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異世界の狙撃手  作者: キ74
第一章 知らない世界
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第七話 見送りと入隊

次の日の朝、日が昇ってまだ間もないというのに俺は兵舎の入り口近くで、アリサさんを待っていた。最近、朝方はすっかり寒くなり、森の木々も色づき始め季節的には秋と言った感じだ。


 「あっ、やっぱり待ってたんだ」

 「二度も同じ失敗はしませんよ」


 そう、こんな寒い早朝からなにをやっていたかというと、アリサさんが黙って帰ってしまうことを見越して、待ち伏せていたというわけだ。


 「別に無理して見送りなんてしなくていいのに」

 「無理してでもやらしてもらいますよ。ちゃんとお別れぐらいはさせてください」

 「う~ん、そういうの苦手なんだよな~」

 「とにかく歩きながら話しましょう。船の時間までもうあまりないんですよね」

 「…そうだね」


 観念したようにアリサさんは港に向けて歩き出した。


 「それじゃ、これあげる」


 アリサさんが不意に手を伸ばしてくる。


 「これは?」


 アリサさんに渡されたものは、銀色で矢をかたどったバッヂのようなものだった。


 「それは、修了証で獣牙団の教官資格を持っている者から一定の指導訓練を受けて、試験に合格しましたっていう証明するためのものだよ。ジュンヤはもう入る部隊が決まっちゃったからあんまり意味はないんだけど、もし、今後別の部隊に入るってことになったら、その修了証を持っていると誘いがかかり易くなるから、持ってて損はないよ」

 「ありがとうございます」

 「もう、本当は寝ているあなたに口づけしてから、枕元に置いておく予定だったのにな」

 「起きてて良かったです」

 「え~、ひどい~」


 なんて、そんな他愛ない会話をしているとすぐに港についてしまった。港には大きな蒸気船が停泊している。俺は近くにいた船員に船の出航準備の具合を尋ねた。


 「後は、アリサさんが乗船すれば出航できるらしいですよ」

 「そっか~。それじゃ、ここでお別れだね」

 「はい。本当にありがとうございました。マユラとサリアにも、よろしく伝えてください」

 「うん。ジュンヤも…ううん、ジュンヤは頑張り過ぎないでね。いろいろ大変だと思うけど、自分のことちゃんと大事にするんだよ」

 「はい」

 「よしっ、それじゃいくね。あとの細かいことは獣牙団の事務員のユキって人に任せてるから、お昼になったら、獣牙団本部の庶務課を訪ねてみて」

 「はい。本当になにからなにまで、お世話になりました」


 俺がそういって頭を下げようとすると、それよりも前にアリサさんに抱き着かれた。


 「…えっと、ア、アリサさん?」

 「もうっ。こういう時は黙って抱締めるものよ」

 「す、すみません」


 ぎこちなくアリサさんの背中に手を回した。


 「うん。…それじゃ、元気でね」


 その言葉を最後にアリサさんは船に乗り込んでいってしまった。最後に見せた顔は今にも泣きだしそうで、普段の底抜けに明るい彼女とは違ってとても儚く見えた。黙って出ていこうとしたのは、本人の言っていた通り、こういう別れが苦手だったからなんだろうなと思った。


 それからしばらく、船が水平線の向こう側に消えるまで見送った。


 

 港から兵舎に戻ると、寂しさが込み上げてきた。なんだかんだで、アリサさんはこっちの世界に来てから一番長く一緒にいたのだ、ワッズが死んでしまったときの様な喪失感はないが、それでも、とても心細く感じる。


 しばらく自室でゴロゴロしてたが、どうにも落ち着かないので、お昼までにはもう少し時間があるが、獣牙団の本部へ向かうことにした。何か明確な目的があるわけではないが、よくよく考えてみると獣牙団に入るっていうのに、俺はあまり獣牙団について知らない。これからお世話になるわけだし少しは勉強しとかないと、と思いたったわけだ。


 獣牙団本部へは一度も訪れたことはなかったが、場所は知っていた。と言うよりもこの町で一番高い塔の立っているところが本部だというのはアリサさんから聞いていたため、道中特に迷うことなく本部までたどり着くことができた。


 獣牙団の本部は赤レンガ造りの三階建てで、隣には時計塔兼見張り台となっている、この町一番の塔である通称『獣牙塔』がそびえ立っている。獣牙団の本部だけあって建物の周りには、いかにも傭兵って感じの屈強そうな男たちが多い。でもその中に、決して少なくない人数の子供や女性が混じっている。一見とても傭兵の様には見えないが、帯刀していたり鎧を身に着けたりしているため、彼女らも傭兵と言うことなんだろう。


