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女形の姫様転生記  作者: 新島 隆治
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試行と試作と調査の依頼

 厨房に隣接する場所に、屋根と壁、入口前の柵だけという簡素な小屋が建ったのは十日ほど前のことだ。

 傭兵団本部の敷地の奥、成人男性の胸の高さほどの柵が張り巡らされたそこは、奥行き三メートル、幅五メートルほどの前庭を持った施設になっている。雨や陽差しの強い時でも散歩する場所が出来るように、柵の上部を半分くらいまでを覆う屋根も出来ていた。

 アスカ姫が市場で結構な量の素材を購入した後、毒見役のキールピーダとルーヴィウスはそこに放され、毎日朝昼夕の三回、少量ずつ味見兼毒見という名目で餌を与えられている。


 最初の頃こそスヴェン副長の「美味いんだぜ」発言で警戒していたものの、今は完全に懐いたのか、厨房からアスカ姫が姿を現すとすぐ、二頭は嬉しそうに小屋の入口から駆け寄って来た。

 キールピーダなどはいかにも鈍重そうな見た目なのに、走って寄って来る速度は人間の子供にそれほど劣っていない。

 アニエラの視線の先では二頭がアスカ姫の足元にじゃれついており、時折スカートの裾が捲れているけれど、姫は動物のすることだからと気にしていないのか、軽く頭を撫でて試食用の一部を与えている。


 勢いよく食い付いているそれは先程アニエラ自身もお相伴に(あず)かったが、王都でも食べたことがないほど柔らかなパンというものと、トーレの肉を塩と香辛料で味付けし、細かく挽いたホロゥを全体に(まぶ)して油で揚げた「唐揚げ」というもの。

 市場で売っている既存のホロゥの粉に満足しなかったアスカ姫が魔術で石臼に細工し、これまでよりもさらに細かな粉が出来るようになっている。溝の深さの調整と角度の調整らしいが、料理長のダニエも使い(みち)が増えたらしく、大変感謝していた。

 細かく粉を()く臼はアスカ姫の片手でも回せるほど小さなものも作られて、そちらは乾燥した茶葉を細かく挽き、粉茶にしたり焼き菓子の生地に練り込んだりしている。


 それと、こちらに持ってきたものは熱くないよう十分に冷ましてはいるが、いくつもの野菜を刻み、半日ほど肉や塩と煮込んで、仕上げにわずかな香辛料で味付けしたスープは絶品だった。


 こんなに美味しいものを食べられるのは食に不自由しない王族か大貴族ばかりだと思っていたけれど、実際に使われている食材と作る過程を真横で見ていたアニエラはそれを真っ向から否定できる。

 材料自体はこの辺境の町でも普通に口にできるものばかりだ。裕福な商人から平民まで、皆同じように市場で買っている物と何ら変わりない。

 下(ごしら)えや味付け、調理の手順などは初めて見るものも多いが、調理に時間をかけたり組み合わせを変えているだけで、特別な素材や高価な食材をふんだんに使っている訳ではない。


 今では厨房を預かるダニエも積極的に新しい料理を習い始め、新作の試食になるとアスカ姫の護衛とイェンナ以下給仕たちが争い、団長や副長が仲裁に入っては争いの元を()(さら)っていく回数も増えている。

 酒のつまみに良く合うからと、掻っ攫っていた後で専属鍛冶師の親方と会計長、副長、団長の間で更に熾烈(しれつ)な争奪戦が起きているのも、団員のほとんどが知っていた。

 鍛冶師の親方が鍋やナイフといった調理道具の数々やおろし金、口金という小さな部品、(はさみ)、万年筆という名のペン、細かなものを挟んで摘むピンセット、爪を切る道具や爪用の細かなやすりを団員の武器のメンテナンスそっちのけで作り、姫の試食品を勝ち取っているというのも本部では周知の事実だ。


 ――料理を作っているアスカ姫以外は。


 さすがに武器の補修・修繕より道具作りが優先されては傭兵団の本業への支障が出るため、今朝団長の執務室に呼ばれ、道具作りの専任者を置くことと、きちんとメンテナンスを優先するよう命令が出されたそうだ。

