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人魚の幻  作者: 水碧 晶
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第二章:絵

 「人魚の幻」の続きです。第二章の続きなので、本来ならば「女の子2」と続くはずなのですが、今回は女の子が出てこないので、少し変えました。

 前回までのあらすじ:不老不死の薬として献上された人魚、シルフィ。彼女はしばらくの間、浴槽で暮らすことに。ある日、シルフィのもとに王子がやってきた。その日からシルフィは女の子の夢に悩まされるようになる。そのうち、シルフィは現実世界ででも女の子の幻影を見るように……。


 だいたいそんな話となっております。それではどうぞ、しばしのお付き合いをよろしくお願いします。

 博士は更に薬の量を増やした。やはり、薬は全く効かず、それからというもの、私は時々その女の子の姿を、夢だけではなく現実の世界でも見るようになった。

 女の子は何をするわけでもなく、私を眺めては首をかしげ、走り去っていく。

 その姿は私にしか見えない。どんなに博士が見張ろうとも、博士が映像を何でも記録できるという、ガラスのレンズのついた箱をつくって、それを監視係に置いてくれたとしても、女の子の姿は私の目にしか映りはしなかった。(女の子は映ってなかったものの、監視係の記録のできる箱には高額で取引されるほど希少価値なネズミが映っており、たまたまそれを見た城の人たちが日夜、ネズミ捜索隊があちこちに現れるようになったらしい。博士がそう言っていた。)

 少女の姿に、日に日に怯えていく私を見かねたのか、それともたまたまなのか、ある日、博士共に王子がやってきた。

 「シルフィ、久しぶり。元気にしてたかい?」

 王子はあの安心できる笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。

 「今日はやっと休暇をもらえたからね。遊びに来てみた」

 それから私は博士を通訳に王子との他愛のない話で、ゆっくりと穏やかな時間を過ごした。王子のちょっとした体験談や、最近、城下ではやっているもの、食べ物の話や、その他いろいろ。王子と話しているうちに、いつの間にか女の子に悩まされていることを忘れてしまっている自分に気づき、ひとりで笑ってしまった。王子は不思議そうな顔をしていたけれど、なんでもないよ、と首を横に振った。事情を知っている博士は、私の様子に安心したようだった。

 「ひとつ、シルフィに頼みがあるのだけれど」

 ひとしきり話した後に王子は切り出した。

 「僕の多趣味の一つに絵があってね、しばらく描いてなかったんだけど、また最近絵にはまりだして……。一度、人魚を描いてみたいんだ。シルフィに、モデルを頼んでもいいかな」

 王子はどこからともなくスケッチブックを取り出した。一体どこにもっていたのだろう。

 それに多趣味って何だろう。私の疑問を感じ取ったのか、博士が口を開いた。

「彼の多趣味の具体的な例は、ピアノを中心とする様々な楽器の演奏、読書、剣術だよ。学問も確か趣味だって言ってましたね?一時期釣りにはまり、花にもはまり、そうそう、料理にもはまってましたね。しかも、そのどれもが素晴らしいんだよ。楽器の演奏をさせたら、城の楽団顔負けの演奏をするし、剣術ではかなり強い。学問を趣味にしているから博識だし、……釣りは……僕から見たら正直、あんまり上手くなさそうだったけど、まあそこそこ釣ってくるし、花を育てさせたら見事な大輪を咲かせる。料理は味見させてもらったことがないから何とも言えないけど。ともかく、まさに文武両道。でも、読書には出来は関係ないけどね」

博士が王子に確認しながら具体的に王子の趣味の例を教えてくれた。演奏も気になったが、個人的には料理が大変気になった。王子が作ったものって、美味しいのだろうか。それとも見た目はいいけど美味しくないのだろうか。はたまた、見た目は全然よくないけど、美味しいのだろうか。もしくは、見た目が味に比例しているのだろうか……。