 ―そういえば、前に会ったクレハさんもお嬢様みたいな感じだったけど、傭兵をやってるらしくて見かけによらない怪力を持っていたっけ。ああ、そうだ、クレハさんと言えば、あれから謝りに来るって言ってたけど、俺はあの後すぐに子鬼山で訓練を始めることになったから、会えてないな…。

 よくよく考えてみれば数少ないこの町での知り合いではあるが、まあ、クレハさんはともかくとして、レッドとか言うヤンキーにはもう会いたくないので、こちらから積極的に関わるのはよしたほうがいいか。

 

 とりあえず、本部の建物の中に入ってみると、ご丁寧に案内板が設置されていた。


 「…庶務課は一階の一番左の窓口か」

 「庶務課に何かごようですか?」

 「えっ?」


 案内板の前に立っていた俺に声をかけたのは、眼鏡をかけたボブカットの真面目そうな女性だった。


 「あ、私庶務課のユキと言います。なにか御用があると思って声をかけたんですけど、違いました?」

 「い、いえ、と言うか、あなたが庶務課のユキさん?えっと自分は―」

 「あっ、君ひょっとしてジュンヤくん?」

 「あっ、はい、そうです」

 「そっかー、アリサから聞いてるよ。とても優秀な弩兵なんだってね」

 「いや、そんなことは―」


 と言うか、アリサさんが俺のことをどんなふうにユキさんに話しているのか何も聞いていなかった。一応帝都出身で貴族の雑用係をしていたっていう設定でいいのだろうか…。

 

 「ん?どうかしたの?」

 「いえ、なんでもないです」

 「そっか。じゃあ、ちょっと早いけど私も時間あるし、説明始めようか」

 「はい、お願いします」


 それから小さめ会議室のようなところで、いろいろな説明を受けた。獣牙団とは、というところから始まって、任務のこと、報酬のこと、規則や傭兵同士の暗黙のルールまで丁寧に教えてくれた。


 「それじゃあ、これで一通り説明は終わったかな。なにか質問ある?って言ってもわからないことだらけだろうし、あとは実際にやってみて、何かあったら同じ隊の人に聞いた方が理解できると思うな」

 「そうですね」

 「あっ、そうだった。これ忘れないうちに渡しとくね」


 ユキさんはそう言って、細い鎖でつながれた二枚の金属板を渡してきた。よく見てみると、カタカナで俺の名前が書かれていて、後は七芒星と『ね一九九 赫狼』という刻印が刻まれていた。


 「これは?」

 「獣牙団員の識別章よ。キミの名前と識別番号、所属している隊が刻んであるわ。団員としての証だから、基本的には肌身離さず持っていてね」

 「了解しました。ありがとうございます」

 「いえいえ。どういたしまして。それじゃあ、あなたの入る隊の隊長さんとの約束の時間までまだちょっと時間あるし、何かお話ししてようか」

 「はい」


 お話しと言っても、俺のことについていろいろ聞かれるとボロが出そうだし、こっちから質問して時間を稼いだ方がよさそうだな。

 

 「あっ、そうだ。ユキさんはその隊長さんとはお知り合いなんですか?」

 「うん、と言うか、同期なのよシシマルくんとは。私とシシマルくん、それとアリサはちょうど一緒に獣牙団の入団試験をうけて、第70期生として入団したの」

 「そうだったんですか。…って、あれ、俺入団試験受けてないんですけど…」

 「ああ大丈夫。入団試験は廃止になっちゃたから。今は簡単な手続きと一定の入団金を出せば誰でも簡単に入団できるようになってるから。あっ、ジュンヤくんの分の入団金はアリサからもらってるから心配しないで。

 あと、結構なお金も預かったんだけど、それはうちがやってる銀行に預けてあるから、必要になったら、ここの二階にある窓口で手続きしてね。識別章があれば簡単におろせるから」

 

 そう言えば、お金のことをすっかり忘れていた。マユラが結構額をくれたらしいという話はアリサさんから聞かされていたが、自分から額を聞くなんて失礼だと思いあまり意識しないようにはしていた。今後もよっぽどのことがない限り使うつもりはないが、一応額ぐらいは確認しておいた方がいいのかもしれない。


