第一章:過去1
それから私は博士に抱えられて今は使われていないような入浴場に連れて行かれた。使われていないとはいえ、かなりの広さがあり、誰かが掃除をしたのか、大変きれいだった。
「こんなこともあろうかと、掃除しておいてよかったよ」
博士は誰に言うともなくつぶやいた。
私はその中のすでに水のはられた浴槽に連れて行かれた。私用の水槽ができるまではここで過ごせということらしい。
浴槽はあまり深くはないが、成人前の人間の少女くらいある私がゆうに泳げるくらいの広さがあって、ため息の出るほどきれいな装飾が施してあった。
博士は生まれたての赤ちゃんを水につけるように、そっと私を浴槽に降ろした。そして、そのまま浴槽のそばに座りこむ。
「すまない」
それはあまりに唐突で。言われた私にはどれのことだかさっぱりわからなかった。
博士がその続きを紡ぐ気配はない。
あまりにも長い間、博士がそのまま動かなかったため、私はバシャバシャと水遊びを始めた。
「……怖い目に……遭わせちゃったね」
私は手を止めて博士を見つめた。それか、と思った。
「本当に申し訳ない。もし、あの時君の存在がバレなかったら、王に君の存在を知らせることなく君をもとに戻せたかもしれないのに……。見つかってしまったばっかりに……」
「 」
声は出ないけれど、私は博士に話しかけた。博士はこの城で私の言葉を正確に理解してくれるただ一人の人だから。
「それに関しても謝るよ。抵抗されるとさらに話がややこしくなると思ったから……。好きで君の意識を奪ったわけじゃないんだよ!」
「 」
「確かにやり方はまずかったと思う。でも手っ取り早くことを済ますにはあの方法が一番効率が良かったんだ」
「 」
「いや、そんなつもりはなかった!ちゃんと傷跡が残らないようには気をつけたし……」
「 」
「本当に申し訳ない。痛かったよね?ごめん。でも他に方法が思いつかなかったんだ」
「 」
「ウソツキと呼ばれてもしかたないよ。うん、それについては言い訳できないよ」
「 」
「僕はあいつとは違う!君をそんな風に利用しようとは思ってない!」
「 」
「それは……そうだけど……」
はたから見れば、博士が一人で話しているようにしか見えなかったに違いない。しかし、私たちの間にはちゃんと会話が成立していた。
私が再び口を開こうとしたとき、誰かが博士を呼ぶ声がした。博士は返事をすると立ち上がった。
「ともかく、これだけは忘れないで。決して誰かに言ってはいけない。声が出ない、とかは関係ない。伝える方法はいくらでもあるから。もし、誰かに言ってしまったら、君がもっと辛い目に遭ってしまう。だから……」
あまりに博士が苦しそうに言うため、私は言いたいことを飲み込んで、こくりとうなずいた。
「いい子だ」
博士は私の頭にポンと手を乗せると、苦しそうな、それでもって悲しそうな弱々しい笑顔で微笑んだ。そしてその手を退けると、「これを飲んで今日はもうおやすみ。大丈夫、いつもの薬だから」と、博士は私が博士と出会ってから毎日のように飲んでいる薬を手渡した。私は博士に促されるままに薬を飲み込んだ。
博士は私が薬を飲み込んだことを確認すると一瞬だけ、見間違えかもしれないが、ニヤリと狂気じみた笑みを浮かべた。本当に一瞬だったから見間違えたのだろう。
あまりに博士の顔を凝視するものだから「僕の顔に何かついてる?」と博士は首をかしげた。私はフルフルと首を振る。
「もう、あのことはしばらく忘れて、ゆっくりおやすみ」
安心したのだろうか、私はだんだん眠くなってきた。瞼がだんだんと重くなってくる。
うとうとしだす私の頭に、軽く手を置くと、博士はその場を去って行った。
まどろみの中で博士が「ごめんね、君のためにも僕は頑張るから」と呟いた気がしたが、それもやっぱり気のせいかもしれなかった。
私は深い深い眠りに落ちていった。
