない。
そして、一番重要な事だが、自分の、いや、カルリアの置かれている状況ってのを知ってしまった。
魔法が使えるといったな?あれは嘘ではないが日本のファンタジーみたいなシロモノではない。
箒に乗って空を飛ぶことは出来ないし、呪文を唱えたら大爆発を起こせる訳でもない。もちろん、絨毯に乗っても空は飛べないし、ブリザードや洪水も起こせない。瞬間移動や転移?冗談はよしてくれ。
俺たちに出来るのは、ちょっとした火おこしや身体強化くらい。ファンタジー世界だと本当に基本的な初級魔法でしかも地味な事しかできない。
魔導士みたいなのが居て厳しい修行を積んだ奴なら爆発やブリザードが可能だろうって?
そんなうまい話はない。魔法っぽい力であって、よくあるファンタジー世界みたいに魔法陣で増幅や強化が出来るというものではない。あくまで地球で超能力といわれた現象の一部が実在していると言った方が正しいかもしれない。
そして、ここからが重要なのだが、険峻なハルティ山脈の北側は恐竜の楽園だという。カルリヤにも翼竜が飛んできたり、小型恐竜が居るが、大型恐竜は居ない。居ては困る。あいつらは人間ではどうすることも出来ない敵だ。
山脈よりこちらは森と湖の広がり、カルリヤの南には断崖絶壁が切り立ち、その向こうも恐竜の天国らしい。
この世界の人間は恐竜の脅威におびえて暮らす弱小哺乳類に過ぎない。
カルリヤのような大型恐竜の居ない土地のみが人間の生活圏と言って良い状態だ。カルリヤを出るのは命がけ、他の人間居住地までは幸運でないと辿りつく事すら難しい。人間同士の交易自体がままならないのだから、人類の発展は難しい。
しかも、カルリヤは人間の楽園というには危険な場所だ。南は断崖なのだが、断崖と山脈の両端は海と湖に面しており、地形でいうと、ここは地峡と呼ばれる場所だ。
カルリヤはいわば谷底に広がる土地である。とは言え、それほど狭くはない。南北は歩いて2日ほどだそうだから、地球の単位で5、60㎞だろうか。東西は歩いて15日程度らしい。800㎞はあるんじゃないのかな。しかも、海や湖からは時折恐竜が上陸してくることがある。その討伐は非常に困難を極めるもので、一体の恐竜に数百人で挑んでようやく倒せるという状態だった。当然、討伐には多くの犠牲が付きまとう。
幸か不幸か、俺の転生した先は、その恐竜が上陸してくる南部崖終焉の地、カルリヤ東端にあるガネオ湖の湖畔周辺だった。
ガネオ湖周辺の断崖には多種多様な鉱物資源が眠っており、鍛冶の盛んな地域である。北を見れば湖と森の広がる地域だが、南を見れば、まるでラピ〇タの世界かと思うような崖の割れ目が広がっている。ただ、崖を登ればそこは恐竜の住む世界、決して平穏に生活できる場所ではないが、幸い、崖を下りてくる恐竜など少数の人間でも対処ができる小型竜しかいない。ガネオ湖からやってくる恐竜さえ何とかすれば、暮らしていけない土地ではない。
おっと、そもそも10歳の俺は何をやっていたのだろうか?
「気が付いたかい?ユーヤ」
名前、そのまんまかい!
知っていても突っ込まずにはいられなかった。大阪の人間ではないが、影響下にある地域だと、なぜかこうなってしまう。きっと、大阪に親せきが居るせいだ。多分そうだ。
「はい、えっと、僕は・・・・」
「あれほど言っていただろう、ドラゴンが出たら外に出てはいかんと」
記憶をたどると、どうやら、つい最近恐竜が出たらしい。ここではアレをドラゴンと呼ぶらしいな。俺にはティラノザウルスあたりの肉食恐竜にしか見えんのだが。
まあ、ご多分に漏れず、その恐竜は大勢が寄ってたかって蹴散らされながら足止めし、バリスタで仕留められた。俺は恐竜を見ようとその軍勢に駆け寄ったようだ。何やってるんだか・・・
「ごめんなさい」
それしかいう言葉がなかった。
翌日、俺は早速行動に出ることにした。
何やるかって?昨日見た恐竜改めドラゴンを倒す方法を思いついたのさ。
異世界の定番であるドラゴンは硬い鱗に覆われており並の剣や鎗、矢では貫通しないとされ魔法すら弾くという強力なキャラクターだが、この世界のソレはそんなファンタジックな奴ではない。もっと現実的な「動物」だ。
確かに動きは俊敏だ。きっと恐竜を研究している連中が見たら狂喜するだろう。あんなデカイシロモノが本当に映画のワンシーンのように動いていた。腕がそれなりに長いので腕を使って人間を払いのけることが出来る。当然、跳ねたり走ったりしている。尻尾も振り回していた。
だが、その皮膚は所詮は動物だ。バリスタでいとも容易く貫かれていた。これなら大砲を作ればもっと容易に倒せやしないか?確かに、仕留めるには大きな大砲が必要だが、脚を狙って足止めするくらいならバズーカ的な物があれば行けそうだ。もちろん、いきなり無反動砲やロケットは難しいが、某アニメの巨匠の映画に出てきた肩撃ち式の火縄銃だかフリントロック銃的な代物なら作れるだろう。
そういうものがあれば、今みたいに槍をもって突っ込んだり、間近まで迫って矢を射かける危険な真似をせずに済む。
我ながら名案だと思った。この地は鍛冶が盛んだから鉄砲や大砲造りは問題ないだろう。必要なのは火薬だ。黒色火薬を作るには炭と硫黄と硝石があればいい。詳しい配合は知らないが何とかなるだろう。
炭は森があるのだから入手は簡単。硝石はこの地域では取れない。硝石は水溶性で雨の多い地域では鉱物として形成される事がない。しかし、動物の糞尿や古い家の床下の土を集めてそこから取り出す方法があるし糞尿や草を集めて山にしてその下から掘り出す方法がある。が、どういう事だろう、カルリヤの地には硫黄がない。正確には火山や火山性の温泉などがない。硫化物の類も望み薄だった。
まさかである。硝石が無いことは覚悟していたが、硫黄がない?冗談だろ。かといってカルリヤの化学技術では合成火薬の開発など夢のまた夢なんだよなぁ~
数日の調査であえなく火薬開発の夢はほぼ絶たれてしまった。そうなるとバリスタの改良くらいでお茶を濁すしかないのか?