 「それにしても、キミが仕えていた貴族さま、キミのこと随分と気に入っていたんだね」

 「えっ、どうしてです?」

 「あ、いやね。普通辞めちゃう使用人に対してあんな額のお金上げないなっと思って」

 

 ―そんな大金なのだろうか?なんだかすごく気になってきた。


 「まあ、その、ずいぶんと良くしてもらいました。それにアリサさんに訓練をつけてもらったのだってマ…」

 「マ?」

 「ああ、いえ。ご主人様のお陰なんです」


 マユラの名前を気軽に出していいのかは分からないが、こういう時はあまり余計なことを言うもんじゃないだろう。どこで無用なトラブルを引き起こすかわからないのだ。


 ―と言うか結局自分の話をしているじゃないか。軌道修正しないと。


 「ところで、話は戻るんですけど、シシマルさんのことで、なんというか、その、どういった人なんですか?」

 「ああ、気になるよね。うーん、シシマルくんはねぇ、一言で言うと頑張り屋さんかな。正直私たちの同期の間ではそんなに実力のある方じゃなかったの。それでも人一倍努力して今では隊長を任せられるようにまでなったのよ。それに誠実で優しい人だから、とてもいい隊長だと思うわ」


 良かった。結構いい人らしい。隊に入る以上、人間関係は重要になってくるし、まずは隊長と打ち解ければ他の隊員ともなんとか上手く付き合っていけるだろう。


 その時不意に会議室の扉がノックされた。


 「ん?なんだろう。どうぞ」


 すると、背は俺と同じぐらいだが、俺なんかより明らかに筋骨隆々のまさに快男子といった風体の男が入ってきた。


 「ああっ、シシマルくん!早かったね。元気してた?」

 「まあ何とかね。ユキさんの方こそ元気そうで何よりだ。……隣の彼が?」


 シシマルさんと目が合った。ゴツイ風防だが、ユキさんの言う通り笑顔の素敵ないい人そうだ。だけど、俺と目が合った瞬間少し固まったように感じた。


 ―どうしたんだろう?


 そう思いつつも、とりあえず挨拶しなきゃいけないと思って、俺は勢いよく椅子から立ちあがった。


 「ジュンヤといいます。これからシシマルさんの部隊でお世話になります。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」

 「あ、あはは、そんなに畏まらなくてもいいよ。僕らの隊は先輩後輩関係なくみんな和気あいあいとしてるから、ジュンヤ君もすぐに慣れると思うよ。それじゃ―」


 そう言って、シシマルさんは右手を出してきた。俺も右手を伸ばし握手をした。皮膚が固くなって石のような硬い手は、力強さと頼もしさを感じさせた。


 「これから、よろしく頼むよ」

 「はいっ」


 シシマルさんは俺と力強い握手をした後、ユキさんの方に向き直って、


 「ユキさん、これから僕の隊の仲間を紹介しに行きたいだけど、大丈夫かな?」

 「うん、そうだね。獣牙団のこととか基本的なことは話し終わったから、あとの詳しいことはシシマルくんの方から教えてあげて」

 「了解だ。よし、それじゃジュンヤ君、付いてきてくれるかな、僕の隊『赫狼』の集会場まで案内するよ。…と言っても僕の家なんだけどね」

 「ああ、わかり…ました?」

 「ん?どうかしたかい?」

 「ああ、いえ、何でもないです」


 ―そう言えばさっきから何かが引っかかる感じがする。………まぁ、気のせいだろう。


 「じゃあ、ジュンヤくん。何か相談したいこととかあったら、遠慮なく来てね。あっ、それとアリサからキミのことよろしく頼まれてるから、定期的に顔は見せに来てね。手紙送らなきゃいけないから」

 「はい、ありがとうございました」


 そう言ってユキさんと別れ、赤煉瓦の本部を出た後、大通りを北に15分ぐらい進んで、脇道に少し入ったところに、シシマルさんの家兼赫狼隊の集会場となっている木造平屋の建物があった。


 「ちょっとここで待ってて貰えるかな?」


 シシマルさんはそう言うと、一人で先に家の中へ入っていってしまった。


正直あまり奇麗な家とは言えない。ところどころ木が痛んでる。でも、一人暮らしするには十分すぎる大きさだし、シシマルさんは自分の使い勝手より、隊の集まれる場所としてこの家を買ったのかもしれない。


