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なのです神と私

作者: ねる

「……ん」

 千穂里はゆっくりと目を開いた。そこは辺り一体真っ暗な空間で、物一つない。

「ここは?」

 千穂里は起き上がり、額に手を当てる。

 確か飲み物を買うために外にある自販機に向かった。帰ろうとした時に、真っ白な光に包まれ、そこからの記憶が途絶えている。

「ここは生死の狭間なのです」

 女の声が千穂里の耳に飛び込んできた。

 千穂里は声の方を向くと、黄色い二つの光の玉を左右に浮かせた女が立っていた。

「あんた……誰?」

 千穂里の声には警戒心が混ざる。

「そんな怖い顔をしないで下さい。私はルーチェです。転生の神様なのです」

 ルーチェと名乗った女は微笑んだ。安心させるような明るい笑顔だが、千穂里の心に不信感をかき立てる。

「何言ってるのよ……」

 ルーチェは笑顔をやめて、引き締まった顔になった。

「言い忘れていましたが、今井千穂里(いまいちほり)さん、あなたは車に轢かれて亡くなりました」

「亡くなったって……死んだってことよね」

 千穂里は声を震わせる。

「って、そんな簡単に受け入れられる訳ないでしょ!? 私にはやらなきゃいけない事があるのよ!」

 表情を歪め、千穂里は感情をむき出しにした。

 来年の三月に高校受験を受ける。そのために正月休みも返上して、必死に勉強してきた。それなのに交通事故で亡くなるのは納得がいかない。

 ルーチェは身を屈め、千穂里と同じ目線になった。

「今井千穂里さん、落ち着いて下さいなのです。あなたが亡くなる運命を変えることは私にもできないのです」

 ルーチェは千穂里をフルネームで呼び、静かに語る。

「じゃあ……どうすんのよ!」

 千穂里は現実を受け入れられず動揺した。

「あなたを異世界に転生します」

 ルーチェの言う異世界の意味を、千穂里は理解する。

 小説で読んだことがある展開だからだ。主人公は神の力で異世界に行く。そんな感じだ。

 まさか自分の身にも起こるとは思わなかった。

「人間界に生まれ変わることはできないの?」

「残念ですが無理です。不慮の事故で亡くなった魂は何がなんでも異世界行きなのです」

「かなり強制的ね」

「私より偉い神様が作った決まりなのです」

 ルーチェは言いきった。

 気づいたがルーチェは「~なのです」が口癖のようだ。

「立って下さいなのです。今井千穂里さん」

「フルネームで呼ぶのやめてくれる? 今井でいいわ」

 千穂里は言った。ルーチェに悪気はないだろうが、フルネームで呼ばれるのは慣れてない。

「ごめんなさいです。次からは気を付けますなのです」

 ルーチェは素直に謝った。

 千穂里はルーチェに従い、立ち上がった。内心では自分が命を落としたことに納得していないし、転生なんて言われても困る。

「まだ、自分の状況を認められませんよね」

 ルーチェは千穂里の心境を察した。千穂里は「ええ……」と小さな声で答える。

「やりたい事があったからね」

 千穂里は言った。

 高校に入学したら友人を作り、テニス部に入り活躍したり、彼氏と付き合ったり……上げればキリがない。

「亡くなった皆さんも、今井さんと同じ気持ちですよ」

 ルーチェの声色は静かだった。

「でも大丈夫なのです。異世界に転生した後の幸福は私が保障します! 転生した全員が人間界にいた時より幸福だと言ってますから! 私は幸福のルーチェと呼ばれてますから!」