ただ、バリスタの改良っても革新的な手法なんかがある訳が無い。そもそも中世には形が出来ていたわけで、21世紀の知識なんて逆に役に立つものがない。
唯一、魔法のあるファンタジー世界なんだから魔石っぽい鉱物を利用した魔動シリンダーとか作れないか?って発想が出来たくらい。
魔動シリンダーで引っ張ってやれば発射速度があげられる、小型化すればクロスボウの速射性向上にも繋がりそうだ。
だが、そもそも、魔動ってのが21世紀のファンタジー知識由来だからどうやって作るのかがわからない。
ほら、魔力を流せば伸縮自在とかモノが動くとかってのがファンタジーのお約束だから、出来るんじゃないのと思っただけなんだよ。
さすがに子供のタワゴトと笑われたんだけれど、一人だけ食いついた人が居た。
この世界にも魔力でモノを動かす技術があるらしい。ただし、風車が風も無しに回る程度のシロモノであって、荷車の動力になったりはしないんだそうだ。単なるオモチャな代物。そりゃ、火を付けるくらいしかできないよねって話、話が一周したな。
だが、その人は諦めなかった。俺も楽しかったので付き合った。
ファンタジーなら魔石だとか魔法陣で増幅できるんだから、そんな手段はないのかと探し回った結果、研究初めて1年が経とうとしていたころにようやく見付ける事が出来た。
「宝石類は何使ってもダメ、護符の類もこういうものには全く効果がない、どうしよう。いっそ鉄鉱石に魔力でもあれば違うんだろうけどさぁ~」
谷の研究所という名のあばら家を訪れた俺は彼にそんなことを言ってみた。
「魔力を持った鉱石ですか?魔力を持つことは無いですが、魔力の通りが良いものなら存在しますよ?」
伝導性みたいな話だろうか?もしかしたら、それで行けるかもしれん。ただ、誰もやったことがない。
なぜかって?それは動かす本人の体内からエネルギーを与えなきゃならんから連続動作が難しい。そんなものを作っても意味がないって事だった。
ここでまた暗礁に乗り上げやがったよ・・・
ただ、詳しく聞いてみるとあることが分かった。
現時点では魔力を通す素材を高純度で取り出すことが出来ないという。なぜ?
「魔鉄は鉄と同じように鉱石を炉に入れて取り出すんですが、鉄や他の金属類と混ざっている事が多いので、炉で溶かしても魔鉄だけを取り出すことは出来ません」
そんなことを言われた。
そして、製鉄もどうやら炭でやっているらしい。この一年で石炭があることは分かっている、石炭から硫黄が取れないものかと思ったが、それが出来るなら合成火薬が作れるって話だよね。
「ラドガ谷の輝石を使えば」
「それはやったけれど、温度は上がってもより品位が低くなってしまって、温度が上がるからと鉄でもやって見たそうですが、同じでした」
そりゃ、石炭をそのまま使うからね。まずはコークスを作らないと無理だよね。
「輝石をそのまま使ってはダメ、アレを蒸し焼きにして残った『輝石の炭』を使えばもっと炉の温度も上がる」
「黄色い結晶を探すとか言っていた時は本当に何をしているのかと思いましたけど、そのような知識を一体どこで修められたんですか?」
異世界転生ではよくある話だが、自らが万能チートでない場合、夢だとか神のお告げだとかそんな風に答えるのがパターンだと思う。
「ガネオを渡ってきた人が石を焼いた炭を使うって話していたのを聞いたことがあるから」
俺はテンプレな話はしない。そもそもこの世界は地域間交流が希薄だから、外から来た人の話をすればだいたいそれで納得してくれる。
「ガネオの向こうからですか。そういえば居ましたね。彼らは帰り着けたんでしょうか。しかし、そうですか、ガネオの向こうでは輝石を焼いた炭を使うんですか。ならば、我々もやってみましょう」
何年か前にガネオの向こうから人が来たことがあるのは事実だ。当時の俺が会ってたかどうか記憶はない。そもそも、子供にそんな話が分かる訳はないのだが、今の俺しか知らないこの人は信じてくれた。
こうしてまずはコークスの製造が試された。コークス自体は意外なほど簡単に出来上がった。カルリヤの炭焼き技術すげぇ。当然ながら、コークスガスの利用なんてのは無理だ、採取や貯蔵がそもそも難しいし、一酸化炭素が主成分だから危なくて仕方ない。硫黄?無理無理。
コークスが出来たのでそれを使って魔鉄を作ってみることになった。
しかし、これが一筋縄ではいかなかった。ただの鉄しかできなかったり、魔鉄の純度がものすごく低いのが当たり前となってしまった。かわりに、コークスによる鋼の生産が容易になったことで鍛冶屋たちは喜んでいたのだが・・・・
「なんだろう?何が足りないんだろう?」
不純物が多いなら、それを取り除くために温度を上げればいいと思った。しかし、現実はこれだった。
「高温で連続して稼働可能な高炉でやってるのにダメ?なんで??」
本当によく分からない。鉄製品は様々な温度や添加する鉱物などで色々な種類が出来ると鍛冶屋たちが大喜び、あれよあれよという間に合金鋼まで開発してやがる。火薬さえあれば鉄砲、大砲作れてるというのになんだこれは・・・・
そんなある日、谷をさまよう一人の少年を発見した。って、人のこと言えないか。俺自身がこの場に似合わない。鍛冶屋や鉱夫とは違う身なりでうろついてるが、その少年も一見、普通の子供だがどう見ても違う、俺同様、騎士階級の家庭の子供にしか思えなかった。
