第八話 遠征と夜話
赫狼隊に入隊した次の次の日、俺は赫狼隊と一緒に旧都市街と呼ばれる大規模な廃墟群に向かっている。旧都市街はこの暗黒大陸が鬼に支配される前にあった、小王国の首都だった場所らしい。
今ではほとんどの建物が、原型をとどめていない。しかしその光景になんとなく風情を感じてしまうのは、俺が日本人からなのか、それともこれから体験するであろう実戦のことを意識しないようにしているのか……。ともかく、今のところ案外何とかなるんじゃないかと不思議な余裕があった。
新京からこの廃墟都市までは、羊車で丸一日と言ったところで、廃墟都市に着いたころには太陽はほとんど西の空に沈んでいた。
ちなみに、羊車なんてものは現実世界では見たことも聞いたこともなかったが、こちらでは人や貨物を乗せた車を引くのはもっぱら羊らしい。羊と言っても可愛らしいものじゃなくて、見た目はバッファローみたいだ。聞くところによると、馬や竜と比べると流石に足は遅いが、力が強く丈夫で、しかも羊らしく羊毛もとれるし、食べてもおいしいし、乳も栄養満点らしくて、かなり重宝されているらしい。
通常なら羊車の貸し出しをしている業者か、酪農家なんかにお金を払って借りてこないといけないんだけど、赫狼ではスヴェンの飼い羊の『レタルペ』がいるので無料で使える。
これで、戦闘でも役に立てば文句なしだが、レタルペに限らずこの世界の羊は図体はでかいが、基本的におとなしく、鬼を怖がるので戦闘向きではない。そのため、廃墟都市に着いたら獣牙団の仮拠点にある簡素な羊舎につないでおくしかないらしい。
―まあ、こうして楽に旅ができるってだけでも十分か。
前にサリアの騎竜に乗ったときは、正直お尻が痛くて快適な旅とは言えなかったことを思い出した。
「今日は、予定通り南門の見張り台まで行って、明日の朝、街の中心部まで向かおう。聞いたところによると、最近また子鬼の集団がいくつか住み着いているらしい」
もうすぐ到着というところで、シシマルさんが皆に声をかけた。
俺はそんなシシマルさんの話をどこかうわの空で聞きつつ、旧都市街南門に併設してある見晴台兼獣牙団仮拠点に向かう羊車の中で、兵舎のロビーの本棚から勝手に借りてきた古びた本を読んでいた。
カナ文字で書かれていて少し古風な表現が目立つが、普通に読むことができる。内容はどうやら、自己啓発っぽくてあまり面白くはない。ただ、ネガティブになりがちな気持ちを変えるために持ってきたのだが、まあ、役に立つことを期待するしかない。
そんなこんなで、仮拠点に着くと、そこは簡素なもので今は無人のようだった。
「やっぱ、ほかの部隊はいないね。みんな北方樹海の方で稼いでるのかな?」
「せやろなぁ。樹海の方は今が稼ぎ時やから」
ユユコとスヴェンが言っている樹海っていうのは、俺が鬼に連れてこられた採掘場のあった樹海のことだ。樹海はあまり価値がないとみなされて、これまでほとんど探索が進んでいなかったが、今回、鬼が人間を奴隷にしていたことが明るみになってから状況が変わった。
鬼というのは本来人をさらったりしないし、泳ぐのが苦手で水辺を嫌うので海を渡ることなどほとんど考えられないことだったらしい。それが、人を労働力とするために海を渡ってまで人を捕らえて奴隷にしていたってことで、帝国の方も脅威に感じたのか、獣牙団に対して樹海にいまだにいると思われる人さらいの鬼たちの討伐依頼を出した。
噂によるとその依頼のために出された報奨金はかなりの額が支払われていて、北方樹海の鬼は他の地域の鬼の1.5倍から3倍の討伐報酬金が支払われているらしい。そんなわけで今獣牙団では空前の樹海ブームが到来してるってわけだ。
