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アデライードがナルフィを去った翌日、兄ラザールがシルヴィの部屋を訪ねてきた。


「さっきニコラスがスコルへ帰っていったよ。で、お前は体調のほうはどうなんだ?」


ニコラスの名前を聞き、シルヴィの心臓がばくばくと音を立てて激しく跳ねた。


「大丈夫」


シルヴィはそう答えたが、動悸が早くなったせいで彼女の顔に赤みがさしたため、ラザールは


「熱があるんじゃないか?」


とシルヴィの額に手を当てた。


「大丈夫よ」


シルヴィはもう一度繰り返した。


「まぁ、お前がそう言うなら……」


ラザールは心配そうに妹を見たが、それ以上シルヴィの体調に関して言及しなかった。


代わりに、ラザールの小言が始まった。


「そういえば、お前はまだ剣の稽古を続けているんだって? 皆呆れていたぞ」


「大公女としてやることはやっているわ。だから文句は言われたくない」


シルヴィはうんざりしながらつんと顔を澄ました。


「そんなんじゃ嫁のもらい手がなくなるぞ!? 剣なんて男の領分なんだから、お前は大人しくしていたほうがいいよ」


ラザールは心底心配そうに言った。


いつもだったら気にも留めない兄の小言だが、ニコラスへの想いに気づいてしまった今のシルヴィの心を揺さぶるには十分な威力を持っていた。


確かに……。剣の稽古に必死な女なんて、そりゃあ女っぽくない……わよね……。


けれど剣の練習はシルヴィの生活の一部だし、それを手放すなんて考えられなかった。


珍しく反論せずに黙ってしまった妹に、兄は続ける。


「俺だって父上だって、本気で心配してるんだ。大事な妹が男勝りのじゃじゃ馬だと嘲笑されるのを見るのはつらいからね」


ティティス帝国の価値観を考えると、兄が言っていることも理解できた。シルヴィは何を思えばいいのか分からなくて、


「私が剣の練習をすることはそんなに恥ずかしいことなの……!?」


と震える声でラザールに尋ねた。


感情的になるシルヴィとは対照的に、ラザールは落ち着いた声で


「恥ずかしいことだとは俺は思っていない。でも、ティティスの貴族の中にはそう思う人間だって大勢いるし、いや、むしろ大多数がそう思うんじゃないか?」


と答えた。


シルヴィはくちびるをぎゅっと結び、うつむいた。ラザールの言葉にも一理ある。だが、自分と剣を切り離すことは、シルヴィにはどうしてもできなかった。


「お前が誰かのところに嫁いだ時、夫や夫の親類に馬鹿にされるようなことになってもいいのか? よく考えるんだ」


兄の言葉に、シルヴィはやはりうなずくことができなかった。


沈黙したままの妹を前に、ラザールは大げさに嘆息をもらし、


「よく考えるんだ。いいね?」


と繰り返して、シルヴィの頭をくしゃくしゃと撫でた。


そして彼はシルヴィの部屋から出ていった。


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