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「……ねぇ、ジョルジュ」
「ん?」
「男の人って、やっぱりああいう女性が好きなの?」
「そりゃあ好みは人によるだろうけど、俺はいいと思うね。美人だし、あの何とも言えない肉感的な体つきがたまらないな」
「にっかんてき?」
またも聞いたことのない単語を耳にして、この単語の意味も帰ったら調べなきゃ、とシルヴィは思った。
ジョルジュが使った言葉の意味は分からなかったが、男性がタラバルドン夫人のような女性が好きなことはシルヴィも理解した。
分かってる、そんなこと。
シルヴィはそっと肺の中の重い空気を吐き出した。
分かってる、そんなこと!!
自分を落ち着かせようときゅっとくちびるをかんだが、シルヴィの思惑とは逆に何だか泣いてしまいそうになった。
こんな場所、もういたくない!! 帰りたい!!
ニコラスとも顔を合わせたくない!!
早く帰らなきゃ!!
シルヴィは意を決し、顔を上げ、
「ジョルジュ、私、帰るわ。後でペリーナに私が帰ったことを伝えてくれない?」
とジョルジュに話しかけた。
「いいけど……。ペリーナに挨拶せずに帰るのか?」
「うん」
それがマナー違反だということはシルヴィにも分かっている。こういった個人の邸宅で開かれるパーティーでは、来た時と帰る時にパーティーを主催した人物に一声かけるのが常識なのだ。
けれどシルヴィは一秒でも早くこの場所から立ち去りたかった。
「馬車のところまで送ってやるよ」
「いいわよ、大丈夫」
一緒に歩き出そうとしたジョルジュを制するために、シルヴィは彼のひじのあたりを押した。
無理矢理笑顔を作って足を踏み出そうとした彼女の耳に、聞き慣れた声が届いた。
「シルヴィ大公女」
シルヴィが反射的に振り返ると、そこにはタラバルドン夫人をともなったニコラスが立っていた。
「ニコラス……王子」
どう振る舞えばいいのか分からず、シルヴィは無意識のうちに触れていたジョルジュのひじ周辺の服の生地をつかんだ。
ジョルジュもそれに気づく。加えて、自分の服をつかんだシルヴィの手が小さく震えていることにも。
「ニコラス王子、こちらのかわいらしいお嬢さんはどなたですの?」
何かをねだるような甘ったるい声でタラバルドン夫人は横にいるニコラスを見上げた。
エメラルド色の瞳に長いまつ毛。ニコラスを見上げるその視線は、シルヴィには何だかねっとりしているように思われたけれど、きっと男はこういうのが好きなんだろうな……、とシルヴィはぼんやりとした頭で思った。
「あ……、ああ、こちらはナルフィ大公のご息女、シルヴィ大公女です。彼女は私の親友ラザール大公子の妹君です」
「まぁ」
このティティス帝国有数の名家ナルフィ家の人間だと知ったからなのだろうか、タラバルドン夫人はシルヴィに妖美な笑みを向けた。
同性のシルヴィでさえ思わず惹きつけられてしまうような魅惑的な笑顔だった。
「シルヴィ、こちらはタラバルドン夫人だ。そちらは?」
ニコラスはシルヴィの隣にいたジョルジュにちらりと視線を向けてシルヴィに尋ねた。
シルヴィは固まったまま声を発することができなかった。
「ハティ大公家のジョルジュです」
ジョルジュがシルヴィを待たないまま自己紹介した。
タラバルドン夫人がその後に続く。
「わたくしはベレニス・タラバルドンと申しますの」
タラバルドン夫人はにっこりと微笑んでジョルジュとシルヴィに話しかけた。
「ええ、存じてますよ。あなたは有名な方ですから」
「まぁ、どんなふうに有名なのかしら?」
「もちろんその美しさでですよ」
「ありがとうございます。お上手ですこと」
「いえいえ、本当のことです」
ジョルジュとタラバルドン夫人がそんな会話を続ける間、シルヴィは黙ったままだった。
実はニコラスはシルヴィに話しかけるタイミングをうかがっていたのだが、顔をうつむかせていた彼女がそれに気づくことはなかった。
シルヴィはとにかく今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。ニコラスの前から姿を消してしまいたい。それだけしか考えられなかった。
「タラバルドン夫人、シルヴィ嬢が帰ると言うので、私は彼女を馬車まで送ってきます。その後に踊っていただけませんか?」
「もちろんですわ。楽しみにお待ちしております」
「では、またのちほど」
ジョルジュはニコラスに
「ニコラス王子、失礼しますよ」
と一声かけてから、シルヴィの肩を抱いて歩き始めた。
「シルヴィ、行くぞ」
シルヴィはうなずき、ニコラスとタラバルドン夫人の顔を見ないようにしながらお辞儀をし、ジョルジュに導かれるまま会場から出た。




