第二章:女の子1
ここから「人魚の幻」の第二章に入ります。
一応簡単な前話までのあらすじです。
王に不老不死の薬として献上された人魚、シルフィは博士に世話をされながら城の浴槽で暮らしていた。そんなある日、王子が浴槽を訪れた。王子はまた来る約束をして去って行った。
王子が来た晩、私は久々に夢を見た。
小さな女の子が家の中で誰かの帰りを待っていた。足の長い椅子に座って、足をばたつかせながら誰かの帰りを待っていた。
女の子はとても可愛らしいドレスを着て、長いふわふわの髪を後ろで結んでいた。髪を結ぶレースのリボンがまた可愛らしい。
女の子は、時々椅子から飛び降りては窓に駆け寄り、しばらく眺めてはため息をつき、そしてまた椅子の上に座った。窓の外は真っ暗だったけれど、女の子は全く気にしていないようだった。
何度同じ動作を繰り返しただろう。そのうち、窓の外では雪が降り始めた。女の子は寂しそうに、そして不安そうに外を眺めた後、いつからか燃えていた暖炉の近くに座りこんだ。今度は膝を抱えて、ずっと窓の外を眺めていた。
全体にモノトーン調の夢だったのに、暖炉の火だけが赤々と燃えているのが印象的だった。
ふいに女の子がドアの方を向いた。
ゆっくりとドアが開く。
「 」
「で、君はそのドアの向こうに誰がいたのかを確認する前に夢から覚めてしまったわけだ」
何やら書き物をしながら博士が言った。私はこっくりとうなずく。
「何かの物語にありそうな展開が続きそうだね」
博士は一度も顔をあげることなくひらすら書き続けている。
「シルフィはこの後どんな展開が続くと思う?」
書き物が終わったのか、やっと博士は顔をあげた。
「 」
「あぁ、なるほど。小さい女の子が待つのは親、ってことかな?」
「 」
「懐かしい感じ?へえ」
家の中にでも見覚えがあったのかい?と冗談めかして言う博士に私は首をかしげた。
「わかんないけど、懐かしく感じたってやつか」
私が頷くのを見て、博士はフムと顎をしゃくった。
「まあいいや。また気になる夢を見たら話してね。夢の話って面白いから好きなんだ。そういや、この間見た夢なんだけどね、おかしいんだよ。夢の中に旧友が出てきてね。まあそこまでは普通の夢なんだけど、なぜかその場で銃撃戦が始まるんだよね。もちろん、僕と旧友銃なんか持ってなかったよ?周りの人が銃撃戦を始めたんだ。で、その友人と逃げるんだけど、そのうち追い詰められちゃってさ」
追い詰められた博士はそこで巨大な犬に助けられたらしい。顔だけで博士の身長の2倍は軽くあるような巨大な犬だったそうだ。巨大な犬は博士たちの楯になり、銃弾から博士たちを守ってくれた。博士がその犬に感謝の気持ちを抱いた、次の瞬間、今度はその犬に追いかけまわされることになったらしい。いやあ、あれは恐怖だった、と笑顔で語る博士に対して、私は何の反応も返せなかった。というか、どれに対して感想を述べたらいいのかわからなかった。
「他にも面白い夢はたくさん見たけど、長くなるから今日はその話はやめておくね」
博士は手にしていたノートをパラパラとめくってペンを持ち直した。
「そういや、やっと君の新しい部屋の場所が決まったよ。これから工事にかかるんだ。希望があったら今のうちだよ。何か希望はあるかい?」
その時の自分の表情がどんなのだったのかはわからない。笑った覚えはある。でも私の顔を見た博士がいつものように憂いを帯びた笑みを見せたことから、きっといい顔はしてなかったんだろう。
今は目の前に瓦礫が広がる水槽の外を見つめた。
希望なんてなかった。
希望なんて、希望なんて、キボウなんて……
どこにもなかった。
あの時、私は「どこにも行きたくない」と漏らした。ここでいいと。
でも、今、私はあの浴槽にはいない。めったにない例外を除いて博士しか訪れる人のなかった、あの場所にはいない。
この場所に移って、毎日たくさんの人と出会った。その代わり、世界と一層隔離された。
それがこの結果だ。
もう、城内には人はいないだろう。いたとしてもここよりはるかに安全な所にいるはずだ。
またひとつ、美しい城が瓦礫と化していく。
このガラスはちょっとやそっとでは壊れはしない。私を隔離するためのものが、私を一層孤独にしたものが、今は瓦礫から私を守っているとは……なんという皮肉だろう。
ふと、崩れゆく天井を見上げる。
あの人は無事に城を出ただろうか。
視線を下ろす。そこにはふわふわの髪をした女の子が立っていた。
私はその子に微笑みかける。その子も笑い返す。
その子はゆっくりと近寄ってくる。床に落ちている瓦礫などには目もくれず、まっすぐに私のところにやってくる。
女の子は私の眼の前に立った。
そして、そっとガラスに手をついた。
ガラス越しに、その子と手を合わす。ついさっき、王子にしたように。
「あなたは最後まで一緒にいてくれるの?」
女の子は頷いた。女の子は何も言わなかったけど、もちろん、と言ってくれたように感じた。
いつの間にか自分の眼が熱くなっていた。いつからだろう?