「君、どうした?」
俺は迷わず声をかけていた。
「いえ、谷とはどんなところかと思いまして、見ていたのです」
ほら、身分を隠すために平民の格好してるが、やっぱり違った。
「そうか、でも危ないからあんまり近づくな。作業が見たいなら俺についてくれば良い」
俺は少年を誘うことにした。こんなところで彷徨われても邪魔でしかないだろう。なら、こっちで引き取っておこうと思ったわけだ。
俺は少年を連れて研究所へと向かう。コークスを開発したという事で俺の家からの資金だけでなく鍛冶屋たちからも資金が入ってくるようになって、あばら家が小綺麗になっている。建物を改築する方向に資金が回らないのが魔動研究という金食い虫・・・・
「ここなら俺が居るから安全だ」
少年も研究所の施設に興味を持ったらしい。
「ここでは何を研究しておる?」
「ここは、高純度の魔鉄を作る研究所さ」
俺は誇らしげにそう胸を張った。
「魔鉄?オモチャの研究?」
そう思うよな・・・・
「いや、バリスタやクロスボウを動かせる力のある装置の研究をやってるが・・・・」
この一年余りの経緯を彼に話して聞かせる。
「なるほど、より強固な鉄製品は出来たが魔鉄の純度は上がるどころではないのか」
彼も腕組みしている。谷に来るくらいだから興味があるんだろうな。
「僕が読んだ書物には昔、高純度の魔鉄を取り出してカタパルトを作ったことが書いてあった。ただ、どうも偶然に出来ただけらしくてその後は作り出せなかったそうだけど」
びっくりした。昔偶然にでも出来たというなら・・・・
「それ、どんな方法で?」
俺と研究者のおっさんが詰め寄る。少年は一瞬たじろぐが、記憶をたどるようなしぐさををている。
「確か、普通の炉で何日もかけてだったような?」
ちょっと待て、それでできるのは昔ながらの鋼ではないか?多分、何かを加えることでできるのかもしれないが・・・・
そこからが大変だった、少年も時折来てはああでもないこうでもないと試していた。読んだ本を探してもらったが、そもそも、製法が記されている訳ではないようだった。
試行錯誤の末完成した炉は、日本のたたら製鉄の炉だった。そして、魔鉄鉱だけでなく、当時の採掘場で含有していた銀を混ぜることで魔鉄の純度が上がる事が分かった。
「やった、君のおかげだよ。ありがとう」
成功から数日、研究所を訪れた少年を抱きしめて喜ぶ俺。
「え、あ、うん・・、おめでとう」
少年ははにかみながら喜んでくれた。そういえば、彼の名前を聞いてなかったな。家名があるだろうし、聞いてみようか。
「ところで、君の名前を教えてもらえないかな、俺はユーヤ」
なぜか、彼は少し迷ってから答える。
「僕はリン」
「リンか、よろしく」
リンはそれから一年程度は研究所に来ていたが、家の事情とかで来れなくなると言われてしまった。
「ああ、わかってる。家名は教えてもらえなかったが君が俺と同じかもっと高名な騎士の家柄だろうとは察しがついてるから。寂しいけど、気にしなくていい。俺みたいな末っ子と違って大変だよな」
リンは俺の言葉に戸惑いながらも頷いてくれた。
「うん、そんなところ。これが完成したらきっとまた会えると思う」
「俺も成人したらバリスタ隊の一つも持たせてもらえるから、その時は任せろ。それまでにこいつを完成させてやる」
この国の成人は16歳、後3年でこれをモノにしなきゃならないが、出来ないことは無いだろう。
リンの発案からこの一年でずいぶん効率は上がった。オモチャどころか今では小型の荷車の補助や小型ハンマーの動力くらいには利用出来る様になっている。鉱夫たちには大うけだ。鍛冶師たちにも水力以外のハンマーが開発できたので喜ばれた。
ただ、ここからが難しかった。
より魔力消費の少ない、魔力の通りが良い純度に上げる方法は試行錯誤の連続だった。
「魔鉄以外を吸い出してくれる何か、あるいはその逆に魔鉄だけを吸収してくれる何か?」
金や銀の精錬法みたいなことが出来ないかとも思った。そもそも、鉄だって不純物や炭素の含有量を操作してるんだから、同じことが出来るのではないかと。
いろいろなものを試してみた。谷ではそれだけ多種多様な鉱物が産出する。いくつかの谷から様々な鉱物を集めもした。
2年が経ち、資金的にも苦しくなって銀の使用が危ぶまれる状況になっていた。谷の奥地で無駄に多く取れる銀に似た鉱物があったが、使い道がなく、鉄に添加しても意味がない、ただの邪魔ものだったが、俺たちはそれにすら手を出した。
そうするとどうだろう、今までの苦労が嘘のように純度の高い魔鉄が作れるようになった。
それもものすごく高純度だ。これまでの純度はせいぜい30%程度、オモチャとなると一桁程度、それが90%程度の純度になったのだから効率は倍加どころではない。扱いに困るほどに力もある。
この魔鉄を加工してシリンダーにすると、クロスボウなら人の小指程度の太さのシリンダーを用いることで強度も力も申し分ないものが製作できた。バリスタすら器械に内蔵できるサイズで余裕で作れた。いや、余裕がありすぎる。
そこで、まずクロスボウの限界を探ったところ、弦をこれまでの倍近い張力にしても耐えた。バリスタはそもそも、技術的にシリンダーの力量限界までのものが作れなかった。下手に作れば重すぎて動かせなくなる。ゴムがないので車輪を使って車両を作るにも限界があるから重量制限はかなり厳しい。