王子は、そんなに出来はよくないですよ、と博士の称賛をかわしつつ、私に向かって、ぜひ人魚を一度描いてみたいんだ、と頼んできた。じっと見られるだけで恥ずかしいのに、その姿を描かれるかと思えば、考えるだけでさらに恥ずかしい。

 嫌がる私を見て、博士が笑う。

 「王子の絵のモデルなんて、なかなかなれるものじゃないよ。いい機会だから描いてもらいなさい。王子の絵は上手いから綺麗に描いてもらえるよ?」

 「そんな、博士、褒めすぎですよ」

 王子がだんだんと赤くなってきた。博士はそれを楽しそうにながめる。

 「そうだ。一度シルフィに絵を見せたらどうです?シルフィも見たいよね?」

 「博士!」

 「   」

 「ほら、シルフィも見たいって言ってますし、ね?どうせ描いたら見せるのでしょう?」

 「そうですけど……わかりましたよ。でもその代わりにちゃんとモデルになってくれるね?」

 そう言われると、見たい気持ちもしぼんでくる。それならいいと断る私に、すっかり他人事だと思って面白がっている博士が、粘り強い説得をくりかえしてきた。最終的にはこっちが折れて、私はしぶしぶ承諾することにした。私が頷くと、王子は「とても下手だよ」と赤くなりながらも、おずおずとスケッチブックを見せてくれた。

 中に描かれていたものはとても素晴らしかった。人を描いたものもあれば、風景を描いたものもあった。そのどれもが光り輝いており、優しい感じがした。

何気ないものであっても、描き手の想いが伝わってくるような絵。言葉で表すのは難しいけれど、温かい絵、一言で表せばそういう絵だった。

 一通り見せてもらった私は約束通りモデルになった。ただ、正面を向くのはあまりにも恥ずかしすぎたから横を向いたかたちで描いてもらった。

最初は正面を向いていたのだが、描き始めた王子の真剣な眼に耐えられなくなってきたのだ。見られているもの恥ずかしかったけど、真面目な顔でじっと見つめてくる王子の眼に、一体私はどこを見ればいいのか困ってしまった、というのが本音である。

あの海のような瞳に見つめられてうっとりとその眼を見てしまいたくなって、でもその眼を見つめ返すことができなくて。視線を泳がせようにも、やっぱり王子の眼が気になってしまって、でも視線が合うと困ってしまって。

無意識に赤くなってくる顔を隠そうと、下を向くと「動かないで」と言われてしまう。動くなと言われても、なんだか赤くなってくる自分が恥ずかしく、やっぱり動いてしまう。

ひと悶着あった末に、博士の妥協案をとって、こういうかたちとなった。正直、王子の真剣な眼を見なくてすんでほっとした。なのに、少し残念なような気がしたのは……きっと気のせいだろう。

 「そう言えば、昔はどこへ行くにもスケッチブックを持って出かけておられましたね」

 真剣に王子が絵を描きだし、私も話さなくなったので通訳する必要もなくなってしまい、手持無沙汰になってしまった博士が王子に話しかけた。

王子は集中しているのを邪魔されたにも関わらず、そうですねぇと苦笑した。

 「ところかまわず絵を描いて、人がいればモデルを頼んでました。おかげで今では友人がたくさんいますよ」

 話しながらも筆を動かし続けているのが、視界の端に見えた。

 「父について、他国に出かけた時もスケッチブックを持っていって。風景だけでは飽き足らず、その国の王子、王女、とにかくみんなを描いて。まだカリサル国王と父が友人だった頃なんて、その国の王子に、王女に、王女の従妹に、絵を描かせてもらうだけではなく、描いてもらったこともありましたよ。今でも大切にしています」