「確かに、今樹海は稼ぎ時かもしれないけど、未踏地域が多すぎて危険よ。聞いた話ではかなりの数の死傷者が出てるって」
「みたいやね~。それに聞いた所によると、その樹海を仕切ってる大鬼には個体名がつけられるんやて」
「個体名?」
「ああ、ジュンジュンはまだわからんか。個体名ちゅうのは、鬼の中でも特別な奴に付けられるもんで、昔は子鬼山を根城にしていた『金剛鬼』とか、とんでもなく走りの速い『山姥』とか、腕が8本もある『阿修羅』なんてのがおってな、どれも高額の懸賞金がかけられてたんや」
「へぇー」
「でも今回の北方樹海の奴はちっとばかし特殊で、まだちゃんと姿を見たもんはおらんらしいで。噂では黒い一本角の大鬼らしいんやけど、そんなの割とどこにでもいそうやからなぁ」
黒い一本角の大鬼。ほかの鬼を率いてるってことはもしかすると、採掘場にいたあの大鬼かもしれない。思い出すだけで、それが恐怖からか怒りからなのかはわからないが、自分でも手が震えているのが分かった。
「ん?ジュンヤ君、どうかしたかい?」
そうした変化をシシマルさんが目ざとく見つけ声をかけてくる。
「ああ、いえ。えっと、なんでもないです。これから初めての実戦なんで、少し緊張してるのかも」
「誰だって、最初はそんなものさ。明日は僕も含めみんなで支援するから、君は僕たちの戦い方をよく見ていてくれ」
「はい、ありがとうございます」
するとクレハもスヴェンもユユコも「まかせろ」ってな感じの笑顔を見せてくれた。……レッドは自分の武器、金砕棒の手入れに忙しいみたいだったが。
まあ、実戦に関してはそこまで緊張しているわけでもない。楽観的と言われればその通りだが、変に緊張するよりかはリラックスしていた方がいいだろう。
そんなわけで、仮拠点で一晩休んだ後、いよいよ鬼退治に出発した。
旧都市街はこれまで長い間、傭兵と鬼で奪い合いをしてきた場所だ。とは言っても激戦地ってわけじゃなくて、ずっと小競り合いが続いてるって状況らしい。どれだけ鬼たちを一掃しても、ここが鬼たちにとって住みやすいのか、いつの間にかにまた住み着く。しかし、旧都市街はわざわざ駐留して警備するほどの重要な場所でもないし、かと言って新京に近いため放置もできない。だから、こうして定期的に見回りを行って鬼退治する任務があるってわけだ。
「いたぞ。いつも通りいく」
シシマルさんはそう叫んだのと同時に瓦礫の陰から姿を見せた子鬼3匹の集団に盾を構えて突進していく。それにレッドとユユコが続き、少し遅れてクレハも前に出る。
俺は手に持っていた弩の弦を引き、矢を装填する。
「あ~、ジュンジュンええよ。今回は三匹だけやし。周りはワイが見てるから。ジュンジュンはシシマル達の戦いを見とって」
スヴェンさんは、砲杖と言われる木の棒の先端に金属製の筒が取り付けられている砲兵の武器を構えることもなく軽い口調で言う。
確かに最初のシシマルさんの突撃で弾き飛ばされた一匹をユユコが素早く短剣で止めを刺し、レッドが振るう金砕棒の一撃でもう一匹も動かなくなった。残る1匹も四人に囲まれて絶体絶命といった状況だ。
「まあ、ここだとあまりワイらの出番はないかもな。こういう時は別方向からの攻撃を警戒するか、いっそワイらも前に出て一気に終わらすのもええかもな~」
「はぁ、そういうもんなんだ」
なんて話している間にクレハの槍による強烈な一突きが子鬼の胸に深々と突き刺さり、俺の初めての実戦はあっけなく終わってしまった。
別に戦わなくても良かった、ってのはいいんだけど、役に立てなくて心苦しいってのもある。
「あっ、そうだ。今日の角持ちはジュンヤにやってもらおうよ」