 静かから一転し、ルーチェは明るく言った。

「……随分凄いのね」

「不慮の事故で亡くなってますから、幸福になれる権利はあってもいいのです! 今井さんにも言えることなのです!」

「幸福……ね」

 ルーチェが連呼する幸福に、千穂里は不快な気分になる。

 今はちっとも幸せではないからだ。喉を紐で締め付けられているような日々を過ごしていたからだ。受験だけでなく両親の仲も悪く家にいても安らげないのだ。

 受験はもう少しで終わるが、両親の不仲はいつ終わるか分からない。

 まあ亡くなった今は関係ないだろうが……

「転生して、今井さんにも幸福を味わって欲しいなのです!」

 ルーチェは幸せを集めたような顔になった。

「ルーチェさん、一つ聞いていい?」

「呼び捨てで良いのです。でも質問には答えるなのです」

「もし私が転生を拒んだらどうなるの」

 千穂里は訊ねた。ルーチェは少し困った顔になった。

「中にはそういう人もいましたが、その人は、別の転生神により異世界で魔物に生まれ変わるのです。人を襲ったりして、ろくな生き方をしていないのです」

 それを聞き、千穂里の背筋に冷たい汗が流れる。

「ロクな人生を送ってないね」

 千穂里は言った。魔物に生まれ変わるなどまっぴら御免だからだ。

「……私はあんたに転生をお願いするわ、幸福を得たいから」

「さっきより冷静になったようで良かったのです」

「し……仕方ないでしょ、いきなりの事なんだから」

 千穂里は落ち着きなく言った。

 最初にルーチェに会った際に言われて思い出したが、白い光に包まれる瞬間に激痛が走り意識が飛んだので、嫌でも自分は亡くなってると感じた。

 ルーチェの話を聞くうちに、高ぶった神経が鎮まったのだ。

「今井さん、これからあなたは異世界で人間に生まれ変わります。性別はどちらが良いですか?」

「女で良いわ」

 千穂里は迷わず言った。男の自分は想像できないからだ。

「分かりました。では……」

 ルーチェは両目を閉じた。左右に浮いている黄色かった光の玉が純白になり目映く輝き始めた。

 千穂里の体も純白に包まれ、ふわりと浮く。

「これは……」

「今井さんを異世界に飛ばす呪文をかけたのです」

 ルーチェは目を開け、口許をつり上げた。

 ルーチェの姿がスローモーションのようにゆっくりと遠退いていく。

「大丈夫、怖いことは何もないのです。今井さんには幸福に満ちた人生を約束しますのです!」

 その直後、千穂里は白い光に視界を遮られた。

 人間界で今井千穂里として生きてきた最後の言葉だった。

 千穂里は異世界で若い夫婦の間に女の子として生まれ、ローアルと名付けられ、愛情を一身に受けて育った。

 両親の仲は良く、ローアルは二人のことが好きになった。ローアルとして成長してゆくにつれて、今井千穂里としての記憶は次第に薄れていった。


 暗闇の中には十五本のロウソクに炎が灯っていた。ローアルの母であるサンティエが作ったケーキの上にロウソクがのっている。

一月一日の今日はローアルが十五歳の誕生日である。

「ローアル、火を消して良いわよ」

サンティエに言われ、ローアルは口から息を出して火を吹き消した。

十五本あったロウソクを消すのは少々手間だが、何とか全部消せた。その途端に部屋に明かりが戻り、両親は手を叩いた。

「お誕生日おめでとう、ローアル」

「えへへ……」

母親のサンティエに祝福の言葉を貰い、ローアルは照れ臭そうに微笑んだ。

「ローアル、パパからプレゼントだよ」

父親のセラスは席を立ち、ローアルに箱を渡した。

「開けてもいい?」

「ああ、きっと気に入ると思うよ」

ローアルはドキドキしながら箱を開くと、中からはローアルが欲しがっていた本が顔を覗かせた。

ローアルの顔は喜色に満ちた。

「どうかな」

「嬉しい、有難う! 大切にするね!」

「そう言ってくれると買った甲斐があるよ」

セラスは温かな笑みをローアルに見せた。

それからローアルはサンティエが作った手料理を食べて、最高の誕生日を過ごせた。


その日の夜、ローアルは黄色い二つの光の玉を左右に携えている女性に会う夢を見た。

「お久しぶりなのです」

女性は気さくに話しかけてきた。ローアルは突然のことに困惑する。

「あなたは……誰ですか?」

「そうですね、大分時間も経ってるから忘れても仕方ないですよね」

女性は言った。

「私はルーチェ、転生の神様なのです!」

転生の神と聞き、ローアルは寒気がした。自分が死ぬのではないかと感じたからだ。

転生の神が現れるということは、ローアルのいる世界では死期が近いとされているからだ。

「心配しなくても大丈夫なのですよ、私はあなたの様子を見に来ただけですから、それにあなたは長生きしますのです」

ルーチェはローアルの顔から気持ちを察した。

「私のことを……知ってるんですか?」

「知ってるのです。ただ詳しくは話せませんけどね」

ルーチェはローアルが知らない事を知っている口振りだった。

「でも、一つ言えることは十五年前のこの日、あなたは私の力で別の世界から今の世界に移ってきたのです。元気そうで安心したのです」

「そうなんですか……」

別世界の転生の話は授業で聞いたことがあるが、まさか自分が転生してきたとは思わなかった。

ルーチェに言われてみると、思い当たることは無いというと嘘になる。

サンティエが言っていたが、幼い頃にこの世界にはない言葉を幾つも口走っていたらしい。ジドウシャやスマホといったことを。

今は思い出すことは難しい。今は今で学校の勉強が大変だからだ。

「あなたの名前は?」

「どうして聞くんですか、私のこと知ってるんですよね」

「あなたの口から名前を聞きたいのです。こういうのって大切ですからね」

「えっと、ローアルです」

「じゃあローアルさん、あなたに質問ですが今幸せですか?」

ルーチェはローアルに柔らかな口調で聞いてきた。

考えなくても、それはすぐに答えられそうである。

「とっても幸せです!」

ローアルはきっぱり言いきった。

優しい両親に恵まれ、誕生日も祝ってもらった。これ以上幸せを求めるのは欲張りなことだ。

「それなら安心しましたよ」

ルーチェは満足そうな顔つきになった。

「私はこれで帰るのです。ご両親を大切にするのですよ」

「はい、心得ます」

ローアルは真剣に言った。同級生の中には親を困らせる人間もいるが、ローアルはそうはならないと決めている。

「ローアルさんに幸多い人生があらんことを! なのです!」

ルーチェは手を振り、ローアルに背を向けて去っていった。


 それからも、ローアルには様々なことがあったが、前世の今井千穂里よりも、幸せな事の方が多い人生を送ることができたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 非日常的な始まりなのに、結末が凄く穏やかで、何とも不思議な感覚に陥るお話でした。 万が一とか思い出す結末があるなら読んでみたいとも思いました。
[良い点] 一話完結だったのですごく読みやすかったです!ほっこりしました☺️
[良い点] 非常にコンパクトで読みやすく、何より主人公の千穂里や生の神ルーチェの視点からも自然と物語を見ることができました。 なんというか……最後に「よかったね、千穂里、そしてルーチェも」と思えるよう…
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