 「そうなんですか」

 「はい。お三方とも大変親切な方で、よくしてもらいましたよ」

 王子はここで、ずっと動かしていた筆を止めた。

 「……今でも、王子と王女はよくしてくれます。父があんなことをしたのに……」

 その声はとても悔しそうだった。動いてはいけないと言われていたにもかかわらず、私は王子の方を向いてしまった。

王子は泣いてはいなかったけど、泣いているように見えた。

 「国王も何かお考えがあったのですよ」

 「みなそういいました。でもいくらなんでも……」

 言うべき言葉に困ったのか、博士はこっちをみた。私も困った顔を返す。すると何を思ったか博士は、あ、と声をあげた。

 「動いちゃダメだって言われただろう?ほら、王子、続きを描かないと!シルフィが動き出してますよ」

 そこで王子はやっと筆を動かし始めた。最初はぎこちなかったが、だんだん元のスピードを取り戻していく。

 しばらく絵に集中していた王子は誰ともなしにつぶやいた。

 「こうやってシルフィを描いていると、なぜか王女の従妹の方を思い出します。シルフィは人魚で、あの方は人間だという時点で違うのですが。……あの方もかなりの恥ずかしがり屋さんでした。父親が亡くなられて、城を出たそうですがどうしておられるのでしょうか……」

 自分に話しかけていると思ったのであろう、博士は苦笑しながら、王子が望む答えを言った。

 「きっと、元気でいらっしゃいますよ」

 「……そうだと……いいですね」

 完成した絵はとても私を描いたとは思えないほど綺麗だった。紙に描かれていたのは自分の知らない、人魚だと思った。今にも絵の中から出てきて、目の前で泳ぎだしそうなくらい生き生きとした絵で、一目で気に入ってしまった。

 「よかったらあげるよ」

 あまりにじっと絵を見つめていたからか、王子はそう言ってくれた。私はその言葉に甘えることにして、その絵をもらった。

 「今日は楽しかったよ。また、描かせてね」

 「           」

 「また絵を見せてください、だって」

 「わかりました。またいくつか持ってきますね」


 王子が帰った後、博士は何やら奇妙な液体が入った瓶を持ってきた。液体はピンク色で、ぼこぼこ泡がでていて、見るからに怪しそうである。

 「今日は王子に来てもらえてよかったね。久しぶりに楽しそうなシルフィが見られてよかったよ。今日はまだ女の子にも悩まされていないみたいだし」

 博士が嬉しそうに言うが、私は博士の手の中にあるものが気になってしまい、ほとんど聞いてなかった。私の視線を見て、博士が嬉しそうに、そしていつかの悪魔のような笑みを浮かべた。

 「シルフィ、新しい薬を作ったから君に飲んでみてほしいんだ。あ、もちろん一応実験はしたよ。多分、体には影響ない」

 小さく「はず」と言ったのは気のせいだろうか。いや、気のせいではないだろう。

 「     」

 「そんな、飲みたくないのはわかるよ。見るからに怪しそうだもんね。でも悪いのは見た目だけだから」 

 小さく「僕は飲んだことないから味は保証しないけど」と言ったのは、多分聞き間違いじゃない。

 「          」

 「効き目は飲んでからのお楽しみ。シルフィのために作った力作だよ」

 ものすごく怪しい。効き目がわからないのが、更に恐怖感を募らせる。

 「そんなに嫌がらないで、騙されたと思って飲んでみてよ」

 絶対に飲みたくはない。例え騙されたとしても、飲みたくはない。

 「飲みなさい」

 嫌なものは嫌だ。あくまでも嫌がる私に博士は条件をつけてきた。

 「もし万一、これを飲んで体調が悪くなるようなら、約束しよう。君をかえすよ、元のところに。恐らく僕は打ち首になってしまうだろうけどね」

 だから、飲みなさい、そういう博士の眼は先ほどの笑みとは打って変わって真剣で、とても嘘をついているようには見えなかった。私は瓶を受け取り、意を決して薬を飲んだ。

 薬がのどを通る。そのとたん、のどに火がついたような熱さを感じた。

 のどが焼けつきそうだった。手にしていた瓶が床に砕ける音が聞こえた気がしたが、それどころではない。あまりの熱さに無意識にのどをつかんでしまう。

薬を戻そうにも、のどが熱くて戻せない。

 涙目になりながら見た博士は、冷静に私を見つめていた。その眼は観察者の冷たい目だった。

 薬を飲んだ後の効果を、私の一挙一動を、冷静に、身動きもせず、じっと、見つめていた。

 もはや立っているのさえ不可能になってきた。

 私が倒れても、博士は微動だにしない。冷たい目で私を見つめ続ける。まるで悪魔のようだった。博士を信じた私が馬鹿だったのだ。また、裏切られる。また、私が苦しむことになる。ただでさえ、もう、苦しんでいるのに。