俺が16歳の成人を迎えて、世間的に遊び惚けていたこれまでの日常がガラリと変わる。今日からは騎士の家の者として兵を率いることになる。
当然、俺は自分がこれまで関わってきたクロスボウを兵士に配り、バリスタを配備した。
父や兄は俺に理解を示していたが他の騎士たちにとってはよく分からないオモチャを兵士に持たせるバカな末っ子と映っているのがわかる。
騎士や兵士というのは己の力で弦を引いて矢をつがえることに意味があるというのが常識であり、魔力を使ってすぐに疲弊しては意味がないと考えられていた。
以前、リンが読んだという書物も分かったが、そこに登場したカタパルトは5人がかりで数発飛ばすのがやっとだと書かれていた。それだけ効率が悪かった。
そのカタパルトの魔鉄はきっと10%程度の純度しかなかったと思われるからその程度の効率でしかない。が、90%の純度を誇る魔動シリンダーならば、クロスボウは1会戦は連射できるし、バリスタも十分実用的である。バリスタを通常のクロスボウ並みの発射速度で射る凄さはほかの騎士はいまだ知らない。
俺が成人して部隊を持たされてから半年、なぜか今年はドラゴンの活動が低調だった。湖の周りにドラゴンの姿が少ないという。
俺にとってはそれこそ幸いだった。魔動シリンダーの改良やさらなる機械の開発にこそこそと研究所を訪れる毎日。時折、部隊の訓練を行う。そんな平和な日々が続いていた。
もう夏も終わろうかという時期になってとうとうドラゴンが現れた。
戦力と思われていない俺の部隊は後方警備。
だが、様子がおかしい。少ないと言われていたドラゴンが大量に湖を渡ってきているらしい。
父や兄の部隊も苦戦している。
「我も加勢に向かう。皆の者続け!!」
半ば命令無視だが仕方がない。後方で待っていては父や兄の部隊が潰れてしまう。
この半年でクロスボウはさらに進化した。連弩というやつを真似てみたのだが、魔動シリンダーで動かすので構造は簡単に、それでいて連射も出来て威力もこれまでの魔動クロスボウ並みという化け物が出来た。
バリスタも改良している。魔動シリンダーを単に縦の動きだけでなく円を描く運動が出来るものを完成させた。これでバリスタの照準も自由自在。
父の部隊が苦戦していたドラゴンをわずかな手勢で屠って、兄も助けだし、他家の加勢にまで向かった。
最も期待もされず人数も少なかった俺の部隊は今回の戦いで最も活躍していた。ただ、同い年くらいだと思っていたリンの姿はどこにもない。どういう事だろうか?これだけ目立つ動きをしたら声をかけてきそうなものだが・・・
「よくやった、ユーヤ!!」
戦い終わって父から褒められた。数十というドラゴンの群をわずか1日で、しかも、ほとんど街や谷への被害もなく撃退するという快挙を挙げたのだが、俺としては連弩と可動型バリスタを使えば当然と思っていたのでそこまでうれしくない。火薬さえあればもっと素早く、もっと効率的に屠れていただろう。
考えても見て欲しい。肩撃ち式のバズーカなら1発で1体のドラゴンを倒せても不思議はない。連弩で何発も射て、バリスタでトドメなどという迂遠なことをやる必要すらないのだから、不満の方が大きい。なぜこの地域には硫黄がないのか!!
内心、ものすごく不満がたまっていたが、周りは俺を誉めそやす。
「ユーヤ、領主様がお呼びだ。お館まで行くぞ」
戦いの数日後、父からそんなことを言われた。これはある意味お約束の展開だ。褒美をくれるというなら、どこか硫黄が取れる土地を探すことを願い出よう。そうすれば今度こそ大砲が作れる。
「その方がユーヤか、此度の働き褒めてつかわす。それに、聞くところによるとその方は新しい武器を開発したそうだな。クロスボウやバリスタどころか、剣や防具の要になる鉄も作り出したそうだが?」
領主にそこまで言われると気恥しい。そもそも俺一人の力ではないのだし。
「私一人で行った訳ではありません。谷の研究所あっての成果です。それに、魔動器具は私や谷の研究所だけでなく、リンという少年の功績あってのものです。彼が居なければこのような活躍も出来てはいませんし、ドラゴンを1日で倒せたかどうかも分かりません」
それが事実だった。金や褒賞だけなら俺は別に要らない。俺が欲しいのは硫黄だ。黄色い宝石だよ。
「そうか、谷の研究所か、此度の活躍を見るに、わが領どころか、このカルリヤにあのような武器をいきわたらせる必要があるな。その方と谷の者どもにはわが名をもってあの武器を発展普及させて貰わねばな」
うん、それは良い。だが、もう一押し欲しい。
「谷の者どもにはわが名をもって武器普及の免状を出そう。その方にも此度の功績に対して騎士の褒賞を出す」
いや、褒賞は要らん。硫黄が欲しい。
「畏れながら、此度の功績は私ではなく、リンなる少年の発想によるものです。彼も騎士の者であると思われますので、その者に褒賞をお与えください」
「そうか、その方は謙虚であるな。リンという者が着想による功績か。して、そのリンに褒美をやればその方も受け取るのよな?」
うん、なんだろう。しかし、硫黄が欲しいとは言えんよ、これ・・・・
「はい、そうです」
領主はなぜかそこで深くため息を漏らす。
「リン、こう言っておるぞ?」
俺は顔を上げる。そして、領主が見ている方を向くと、ドレスを着た人物が居た。確かに着飾っているが、顔はリンで間違いない。確かに最初っから居た領主家の一員だろうが、今まで気づいていなかった。