……いつから……いつから、だろう……
いつから、私は気づいてしまったのだろう……。
その日から、頻繁に同じ夢を見るようになった。いつも同じ女の子。いつも同じ部屋。いつも同じ状況。最後にドアは開くけれども、どうしても私はそのドアの向こうを見ることができない。
博士は私を心配してか、精神安定のためにと薬の種類を増やした。それでも私は同じ夢を見続けた。
「 」
「どうしていつも同じ夢をみるんだろうって聞かれてもなあ……」
同じ夢を何度も見るようになってから、博士はさらに頻繁に私のもとにやってくるようになった。博士も博士なりに忙しいらしく、大体フラスコや試験官とともにやってくる。しかし、実験に集中してはいないのか、常に意識は私のところにあった。それが私をいくぶんか安心させてくれていたのはまぎれもない事実だった。
「人は無意識に夢を見るんだけど、時には自分が強く想っているものを見ることもあるらしいよ」
フラスコを回しながら、博士は言う。頃合いを見て、何やら違う液体を加えて、さらにフラスコを回す。
「この場合は、なんだろうね。シルフィが続きを見たがっているから同じ夢を見るのか……それとも、もしかしたらお告げ的なものかもしれないね」
回しているうちに、フラスコの中の液体がどんどん色が変わってきたかと思ったら、何の前触れもなく爆発した。整った博士の顔は真っ黒になり、いつも来ている白衣が黒衣になってしまった。髪もところどころ焦げている。
「あぁ、また失敗した。シルフィ、大丈夫だった?ビックリしたよね?ごめんね」
これが初めてならかなり驚いただろうが、残念ながらこれが初めてではなかったため、私は驚かなかった。
「 」
「返す言葉がないよ……シルフィが言うとおり、もう片手では足りないくらい失敗してるね……」
爆発にもびくともしなかったかなり強度のあるフラスコを(私はいつも爆発に耐えるこのフラスコをひそかに尊敬しつつある)調べながら博士が意気消沈した。
あまりの博士の落ち込みように、励ますべきかどうか悩んでいると、なにやらぶつぶつ声が私の耳に入ってきた。しかもその声はだんだんと大きくなってくる。
「しかし、失敗は成功のもと。失敗から何かを学び、学んだことを次に生かす!そうすることで人は新しいものを生み出してきたのだ。何、このくらいの失敗、どうってことはない。私に乗り越えられないことはない。これくらいの失敗で私は立ち止まりはしない。なぜなら、私は自身の知的好奇心を満たさない限り、永遠に追究し続ける男だからだ!」
そっとしておこう、そう思った。
「なぜ失敗をしたのか。それを書き留めねばなるまい。書き留める、それは何をするに置いても重要な行為である。書き留めることによって、人は脳内の情報を整理し、改めて理解するのである。また、書き留めたものを見ることは、その内容を思い出し、また新たな発想を得ることをも可能にする。さぁ、私はこのことを書き留めなければなるまい。日付を書き、内容を書き、結果を書き、考察を書く。書く。書いて書いて書きまくる。すべては来たる日のために。すべては私の知的好奇心のために。そう、私はこの失敗を無駄にはしまい!失敗に無駄なものなどない!!」
完全に自分の世界に入って、こぶしを突き上げて語る博士を見ていられなくなった私は、博士から目線をそらし、博士の背後を見た。
「?!」
息をのんだ。
ありえない、と思った。
背筋がスッと冷えて行くのがわかった。
「シルフィ?」
私の様子がおかしくなったことに気づいたらしい。博士はいつもの博士に戻っていた。
「どうかした?後ろに誰かいるのかい?」
「 」
「いるって、誰が?」
後ろを向いて誰かいないか確認する博士は、私の声になっていない言葉に首をかしげた。
「誰もいないよ?」
「 」
「誰が?」
「 」
私の答えを聞いた博士は眼を見開いた。
「ウソだろ?だって、その子は夢の中の話であって……」
「 !!」
その子はたったった、と走り去った。あの可愛らしいドレスのままで。ふわふわの髪をリボンで後ろに結んだ、いつもと同じ恰好で。
そこにいたのは、あの夢の中の女の子だったのである。
お久しぶりです。だんだん秋めいてきましたね。
今回はちょっと話が進んだ感じがします。ちょっとだけなのがミソですけど。
基本的に後書きにはネタばれにつながることは書きたくない主義なのですが、今回はちょっとこれだけは書いておきたいので失礼して。
作中で博士が見たという夢ですが、あれ、私が実際に見た夢をドッキングしたものです。
銃撃戦はなぜか小学校で起こってました。私と友人はひたすら逃げ回り、中庭でついに友人に銃弾がかすってしまったのです。そのあとは夢が変わってしまいましたのでどうなったのかわかりません。友人はそのあとどうなったのでしょうか。たしか足にかすっていたので、命には別状はなかったと思います。血もあんまりでてなかったのは覚えていますし。なぜあんな夢を見たのか、大変不思議です。
巨大な犬ですが、あれは別の日に見た夢です。あいつには小学校の校内中を追いかけまわされました。そのとき私は命からがら(大げさですが)学校の2階にあった職員室に逃げ込んだのです。急に入ってきた私に先生方はかなり驚いていましたが、理由を説明すると、職員室の非常口に連れて行ってくれ、そこから逃げるようにとおっしゃってくれました。私はお礼もそこそこに、そこから逃げようと非常口のドアを開けたのですが、その瞬間、ドアの向こうにはドアに収まりきれないくらいの、犬の巨大な顔があったのです。あれにはびっくりしました。ものすごく怖かったです。パブみたいな犬だったと私は記憶していますが、果たしてあの犬は一体何ものだったのでしょうか……。
とりあえず、夢物語はこの辺で終わらせて。
今回も私の物語にお付き合いいただいたみなさま、どうもありがとうございます!!みなさんがいてくれるから、私は頑張れます。読んでくださる方がいることが幸せです!
どうぞこれからもよろしくお願いします!!
願わくば、みなさんにたくさんの幸せが訪れますように!