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フェーベ大陸最大最強の帝国ティティスの南部に、シルヴィの実家ナルフィ大公家が治めるナルフィ大公国領があった。
ナルフィ家現当主ユーリの第四子、次女のシルヴィは自国領を抜け出し、帝都ローゲに住んでいる長兄ラザールを訪ねることにした。彼女より四つ年上のラザールは現在ローゲにある士官学校に在籍しているのだ。
ナルフィ家がローゲに所有する別邸からローゲ郊外の士官学校まで、シルヴィは大好きな乗馬を思う存分楽しんだ。
季節は春。青く澄んだ空が目に眩しく、清々しい風が心地よい。
今日、兄が在籍する士官学校では学祭が開かれている。
士官学校は2月から始まる。親元を離れて寄宿学校で寮生活を送る新入生は、新しい生活に慣れ始めた4月くらいにホームシックにかかることが多い。また、親たちも自分の息子がうまくやっているかどうか不安に思う。
だから4月に学祭を開き、家族が学校内への立ち入りを許されるのだ。新入生の家族に限らず在校生の家族なら誰もが参加することができる。
祭りといっても学生が主体となって何かを催すわけではない。位の高い貴族の子息が集まる士官学校であるため、生徒たちはいいところのお坊ちゃんばかりだ。彼らは他人のために何かをするというよりは、他人に何かをしてもらうことに慣れきっている。
特別なことといえば、保護者たちが学内を自由に見て回れることと、カフェテリアが訪問客相手にいつもよりたくさんの種類の食べ物を売ることくらいだ。
久々に息子に再会した保護者たちは息子の案内で学内を歩き、カフェテリアで食べ物や飲み物を買って、一緒に食事をしながら息子の学校生活を垣間見るのだった。
だが、シルヴィが兄ラザールに呼び出されたのは士官学校の敷地内ではなく、学校の裏山だった。
シルヴィは軽快に馬を走らせながら、兄に指定された学校の裏山を目指した。
士官学校の内部に興味がないわけではなかったが、人の多い場所は好きではないシルヴィだったので、彼女は裏山が待ち合わせ場所だったことを単純に喜んだ。
ラザールに会うのは久しぶりというわけではなかったが、それでもシルヴィは兄に会えるのを楽しみにしていた。ラザールが剣の相手をしてくれるからだ。
妹の目から見てもラザールは責任感が強く、自分に厳しく、曲がったことが嫌いな尊敬に値する若者だったが、シルヴィは剣を手にした時の兄が一番好きだった。文句なしに強くてかっこいいからだ。
そんな兄に稽古をつけてもらえる。それが嬉しくて、シルヴィはわくわくした。
シルヴィは馬の腹を蹴って裏山へと急いだ。