三話 暴徒
少年とぶつかった丁字路を抜けて、三人は近道として路地裏へと入っていく。入り組んだ道は次第に明るさを失くし、荒々しさを残した細道となっていた。当然そこもかつて繁栄した店や宿であり人も住んではいるが、表道ほどの活気はない。所謂貧民街だ。
そしてそんな場所を歩く三人は住民にとって格好の餌食となる。
「…」
「またぁ?」
「これで何回目かしら」
ピタリと止まったカネルヴァの背にエレーナがくっつき、肩越しに前を見据える。小さな刃物を持った男が四、五人。後ろからも足音が聞こえた。前にいる男たちは、ニヤニヤとした表情を隠さずカネルヴァ達を見ていた。その視線はまるで値踏みするかのように低俗なもので、シェリーは整端な顔を歪める。
「オイオイ、綺麗な顔が台無しだぜ?」
「大体こんなトコ歩いてるお嬢ちゃん方が悪いんだぜ?そんなカッコでのこのこ歩いてよぉ…」
「襲ってくれって言ってるもんだぜ!」
下品に笑う男たちに、カネルヴァは溜息を吐いて振り返る。
「……どーする」
「どうしましょうねぇ、正直この流れ飽きたのよ私」
「ほっとこ?私帰って新しい香水作りたい」
「そうするか、んじゃさっさと帰ろ」
荷物を持ち直して進むカネルヴァと、その後ろを歩くシェリーとエレーナ。その目には、周りの男たちは映っていない。それが逆鱗に触れた男は、声を荒らげて刃物を振るった。
「…んなさっさと帰りてェなら、身ぐるみ一式置いてけやぁ!!」
そう言って刃物をカネルヴァへ向ける。相手は丸腰、こちらは刃物。脅しに使うための道具だが、最悪当たってしまっても痛みに怯え脅迫の材料となるだろう、一通り犯し回したら競りにでもかけて売ってやる。
しかし男はそこまでしか考えられなかった。
「なん…っ!?」
まるで見えない壁に阻まれまかのように、刃物はカネルヴァの肌にくい込む前に弾き返された。そこに二、三度打撃を加えてもびくともしない。
「届きませんよ」
カネルヴァ・エレーナが横を通り過ぎ、最後にシェリーがクルリと振り返る。そこには、透明な壁を壊そうと何度も刃を叩きつける男たちの姿が。
怒り狂う男たちを一瞥して、シェリーはにっこり笑ってその場を後にした。
*
路地裏を抜け、活気が戻った道を行く。先程とはまた違った建物の造りが三人を出迎える。三人の家の辺りは木造建築が多い。それに比べ、ここは金属や鉄パイプといった機械を思わせる街だ。
「それにしても遠いわねぇ」
「久々に歩いて行こうって言ったのシェリーじゃん!?」
「たまにはいいんじゃない、特にエレーナにとっては運動になるだろうし」
「うぅう……」
お腹を抑えて呻くエレーナを横目にカネルヴァはフン、と鼻を鳴らす。どちらかというとそこではなくその上をもう少し減らしてほしい、と願っているのをエレーナは知らない。
シェリーはそんなエレーナに声をかけようと口を開いた。しかし言葉が出てくる前に、遠くで悲鳴が上がる。
「……どうやら運動以上になりそうね」
悲鳴の元凶、数百メートル離れた場所からあがる黒煙を見て三人は走り出した。
辿りついたのは小さな商店街。馬車が店に突っ込み、何者かがその周りの建物に火を放ったらしい。あまり時間が経っていないので火はまだ少ない範囲にしかないが、時間の問題だろう。すぐに轟々と燃える炎となる。
「すぐに消化を───!」
「!? シェリー!」
その火を消そうとしたシェリーに、何かが飛んでいくのが見えたエレーナはシェリー諸共倒れ込み回避した。カネルヴァは飛んできた方向に顔を向ける。
「…おいおいマジか」
飛んできた何かとは果物ナイフ。黒いモヤのようなものに覆われ荒くれる馬と、同じようにモヤに覆われた人々の姿が三人の視界に映る。その光景は、まるで何かに操られているような___実際操られているものだった。
「黒魔術、或いは闇魔法」
カネルヴァがそう口にした瞬間、タイルを突き破るようにして出てきた"何か"が操られた住民たちを囲む。その"何か"とは巨大な幹だった。
「!?」
エレーナがポケットに入れた手を出そうとした瞬間、住民たちは猛々しい叫び声を上げた。奥側には、兵士と思われる大軍が押し寄せていた。
その中でも先頭にいた者達が操られた民衆を斬ったのだろう。彼等の剣には真新しい赤がこびりついている。
こちらに向き直った兵士は、一度動きを止めると一瞬で三人を囲んだ。御丁寧に槍の切っ先を三人に向けている。
「…何のつもりだ」
それに怯むことなく低い声で聞いたカネルヴァに、兵長らしき人物が大声で言った。
「この騒動の重要参考人として身柄を拘束させて頂く!反抗の色を見せた場合は速やかに武器を取り上げ獄に入ってもらう!拒否権は無しだ!連れていけ」
途端に多数の手が三人を拘束する。強引なそれに声を荒げたところで意味はなし、と判断してシェリーはカネルヴァとエレーナに目配せをした。