俺はそれに気が付いたとたん場所も弁えずににポカンと口を開けてしまった。
そして領主は俺を見る。俺は平伏することも忘れて口を開けたまま領主と目が合った。
「わが娘ながら、どうしようもない奴でな。隙を見ては街へ出たがる。貴族と思われるのが嫌だから勝手に町人の服など着ておった。しかも男物ばかり。はじめは本当に男のようだったが、いつの頃からか一通りの手習いも興味を持ってはくれたが・・・・」
口を開けたままの俺を見てため息を一つ吐くと
「ユーヤ、その方にわが娘リンを下賜いたす。リンへの褒美とその方への褒美、両方一度に解決だ」
半ば投げやりに領主はそう言った。
一瞬、理解が追い付かなかった。それをどう思ったのか、領主はさらに続けて言った。
「騎士ならわかると思うが、騎士や貴族の家の娘は他家への政略の道具だ。我には娘はリンしか居らん。だがな、一応の手習いを教えたところで、娘に貴族の嫁が務まりはせん。他家へ嫁がせたり王宮に上げてはわが家の恥になる。その点、その方ならば、娘の扱いにも手馴れておろう?」
何言ってんだ?このおっさんは・・・・、ちらっとリンを見ると領主を睨んでいた。ただ、硫黄が手に入らないなら、優秀なパートナーってのは悪くないか・・・・
「身に余る褒賞、謹んで」
俺はそう言って平伏した。
何だかんだと式典やら儀礼などひと月かけて行われ、その慌ただしい儀式が終わって我が家にリンがやってきた。
「あー、えっと・・・・」
ついこの間まで男と思っていたのが実は領主の娘だった。しかも、すでに何年も前のこととはいえ男だと思い抱き着いたりケツを叩いたり、その辺の友達と変わらないスキンシップを取っていた・・・・
いや、これはなんとセクハラばかりやっていたことだろうか。
「ユーヤは僕を男だと思っていたのだから謝ることは無い。僕も男を装っていたのだから、謝るなら僕の方だ」
リンがそういってほほ笑んだ。いや、何というか。どうして俺は男だと思ってたんだろう?確かに10代前半だと気づかないのは不思議じゃないが、しかしなぁ~
「そんなに悩まなくとも僕も嫌ではなかった。今はこうしてユーヤの妻だ。何も恥じるようなことは無い」
リンはどこまでも男前だった。
それからしばらく後、リンを谷の研究所へと連れて行った。
「おう、嬢ちゃん久しぶりだな。どうした。とうとう鈍感騎士を捕まえたのかい?」
研究所までの道中でそのようは声がそこかしこから聞こえてきた。マテ、なんでおっさんらはリンが女だと知っている?
「おいおい、こんな美人を見て女だとわからないのはお前さんぐらいのもんだ」
正直、何を言っているのかわからなかった。以前のリンはショートカットでどこにでも居る男の子のような格好だった。せいぜい、その言葉遣いや仕草が上流階級だとわかる程度で女だなんて・・・・
「本当に鈍感だな、でも良かったじゃねぇか、この間の戦じゃお手柄だったんだろ?その名声でとうとう嬢ちゃんが自らお前のところに来たって噂だが。流石だな。嬢ちゃん」
そう言ってガハハと笑い出す鉱夫のおっさん。
「そうだね、ほぼその通り」
リンまでおっさんに悪ノリしてそんなことを言ってきた。
そうか、領主や騎士の話が正確にここまで伝わることは無いから噂話はこういう風に改変されてくんだな。
俺自身は大した身分の騎士じゃないからおっさんたちも話やすい。もし、リンが領主の娘だと知ったら・・・・
「しかし、嬢ちゃん、よく領主様がこんな鈍感騎士への嫁入りに納得したな。俺なら絶対認めねぇぞ」
前言撤回。谷に身分は関係なかった。
「僕が女らしくないから、ユーヤくらいしか貰い手がなかっただけの話かな?」
「嬢ちゃんがそういうならそういう事にしといてやるよ」
散々俺を弄り倒しておっさんは去っていった。
「やっぱり、僕もここが好きだな。お屋敷なんか窮屈で仕方ないよ」
リンのいう通りだ。俺も屋敷に居るよりここが良い。
谷の衆ってのは街の身分を気にしない連中らしい。第一、いくら街で威張っていようと彼らが鉱石を掘り、武器や食器を作らなければ貴族や騎士は生活できない。
貴族は自分の見栄のために谷の衆に頭を下げる。そんな話はよくあることだ。
綺麗に言えば、貴族は谷の衆の職人としてのプライドに敬意を払い、谷の衆も権力には介入しないことでお互いの利害が一致しているから出来上がった関係って事だな。お、綺麗にまとまった。
さて、肝心の研究所の扉を開けると見慣れた光景が広がっていた。
「久しぶりに来たけど、これは何をやっているのかな?」
リンは物が散乱した建物内を見て首をひねっている。
「これはもっと高純度に出来ないかと思ってね。色んな組み合わせを試してる。単に片付けできないだけともいうけど・・・・」
武器としてなら今の純度でも十分な性能がある、しかし、馬車に代わる魔動自動車やシリンダーを使ってショベルやクレーンといった鉱山用の機械を作ろうと思うと一人で数時間も動かし続けるだけの効率が必要になる。今までの研究が正しければ97%の純度のシリンダーが出来れば、一人の魔力でショベルカーやクレーンを8時間動かし、自動車を約400㎞走らせる事が安全にできるようになる。
あれから様々なものを試していく中で、全く役に立たないただ硬いだけの石を放り込むことまで行った。
そして、これが正解だった。
