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翌日、シルヴィは約束どおり士官学校の裏山に出かけていって、ニコラスを待つ間体を温めた。
学校が終わった彼がやって来ると、二人はさっそく対戦したが、やはりニコラスと非力なシルヴィの間には力の差がありすぎて、シルヴィが土をつけられるというお決まりの展開になった。
一カ月間彼を倒すことを夢見て必死に訓練を重ねてきたシルヴィは、心のどこかで再度敗北することを覚悟しながらも、今度こそ、と意気込んでいたから、今日は悔しいというより落ち込んだ。
「そう落ち込むなよ。君は女にしては強いほうだと思うぞ」
敵に慰められて、シルヴィはますます落胆した。
「女の中で強くたって、そんなの意味ないわ……。私は男とか女とか関係なく、強くなりたい……」
そんな理想を抱いていても、現実はなかなかうまくいかない。どうにももどかしくて、シルヴィの口調は拗ねたようなものになってしまった。
地面に座り込んだままのシルヴィの腕をニコラスは引っ張った。シルヴィは彼の強い力に引かれて立ち上がった。
「何でそんなに強くなりたいと思うんだ?」
「だって、強ければ強いほど、大切なものを守れるじゃない」
「まぁな」
ニコラスは近くの木の切り株に腰を下ろした。
「だけど、平和な今の時代、平和なこのティティスで敵と戦う機会なんてないだろう?」
シルヴィも彼の横に座った。
「そうだけど、その平和だって、いつまで続くか分からないじゃない。ひょっとしたら明日か明後日にも周辺国が攻めてくるかもしれない。その可能性がないわけじゃないでしょ?」
シルヴィは左隣のニコラスをまっすぐに見やった。
彼女が思い浮かべた周辺国というのは、具体的にはナルフィの南に位置するパレネ王国だ。
10年ほど前にティティス帝国とパレネ王国の間に不可侵条約が締結されたため、ここ最近ではパレネがナルフィ大公国領内に攻め入ることはなくなったのだが、それ以前はナルフィはパレネの海賊からの襲撃をたびたび受けていた。そのたびに、シルヴィの父ユーリは領地の最南端の海岸線にナルフィ騎士団を派遣しなければならなかった。
それはシルヴィがまだ年端もいかない子供の頃のことだったが、父ユーリやシルヴィの剣の師ロイクが険しい表情で騎士団を率いる様子や、城中に漂う尋常でないぴりぴりとした空気や、襲撃を受けた町や村へと向かう騎士団の隊列を見送ることしかできなかったあの時のどうしようもなく心細い気持ちは、今でもシルヴィの中に鮮明に残っていて、過去のことだと忘れることはできなかった。
ニコラスは少し意外そうな顔をしたが、
「そうだな」
とシルヴィの意見に異を唱えなかったので、彼女は何となくほっとした。
けれどニコラスは、今度はどこか諭すような口調でシルヴィに
「でもなぁ、男と女では、腕力に差が出るのは当たり前のことだ。別に君が剣を持って戦わなくたっていいんじゃないのか? ラザールだって、そんなことは望んでいないんじゃないかな?」
と問いかけた。
それは長兄ラザールにも父にも周囲の大人たちにも言われていたことだったから、シルヴィだってニコラスが言っている意味が分からないわけではなかった。
だが、同時に行き場のない怒りや悲しみも湧き上がった。
自分の手で自分の大切なものを守りたい。そう考えるのは、そんなに変なことなのだろうか。そんなに非難されるべきことなのだろうか。
感情を向ける矛先は、自分から剣を取り上げようとする長兄ラザールや彼と意見を同じくする者たちであるべきで、目の前のニコラスではないということは分かっているのに、まだ若いシルヴィは自分の感情をうまく抑えることができなかった。
「私は嫌なの、ただ守られるだけなんて」
シルヴィはむっとしながら腹の底から低い声を絞り出し、ニコラスを睨んだ。
そのまま彼の反応を待つ。
自分の考えは決して間違ってはいないはずだ。
その一心でシルヴィは胸を張りながらも、どこかで身構えていた。
彼は次にどんな反応を見せるのだろう。引き続き兄のようにシルヴィには剣など必要ないと説くのだろうか。どうやっても男女の力の差は埋められないというのは事実でもあるから、諦めないシルヴィを馬鹿にするだろうか。
彼はシルヴィが放つ不穏な空気から逃げることはなかった。静かに真正面からシルヴィの視線を受け止め、ふいにふっと微笑んだ。
「分かった分かった。俺も協力してやるよ」
てっきり反対されるとばかり思っていたので、シルヴィは一瞬驚き、そして喜びに顔をほころばせた。
「本当!?」
シルヴィは思わず立ち上がって彼に向き直った。
「ああ」
彼が大きくうなずいたため、シルヴィの胸がいっそう高鳴った。
「じゃあ、また来月、対戦してくれる?」
シルヴィが半信半疑でもう一度確認すると、ニコラスは再び首肯した。
「分かった」
今までシルヴィが剣の稽古をするのを肯定的にとらえてくれたのは、彼女に剣を教えてくれているロイクだけだった。だからシルヴィは新たな味方の出現に嬉しくなった。
「私、絶対にあなたを倒して、スヴェン王子に剣の稽古をつけてもらうわ!!」
シルヴィはニコラスに負けた事実をすっかり忘れ、両手で拳をしっかり握り、決意を新たにした。
胸がどうしようもなく弾んで、シルヴィは剣の稽古がしたいと思った。もっともっと強くなり、ニコラスに打ち勝ち、そしてスヴェンに直接指導してもらいたいと思った。
いても立ってもいられなくなって、シルヴィは彼に右手を差し出した。
「じゃあ、私、帰るわ。どうもありがとう」
もちろんシルヴィは、彼が自分の友人なのではなく、兄の友人であるという事実を忘れてはいなかった。ニコラスに対する尊敬や感謝の念もあった。一方で、彼が自分の同志であるという気もしていたから、彼と対等な立場でいたくて、だから彼と握手がしたかった。
「ああ、気をつけてな」
ニコラスもシルヴィの意図を察し、彼女が差し出した手を握り返した。
この瞬間から、ニコラスはシルヴィにとって倒すべき第一目標というだけでなく、最終的な目標を達成するための協力者にもなった。