 姫が今朝市場の買い付けに同行して不在の間、本部全体に響いた野太い慟哭(どうこく)の声が親方のものだったということを、留守番役だった同僚のハンネから聞いている。


 副長は溜まっている書類の処理を全て終わらせること条件に出されて、こちらも派手に泣いたらしい。




 この大陸の食材や素材を調べたい、という姫の意向で購入している材料は、食材なら多くて三、四人分、鉱石や粘土、木片は姫の手で持ち上げられる程度と非常に少ない。故に、試作を終え完成品が出来上がる頃の量は()して知るべし、だ。


 購入の原資には、先日姫が作った鏡の売り上げが充てられている。


 姫の部屋にも既に手鏡と契約書板サイズの鏡が納品されているが、出入りの商人に聞いた話では手鏡で金貨三枚から五枚、契約書板の大きさで金貨八枚から十枚、それより大きなものは貴族が金貨三十枚以上で買い占めに走っているらしい。

 成人男性の背丈ほどもある姿身は、情報を知った王族が金貨二百枚以上で買い付けるそうだ。


 アスカ姫が作ったものはそのまま自身で使いたいという希望があり、王族からのリクエストを満たすため、仕方なく材料を買い足して作られている。

 姿見は貴族領を経由して王都まで行く商隊が運送を担当し、赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)を中心とした大規模な護衛をつけていくという。護衛費用と輸送費を合わせれば金貨二百五十枚を超える取引になるはずだ。

 もちろん、姿見一枚を輸送する訳ではない。複数の商隊が相乗りするだろうし、鏡も様々なサイズを同時に運んで行くだろう。

 現在の販売価格で言えば、手鏡サイズで百枚以上、契約書板サイズで四十枚以上もあれば、それだけで傭兵団の数年分の維持資金を賄える。


 さらには、鏡を作った日の夕方に姫から手順を教わった男性魔術師が、翌日自分で素材を用意して鏡の製作に挑戦した。

 数日かけて試行錯誤しながら魔力が枯渇する寸前まで頑張った結果、質こそ姫に数段劣るものの、手鏡一つで金貨一枚、契約書板サイズ一つで金貨三、四枚ほどの売り上げを作り出している。

 作業の要点を教わり素材の質の調整をした今では、ガラスの透明度も徐々に高くなり、女性団員で希望する者には材料原価プラスわずかな技術料程度で譲れるほどの量を作れるようになった。

 おかげで訓練所の壁面の一部にも、武器を振る型の確認のため、姿見サイズのものを数枚設置出来るようになっている。新人の団員も言葉と動作による指導だけでなく「自分の動きのどこに問題があるか」を直接目で見て知ることが出来るようになり、急速に錬度を上げているそうだ。


 精度を高めるため作った分も傭兵団に利益を(もたら)し、会計長がダミーの商会を作って懇意の商人を抱え込み、現在貴族領などで販売させている。

 当の魔術師は材料費と技術料、手数料を抜いた利益の半分を団本部に上納し、残り半分を「姫様にコツを教えて頂いたおかげだ」と言って団長に預けていた。


 アスカ姫自身はそうした利益を「生命と貞操の危機を救ってもらったお礼です」と受け取る様子を見せなかったため、団長が一時全て預かって、素材の購入費用や本部の建て増しの資金に充てることになっている。

 市場で素材購入の肩代わりをした分を回収してもなお大幅に余りある資金に、会計長は姫個人の資産として別に処理しているらしい。

 団所属の文官が増えない状態で仕事が大量に増え、眠る時間が減っても、本人は嬉々としているそうだ。





 姫の料理試作や素材調査・研究の作業は大抵、市場から帰り、昼食が終わった午後に始まっている。

 調味料や塩、肉を焼いた時の味の確認はもちろん、野菜を煮る、焼くの他に蒸す、炒めるという見たこともない方法で調理し、一口だけ口に含まれたりもしていた。

 毒見役が口にする前に飲み込まれてしまわれたこともある。


 試作段階の品は大半が毒見役の胃袋に入るか動物の餌にされるため、とりあえずの完成品として護衛たちの口に入る量はわずかしかない。


 甘味はさらに競争が熾烈だ。

 姫自身の味見と女性護衛だけでほぼ全て消費されてしまい、残った少量が団長室に持ち込まれ、団長自身が辛うじて口に出来る程度で、男性の護衛たちの口にはまず入ることはない。

