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慣れないことをして確実に疲労が蓄積していることを自覚しつつも、ここ最近真剣に打ち込んだ家庭教師との授業の内容を思い出しながら、シルヴィは自分に声をかけてきた何人もの男性と会話したり踊ったりした。
それが一通り終わったから、シルヴィは給仕係から受け取った飲み物を口に運んでいたニコラスのもとへ歩み寄った。
「ニコラス王子、私、そろそろ失礼しようと思います」
「もうお帰りになるのですか? それは残念だな。お送りしましょうか?」
「では、ちょっとそこまでお願いできまして?」
「喜んで」
二人は連れ立って大広間から出た。
廊下に出て、きょろきょろとあたりを見回し、自分たちしかいないことを確認すると、シルヴィは今までかぶっていた笑顔の仮面を一瞬で脱ぎ捨て、ニコラスの胸倉をつかむような勢いで(実際に彼の胸倉をつかむようなことはしなかったが)彼に詰め寄った。
「ニコラス王子、私とまた対戦して下さい!!」
シルヴィは睨むような鋭い目でニコラスを見つめた。
それに対し、ニコラスは驚きと戸惑いを顔に浮かべた。
「は?」
「負けっぱなしでは私の沽券に関わるわ。だから、私とまた戦って!」
シルヴィが拳を握ってニコラスに迫ったところ、彼は笑った。先ほどの上品で洗練された貴公子の顔ではなく、まだいくらか幼さを漂わせる少年のような屈託のない笑顔だった。
「ああ、いいよ。いつにする?」
「明日の午後、学校のほうに行ってもいいかしら?」
「分かった。明日の午後3時半に、前と同じ裏山はどうかな?」
「分かりました。では、また明日」
明日こそ絶対に勝ってやるんだから!!
シルヴィは胸に誓いながらニコラスに頭を下げ、実家が所有するローゲ市内の屋敷へ戻った。