「そうだね、そうしてもらおうか」
「角持ち?ってなんです?」
「ああ、別に難しいことじゃなくて、これを持っておくってだけのことなんだけどね」
そう言って、子鬼を倒して戻ってきたシシマルさんが少し大きめの革袋を渡してきた。
「聞いてると思うけど、倒した鬼の角を集めて、それを本部の換金場にもっていかないと討伐報酬は出ないからね。倒した鬼の角はちゃんと持って帰らないといけないんだ」
確かにユキさんからの説明の中でそんなことを聞いた気がする。
しかし、鬼も随分と便利な体をしていると思う。鬼は死ぬとその角を残し消滅してしまう。消滅には死んでから多少時間がかかることもあるが、心臓をつぶせば一瞬らしい。
俺はシシマルさんたち倒され、黒い霧となって消えた子鬼の角を拾って革袋に詰めた。鬼よって角の大きさや数は違うけれど、分かる人に見せれば、子鬼と大鬼の区別や、同じ固体のものかどうかもわかるものらしい。
「それじゃ、先に進もうか」
シシマルさんの掛け声とともに、俺たちは再び旧都市街の中心部へ進みだした。
果たしてこの後も順調にことが進むのだろうか。そんな一抹の不安を振り払い、弩を持つ手に力を込めた。
――――――――――――
なんて、不穏な空気を醸し出したけれど、旧都市街に来てから誰一人大きな怪我なく1週間がたち、明日の朝には新京への帰還の途に就く。
俺は今15分ほど前にユユコと夜の見張り番を交代して、寒空の下仮拠点にある見張り塔の上で一人佇んでいる。
空は雲一つなく、半分の月が怪しく廃墟を照らし、なんだか人を不安な気分にさせる。
ここに来てから合計20回もの戦闘を行ったが、どの戦いも危なげなく撃破、若しくは撃退することができた。俺という初心者を連れての遠征の結果としては上々だろう。
なのに、今、俺はここに来たときの様な漠然とした余裕はなくなり、ネガティブな気分に支配されつつある。
何が不安かって言うと、俺の赫狼隊における存在価値だ。
正直言って俺はこの部隊に向いていない。と言うのも、この部隊のメンバーはみんな前のめり過ぎるのだ。
シシマルさんやレッド、ユユコはもともと前衛で戦うタイプなので理解できるが、本来衛生兵であるはずのクレハや時には砲兵のスヴェンまで前に出て白兵戦に加わるんだから、俺一人が後ろに取り残されることがたびたびあった。
なんというか、ままならないものだ。もちろん、最初から上手く出来ると思っていたわけではないが、正直言ってこれから部隊としてちゃんと連携を取っていく自信を完全になくしてしまった。
こうやって気分が落ち込んでいると、元の世界に早く帰りたい、とか。なんで傭兵なんかやってるんだろう、とか。どうしようもない悩みが浮かんできて、自分にイライラしてしまう。
「やあ、ジュンヤくん。調子はどうかな?」
「まぁ…まあまあってとこですかね」
シシマルさんに突然話しかけられたが、梯子を上っている音がしていたので特に驚きはしなかった。
「えっと、どうしたんですか?交代にはまだ早いですよ?」
「少し君と話がしたくてね」
シシマルさんはそう言って魔法瓶を取り出し、熱いお茶を淹れてくれた。
最近は秋も深まってきて、夜は特に冷え込んでいる。こういう時に飲む熱いお茶は本当に美味しく感じる。
「それで、俺に話って?」
「うん。なんて言うのかさ、君はもう気付いているだろうけど、僕の部隊は…少しおかしなことになってるんだ」
「…戦い方がってことですか?」
「うん。率直に言ってそうなるね」
シシマルさんは少し困ったような、自嘲しているような―そんな表情ををした。
「最初からこうだったわけじゃない。僕達が最初に隊を作ったときには、もっとみんな冷静に自分の役割に徹していたんだ」