「とうとう出来きました。しかも、97%どころか99%を達成していますよ」
研究者にそう言われた。いや、その事実がなかなか実感できなくて少し困ったけれども。実際に小さなローターを作ってようやく実感できた。
「これならいける。ところで、白かった石が透明になってるけど、これは何かに使えないのかな?」
そこにはまるで水晶かダイヤモンドかというような元は石だったモノが転がっている。
「これは使いようがないですね。宝飾品にするには硬すぎて加工が難しいですし、石垣に使うというのも違いますし」
使いようがないと言われても、透明だから宝石として価値を与えられそうな気がしてる。
「一応、これを小さく割って、研磨してみよう」
俺はその石を小さく割って、歪ながらもネックレスかイヤリングに使える形に仕上げてみた。本来ならダイヤモンドみたいにしたかったが、丸っこい石に整えるのが精いっぱいだった。
「丸くするのが精いっぱいだな」
そう思って、研磨している隣の机に置いた。置いて気が付いたが、その机は立て付けが悪くてこんなものを置いたら転がってしまう。
「おっと・・・・、あれ?」
転がると思ったが、転がることは無かった。転がしてみると、どうやら一回転して止まっている様だった。
試しにもう一つ作ってみても、結果は同じだった。
「不思議な性質があるなぁ」
俺はその時その程度にしか思わなかったが、この透明な石を運ぼうとしたときに異変は起きた。
なんと、石は特定の位置を下にしないと転がってしまう。常に一方向を下に向ける性質がすべての石にあることが分かった。しかも、魔導鉄と接触している場合、その性質によって魔導鉄が石の水平に影響される事まで分かった。
「これは使える。バリスタの台座に仕込めば常に水平を保つことが出来る。台車と射軸の調整が楽になるかもしれない」
当然のことだが、ドラゴンを狙うバリスタは固定式ではなく、馬に引かせた台車の上に据え付けているのだが、馬車が動くと当然、その都度調整をしないといけない。しかし、この石を使えば水平を勝手に調整してくれるので、照準の手助けになるんじゃなかろうかと試してみた。そうすると見事にその役割を果たしている。
だが、バリスタの完成に喜んでばかりはいられない。ショベルカーやらクレーンやらというのは一つの動きではなく、複数の動きを制御しなければいけない。それは単に魔力の入り切りで出来るものではなく、入力の方向を変えたり、一度に複数の入力が必要になった。
当初考えていた以上に複雑で難しい問題に直面したのだが、やけっぱちで、油圧配管のように入力位置をずらすことで出来ないかと提案した。
今は一方向からの入力になっている。それを両端に取り付ければどうかと思ったのだが、全く無意味だった。何か他の方法が必要らしい。かといって、小説の魔道具みたいにイメージしたらそのように動くなんて単純にもいかなかった。
「何か回路のような仕組みが必要みたいだけど、どうすりゃいいの?これ・・・・」
俺は頭を抱えた。完全に行き詰ったと言って良い。
バリスタやクロスボウは出来たし、単純な動きの鉱山用ショベルならば完成した。確かに現状ではこれでも十分と言える。
気が付けば鍛冶師たちは鉱夫たちと話し合ってトロッコやらレールを作っているし、もう十分な気もしては居るのだが、やはり、「現代の機械」が造れそうで造れないことには納得がいかない。
唯一、履帯式の台車なら出来そうなので造ってもらった。そして、バリスタを載せてみた。
これまでよりも走破性があり、実用上の問題もほとんどない。もともと駆け足程度の速度でしかない馬車式のバリスタと変わらない速度で動けることに皆は感動していた。この出来損ない戦車ってかメーヴェルワーゲンモドキは一応成功と言えるだろう。
台車の動力はモーターモドキの回転魔動器2基を積んで、操縦者がそれを操作している。左右の魔動器を同調回転させるには訓練が必要だが、従来と変わらず魔力を流すだけで制御ができる。左右差を出せば旋回できるのは戦車と一緒。
台車上にはバリスタが載っているが、これは馬車と同様にオープントップに旋回台座毎据えられている。相手が人間ではないので、遠距離攻撃はないから防護の必要は薄いという事になっている。俺としては側面くらいは防護した方が戦車っぽくなると思うのだが、重量の問題は如何ともしがたい。
この回転魔動器は馬車に取り付ければ試算通り数百km走行できる。走行距離は運転者の魔力による訳だが、個人差はあれど街中の移動に支障は出ない。
魔動馬車を真っ先に乗り回したのは当然、リンだった。
「ユーヤ、これは面白いね。これなら馬が居なくてもどこへでも行ける。ちょっと競争しないか?」
ホント、女の子らしくはないその行動力と言動には脱帽だよ。
という訳で、ゴムタイヤがないのだが、木でクッション材を作って鉄輪に嵌めた代用品、そもそもは台車用転輪として造ったソレを使ってカートを造ってみた。
鍛冶師や鉱夫のおっさんたちもトロッコ用機関車の応用として乗り気だったし、出来たカートでみんなで遊んでいた。すごく好評だった。この時谷に作られたコースがレース発祥の地として後に聖地となるのだが、俺はそんなことは知らない。コースレイアウトはゲームでよくやっていた鈴鹿サーキットをモデルにした。
おっさん達やリンが行った最初のレースの勝者は予想通りにリンだった。驚く話ではないよね?
