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我に返ったシルヴィは、慌てて力の限りもがいた。


「っ!! な……何するの………!?」


シルヴィが力いっぱいニコラスの腕から逃れようとしても、彼はびくともしなかった。


彼女は諦めずに抵抗した。


だが、これが男女の力の差なのだろうか、ニコラスがシルヴィを抱きしめる力は弱まるどころか強くなる一方だった。


彼の自分とは違う筋肉のついたたくましい腕にきつく抱きしめられたシルヴィは、混乱の極地に叩き落とされた。


何で!? 何でこんなことをするの!?


あなたはエルヴィーネ姫が好きなのに!!!


彼が今自分を抱きしめているのは、同情心からなのだろうか。自分は愛をほどこされているのだろうか。


シルヴィは惨めでどうしようもなくなって、悲痛な声で叫ぶ。


「やめてっ!! 放してよ!!」


シルヴィは彼の腕から逃れようと必死で手足を動かしたが、やはりニコラスはそれを許さなかった。


「落ち着け、シルヴィ。まず落ち着いてくれ」


「いやぁっ!! 放してっ!!」


「嫌だ」


ニコラスははっきりと言い切った。彼の声はどこか落ち着いていて、シルヴィを放すつもりがないのだという確固たる彼の意思がシルヴィにもしっかりと伝わった。


彼女は諦めにも似た気持ちになり、それに呼応するかのように体から力が抜けた。


シルヴィが抵抗をやめたからか、彼女の自由を奪うニコラスの腕の力も緩んだ。


シルヴィはほっとしたのだが、そのまま無理矢理彼のほうを向かされ、そして再びきつく抱きしめられた。


シルヴィはわけが分からなくなって混乱した。


彼が自分を抱きしめている状況自体が認めがたかったし、もしそうなら彼は一体どうしてこんなことをするのか分からなかった。


自分のすぐ目の前にはニコラスの白いシャツがあって、シルヴィの視界が白く染まった。そのせいなのか、それとも混乱しているせいなのか、自分の頭までちかちかと白く光っているようにシルヴィは感じた。


自分の額が密着している彼の胸からかすかに伝わってくる彼の鼓動は、現実のものなのだろうか。それとも、幻想なのだろうか。


「あの後、ずっとお前のことを考えていた……。何をしても手につかなくて、その……困った……」


ニコラスの言葉がシルヴィを現実へと引き戻す。


彼女は正気に返り、必死に腕に力を入れて自分の体を彼のそれから引きはがそうとした。


彼を困らせてしまった自分をシルヴィは呪った。


同時に、わざわざ自分を抱きしめて混乱させてからこうして苦情を言うニコラスにも腹が立った。鬼のような顔つきで感情のままになじられたほうがよほどましだった。


シルヴィの感情はあまりに複雑すぎて、彼女の理解を超えてしまった。


もうどうすればいいのか完全に分からなくなり、彼の前で泣きたくなんてないのに、自分の目に涙がじわりと浮かぶのをシルヴィは感じた。


「だから、それは謝ったでしょう!? 私が悪かったわ!! ………反省してる」


シルヴィは気抜けしてしまい、体に力が全く入らなくて、彼にすがるようにもたれかかってしまった。


「違う、シルヴィ、俺が言いたいのは………」


彼の前では精一杯強がっていたかったのに、シルヴィには限界だった。自分が内側から崩壊していくような感覚に襲われ、シルヴィは絶望した。彼女は自分を見失い、すっかり自暴自棄になって、自らの感情を吐露した。


「あなたが私のことを女として見ていないことは分かってた……。なのにあんなことを言ってしまって、本当に馬鹿だったわ。……自分でも、自分の馬鹿さ加減が嫌になる………」


盛り上がった涙が左右の目からこぼれ落ちた。


ああ……。弱い自分を、とうとう彼に見られてしまった……。


シルヴィは泣くのを我慢することができなかった自分の弱さが悔しくて、掌を動かして荒々しく左右の頬を濡らした涙を拭った。


女らしい人たちは、きっと指先で優雅に涙を拭うんでしょうね……。


ふとそんなことを思うとますます泣けてくるのに、なぜだか同時に笑いが込み上げてきた。


私ったら、本当に、どうしようもないくらい、女っぽくないわ……。


「シルヴィ……」


自分が泣いてしまったせいなのか、ニコラスはどこかおろおろしているようだった。


シルヴィはとうとう恥も外聞も捨て、ニコラスに懇願した。


「だから、お願い、あのことは忘れて……」


自分も、そしてきっと彼も、シルヴィのあの中途半端な告白をなかったことにはできないだろう。次に顔を合わせても、少なくとも自分は引きずってしまうだろうし、自然に振る舞うなんてできない。


だからシルヴィは、ニコラスとはもう二度と会えないと思った。彼だって自分にはもう会いたくないだろうし、シルヴィとしても彼と顔を合わせたらどうしても苦しいから、お互いに二度と会わないのが一番いいのだと思った。


「シルヴィ」


彼が自分の名を呼んだけれど、もう彼の声を聞くのもつらい。


だからシルヴィは遮るように


「あなたとエルヴィーネ姫の邪魔になりたくないわ……」


と言った。


そうよ、ニコラスには想い人がいるんだもの。


だから、彼と会う理由も、必要も、ないのよ……。


敗者として、せめて彼とエルヴィーネの仲を祝福できればいいのだけれど、人間の器が小さい自分ではとてもできそうになかった。


シルヴィはぎゅっとくちびるをかみ、涙をこらえようとした。


ところが、彼女の意に反して、次々に涙が溢れ出てきた。


鼻をすすりながら荒い手つきで目元をこすったシルヴィだったが、ニコラスが


「は!? エルヴィーネ姫!? 何でそこにエルヴィーネ姫が出てくるんだ!?」


と素っ頓狂な声を出したので、思わず手を止めた。


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