「なにか、きっかけがあったんですか?」
「…うん。赫狼は元々7人で結成した分隊だったんだ。僕が隊長で今いるクレハ、レッド、ユユコ、スヴェン、それと槍兵のダン、弓兵のリリィ、みんな新京で育った幼馴染で、自分たちの部隊を作ることが僕らの夢だったんだ」
……なんとなく話が見えた。不謹慎というか失礼なことだと思うけど、今はあまり暗くなる話を聞きたくないし、身勝手だけど自分のことで精一杯だ。
―余計なものを背負う余裕なんてないぞ、俺は。
しかし、俺のそんな事情に関係なくシシマルさんの話は続く。
「もうすぐ2年になるかな。部隊を結成して一年が経った頃に僕らは、新京からまっすぐ西に進んだところにある古い坑道跡の掃討任務に参加していたんだ。
当時、坑道跡には『牛鬼』っていうとんでもなく強い鬼が住み着いてね、まあ、あの時はまだ都市伝説みたいなもので、獣牙団の中でその存在を本気で信じている人なんてほとんどいなかったんだけど。
それで、僕らは坑道跡の深い層で探索中にまだ地図に載っていない道を発見したんだ。新通路の発見は特別報酬が出ることになっていたから、僕らはたいして迷うこともなくその道を探索することにしたんだ」
シシマルさんはそこで一度話を区切り、空になっていた自分のコップに再びお茶を淹れた。
「あの時の僕らは端的に言って調子に乗っていた、ってことなんだろう。まだ結成して一年の隊だったけど、年間の獲得賞金総額では10位以内に食い込む勢いで、新設の隊としては記録的な戦果を挙げていたんだ」
シシマルさんは少しだけ昔を懐かしむような笑顔を浮かべた。だけど、すぐにその笑顔を振り払うかのように首を横に振った。
「だけど、僕らがそこまで上手くいっていたのは、部隊としての力が優れていたわけじゃない。ひとえにダンという天才に支えられていたってだけだったんだ」
そこからシシマルさんがまるで懺悔でもしているかのように沈痛な面持ちで話を続けた。
「ダンの戦闘技術は群を抜いていた。一人で鬼を十数匹相手にした時だって全く引けを取ることはなかったし、情けない話だけど隊長の僕なんかより戦闘中も周りをよく見ていて、的確な指示を出せる本当の天才だった。だからダンがいればどんな敵にだって負けるはずないって、あの頃はそう思っていた」
話を聞いた通りだとすればダンと言う人は超人だ。鬼10体以上の戦闘力を持って、頭も切れる。そんな人が仲間にいれば、良くも悪くも部隊としては勢いづくのも仕方ないだろう。
「だけど違ったんだ。どんな時でもどんな敵にも絶対に勝てる―なんてことはないんだ。見つけた道の先で牛鬼に遭遇して思い知らされた。奴には武器どころか戦精術でもほとんど傷をつけることができなかった。それどころかたった1体なのに僕ら7人が全力を出しても、奴の攻撃をしのぐのが精一杯だった。
そんな危機の時こそ僕らはダンの判断を待った。こんな時でもダンなら何とかしてくれると僕らは信じていた。だから、ダンが、合図を出すのと同時に一気に退却する言ったら、僕らはそれに何の疑問も感じずその通りにした」
ダンは正しい判断をしたと思う。勝てないと分かれば素直に引くことが重要だ。俺たちは傭兵で、本質的にはお金のために戦っているのだ。必要以上に命を危険にさらす必要はない。アリサさんにもよくそう教えられた。
しかし、問題は戦うのと同じぐらい、若しくはそれ以上に逃げるのは往々にして難しいということだ。
