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マレーの匣庭  作者: 名取
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一話 初口

カーテンの隙間から漏れる光に、カネルヴァ・ゼーデルホルムは目を覚ました。どうやら目覚めるまで嫌な夢を見ていたらしく、体中汗が滴っていた。あまりの気持ち悪さに、カネルヴァは顔を顰める。


「杖と、着替え…あった」


ミニテーブルに置かれた緑色の宝石が埋め込まれた杖と普段着を手に取り、風呂場に向かうため階段を降りる。一刻も早く汗を洗い落としたかった。降りる途中で、チカリとした一瞬の眩しさに目を細めた。杖の宝石が太陽の光を反射し、キラキラと輝いていた。




風呂場を後にしたカネルヴァはダイニングへと向かった。脱衣場に出たあたりから、朝食の匂いが鼻を擽っていた。レンガ造りの廊下を抜けて、薄紫色の扉を開ける。余計濃くなる匂いに、カネルヴァは口角を上げた。


「焼きたてのカンパーニュの匂いだ」

「あらおはよう、カネルヴァ…もう、またそんな格好して」


朝の挨拶もせずダイニングチェアに座ったカネルヴァに、スープが入った小皿を傾ける女性が振り向く。青を基調としたふんわりとしたロングドレスを身に纏い、艶やかな黒髪を後頭部で結った彼女は、カネルヴァと同棲しているシェリー・ケンプソンだ。彼女が咎めたのは、カネルヴァの服装。シースルー素材の黒いノースリーブシャツはカネルヴァの下着が丸見えである。襟部分は黒と白のストライプで、衿台には黒の台座に縁取られたエメラルドが鎮座しているが、年頃の女としての格好としては些か俗なものだった。


「今更でしょ?それよりお腹減った、エレーナは?」

「まだ寝てるんじゃないかしら」

「ねぼすけ、どうせまた夜薬草(よやくそう)でも育ててたんじゃないの」


「昨日は朱緋(あけび)の精製よ!」


大きな音と共に扉が開く。薄桃色のネグリジェを着た少女は、今し方二人が話していた人物、エレーナ・シャロノフである。ミルクティー色の髪の毛を揺らし、小柄なエレーナはシェリーの腰に抱き着いた。


「おはようエレーナ、また遅くまで起きてたの?」

「おはようシェリー、つい熱中しちゃって」

「もう、ちゃんと寝なきゃだめよ」

「はぁい」


まるで親子のような会話をひだりから右に聞き流しながら、カネルヴァは出来るだけ己の存在感を薄くしようと無心になる。しかし間もなく、エレーナはカネルヴァに向き直った。


「おはようカネルヴァ!眠そうなその表情素敵よ!」

「むぐ!んー!!!」


その大きな胸にカネルヴァを埋め、きつく抱き締めるエレーナ。朝は必ずといってもいいほどこの抱擁がカネルヴァを苦しめる。物理的にも精神的にも、顔に当たるエレーナの胸のその大きさに。漸く抜け出せたのは、シェリーの"そろそろ出来るわよ"という声が聞こえた時だった。



「今日は二人共暇かしら?」

「…私は特にない」

「私も。朱緋の量だと暫く生産しなくてよさそうだし」


カネルヴァはカンパーニュを、シェリーはフレンチトーストを、そしてエレーナはハムエッグを頬張り答える。相変わらずシェリーのご飯は美味い、と指についたパンくずを舐めとるカネルヴァを余所に、エレーナは"何かあった?"とシェリーに尋ねた。


「食糧とか色々買いに行きたいんだけど、一緒に行かない?」

「え、行く!!」


散策やショッピングが好きなエレーナは右手を上げてすぐに答えた。対してカネルヴァは頬杖をつきながらコーヒーを啜っている。そんな様子にシェリーは特に何も言わず、"じゃあ準備しましょう"と皿を片付けていく。カネルヴァは嫌なものはしっかりと否定するということを知っているシェリーは、何も言わないカネルヴァの答えをちゃんと理解している。空になったコーヒーカップを受け取りながら、シェリーはカネルヴァに"楽しみね"と微笑んだ。



この国は五つの地方に別れており、それぞれに城と王都がある。ここは南側に位置するハルモア地方といい、七区に分けられている。

三人が住むのは港が多いコレオ区、市場や店が多いのはアルレオン区といい、工場施設などの多いトレーロ区を間にして位置している。


「いつ見ても大きいわね」


城を見上げたシェリーが呟く。七区の中心区であり王都のバスモニア区には、この国の王が住む城がある。大聖堂や比較的小さな離宮を幾つか建て、その大きさは視界の半分を埋め尽くしている。


「あんなに部屋も要らないだろうにな」

「召使さんとか住んでるのかもよ?」

「よくわからんし興味ない」


水路に架けられた橋を渡るカネルヴァは前だけを見ていた。彼女は基本、自分たちのこと以外どうでもいいという考えを持つ。自分に影響を及ぼさない限り、この国の頂であろうとただの置物に過ぎない。そう吐き捨てた頃のカネルヴァを思い出し、シェリーは微笑む。


「それはそうと、今日はいい天気ね」

「ちゃっかり日傘してる奴が何言ってんだ」

「てゆーか暑そ…」


黒いローブを腕に引っ掛けただけのカネルヴァや、短いケープを着たエレーナとは違いシェリーは足元までの長さのローブを羽織っていた。シェリーにとってはそれがスタンダードである。


「折角だから服屋も行こうよ!リオムばぁちゃんに見繕ってもらお!」


リオム、とは三人の贔屓している服屋の店主である。"そうと決まれば早く行こう"と腕を引っ張るエレーナに、カネルヴァとシェリーは呆れたように笑った。

初投稿です。よろしくお願いします

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