36
「な……んで……?」
くちびるを合わせるなんて、恋人同士がする行為だ。
こんなことをされたら、期待してしまう。
彼も自分を好きでいてくれるのかもしれないと誤解してしまう。
本当に……ニコラスはエルヴィーネ姫じゃなくて私を好きなの………?
いまだにシルヴィは半信半疑だった。
だが、ニコラスはきっぱりと言い切った。
「好きだからに決まっているだろう?」
彼ははっきりと彼の気持ちを表現してくれたものの、やはりシルヴィにはまだ信じられなかった。
「だって、私……、全然女っぽくないし、お淑やかでもないし………」
動揺のせいでわなわなと震える口をシルヴィは必死に動かした。
すると、ニコラスはふっと笑った。
「知ってる」
「…………」
た……確かに……、そうよね……。
改めて考えるまでもなく、シルヴィはとっくに素の自分を彼にさらしてしまっていた。
それでも自分のことを想ってくれるなんて、やはりシルヴィには簡単には信じられなかった。
けれど、彼女の不安を打ち消すように、ニコラスは照れくさそうに
「だからこそ好きになったんだ」
と続けた。
「うそっ……」
信じたいのに、シルヴィはなかなか素直になれなかった。
「嘘じゃない」
ニコラスは根気強くシルヴィが心の底から欲しかった答えを繰り返した。それが彼女には嬉しくてたまらなかった。そしてその喜びがニコラスの言葉を信じる勇気へと変わっていく。
シルヴィはもう一度ニコラスにくちびるを塞がれた。
ニコラスも本当に私のことを好きでいてくれるのね……?
信じて、いいのよね……?
彼にくちづけられている間、シルヴィはようやく、彼も自分のことを想ってくれているという現実を受け入れることができた。
幸せな気持ちがじんわりとシルヴィの体中に広がり、彼女の胸は切なさでいっぱいになった。
ここに至るまでに感情の荒波に呑まれ続けたシルヴィの頭は急にぼんやりしてしまった。泣きたいような笑いたいような不思議な、ふわふわとした気持ちだった。
ニコラスはそんな彼女の手をぎゅっと握り、シルヴィの体を引っ張り上げるように立ち上がった。
「ナルフィ城に戻ろう。服を着て」
ニコラスにそう言われた時、シルヴィはうまく反応できなかったのだが、彼にからかうような口調で
「着替えを手伝おうか?」
と訊かれ、シルヴィははっと我に返った。
「結構よ!」
自分の顔がかっと熱を帯びたのを自覚し、シルヴィは恥ずかしいのをごまかすために、あえてぶっきらぼうな態度で顔を背け、そのままの勢いで後ろを向いた。
シルヴィは着替えるためにてっきりニコラスが気を利かせてこの場から離れ、自分を一人にしてくれるだろうと勝手に期待していたのだが、彼は両手をシルヴィの肩に回し、そのまま彼女の左耳にくちびるを寄せた。
色気のない悲鳴を上げそうになって、シルヴィはそうしないように慌てて息を止めた。
全く予想していなかったこともあり、動揺と恥ずかしさでシルヴィの体中を熱い血が駆け巡った。体が熱くてたまらなかった。
ニコラスはそのまま
「俺は馬のところで待っているよ」
と耳元でシルヴィに告げた。耳に彼の息を感じ、シルヴィはますます恥ずかしくなった。
シルヴィは何とか小さくうなずくので精一杯だった。
ニコラスは石のように固まったままのシルヴィの肩に置いていた手を離し、言葉どおり彼女から遠ざかっていった。足音と気配でそれを察したシルヴィは、もう耐えられないと言わんばかりにはあっと大きく息を吐きながら、思わずその場に座り込んだ。