「確かにダンの言う通りにしたら牛鬼からは逃げられたんだ……ダンを除いては。彼は僕達を逃がすために囮になったんだ。僕らがそのことに気づいたのは、坑道の中層あたりまで戻った時だった。それだけ混乱していた。そして、そこを子鬼の集団に襲われたんだ。散々なものだった、ダンがいれば全く手間取ることのないはずの敵だった。それなのに、全然連携が取れなくて、そうして手間取っている間に敵の増援が来て、諦めかけた時に運よく通りがかりの部隊が救援に来てくれて僕は助かった。……だけどリリィはダメだった。即死だった。治癒術は効かなかった」
―あぁ、もう聞きたくない。
「あの時は本当に自分の不甲斐なさに殺意を覚えたよ。ダンが命を懸けて助けてくれたのに、さらにリリィまで犠牲にしてしまうなんて、本当に申し訳なくて、悲しくて、悔しくて、どうにかなってしまいそうだった」
その気持ち、分かるよ。なんて軽々しく言うつもりはないけど、もし、自分がその立場だったらって想像するだけで、胸が苦しくなる。
「当然僕にはもう隊長を続ける資格はないと思った。だけど、みんながもう一度頑張ろうって言ってくれた。7人で始めた夢を投げ出したらそれこそダンとリリィに顔向けできなくなるって。その通りだと思った。だから、初心に帰って小さなことから始めて、最近やっと様になってきたと思ったんだけど……。君が感じた通りだよ」
そこでシシマルさんは当てもなく廃墟が立ち並ぶ街を見下ろしていた視線を俺の方へまっすぐ向けてきた。
「みんな怖がっているんだ。また、仲間を失うことに、仲間とはぐれてしまうことに。だから、無意識のうちに互いのそばで戦おうとしている。もちろんそれは悪いってわけじゃない。だけど、この戦い方だけじゃいつか壁にぶつかるだろう。僕らはもっと戦い方を柔軟にしていく必要があるんだ」
―まあ、理屈は分かるが具体的に俺に何を求めているんだ?こっちはまだ素人に毛が生えたぐらいのもんで、力になれることなんてあまりないと思うんですけど…。
そんなことを思っていると、シシマルさんにガシッっと両肩に力強く肩をつかまれた。
「君には期待しているんだ。実は君が訓練していたころにアリアリサさんから話を聞いていてね、君は僕たちとは全く違った戦い方を学んできている。だから、君の戦いや意見がこの部隊に新しい風をもたらしてくれると思うんだ」
「え、えっと」
―ちょっと、期待が過大過ぎる。無理だよそんなの。大体、新しい風って、仮にそんなのを吹かすことができたとして、それが良いものなんて保証どこにもないんだぞ。
「もちろん。僕も最大限協力する。まだ入って来たばかりで、あまり意見しにくいこともあるかもしれないけど、そんな時は遠慮なく僕を通して言ってくれて構わないから、一緒にこの部隊をもっといい部隊にしていくために協力してほしい。よろしく頼む」
シシマルさんはそう言って、今度は頭を下げてきた。
「あ、いや、そんな。お願いされるまでもなく、俺も赫狼のために、俺なんかで、できることがあったら、遠慮なく協力させてもらいますよ」
「そうか!ありがとう。君を部隊に招いて本当によかったよ」
―あー。どうしてこう、思ったことの半分も口にすることができないんだろう。まぁ、でも、元の世界でも母さんや七海、それとホントに仲の良かった友達の前以外はこんな感じだったかもなー。今思うと俺は結構内弁慶みたいなとこあったような気がするなぁ。反省しよう…。
「あはは、少し長話してしまったね。じゃあ、見張りは僕が代わるからジュンヤ君はもう休んでよ。明日も朝早くに出発するからさ」
「そうですか…。うーん…、それじゃ、悪いですけど、お言葉に甘えて休んできていいですか?」
「ああ、今日はありがとう。おやすみ」
「はい、ありがとうございました」
早速反省を活かして、素直に休ませてもらうことにした。…なんだか、すごく気疲れしてしまった。
