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翌日から地獄のような時間がシルヴィを待っていた。
一通りの経験もあり、いろいろなことによく気がつくイヴェットは、さっそく布商人や針子たちを城に呼び、シルヴィのドレスのデザインに関する話し合いが行われた。
「ねえ、姉上。私、ドレスのデザインなんて何でもいいから、剣の稽古に行っていい?」
馴染みのないファッションの専門用語が飛び交う中、話に全くついていけなかったシルヴィは自分がここにいることの意義を見出せず、小声で姉にこそっと尋ねた。
「だめよ、シルヴィ。あなたのドレスのことなんですからね」
イヴェットはシルヴィに抜け出すことを許さず、結局彼女は最後までそこに留まらなければならなかった。
ようやくこのつまらないドレス会議が終わった時には、シルヴィはやっと解放されるとほっとしたのだが、甘かった。彼女にはまだ重要な任務が残されていたのである。
女性しかいなかったものの、シルヴィは服を脱がされ、大嫌いなコルセットを着用させられた上で体中のあちこちを採寸された。
それだけでげっそりしてしまったのだが、これはまだまだ序の口だった。
続いてイヴェットは下の妹二人も呼び、ナルフィ四姉妹全員で礼儀作法とダンスの授業を受けた。
イヴェットはすでに習得している内容ばかりだったので授業に参加する必要はなかったのだが、復習とシルヴィの付き添いも兼ねて、その場に立ち会った。
最後にはビセンテも呼び出され、彼はシルヴィのダンスの練習台になった。
「いてっ!! シルヴィ、一体何回ぼくの足を踏んだら気がすむんだい!?」
シルヴィが動きを間違えて何度もビセンテの足を踏んでしまったため、普段温和な彼もさすがに眉をひそめた。
「……………悪かったわよ」
シルヴィはビセンテに謝りながら、失敗ばかりしてしまう自分を情けなく思った。
教師はシルヴィに休むよう指示した。代わりにテレーズとソレーヌが指名され、シルヴィは二人の妹たちが順番にビセンテと踊る様子を眺めた。
今まで逃げてきた自分とは違って、周囲が勧めるままに素直に貴族の子女向けの教育を受けてきたテレーズとソレーヌは、一度も間違えることなく完璧に踊った。
イヴェットとビセンテももちろん踊れるから、兄弟姉妹の中でろくに踊れないのはシルヴィだけだった。
彼女は落ち込んだ。けれど、自分も真面目に習っていればよかったといった後悔の念は全く湧いてこなかった。そんな自分の頑なさに、シルヴィはますます嫌気がさした。
ようやく地獄の第一日目の課題が終わった時には、太陽はもう西の空のかなり低い位置に来ていた。まもなく夕食の時間だ。
シルヴィは慣れないことをしたせいで、非常に疲れていた。それでもどうしても体を動かしたくて、次兄に声をかけた。
「ビセンテ、ちょっと剣の稽古に付き合ってよ」
シルヴィだけでなく、テレーズとソレーヌの相手までさせられて踊り疲れていたビセンテは、
「ええーっ!? 嫌だよ。もう休みたい」
と首を横に振ったが、シルヴィは
「お願いっ!!」
と詰め寄った。
強く出られると断りきれないビセンテは(そしてシルヴィはそんな彼の性格をよく知っていた)、
「分かったよ。だけど、少しだけだからね」
としぶしぶ了承した。
「でも、もう少しで夕食の時間よ?」
イヴェットの言葉に
「分かってるわ」
とだけ返事をし、シルヴィとビセンテは早足でナルフィ城の中庭へ向かった。
「その格好でやるの?」
ビセンテはシャツのそでをまくり上げながらシルヴィに尋ねた。
シルヴィは踊りの練習をするために、簡易ドレスを着用していた。当然ながら、剣の稽古には向かない衣装だ。
だが、着替える時間が惜しかったから、彼女は
「そうよ」
と簡潔に答え、中庭の大きな樫の木の近くの茂みに隠してある練習用の剣二本を身を屈めて拾い上げ、そのうちの一本をビセンテに渡した。
「行くわよ」
必要最低限のことだけを口にして、シルヴィはさっそくビセンテに剣を向けた。
シルヴィにとって、ビセンテは格好の剣の相手だった。シルヴィにはビセンテよりも剣を操る技術力が備わっていたが、ビセンテは成長期ということもあり、ぐんぐんと力が伸びていた。シルヴィには力が、ビセンテには剣技がそれぞれ欠けていたこともあり、二人の実力はほぼ互角だったのだ。
体を動かしながら、シルヴィは今日一日で蓄積した疲れやいらだちが自分の体から排出されていくのを感じた。
やっぱり、剣を握っている時が一番楽しい!!
体は疲れているのに、逆に活力がみなぎってくるようだった。
シルヴィは疲れて動けなくなるまで剣の稽古を続けたかったが、それはかなわなかった。
「もう日が沈むよ。今日はこれくらいにしよう」
とビセンテが剣を下ろしたからだった。
「…………そうね」
シルヴィは異を唱えることなく素直にうなずき、
「ありがと、ビセンテ」
と次兄に礼を言った。
「いいよ。また明日もやろう」
ビセンテは優しく笑った。
二人はそのまま他の家族が待つ食堂へと向かった。