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ペリーナの自宅の伯爵家はローゲにあった。


シルヴィはペリーナの実家で開かれるパーティーに出席するためにローゲにやって来たが、士官学校の兄を訪ねなかった。士官学校に行けばニコラスと顔を合わせてしまうかもしれないからだ。


だから、今までローゲに上京した際には必ずラザールに知らせていたのだが、今回は兄に連絡しなかった。


このパーティーのためだけにわざわざしぶしぶナルフィからローゲに出てきたシルヴィの機嫌はすこぶる悪かった。


んもう、他の客と一通り話したら、さっさと帰ってやるわ!


そんなことを思いながら給仕係から飲み物を受け取ったシルヴィは、グラスを傾けてのどを潤した。


すると、長身の兄には及ばないものの、十分に背が高い部類に入る若い男がシルヴィに歩み寄った。


「よう、シルヴィじゃないか」


話しかけられてシルヴィが顔を上げたところ、そこには昔から知っている懐かしい顔があった。


「ジョルジュ」


シルヴィの実家ナルフィ大公家と同格の、ティティス四大公家の一つであるハティ大公家の次男坊ジョルジュだった。


「珍しいな。お前、こういう場所、嫌いだったろ?」


「ペリーナに頼まれたのよ。じゃなきゃ誰がこんな場所に来るもんですか」


ふんっと鼻を鳴らしたシルヴィに、ジョルジュはくっくっとのどを震わせて笑った。


「お前も相変わらずだねぇ」


「ほっといて!! あんたこそ、何よ? これから聖職者になろうっていう人間が、こんな俗世の巣窟に顔を出していいの!?」


ティティス帝国では、貴族の子弟はラザールのように士官学校に入るのが一般的なのだが、ハティ大公国においては事情が少し他の地域とは違った。


ハティはティティス帝国の国教であるハティ教の総本山があるせいで、有名な神学校が複数ある。ハティ大公国領に住む貴族の中には、息子を士官学校に送る者もいるが、その一方で地元の神学校に入れる者も多い。


ハティ大公家もその例にもれず、ジョルジュの長兄はローゲの士官学校を無事に卒業したのだが、次男のジョルジュは現在神学校で学んでいる。


「世の中の酸いも甘いも経験しないと、人を導く聖職者になれるわけないだろ? 俺は自分を使って実験してるんだよ。人間に生まれた以上、どれだけ人間が欲ってものに簡単に支配されるかを自分で証明してるってワケだ」


ジョルジュは少しも悪びれず、にやりと笑った。


「あんたみたいな人間を聖職者として崇め奉らなければならない敬虔なハティ教信者に心底同情するわ」


シルヴィは腕を組み、あえてしかめっ面を作ったが、禁欲的なジョルジュなんて全く想像できなかったので、彼らしい言葉と堂々とした態度に思わず笑ってしまった。


ジョルジュはこんな軽口を言い合える相手だった。彼に会ってほっとしている自分にシルヴィは気がついた。


彼の前では自分を取り繕わなくてもいい。その事実はシルヴィのささくれ立っていた感情をいくらか和らげてくれた。


そのままジョルジュと何気ない会話を続けていると、ふいに彼がこのパーティーの間の入り口に目をやり、ひゅ~っと口笛を吹いた。


「おっ、タラバルドン夫人だ。今日の彼女のエスコート役は……スコルのニコラス王子か」


ニコラスの名前が耳に届いて、シルヴィはばっと顔を上げた。


振り返ってジョルジュの視線に自分のそれを合わせたところ、そこには三十代半ばくらいの女性を連れたニコラスがいた。


「さっすがローゲ社交界一の未亡人、タラバルドン夫人だな」


タラバルドン夫人。その名前をシルヴィも聞いたことがあった。


彼女は確かものすごく年が離れた男性と政略結婚をし、その後夫が亡くなったので、夫が残した財産を相続し、今は自由奔放な生活を送っているはずだ。


貴族社会ではたいして珍しくもないありふれた話だ。


『ローゲ社交界一の未亡人』と呼ばれているだけあって、彼女は輝いていた。きらきらと光を放つ宝石をいくつも身につけ、今流行の孔雀の羽根が縫いつけてある扇を優雅に動かしている。扇の陰から時々覗くぽってりとしたくちびるが何とも言えない色気をかもし出している。


コルセットで強調した大きくて形のよい胸はいかにも柔らかそうで、谷間を惜しげもなくさらしていた。露出した白い肌には光る粉でも塗っているのだろうか、彼女が動くたびにろうそくの明かりが反射してきらりと光った。


細すぎないウエストが描き出す曲線も適度についた脂肪も全てが女らしく、成熟した女性の艶かしさがあった。


ジョルジュはよだれを拭うようなしぐさで


「俺も一発お願いしたいもんだ」


と呟いた。


「? 『いっぱつおねがいしたい』? 何をお願いするの?」


意味が分からなかったシルヴィはきょとんとしてジョルジュを見上げた。


「……お前、それ、本気で言ってるのか?」


「? そうだけど……」


「カマトトぶってるわけじゃないんだな?」


「かまとと? それ何? 食べ物?」


「いや……。何でもない」


ジョルジュは呆れたような表情でがっくりと肩を落とした。


シルヴィはナルフィ大公家の四姉妹の中で一番貴族的ではないのだが、それでもやはり一般と比べれば育ちがいい部類に入るので、ジョルジュがあえて使っているお世辞にも上品とは言えない言葉を知らないのだった。


「何よ、ジョルジュ。私、そんなに変なこと訊いた?」


訊きながら、屋敷に戻ったら辞書を引いてみよう、と思ったシルヴィだった。


ええと、『いっぱつ』と『かまとと』だったわよね。忘れないようにしなきゃ。


ジョルジュが口にしていた単語をシルヴィは頭の中で反芻した。


「そうじゃねぇけどさ……。もう少しお前の姉貴にでもいろいろ教えてもらえよ」


「何を?」


「その……男と女のことだよ」


「はぁ?」


いつまで経っても話がかみ合わず、ジョルジュは無理矢理話題を変えるように


「それにしてもタラバルドン夫人、いいよな~」


と再びタラバルドン夫人に視線を向けた。


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