そしてうっかり足を踏み外さないように梯子をゆっくりと降りていくと―
「お疲れ様。シシマルとどんな話してたの?」
クレハに声をかけられた。
―この感じだと多分聞かれてたな。
「赫狼隊の昔のことについて、ちょっとね」
「そっか。えっと、ちょっといい?この際だから私も少し話しておこうと思って」
―いやいや、今日もういいよ。今はこれ以上面倒な話は聞きたいくない。
「大丈夫だよ。目が冴えちゃってて、まだ眠れそうにもないし」
―まぁ、さっき反省を活かして頑張ったし、今回は仕方ないよね。2回に1回いや、3回に1回ぐらいでいいよね、頑張るのはさ。
それから、俺とクレハは寝床につかってる仮拠点の2階ではなくて、1階にある簡素な談話室に来た。話声でほかのみんなを起こしてしまわないためだ。
「それじゃ、何を話そっか?」
―何をって、そんなんの知らないよ。そっちが誘ったんじゃん。
「えっと、じゃあ、みんなのことについて教えてよ、人柄とか戦い方の癖とかさ。俺まだみんなのことよく知らないから」
「そうよね。まだ入隊して10日も経ってないもんね」
我ながらいい話題を思いついた。赫狼隊の面々とはこの一週間一緒にいるわけだが、まだまだその人となりについては理解できていないことが多い。
「うーん。じゃあ、シシマルからね。と言ってもシシマルは本当に表裏のない人だから、見たままの人よ。優しくて、努力家で、情に厚くて、それで責任感も強くて、私たちみんな、シシマルが隊長で本当に良かったと思ってる」
確かにクレハの言う通り、シシマルさんには裏表とかなさそうだな。ただちょっと、暑苦しく感じてしまうのは俺がひねくれているからかもしれないけど。
「シシマルはね、真っ先に敵に前に出て攻撃を引き付けてくれて、そのおかげですごく戦いやすくなってるの。でもそのせいで一番怪我しやすいから、正直あまり無理はして欲しくはないんだけどね」
「そうだね。シシマルさんのお陰で俺なんかはすっごく戦いやすかったかな。俺、接近戦とか全然だめだし」
「へぇー、そうなの?アリアリサさんには訓練してもらえなかったの?確か、アリアリサさんって弓だけじゃなくて剣術の腕も相当なものだって聞いていたけれど」
「あぁー、一応最低限やっては貰ったんだけど、俺そっちは全然才能がなくてさ」
「あっ、才能がいないって言ったらスヴェンもそうなのよ。まあ、スヴェンは砲兵だから剣なんて使えなくてもいいんだけど、一度私と稽古したときなんか素手の私にも勝てなかったんだから」
「えっ、でも、スヴェンも結構白兵戦やってるよね?」
「うん、今はね。スヴェンもいろいろ思うところがあったみたいで、いっぱい訓練して自分なりの戦い方を身に付けたみたい。だから、ジュンヤも才能がないからって白兵戦の訓練を怠ったりしたらだめよ。最後に自分を守るのは、自分だから」
「ああ、そうだね」
確かに、クレハの言う通りではあるのだが、いま一つ手に持った刃物で相手を切り付け、突き刺すという行為にまだ抵抗が残ってる。矢で射抜くのと何が違うんだ、と言われれば説明はできないけれど、俺の中でいまだ割り切れないものがあるみたいだ。
「あ、ついでだから言うとね、スヴェンも見た通り、飄々としてて軽い感じの人よ。もちろん、スヴェンもスヴェンで仲間思いで優しいとこもあるんだけど、ちょっと掴みどころがなくてたまに何考えているのかわからないこととかあるかな」
「あはは、確かにそんな感じだ」
「じゃ、次はユユコね。ユユコは明るくてよく笑う子で、赫狼の盛り上げ担当みたいな感じかな。あと手先が器用でなんでもすぐに覚えちゃうから、戦い方も多彩で短剣や斧を使った白兵戦から、吹き矢や手持投石機、簡単な罠を作ったりもできるから、戦場で一緒にいてとても心強い存在よ」
