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シルヴィが顔を上げると、ニコラスは明らかに当惑している様子だった。
兄からもたらされた情報と目の前のニコラスの表情がかみ合わず、シルヴィはわけが分からなくなり、
「………あなたはエルヴィーネ姫が好きなのでしょう?」
と確認するように彼に尋ねた。
「違うっ!!!!! 一体何でそんな話になってるんだ!?」
ニコラスは眉をひそめ、顔を赤くしつつも、はっきりと否定した。
彼の言葉の勢いに、シルヴィの涙が止まった。
「……違うの?」
もう一度問うたが、やはり彼の返事は
「違う!!」
というきっぱりとした否定だった。
ニコラスは両手でシルヴィの肩をがっちりとつかみ、彼女としっかり目を合わせながら、シルヴィを尋問した。
「何で俺がエルヴィーネ姫を好きだなんてことになってるんだ!?」
自分の肩をつかむ彼の手の力強さや自分をまっすぐ見つめる彼の目から彼の真剣さが伝わってきて、シルヴィは逃げるように目を閉じた。
「兄上が手紙の中で、あなたが『最近友人の妹が気になってしまって心がどうも落ち着かない』って言っていたって書いていたから………」
兄が手紙の中で書いた内容が正しいのか、それとも自分の目の前で必死な様子でそうではないと否定するニコラスが正しいのか、半信半疑だったシルヴィがそう答えたところ、彼が息を呑んだ音が聞こえてきた。
不思議に思いながらシルヴィが再びニコラスを見上げると、彼はシルヴィの右肩をつかんだ手はそのままに、もう一方の手でどこか呆れたようにこめかみのあたりを押さえた。
「だから、それはお前のことだろう!?」
シルヴィはニコラスの言葉の意味が理解できなかった。思わずぽかんと口を大きく開け、目をぱちぱちと瞬かせた。
「え…………?」
ニコラスはどこか恥ずかしそうに目をそらしてから、
「『友人の妹』というのはお前のことだ」
と繰り返した。彼の頬は少し赤く染まっていた。
「ええっ!? そうなの!?」
シルヴィはあまりの驚きに叫ぶような大声を上げ、一度両手で口元を覆ったのだが、その後には展開についていけない混乱のせいで思わず
「えっ……、じゃあ、ニコラスは私が気になって落ち着かない……って……、そ……んな、それって………」
と呟いた。
本当に……そうなの……!?
シルヴィには信じられなかった。動揺のあまりシルヴィの体から力が抜け、彼女はふにゃふにゃとその場に座り込んでしまった。
ばさっという布の音が聞こえたのと同時に、彼女の体は何かに包み込まれた。
シルヴィは自分の身に何が起こっているのか認識しようとし、それが先ほど自分が拒否したニコラスのマントであることに気づいた。
その一瞬後に、自分の後を追うようにしゃがみ込んだニコラスにきつく抱きしめられ、シルヴィは慌てた。
体中が熱くなり、心臓の動きが速い。
「あんなことを急に言い出したかと思えば逃げるように去っていくし、なかなか会いにきてくれないし、おまけに次にパーティーで会った時には知らない男が横にいるし、心がざわついて仕方なかった」
身動きが取れないほどぎゅっと抱きしめられていたから、シルヴィは顔を上げることもできなかった。呼吸困難に陥りそうになりながら聞いた彼の口調は、まるで拗ねている子供のようだった。
「だから、責任を取ってくれ」
そう言うとニコラスは少しだけ腕の力を緩め、シルヴィの頬に触れた。
顔を持ち上げられ、シルヴィの目線が上がったところに、ゆっくりと彼の顔が近付いてきた。そしてくちびるを塞がれたから、シルヴィは思わず目を閉じた。
彼のくちびるが離れると、シルヴィは彼にキスをされたことが信じられなくて、思わず両手で口元を押さえた。