 リースやルヴァッセを使った焼き菓子などは、団長室へお裾分け分を持って行く前になくなってしまい、食べられなかった護衛の女性団員分も合わせ、追加で作り直したものもある。


 イェートの乳を加工して生クリームやバターというものを作り、リースをふわふわに焼いた土台に生クリーム塗って、新鮮なウィネルを飾り切りしたケーキというものなどは王都貴族で美食を追求するサロンでも出ないはずだ。

 小さな円形のケーキを八分割し、一つを姫自身、一つを団長の取り分とされた直後の凄絶な奪い合いは今でも護衛の間で語り草になっている。

 結局その場はアスカ姫が仲裁し、料理長のダニエと給仕長のイェンナ、護衛からアニエラとハンネ、レーナ、クァトリが先に食べ、残りの面々は姫が追加で三つ作ることで解決した。

 濃厚で冷たく甘いクリームと爽やかな酸味のあるウィネルの組み合わせに、女性陣だけでなく男性陣まで完全に(とりこ)にされたのは言うまでもない。




 一般の団員たちは、姫から手順を教わって作れるようになったダニエが食堂で正式に提供を始めるまで、団長や副長、姫の護衛担当など、試食の恩恵に与かる機会があった者からの懇切丁寧で美辞(びじ)麗句(れいく)を尽くした説明にひたすら耐え続けるという、過酷極まりない拷問に日々(さら)されている。

 不満の暴発は怖いが、一度美味いものを知ってしまったら元には戻れない。

 任務中の粗食は敢えて我慢するしかないが、普通に手に入る食材を使っての食事だけに、ダニエたち料理人への圧力が日に日に高まっているのは已むを得まい。


 そんな中、ターティという芋の泥を丁寧に洗い落とし、細く切って大量の油で揚げ、塩と香辛料を軽く振っただけの品はいち早く提供されることになった。

 試食の件で団長と副長が部隊長たちに吊るし上げられ、身の危険を感じた彼らが一部メニューの早期提供を決めたという。


 今朝は芋を櫛切りという形で切ってバターや塩漬け肉と炒め、狩りのついでに持ち込まれた毒のない野草を仕上げに入れた試作品も作られている。

 他にもターティを鍋で茹でるのではなく、湯気で「蒸す」という調理方法で柔らかくした後で潰し、塩漬け肉の切れ端や香草を刻んだものを混ぜ、形を整えて溶き卵と乾燥させたパンと粗く潰した粉で覆い揚げたものがあるが、こちらも試作が落ち着いて提供されることになったら食堂に新たな戦争を起こしそうだ。

 卵が市場でも高級品だけに、試作段階で留まっているのはある意味平和なのかも知れない。


 普段の年であれば冬を越した土臭い芋を食べるのを敬遠しているのだが、今年はどうにも勝手が違うようだ。

 早く他のものを提供し始めないと、冬が終わって市場に出てきた芋が食い尽されてしまうかも、という恐怖はある。それ以上に、試食を許されている姫の護衛たちへの視線が怖いのだが。



「さて、夕飯はフォーアの肉とソジャ豆、それにターティのニョッキが入ったグラタンと余ったウィネルを持ってきますね。ミートチョッパーの試運転で挽肉がうまく出来れば、小さいけどハンバーグも」


 それほど量が多くないとはいえ、瞬く間に残さず食べた二頭の頭を愛しそうに撫でたアスカ姫は、綺麗に舐められてぴかぴかになった木皿を持って立ち上がっている。


 この木皿は毒見役の動物たちのために市場で買ってあったものだ。木の板の中央を彫って簡単な窪みをつけただけのものを、本部に帰って来てから水と土の魔術で深く削り、表面を滑らかにした特製である。

 食事が終わる度に水で丁寧に洗い乾かしているが、その理由を尋ねても「エイセイジョウの理由です」という答えしか得られなかった。


 農村では家畜の餌は良くて板の上に置くだけで、大半は地面に直接餌の穀物や野菜を撒き、それを食べさせている。

 貴族領や王都でペットとして飼われている動物にも普通は専用の食器などは与えられない。良くて人が使って壊れた食器を使ったり、井戸で水を汲む桶などに入れて食べさせるのが普通である。