さて、どんどん脱線していく魔動開発なのだが、魔動車の開発やカートの普及、忘れずにバリスタやクロスボウの製造も続けているので資金はそれなりにある。
リンや鍛冶師たちが魔動車やカートの開発でにぎやかなのを横目に見ながらこっちは頭を悩ませている。
たまに魔動車開発を覗いていて新しい発明を見つけた。リンと鍛冶師たちがシリンダーに常に一定の魔力がかかる仕組みを考え出していた。ばねとそのシリンダーを組み合わせて乗心地を良くしたり、カートにサスペンション機能を付けて走行性能を上げたりしていた。いや、それはもうカートじゃなくてフォーミュラですから・・・・
「この魔力調整はどうやってるんだ?」
魔動車の足回りを覗き込みながら俺はリンに尋ねた。
「これかい?これは水平石でやっているんだよ。どうやらこの石は水平を保つだけじゃなくて魔力を制御する力があるみたいだね。だから、力加減を変えながらシリンダーの力量を調整していって、その加減を記憶させている。一度作れば同じ情報を石に入力するのは簡単だから、こうやって量産できているのさ。すごいだろ?」
サラッと自慢してくれているがリン、よくそんなことに気が付いたな。
「これは僕が気が付いたんじゃない。鉱夫のラウリさんが荷車を使っていて気が付いたのさ。それで、カートに応用できないかってあれこれ試している時に出来たんだよ」
趣味への意欲が発明を生んだのか・・・・、しかし、これは大発見だな。
このやり方を応用すれば複数の動作を一度に制御出来るのではないか。ショベルなんかは3種類から4種類の動作を同時に行う。それぞれの部分の動きを司る水平石を配置して、そこに指令を出せばいいわけだ。
さて、問題はコントロールユニットだよな。
だが、これがあっけなく解決した。魔導鉄を用いた配線と水平石をシリンダーと手元に配置すればできた。それで動かすことに問題はない。
試しにいくつかの棒を組み合わせてショベルのアームのようなものを組んでそこにシリンダーと水平石を配置してみることにした。
「やった、動いた」
想像した通り、レバーで信号を送るのではなく、水平石に自分の意思を伝えることで動くことが分かった。レバーの操作を覚えずとも、頭の中にイメージさえすれば動くのだから楽でいい。こんな簡単に動かせるとなると、今後の開発はスムーズにいきそうだ。
そう思ってリンを呼んで動かしてもらったのだが、イマイチ動きがぎこちなかった。動きをいちいち考えている感じで、まるで初心者がレバーを操作しているのと変わりない。
「これは難しいね。これをすんなり動かすのは難しいんじゃないかな?」
そう言って、リンが考え込んでしまっている。
まさかと思って屯していた鉱夫の人たちにもやってもらったが、リンの言う通り、みんなうまく動かせなかった。
「こいつは大変だな。一々考えながら動かすんじゃ自分で体動かした方が早いぞ」
そう言われてしまった。もちろん、中には器用な人も居たけれど、集中して動かすのは大変だと言われてしまった。
不思議な事にイメージして動かせるのが俺しかいない。それがなぜだかよく分からなかった。
「なんでそんなに動かせないんだろう?」
そう思ったのだが、リンに聞かれた。
「なんでそんなに動かせるんだい?僕はこんな機械が動くところなんてうまく想像できないよ。例えばほら、おじさんみたいな動きなら簡単にイメージできるから、腕が二本あれば、きっとシェベルをもって動かすのは容易だと思う」
そういうので試しに腕型のアームを二本作って、棒を持たせた形にしてみた。
そうすると、リンだけでなく、みんなスムーズに動かすことが出来る様になった。
「作るなら、トロッコの先端にアームを二本、アームに取り付けるツルハシやシャベル型の道具を用意すれば効率は上がるかもな」
実験に参加した人々がそう感想を口にしていたので、試しにどこかのメーカーが作っていた災害救助用重機みたいに二本のアームを機械に取り付けてみることにした。
「こいつは良いぞ、人が使うよりもかなりパワフルにツルハシやシャベルが使える」
そうおっさんらが喜んでいるのだが、正直、俺にはその光景はどうしても異様にしか見えなかった。
だって、考えてもみて欲しい。確かに前世の話だが、潜水艇や宇宙船、あるいはロボットのアームやマニュピレータを動かしている映像って、どこかぎこちなくて緩慢な動きじゃなかったろうか?
「なんでそんな難しそうな顔をしてるのかな?そんな難しく考えることないよ、みんな、いつもの自分の動きを自然にイメージしてるからスムーズに動かしてるんだよ。この間の機械みたいなものだと、動かすのにどんな動作が必要か、いちいち動きを考えながらじゃないと動かせない。バリスタやクロスボウだったり、車みたいに魔力さえ込めたら動かせるのなら良いけれど、複雑な機械になるとイメージで動かすからどうしても普段の体の感覚が必要になるんだよ。あれ?そうじゃなかった?」
リンが隣にやってきてそう言って説明してくれた。イマイチわからなかったりするけれど、可能性として言えば、俺の場合、前世でのショベルの動きを知っている。知ってる動き方だからイメージできたのかもしれない。
つまり、自ら容易にイメージできる動きでないとこの魔動式機械ってのは動かし難いんだろうな。
そうなると、考えていたものは造れなくなってしまう。前世の重機のようなものではこの世界では動かし難い。人型の方が動かしやすいことになる。う~ん、困ったな。これでは前世の知識がうまくいかせないんじゃなかろうか。仮に、ロボットオタだったらこんな悩まずに済んだかもしれない。しかし、俺にはロボットが鉱山や農場で作業してる姿なんて想像できないんだよなぁ~
俺自身は気が進まないしどう作ればいいのかよく分からなかったんだが、リンや研究者さん、鉱夫の人たちは喜々として機械というか、ロボット開発を行っていた。俺としてはロボットなんてという疑念が抜けないでいるのだが、腕が二本ある事でこれまでの簡易なトロッコ用ショベル以上の作業が出来ると喜んでいるのを見ると、俺の固定観念が問題なのかとも思ってしまう。
でも、やはりどこかで、本当にこれで良いのか?という疑問が消えないのだが・・・・・・
俺がロボット開発に疑問を持っている横でリンや鉱夫のオッサンたちは次々アイデアを出していく。