それからというもの、私は博士のもとで管理された。管理とは言うものの、どちらかといえば「養育」と言った方が正しい。
少なくとも1日に5回は私のもとに訪れる。
「ご飯だよ〜!今日のデザートは君の好きなアリプ(桃のような果物)だよ!」
「気分はどう?さみしかったかい?さみしくなったらそこのベルを鳴らしてくれたら、すぐに駆けつけるからね!」
「今日はこんな本を見つけてきたんだ。君、この手の話、好きだろう?あ、でも読むときはこの布で水気を拭き取ってから読んでね。でないと本が濡れるから。もちろん、この布は僕の発明品だよ!水気を吸い取った直後から乾き出す、というすぐれもの!夏場の海水浴にはもってこいだね」
「水、冷たくない?それとも熱い?元が浴槽だから今一つ微妙な水温調節がしにくくって。なんかあったら遠慮なく言うんだよ?」
などなど。この間のしおらしさはどこへやら。控えめに見ても、かなりの過保護だった。
私は博士のことを完全に赦すことは出来なかったけど、博士は唯一、私がこの城に来てから一番優しく、そして真摯に私を向き合ってきてくれた人だから、そんな博士の過保護が嬉しかった。多分、私は博士が好きだったんだろう。それは子が親を慕うような、そんな気持ちだったんじゃないかと思う。親がいなくなってしまった私には博士が親代わりだったから。
私がそこにきて10日くらいたった頃だろうか。いつものようにアヒルさん(博士作。全体的に黄色で、くちばしが赤い。)と水遊びをしていたら不意に誰かが浴場に入ってくる気配がした。
私は入口の方に背を向け、アヒルさんの中に水を溜める。
足音は近付いてくる。私は気付かないフリをする。あと10歩、9歩、8歩……。今だ!
私はバッと振り向いて、アヒルさんのくちばしをその人に向けて、アヒルさんを力一杯押した。
ぴゅうっ
「うわぁ?!」
アヒルさんから発射した水はその人を直撃した。私はクスクスと笑ってその人を見上げた。 たまに仕掛けるアヒルさん水鉄砲を受けた時の博士は、いつも笑って「このいたずら娘が!やったなぁ!!」と水を掛け返してくる。私はそれが好きだったから、今回もそれを期待してその人を見上げたのだ。
そして私はそのままフリーズした。
その人は何と、王子だったのだ!
みなさん、登下校、または通勤に何を利用していますか?徒歩?それとも自転車?電車の方ならお分かりいただけると思いますが、電車って乗ってると眠たくなってきますよね。特に帰りの電車。あれ?まさか、眠くなるの、私だけ?
少し前までは本を持参していたのですが、本を読みながら寝る、という奇妙なことをし出すようになったため、計画変更。「人魚の幻」の続きを携帯に打ち込むことにしました。すると、比較的起きることができるではありませんか!!(ここで、「比較的」といったことに注目された方。はい、正直に言います。やっぱり、眠い時は寝ています。)
ということで、これは電車の中で書いたものです。多分、これからも続きは電車の中で書くのではないかと思われます。
ということは、やっぱり執筆スピードは遅くなるわけで。続きを待ってくださっている方、申し訳ありませんが、続きは遅くなります。またもや8月中に出せたらいいな、とは思ってますので、気長にお付き合いよろしくお願いします。
本文中の人魚のセリフに当たる空白ですが、ここを入れてしまうと今後のネタばれにつながるため、あえて抜きました。ほんとは「」も抜いてたんですけど、そうすると、会話している感じがなくなってしまったので、「」だけ入れました。もしよろしければ推測して楽しんで下さい。
長々と書きましたが、最後に、このような拙い文章の続きを読んでくださってありがとうございます!どこかに読者様がおられるかと思うと、嬉しくて感激です!本当にありがとうございます!!これからも、亀のように遅い物語となるかも知れませんが、お付き合い、よろしくお願いします。