 姫が言うには、その方法だと動物の病気が人間に感染したり、逆に人間の病気が動物に感染したりする危険性があるという。

 排泄物の処理に気を使っているのも、病気の相互感染を防ぐためらしい。


 今では(おす)のキールピーダに「タトル」、(めす)のルーヴィウスに「ルビー」と名前をつけ、三食の世話の他、料理の試作や素材研究の合間を見つけては訓練所の隅や団本部の中庭で散歩させたり、遊び相手になっている。

 その時間だけやたらと訓練に打ち込む若い団員の姿が増えているのは、アニエラやハンネたち護衛の頭痛の種だ。


 ともあれ、毒見が無事終わったからには人間も食事時である。

 アニエラはこちらに歩いて戻るアスカ姫がすぐに屋内へ入れるよう、厨房脇の扉を大きく開けて待つ。

 アスカ姫が礼を言って入って行く先には、お預けを食らっていた護衛や料理長のダニエたちが試食を待ちわびている。

 静かに扉を閉めたアニエラは、王都から側仕えが到着するまでの筆頭護衛として振る舞うべく、アスカ姫の後を追い厨房へと入って行った。






 厨房で揚げ物に使った大量の油を四角い石製の桶に入れ、完全に熱が抜ける朝までの間、(ほこり)などが入らないよう蓋をしておく役は、ダニエに任された新しい仕事だ。

 使用済みの油を入れて運ぶ金属製の缶が意外と重いので、一応安全のために助手を二名付けている。

 成人男性なら一人でも十分持てる重さだが、一人多いのは念のためだ。


 ごつい筋肉を纏った身体に見合う量を食いまくる傭兵たちの食事は作る方も大変だが、ここ最近はその量がさらに加速している。


 特に、昨日から食堂でも提供し始めた大鳩(トーレ)の唐揚げ。


 大きめの野鳥であるトーレの仕入れ自体、市場全体でも一日に数羽が限界だというのに、朝から仕込んだ三羽分が夕食の開始とほぼ同時に消え、後で食えなかったと分かった後発組の嫉妬と怒りが食堂で爆発した。

 麦酒の供に合い過ぎるのが原因だろう。

 一番酷かったのは副長と四番隊の部隊長だが、食堂の椅子は壊しても厨房までは影響が無かったので良しとしている。


 昨日の事件を受けて、今夜から提供は夕食時のみ、一人当たり三個までの先着制(お代わりなし)の条件を団長の名前で通達してもらったのはある意味英断だったのだろう。

 傭兵団の食堂絡みでこんな通達が出るのは、おそらく前代未聞だ。


 料理長という立場になってから新しく誰かに何かを教わるとは露ほども考えてもいなかったが、最近の彼は修業を始めたばかりの頃と同じような高揚感と知識欲に溢れている。

 全ては一人の少女が原因だ。いや、おかげというべきか。



 生まれは他国の王女様と団長から教わっている。しかも辺境のロヴァーニの町が隣接している王国の王族よりもかなり格が高いらしい。

 半月ほど前に邪教崇拝者の討伐戦で助けられ、以降ただ一人の生存者としてこの傭兵団に身を寄せている大事な賓客だ。

 見た目は町娘や給仕長をやっているイェンナとは大違いで、きちんと食べているのか心配になるほど細く、その割に胸や尻がはっきりと分かる凹凸を作っている。さらに金色や茶色の髪が多いこの国では滅多に見ない、さらさらとした銀色の髪をしていた。

 まだ成人前という話だったが、最初に姿を見た時は誰もが団長の嫁候補かと考えたらしい。


 これまでの焼く、茹でる、煮るという方法しかなかった調理方法に、大量の油で「揚げる」という手法と、湯を沸かした蒸気で調理する「蒸す」という方法を持ち込んだのも姫様だ。

 調理道具自体は既存のものに新しく工夫を取り入れた程度だが、団専属の鍛冶師に頼んで作ってもらったという器具は傍から見ていても機能的で様になっている。

 一度だけ実際に使わせてもらって驚いた。

 重心こそ非力な女性のためのものだったが、ダニエ自身、その日のうちに鍛冶師に同じものを作ってもらえるよう頭を下げに行くくらい使いやすいのだ。


 教わって行く中で驚いたのだが、これまでは特に考えていなかった食材の下拵えの違いでこれほどまでに味の差が出るとは考えてもいなかった。これまで彼が知っていたやり方を少し変えるだけで、全くの別物と言って良いほど味に違いが出たのだ。

