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残念ながらスヴェンは帰国を急ぐということで、ナルフィ城に一泊だけすると翌日には発ってしまったが、ニコラスは時間に余裕があるらしく、二、三日ほどナルフィで過ごすということだった。


皆でスヴェンを見送った後、天気がよかったから、シルヴィ、ラザール、アデライード、そしてニコラスの四人は、シルヴィのお気に入りの池へ遠乗りすることにした。


アデライードは馬に乗ることができないので、ラザールと相乗りした。


目的地の池に着くと、シルヴィはいそいそと馬から下りた。


池の周りの木に手綱を繋ごうとしていたシルヴィに、彼女と同じくすでに馬から下りたニコラスが、彼の馬の手綱を差し出した。


「シルヴィ、これも頼む」


ニコラスはシルヴィが彼の馬の手綱を握るのを見届けてから彼女に背を向け、一頭の馬に乗っているラザールとアデライードに近付いた。


シルヴィが何気なくニコラスの後ろ姿を目で追ったところ、彼はアデライードに向かって両手を伸ばし、彼女が馬から下りる手助けをした。


シルヴィの目はその光景に釘づけになった。同時に、今まで経験したことがないような強烈なもやもやした気持ちが彼女の胸いっぱいに広がった。息をするのも苦しくて、シルヴィは自分の馬とニコラスの馬の手綱を握りしめた手で胸を押さえた。


ニコラスはさわやかな表情でアデライードに笑いかけた。


ああ、私には、あんなことしてくれないのに……。


シルヴィは一人で馬に乗り下りできるから、誰かの助けなんて必要ない。ニコラスもそれを知っているからこそ、わざわざシルヴィを助けなかったのだろう。


一人で馬に乗り下りできないアデライードを助けるのは、紳士として当然のことだ。


なのに、頭では分かっているのに、シルヴィはなぜだか悲しくなった。胸が痛くてたまらなかった。


アデライードも気品溢れる笑顔でニコラスに礼を述べた。


ああ、お願い……。そんなふうに笑わないで……。


あなたはただでさえ美しいのに、そんなふうに笑ったら、誰もが魅せられてしまう……。


どうしてだろう、シルヴィだってアデライードの笑顔を見るのが大好きなのに。それなのに、今はアデライードを見るのがつらかった。アデライードの笑顔を見ていると余計に胸が締めつけられるから、シルヴィは慌てて目を伏せ、逃げるように三人に背を向けた。


自分は一体どうしてしまったのだろう。何だか肺に石を積み上げられているように胸が重い。動悸が激しいし、体中から汗が噴き出しているせいで、寒気が走った。


「シルヴィ、どうかしたの?」


いつの間にか隣にいたアデライードに声をかけられ、シルヴィははっと我に返り、


「ううん、何でもない」


と慌てて首を振った。


シルヴィは勇気を出してアデライードを見ようとした。けれど彼女の美しさは眩しすぎて、シルヴィはまるで太陽から目をそらすように、すぐに瞳を閉じた。


なぜだろう、アデライードのことは大好きなのに、今は彼女を正面から見ることができなかった。


シルヴィは人生で初めて味わう名前が付けられない感情に、ただ戸惑うことしかできなかった。


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