 そんなことを考えながらしばらく待っていると、シシマルさんが引き戸から、顔だけ出して、


 「それじゃあ、入ってきて」


 と俺を呼んだ。


 ―なんだか緊張するなぁ。


 一度深呼吸して、気分を落ち着かせる。


 「…よし。失礼しま…す」


 部隊のみんなが待つシシマル宅へ一歩踏み入れると、なんだか見覚えのある人と目が合った。褐色肌に赤髪で強面の大男がいる。


 「あー…っと、久しぶり」

 「……」


 ―シカトかよ。


 レッドは俺を鋭い目つきで睨んだまま、ピクリともしない。


 「あっ!あなたは!」


 家の奥の方に小柄な女の子と並んで座っていたのは、以前怪我を治療してくれたクレハさんだった。


 「えっと…、その節はどうも…」

 「新しい隊員ってジュンヤさんのことだったんですね!」

 「そ、そうみたいです」


 ―そうか、さっきから何かひっかかると思ってたのはこのことか。そういえばクレハさんに初めて会ったときに、『赫狼』隊の、って言ってたような気がするな。


 「なんだ、クレハとレッドとは知り合いだったのかい?」

 「あー、知り合いと言うか、何と言いうか…」

 「えっと、ジュンヤさんには以前大変迷惑をかけてしまったことがあって…、あっ!そういえば、あの後謝りに行こうとしたら、全然見つからなくて、どうしてたんですか?」

 「ああ、あの日のあとは、訓練で子鬼山の方に行ってて、帰ってきたのも昨日なんですよ」

 「そうだったんですか。でも、今時山籠もりまでして訓練するなんて、ずいぶんと珍しいですね」

 「教官の方針で、いろいろと学ぶには山籠もりがいいってことで」


 なんて、クレハさんやシシマルさんとの話で盛り上がってると、


 「あのー、話が盛り上がりそうなとこ悪いんだけどさ、ウチらにもちゃんと紹介してよー」

 「せや、せや。自分達だけ仲良うなるのは卑怯やぞー」


 なんて、完全に蚊帳の外に置かれてしまっていた小柄な少女と、線の細い長身の男性から抗議の声が上がった。

 

 「ああ、悪かったね。それじゃ、ジュンヤくん簡単に自己紹介を頼むよ」

 「はい」


 軽く一度咳払いをして、


 「自分の名前はジュンヤっていいます。出身は帝都です。いままで兵役などについたことはありませんが、一応弩が得意で、3カ月ぐらい訓練してきました。これから精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げると、拍手や口笛が聞こえた。無事歓迎されているようで嬉しい。

  

 「それじゃあ、今度は僕たちの方から自己紹介しようか。ジュンヤくんもそこに座って聞いていてくれ」


 俺は促されるまま丸太の椅子に座った。


 「じゃ、初めは僕からだ。僕の名前はもう知っての通りシシマルだ。この獣牙団第244分隊『赫狼セキロウ』隊の分隊長をやらせてもらっている。僕らの部隊はみんなこの町で育った幼馴染で作ったんだ。だから、みんなの仲もいいし、きっとジュンヤくんにとってもいい部隊だと思ってもらえると思う。だから、改めてよろしく頼むよ。一緒に頑張っていこう」


 シシマルさんはそう言って自己紹介と『赫狼』隊の簡単な紹介をした。


 仲がいいのは分かったが、俺以外全員幼馴染ってなんだかすごい疎外感がある気がする。上手くやっていけるかなんだか不安になってきた。


 「じゃ、次はクレハ」

 「はい」

 「私のことも、もう知ってると思うけど、改めまして、クレハです。えっと、この間は本当にごめんなさい。これから、一緒にやっていく仲間としてちょっと不安に思ってるかもしれないけれど、レッドも根は悪い人じゃないから、仲良くしてあげてね」


 ふとレッドの方を見ると、かなり不機嫌な顔をしてる。まあ、なんだか子ども扱いされているようで若干可哀そうではあるが。


 「次はユユコ」

 「はーい」


 ユユコと呼ばれた小柄な女性が椅子から飛び上がるような勢いで、立ち上がりそのまま俺の目の前までやってきた。


 「はい、ユユコでーす。なんか、レッド達といろいろあったみたいだけど、まあ、よろしくやっていこうよ。あとさ、君ってアリアリサさんと付き合ってるのー?。実はさ、君のことちょっと噂で聞いてさー、あのアリアリサさんが君にすっごく入れ込んでるって―って痛!」