「へぇー、なんでもできるんだな。今度何か一つぐらい教えてもらおうかな?」
「ふふっ。やめといた方がいいわよ。ユユコ、説明下手だから。訓練つけてもらうなら素直に獣牙団本部でお金払って、教官に教わった方がずっと早く上達できるわ」
散々な言われようだが、俺もユユコと話してるとどうもノリと勢いで話してる感じがして、何が言いたいのかよくわからなかったことが何度かあった。一緒にいて楽しくはあるが、あまり真面目な話をするのは苦手なのかもしれないな。
「次は……レッドね」
まあ、あいつもどうせ見た目通り陰で短気な嫌な奴だろうから話を聞くまでもないが、話の流れ上仕方ないので聞いてやることにした。
「レッドはね、誤解されやすいんだけど、人見知りで恥ずかしがりやなだけで、本当は誰よりも仲間思いの人なの」
「ふーん」
レッドのいいところを俺はまだ見たことはないが、付き合いの長いクレハが言ってるのだからあいつにもちゃんといいとこがあるのだろう。……彼女視点での贔屓目があるという可能性はあるが。
「まあ、戦い方は単純で力押しってのが多いわね。棍棒振り回して敵を蹴散らすって感じかな。戦闘中は危ないからあまり近づきすぎないようにしてね、巻き添えになっちゃうから」
―ホント、危険な奴だよなレッドって。
「最後は私……なんだけど、自分で言うのも少しおかしいわよね。ねぇ、あなたから見て私の印象ってどうなの?」
「うーん……」
「なんて、まだ分かんないから聞いてるんだよね」
「あはは…、まあそうだね」
「私もわかってるのよ。おかしいってね。衛生兵ってのは一歩後ろに下がってみんなを支えるのが役目だって。でもね、なるべく側にいたの、傷は一秒でも早く治してあげたいし、私も一緒になって戦った方がなんだか安心できるのよ」
「でも、それは…」
「…それは?」
―それは、間違ってるよ。
なんて、今の俺に言えるだろうか?正攻法の戦い方や、鬼に対する有効な戦い方がどんなものかなんて、知識では教わってはいたが、それが実際の戦場でもその通りだって言えるのだろうか。事実、赫狼は今のやり方で上手くやれている。シシマルさんにはあんな話をされたが、俺が余計な口出しをすべきことじゃない気もする。
「いや、いいや。ともかくまだ分かんないよ。どうすればいいのかなんて。ちょっとぐらい変でもさ、今のままの方がいいのかもしれないし。むしろ、どうにかしないといけないのは、俺の方かな」
「…と言うと?」
「ほら、今回の遠征でさ、俺全然役に立てなかったし」
「そんなことないわ。だって弩の腕前想像以上だったわよ。ほとんど百発百中だったじゃない。みんなすごいって言ってたし。レッドだって言葉では言わないけど、きっとあなたのこと認めているわよ」
褒められるのはうれしいが、俺が気にしていることはそこではない。
「そういうことじゃなくてさ、俺皆と全然連携とかとれてなかったし、赫狼の戦い方にこれから合わせていかないとな、ってさ」
「そうだったかしら。でも、そうよね、最初から何でもは上手くいかないわ。あなたが私たちの戦い方に合わせるように、私たちも少しずつあなたの戦い方に合わせていく事で、赫狼は今よりももっといい隊にすることができる。これから一緒に頑張っていきましょうね」
「ああ、そうだね…」
こんなのでいいのだろうか、シシマルさんからは部隊に刺激を与えて欲しいとは言われたが、このまま俺が赫狼のやり方にこっちが馴染んでいく方が楽な気もする。
―なんて、楽な方を選ぶのが正しいかも、俺には分からないけど。