 手順ややり方なども全て彼自身で試したので、魔術や薬などを使わない真っ当な方法であることは疑いようがない。


 おかげでダニエは従来の塩や香辛料、肉から出る汁の味付けだけでは絶対に再現出来ない、新しい味をいくつも知ることが出来ている。

 一個で銅貨数枚するような卵からあれほど魅力的なソースが出来るとは、どんな奇抜な考えの料理人でも考え付かないだろう。

 卵の前処理――洗浄こそ時間と手間がかかって面倒だが、その労力に見合う以上の味わいだった。


 そして何より驚いたのは毒見だ。


 お貴族様の中には毒殺の危険を避けるため、別の誰かが提供される食事をその場で食べてみせ安全を知らしめすということだが、この姫様は毒というものを全く気にした様子がない。

 むしろ自分から味や出来を確認するため、かなり無防備に出来た料理を口に運んでしまっている。

 団長から姫様付きにされているという魔術師のアニエラがしょっちゅう泣きそうになっていたし、ハンネや他の護衛たちも止めようとしていたから、それが本来の王族に対する姿なんだろう。


 毒見役として人間以外に採用されたのは二頭の動物だ。

 キールピーダとルーヴィウスは彼の出身の集落でも普通に飼われていた家畜で、人間が口にしそうなものであれば大抵は食べることが出来、さらに毒や身体に害を与えるものは食べさせようとしても一切口にしない。


 この習性は広く知られているため旅商人もよく連れていて、道中の水場で飲んでも平気かどうか試させたり、貴族のような毒見役がいない彼らの安全に一役買っている。

 この動物を姫様も市場で買ってきて、傭兵団の団員が狩りのついでに採取してきた食べられそうな野草を食べさせてみたり、食べたものを自分でも調理して新しい料理に取り込んだりしていた。


 今朝方、パセリと名前がつけられた濃い緑色の野草もそんなものの一つ。

 確か生のまま()むと青臭い苦い汁が染み出してくる野草で、苦草(にがくさ)と呼ばれていた奴だったと思う。


 ルーヴィウスたちも積極的には食べなかったが、咀嚼(そしゃく)して飲み込んでも平気だったため、姫様もその場で葉の先端を(かじ)ってみていた。

 その姫様が黙り込み、唇に指先を押し当てたかと思うと厨房に駆け込んで、包丁でパセリを細かく刻み始めたのだ。

 その脇で皮を剥いたターティという芋を魔術か何かであっという間に蒸し上げ、ボウルという新しく作られた半球状の調理道具の中で粗く潰す。そこに塩と香辛料を目分量で混ぜて、朝食で余った塩漬け肉の切れ端を細かく刻んだものと、こちらも刻んだパセリを半掴みほど放り入れる。

 まだ湯気を立てる熱いターティをさらに潰しながら全体がなるべく均一になるように混ぜると、片手で掴める程度の量を両手の間で叩いて、薄く平たい形にした。


 そして焼いてあったパンというふわふわしたホロゥの焼き物を錬金術で乾燥させ、深い皿の中でバラバラの粉状にしたものと、高価な卵を掻き混ぜた液を使ってターティの混ぜ物を包み、真っ白になったそれを深めのフライパンの油の中に潜らせる。

 パチパチ、ジュワァッ……と小気味良い音を立てて泳がせることしばし。

 頃合いを見て引き上げられたそれは綺麗な黄金色に染まって、いかにも美味そうな暴力的な匂いを厨房中に振り撒いていた。


「毒見はタトルとルビーにお願いするから、少し冷まさないといけませんね」


 金網の上で余分な油を落としながらそう言った姫様は、その時点である程度味の想像はついていたのだろう。

 冷ますために包丁で切り分けた瞬間、切り口から白い蒸気とターティの香りに混ざって、肉から出た脂の香りと爽やかな香草の香りが厨房中に広がる。

 動物での毒見よりも先に人間で毒見をさせて欲しい、と思ったのはダニエだけではないはずだ。すぐ傍で見ていたアニエラの視線も、切り分けて冷ます姫様の手の動きを逐一追っていたのだから。


