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初日だけで判断するならば、シルヴィのパーティーへの参加は無謀なことのように思われた。
だが、シルヴィは幸運なことに、一般の貴族令嬢とは比べものにならないほど優れた身体能力を有していた。
最初のうちはビセンテの足を踏みまくっていたシルヴィだったが、彼女の体はすぐに動きを覚え、彼女のダンスはめきめきと上達した。
礼儀作法のほうは覚えなければならないことも多く、苦労がないわけではなかったが、他の姉妹たちも積極的に協力してくれたため、シルヴィは出席予定のパーティーが開かれる前に何とか教師から及第点を獲得した。
少しずつ淑女へと近付いていくシルヴィと協力を惜しまない子供たちの団結力を目にしたユーリは、感激の涙を流しながら子供たちを褒め称えた。
「マリエル、天上の世界から見ているかい? 私たちの子供たちはこんなにもすばらしく成長してくれたよ」
とユーリは毎日のように酒を片手に亡き妻に語りかけ、子供たちは少し照れくさく思いながらそんな親馬鹿な父を温かく見守った。
そんな毎日を送っていたシルヴィだったが、予定の日が近付いてきた。
シルヴィは礼儀作法やダンスの練習成果を携え、ローゲへ上京した。
当日、彼女は新調したドレスを着込み、女官に命じて髪をきっちりと結い、化粧をしてもらった。
ニコラス王子、見てなさい!! 今日は非の打ち所がない完璧な淑女として振る舞ってやるわ!!
シルヴィは決意を込めて自ら赤い口紅を引いた。
「まぁ、とてもかわいらしいですわ、お嬢様」
「本当ですね」
女官やローゲのナルフィ家別邸で働く侍女は口々にシルヴィを褒めたが、彼女たちの言葉はニコラスやその背後にいる兄をぎゃふんと言わせることに闘志を燃やすシルヴィの耳には入らなかった。
シルヴィはナルフィ家の馬車に乗り込み、ラザールに前もって言われていた皇宮の噴水前に向かった。
ニコラスはすでにそこにいて、噴水の傍らに置かれているベンチに長い足を組んで座っていた。
シルヴィは彼の前に立ち、彼女に気づいて顔を上げたニコラスと目を合わせてにっこり笑った。
「ニコラス王子、お待たせして申し訳ありませんでした。今日はどうかよろしくお願いいたします」
シルヴィはドレスのすそをつまんでしっかりとお辞儀した。
彼女が傾けていた上半身を元に戻すと、にやりと笑ったニコラスがベンチから立ち上がり、シルヴィの手を取ってそこにキスを落とした。
「こちらこそ」
今の彼は王子の顔をしていた。前回士官学校の裏山で見せたような年相応の活発な青年という雰囲気はどこにもなかった。
そしてシルヴィもそうだ。おてんばな気質を無理矢理奥に押しやって、ナルフィ家の淑やかな令嬢を演じている。
化かし合いね、私たち。
シルヴィは噴き出しそうになったがそれを堪えた。前回対戦で負けてしまったぶん、今日は絶対に勝ちたい。今日の勝ちとは、文句のつけようがない完璧な淑女として振る舞って、自分のことをじゃじゃ馬だと思っているであろうニコラスに一泡吹かせることだ。
「では、まいりましょうか、姫」
「ええ」
シルヴィは改めてニコラスに手を差し出した。
ニコラスはうやうやしくその手を取り、洗練された貴公子としてシルヴィをエスコートした。