「トロッコに腕を付けるのも良いし、バリスタを撃つ腕とかも面白いな。そうだ、いっその事パンの収穫に使える脚を作ってみちゃあどうだ?」
ロボット開発において避けては通れない一言が飛び出した。そうだ、脚を作るのか。四脚か二脚かはともかく、そういう話になるか。
が、それ以前にここが地球ではない証明ともいえるのが、パンだろう。何を言ってるんだと思うかもしれないが、このカルリアでは、パンは木に成る実の事だ。皮をむくとモチモチした果肉があり、それを焼けばパンになる。前世のパンと作り方がずいぶんと違うが味は似ているような気がする。しかも、このパンは果実なので栄養価も高く、前世でいえば豆類のような存在だ。そのため、農業と言えばまずはこのパンの木を育てる事を指す。野菜や芋を育てる畑が無いわけではないが、パンと肉や魚があればある意味事足りてしまうので畑作は主流ではない。貴族や騎士、裕福な商人などが付け合わせとして食べることはあるが、無くても栄養としては問題はない。現に野戦食はパンに肉や魚を挟んだものが出されるだけ。庶民の普通の食事もそれ。野菜などはいわば香辛料としての扱いになってしまう高級品だ。
そんなわけで、この世界には農耕馬とかは居ない。よくある農業チートの千歯扱きや唐箕の出番がない。
「パンの収穫か。アレって木を揺すって落とすんじゃなかったか?脚っつうか、人型の機械があったら便利なんじゃねぇの?」
そう言った話になったので、パン農家に聞いてみることになった。
「なんでこんな険しい所でパンを栽培してるんだ?」
それが第一印象だった。そりゃあ、麦じゃないんだから畑では無いとは思っていた。だが、カルリヤはほぼ平坦な土地のはずだ。なぜわざわざ山で栽培しないといけないんだろうか。
「なぜと言われましても、平地で樹木を栽培するのはいろいろ邪魔になります。より内陸ならばともかく、ここではドラゴンの襲撃を受けた場合に木をなぎ倒されでもしたら困りますので、こうして街から外れ、ドラゴンの襲撃を受けにくい山間で栽培しておるのです」
それを聞いてなるほどと思った。そう言えば、ドラゴンもとい恐竜は肉食ばかりではない。小規模な侵攻の際にはティラノサウルス以外の四足歩行の恐竜が来ることもあり、そいつはそいつでカバみたいに頑丈で倒すのに苦労する。平地にパンの木畑があれば真っ先に狙われてしまう。
そう考えれば、わざわざ山間部に畑があるのも納得がいく。
それに、田畑と違って他の作物を栽培することも出来ない。肉の生産や移動手段としての牛や馬を飼育しているので、その餌も必要になる。平地をパンの木畑にしてしまっては餌の栽培が出来ないだけでなく、放牧時にパンの木が食害にあう恐れまであるという。そのため前世の知識を使って輪作ウンウンという転生チートを使うという容易な話にはならないらしい。
「なるほど、わかった。そうすると、この斜面を登り降りした上に木に登って実をとる必要があるのだな。確かにそれはきつい仕事だ」
そう言って、考えて見た。
一つは果樹園用のモノレールがあれば便利だろう。それならトロッコ用動力もあるので簡単に作れる。なにより、モノレールは一本のレールの上を走る上に、レール自体も地面に敷くわけではないので工事は容易だ。レールの制作は少々手間かもしれないが、鍛冶師たちなら喜んでやってくれるだろう。
もう一つは高所作業車だろうが、それは非常に危険な気がする。何せ斜面で高さがある。前世の車輪や履帯式の車両という訳にはいかないだろう。どうしてミカンやリンゴみたいに低い木ではなく、椰子みたいに高い一本の木なんだろうな。実も椰子みたいだが。
そのため、皮はパンの糸と言われて繊維として扱われており棄てるところがないらしい。
「ここなら脚を作れば作業台にもなる。腕を付けて収穫も機械でやるのも良いと思うんだ」
リンがそんな事を言う。確かにそうかもしれない。
「なら、いっその事、その機械に槍やバリスタを持たせたらドラゴン退治にも使えるな」
何気なく俺がそう言ったらリンが嬉しそうにしている。
「そうだ!その手があった!」
男の子らしいね。その趣味は。俺はあまりロボットに興味は無いんだが。
そんな俺の不用意な発言があって、なぜかリンだけでなく、鉱夫や鍛冶師のおっさんらまでがロボット作りに興味を示してしまった。何故そんなものが欲しいのかよく分からない。
「そんな高さが街の門ほどもある機械を作っても目立つだけじゃないか?」
俺は工房に帰って盛り上がっている人々にそう言った。
「おいおい、目立つって良い事じゃねぇのか?ドラゴン並のデカさがありゃあ、槍の一突きで倒せるだろうし、わざわざ何人もが乗り込んだ台車を引っ張らなくともバリスタを撃てるんだ」
おっさんの一人がそう言う。まあそうかもしれんが。
「でも、目立つという事は敵からの攻撃も受けやすくなるんだ。被害が今までより多くなったりしないだろうか」
そう、多脚やら二足歩行の兵器の最大の欠点は秘匿性の低さだ。戦車や装甲車がなぜ低姿勢を目指すのか。それは被弾を抑えるためだ。今では正規軍よりテロの脅威が高いから背が高い事も許容されているが本来は背が高い事はそこまで許容されるものではない。低いに越したことはない。
「何言ってんだよ。人間がチビで非力だからドラゴン共が好き勝手してんだ。トロッコのウデみてえので殴りつけてやりゃあ尻尾まいて逃げ出すかもしれねぇじゃないか」
「そうだよ、ユーヤ。背の高さは人間同士の争いならば弱点になる。操作する人間は上に居るから足元が見えないから、こっそり近づかれて関節を壊されたら動けなくなるけど、ドラゴンの大きさだろ見つけられないって事は無いんだ。相手と同じ大きさ、同じ力で戦えることの方が利点だと思うな」
リンもそう言っている。確かにそう言われてしまうと返す言葉がない。
そもそもだ、カルリヤの地で人間同士が争っている暇などどこにもない。そんなことをすればあっという間にドラゴンの餌食だろう。そのことは確かに分かってはいた。
「それもそうだな」
俺にとってロボットはフィクションの世界の産物でしかなかったが、ここではドラゴンというフィクションと人間が争っている。だとすれば、ロボットがあっても良いのかもしれない。