 「は、……の、う、……つ、き」

 焼けるようなのどから、必死に言葉を紡ぐ。この思いを伝えるために。

 この絶望を伝えるために。

 ところが博士は私の言葉を聞いて、高らかに笑った。

 「うまくいったよ、シルフィ!」

 うまくいった?人が死にそうになっているのに、この期に及んで、うまくいった?完全にくるってしまったとしか思えなかった。博士は私を殺そうとでもしているの?

 「やった、やった!成功だ」

 博士は倒れた私に近づいて、私を抱き起した。

 「こ……い、で」

 私は博士が私を抱き起すのを拒否しようとしたが、博士は更に私を強く抱き締めた。

 「は、な……て」

 博士は離そうとはしない。それどころか一層強く抱きしめる。

 「は……て、よ」

 渾身の力を込めて、私は博士を突き飛ばした。博士は私の体を離して、私の顔を見つめ、感極まったように言った。

 「シルフィ、君、言葉を話してるよ!話せている!」

 言葉?

言われるまで気がつかなかった。そうだ、私、さっき、なんて言った?とぎれとぎれでも、ちゃんと言葉を言えてなかったか?

 まだのどは焼けつくように熱かったが、気にならなかった。

気にしている場合じゃなかった。

 「わた、し、……て、る?」

 「まだ、片言だけど、話しているよ!」

 「し……じ、ら、……な、い」

 「でも、確かに話せてるんだ!」

 涙が出てきた。自分の知っている自分の声とはほど遠かったけど、確かに声が私から出ていた。

 博士はちゃんと約束を守ってくれたんだ!

 「は……せ」

 「ん?」

 「あり、が、と……」

 「………………どう、いたしまして」

 さっきまでの喜びとは打って変わり、博士は悲しそうな笑顔になった。

 どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?

 そう聞こうと思ったが、急に目眩がして目の前が真っ暗になってしまった。


 お久しぶりです。何やらものすごく詰め込んだ感がある話となってしまいました。読みにくかったらすみません。しかも、今回は長いです。次に書きたいことを書こうと思ったら、ここで区切ってしまうのがちょうどよい気がしたのです。はい。言い訳めいていてすみません。


 例えあとがきを先に読むことがなくっても、あとがきにはネタばれを書きたくない主義は今だ現存しておりますので、安心して、この先をお読みください。


 サブタ(サブタイトルの略。おそらくこんな略し方をする人はめったにいないでしょう。も、もしや私だけ……?)には「絵」とあります。

 私個人も絵を描くのは好きです。上手いとか下手とかは気にしてませんよ。だって、気にしたら描けないじゃないですか!!!

 人物画が苦手ですが、性懲りもなく描いてます。人物画っていっても、マンガみたいな絵が多いかな。

 あとは風景画とか、空想画とか。おもに空想画が多いです。

 先日、空想画を友人に見せたところ、「何これ?」と言われました。ようはそんな絵です。

 作中のあの人が描く絵は主に、風景や人物が多いです。たまに空想画を描いているようですが、あまり人には見せません。きっと見せてもらった人は「なんか、きれいな絵だね」としか言えないだろう、そんな絵を描いているようです。


 ながながと絵に関して書きましたが、今回も読んでいただいてありがとうございました!つたない文章ながらも、読んでいただけていると思うだけで、大変嬉しく思います。次もいつ更新できるかわかりませんが、気長にお付き合いよろしくお願いします!!

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