 木皿に乗せて外に出ていった姫様を待っている間に、香りだけでよだれが溢れて来そうになるのを全員で必死に押し止める。

 幸い、姫様が満面の笑顔で厨房に戻って来たのはすぐのことだった。

 ダニエたちの表情を見て取った姫様は、その場で作れるだけの揚げ物を作ってみせたが、油の弾ける音と匂いに釣られてきた幾人かと元から居た人間の間で争奪戦が起こりかけた。


 結局出来上がったものを半分ずつに分け、護衛たちと厨房関係者、給仕からイェンナともう一人、飛び入りから二名が選ばれて試食を行ったのだが……。


 熱い油で揚げられた香ばしい衣が、一口噛まれたその瞬間、サクリと小気味良い音を伴って口の中でほろほろと崩れる。直後に口を満たすのは衣の内側から溢れる大量の湯気と、土臭さなど感じられない、ほくほくとした柔らかなターティの感触。

 包丁で細かく刻まれ具に混ぜられた塩漬け肉の微かな塩辛さと肉汁、脂の甘さ、香辛料のピリッとした味を、ともすれば単調になってしまうターティの味がふんわりと包み込む。

 さらに青臭く苦いばかりと思っていた苦草――パセリが熱を通されることで香草のような爽やかな香気を持ち、具の塩漬け肉と香辛料、ターティだけでは単調になりかねない味に適度な変化と締めを与えていた。


 姫様は試作ということで、肉やターティ、パセリの配合を目分量で行っていた。ここから先、最も美味いと感じる配合の組み合わせを探すのは厨房を任されているダニエや助手たちの仕事だろう。

 それに芋はターティだけではない。ソレッティエやイェスクレもあるし、まだ彼が知らないだけの芋もあるかもしれない。芋の種類が変われば味も性質も違うから、当然それに合う具や香草も変わってくるだろう。塩漬け肉だけでなく、他の肉や魚、芋以外の野菜を具にしても良さそうだ。

 肉にしても、姫様が親方に作ってもらっていたミートチョッパーという道具を使っていくつかの肉を混ぜたり、挽肉の配合を変えることで味が変わってきそうだ。


 大きさをどのくらいにするかも大事な基準である。

 けれども小さな姫様の手の大きさのさらに半分ずつでは、あっという間に至福の時間は過ぎ去ってしまい、胃袋に収めたと気付いた時には美味さに陶然とするか、もう食べ終わってしまったと呆然とするかのどちらかだろう。


 姫様の小さな手で作ったその揚げ物は「コロッケ」と名付けられた。


 食べられなかった野次馬の面々が血の涙を流さんばかりの勢いでダニエに詰め寄り、「一刻も早く姫様から習って作れるようになれ」と厳命を下したのは言うまでもないだろう。

 それと交換でダニエが「料理の試作中は関係者以外絶対に厨房内に立ち入らないこと」と条件を付けられたのは、一緒に話を聞いていた姫様の口添えが大きい。


 正直なところ、試作品を作る度に食い物を扱う厨房へ埃っぽい野郎どもが十人も二十人も押し掛けてくるのは、ダニエ自身かなり迷惑だったのだ。

 団で雇われているとはいえ、ダニエも厨房の助手たちも、イェンナ以下給仕の女性たちも、基本はロヴァーニの町の平民である。

 役職の差はあっても団員として同じ、という建て前通りにはいかない。


 例外として執務の都合上姫様を探しに来るかもしれない団長だけは条件から除外することになったが、立ち入り禁止の条件を適用されることになった副長がそれはもう大変に荒れた。副長が本気で涙を浮かべて団長に詰め寄る場面なんて、少なくとも厨房の人間はここで働き始めて以来、初めて見たと思う。


 今日の夕食の前、団長からの通達事項ということで発表され徹底された新しい決まりを破った場合、違反者個人に対して最低三日間の禁酒が言い渡され、団の連帯責任として食堂での新作料理の発表と食堂での提供開始が半月後ろにずれることになる。

 さらに違反者は誰であろうと、以後一年間、姫様の料理試食の権利を失うことになっている。

 三つの罰則は発表前に急遽付け加えたらしい。

 団長や部隊長たち幹部も相互に抜け駆けしないか監視し合うらしいので、明日からは野次馬もいなくなり、厨房に平和が戻るはずだ。


 この一連の騒動は早くも団内で「コロッケ騒動」と呼ばれている。名前は騒動の原因となった料理の名前から付けられた。


 夕食の後で団員の一人から聞いた話だが、発表の場で「姫様からの差し入れに関しては抜け駆けと扱わない」という追加項目を、副長と会計長に加え、専属鍛冶師の親方が団長に捻じ込んだそうだ。