 シシマルさんがユユコに軽く拳骨をした。


 「こら、いきなりそんなこと聞くんじゃない」

 「えーだって気になるじゃん。あのアリアリサさんだよ。シシマルだって同期なんだから気になるくせにー」

 「そうだとしても、いきなり聞くようなことじゃないだろ」

 「えーっと、アリサさんにはとてもお世話になりましたけど、別に特別な関係ってわけじゃないですよ。俺が、お仕えしていた貴族の方とアリサさんが親しい間柄で、そのつてで訓練をつけてもらうことになったんです」

 「ふーん、そうなんだー。まあ、また後で詳しい話聞かせてね」


 ―アリサさんって獣牙団内では結構有名なんだろうか?俺も後で詳しく聞いておこう。


 「ほんじゃあ、次はワイやね」

  

 細身の男が立ち上がる。髪はぼさぼさで、背は高いが線が細いためレッドと違ってあまり威圧感がない、飄々とした感じの男だ。

 

 「ワイの名前はスヴェン。こんな感じだけど一応砲兵や。まあ、堅苦しいのは嫌いだからさー、ジュンヤも気楽にいこうや。ってな感じでよろしく」


 まあ、見た目通り軽い感じのの人だ。あと、砲兵っていうのは元の世界における大砲を扱う兵のことじゃなくて、精霊石を使って、戦闘用精霊術を使用する者のことらしいが、俺は訓練を始めた最初のことにやった適性検査で、あまり砲兵には向いていないことが分かって、それ以降特に砲兵とか戦闘用精霊術関連のことに関わることがなかったから、詳しいことはわからない。


 「じゃ、最後にレッドたのむよ」

 「……レッドだ」


 ……………。


 ―えぇぇ、それだけかよ。ってかなんでそんなに不機嫌なんだよ。この部隊って仲がいいんじゃないの?こいつっていつもこんな感じなの?


 「もうっ、レッドたら。何をそんなに拗ねてるの?これから、一緒にやっていくんだから自己紹介ぐらい―」

 「まだだ」

 「ん?」

 「まだ、決まっちゃいねぇ。こいつが使えるかどうか実際に試してみないことには、仲間として認めらんねぇ。シシマルだってこいつの実力を見て誘ったわけじゃなくて、本部のやつの勝手な紹介があったからだろ」

 「レッド、彼はアリアリサさんの訓練を受けているんだ。経験不足なのはあるが、そこは僕たちで支えつつやっていけば、すぐに力強い戦力になる」

 

 なんだか、すごく険悪なムードだ。何とかしたいが、俺が争いの原因なので下手なことは言えない。


 「まあまあまあ、落ち着けって、レッド。ジュンジュンも堪忍してや~。こいつ昔から人見知りでさ~。人と仲良くなるまで、ほんっと時間かかるんよ~」

 「あ、いや、俺は気にしてませんよ。俺の実力に不安があるのもわかりますし」


 スヴェンがとりあえずこの場を治める。レッドもこれ以上文句を言うつもりはないみたいだし。まあ、ジュンジュンとか言う変なニックネームで呼ばれたことにはあえて触れないでおこう。


 するとシシマルさんが一度大きく咳払いをした。


 「じゃあ、そこでだ。早速明後日に出発して、旧都市街に向かおうと思う。最近あそこを拠点にいくつかの小鬼の群れが活動しているらしいんだ。小規模な群しかいないらしいし、ジュンヤくんに経験を積んでもらうにはちょうどいいと思うんだ」

 「そうね。あそこなら、何度も行ってるし、危険は少ないと思う」

 「レッドもそれでいいね」

 「ああ」

  

 話がまとまったところで、宴会の準備をするとかで慌ただしく皆が動き出したが、俺はシシマルさんに連れられて、一度家の外に出た。


 「レッドのことはごめん。見た目通り気難しいところもあるんだけど、本当は仲間思いで情に厚い奴なんだ。だから、新しい仲間っていうのに慣れるまで、他のみんなと比べて少し時間がかかるかもしれない」

 「まあ、レッドとは、あまりいい出会い方じゃなかったですから。とにかく、時間に任せますよ」

 

 なんて、言ってはみたものの、あんな奴と仲良くできる自信なんて微塵もない。時間をかけてどうにかなるものだとは正直思っていない。それほど、俺とあいつは人間的に合わないだろうなということが、多分互いにわかってるんじゃないかと思う。



 その後、部隊への挨拶が終わった後は、シシマルさんの家で小さな歓迎会をしてくれた。……がレッドは食うだけ喰ってとっとと帰ってしまった。


 「それにしてもさぁ。なんだか変な感じだね」

 「何が?」


 残されたメンバーも大体食べ終わって、グダグダと他愛のない話をしているところで、ユユコが何か思い出したように、俺の顔をまじまじと見ながら言うので、思わずつっけんどんな返事をしてしまった。


 「ああぁ、ジュンヤは分からないよねぇ。ほら、ジュンやってば―」

 「おっ、ユユコそのトぺニの実のいらんならもらうで~」

 「ちょっと!これは後で食べようと思ってたやつなの!」

 「そんなけちけちすんなや~。シシマルの分もらっとたやん」

 「いーやっ」


 ユユコはそう言って、トぺニの実とか言う、白い色をしたクリームチーズのような食感でほのかに甘い果物を大事そうに抱えて、離れたところに座りなおした。小動物みたいで、ちょっと可愛い。


 あと、ユユコが何を言おうとしたのか少し気になるが、まあ、またそのうち聞けるだろう。


 「もう、スヴェンったら、あんまりユユコに意地悪しないで」

 「ほいほい」


 スヴェンは、クレハの注意を適当に流した。


 ―まあ、いつもこんな感じなんだろうな。確かにお互いが友達みたいで隊の雰囲気は悪くなさそうだ。


 「ところで、ジュンヤ君、家はどこなんだい?」

 「ああ、今は港の近くの督戦隊の兵舎の部屋を貸してもらってて、そこに住んでます」

 「へー、凄い。やっぱそれってアリアリサさんが手配してくれたからなの?」

 「詳しくは分からないけど、たぶんそんな感じだと思う」

 「ふーん。そいやぁ、ジュンジュンは帝都で誰のとこに使えとったん?雑用やっとったんやろ?」

 「うん…」


 少しの間、どう答えようか迷ったが、もうこの時点で雑用やってたなんて大嘘ついているわけだし、もうあとはそれっぽい話をして誤魔化すしかないと腹をくくった。


 「えっと、俺が使えていたのは元老院の常任議員の『月穹ツキソラ家』に仕えてたんだ」

 「ほえぇー、大貴族やんけ。なんでそこやめて、傭兵なんかなったん?」

 「まぁ、いろいろとあって、傭兵になれって言われちゃってさ、それでだよ」

 「なんかやらかしたん?」

 「違う違う。えっと…月穹家って結構さ、占いとか重視するみたいでさ、俺もなんか占ってもらったらさ、…傭兵になった方がいいって…」


 自分で言ってて、へたくそな嘘だと思った。


 「そうなんだ。貴族って好きだよね、占いとかさ~」

 「なんや、そんなこと言って、ユユコもこの前占い師が来たときは、真っ先に占いしてもらっとったやんか」

 「あれはっ、あれだよ…。あれがあれであれだったから」

 「なんやそれ」

 

 ユユコがなんか顔を赤くして誤魔化そうとしてる。まあ、いい感じに話題がそれてくれたので、ユユコには感謝だ。


 まあ、そんなこんなで、夜になって解散となったわけだけど、いろいろ話を聞いて、赫狼隊のみんなは昔からの付き合いで、仲が良くて、互いのことを心から信頼しあってるんだなと言うことがよく分かった。


 だからこそ、帰り道ではそのことが俺を不安にさせた。もうすでに完璧に人間関係が出来上がっている所に、後からよそ者が入っていって上手く出来るものなんだろうか。レッドも実はそういうことを危惧しているのかもしれない。


 ―悩んでいったってしょうがないか…。


 この世界にきてから大半のことはこれだ。悩んだって、迷たって結局選択肢などないのだ。やれることをやるしかない。多少時間がかかるかもしれないし、赫狼の人たちには迷惑をかけるかもしれないが、何とか上手く関係を築いていこう。


 そうやって、無理矢理前向きに頑張っていこうとするのも、悲しいことにそれ以外選択肢がないからだ。だけど、きっといつかそんな無理が大きな失敗に繋がるんだろうな、と、なんとなく感じている。これまでの短い人生の間でも、大抵無理を続ければ手痛い失敗をしてきた。


 だけど、それでもやっぱり今は無理を押し通すしかない。


 もし、今七海がいたらなんて言うだろうか?


 ―ジュンには向いてないよ、そういうの。


 なんて、いつも通りそっけなく言うだけだろうけど。


 ―でも、しょうがないじゃないか…そうするしかないんだから。


 今はこうするしかないんだ。


 いろいろとままならないことが多いけれど、とりあえず、七海のいないこの世界で、もう少し頑張ってみようと、月夜の下、自分に気合を入れた。

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