 あまりにも必死な姿に引いた、と片付けの最中に語ったのは、騒動の一部始終を見ていた成人したばかりの給仕の少女の一人だ。厳格で気難しそうな鍛冶師の親方の姿だけを知っている人間にとってはそうだろう。



 ダニエが姫様に敵わないと思ったのは知識だけではない。味の記憶や想像力といった点では、何年も修業してきた料理人たちよりも遥かに感覚が鋭く、組み合わせの行き着く先も並みの料理人では到底追いつけないだろう。


 先日、プリンという卵を使った甘味を作った時は、貴族が出席するという晩餐会にでも出すのかと驚くほど繊細で美しい飾り付けがされた一皿になっていた。

 平民が丸のまま齧る果物はナイフで薄く切られて花のように広げられ、イェートの乳から作った生クリームというものを布袋のようなもので等間隔に搾り出して、偶然市場で見かけたルシーニという果物の汁を煮詰めて作った甘いソースを(さじ)で糸のように細く垂らし、全体に振りかけたのだ。


 ガラスという透明な石で出来た皿に置かれたそれは、毎日食べる料理というものを芸術品にしてしまったのだろう。

 アニエラとハンネの前に置かれた試食の皿の周辺は、いつもの薄汚れた食堂のテーブルの上だというのに、そこだけ場所が違っているようにすら見えた。


 料理長として試食もさせてもらったが、プリンの一匙は彼のそれまでの修業の積み重ねや自負というものを粉々に打ち砕いてくれた。同時に、料理というものの高みを再び目指す原動力にもなった。

 視界が急に歪む。頬が熱くなり、膝に水滴が落ちる。

 人前で涙を流すなど修業時代にもなかったことだ。

 試食の順番待ちをしていたイェンナに指摘されるまで、彼自身滂沱(ぼうだ)の涙を流していることに気付かなかったのだから。


 団長から厨房を預かる彼が、姫様に施設の使用を全面的に認めたのはその直後のこと。それまではかなりの高温になる(かまど)など一部危険だと思われる施設の使用を遠慮してもらっていたが、時間の許す限り姫様の技術や方法を学ぶことにしたのだ。


 同じ親方の元で一緒に修業した隣町出身のビゴーは、数年ほど前に勤めていた食堂を離れて貴族領の食堂で雇ってもらったらしいが、これほど頻繁に新しい味を作ったり、新しい発想に出会ったりはしていないはずだ。



 一度揚げ物に使った油の質が下がったように感じ相談したところ、『時間が経つにつれて味が落ちるので絶対に使い回さないように』と姫様から注意を受けたのは夕方の練習中のこと。

 午後の早い時間に教わり、夕食の仕込み時間以外を全て練習に費やしたのだが、時間が経つにつれてはっきりと味が落ちているのに気づいたダニエが疑問を口にした途端、姫様に油の使い回しを指摘され、どうしてそうなるのか原因も教えてもらっている。

 出来れば少量ずつ、コロモという肉の周りにつけた粉が揚がった時の色で油の鮮度を判断すると良いらしい。新鮮なものは黄金色に近く、鮮度が落ちてくると濁った茶色になってくるらしい。


 異国の知識と経験の積み重ねには感心と感謝しかない。

 本来なら料理する現場に立つことのないだろう姫様ですら、先人の知識を教えてもらうことで原因と結果を理解し、組み合わせを予想して新しい料理を作れるのだ。


 ダニエは助手の二人を先に厨房へ戻しながら、雲間に見え始めた星を見上げ、明日も貪欲に新しい技術と先人の知恵を学んでやる、と心に誓っていた。






 コロッケ騒動から数日経ったある日、飛鳥は絵の得意な団員と共に狩りの獲物の解体に立ち合っていた。

 護衛役の他にも、文官や斥候役が数名、狩りをしてきた非番の団員もいる。

 部屋から持ってきた大量の板には解体中の肉と骨の付き方が部位ごとにスケッチされており、生態や食性、急所や弱点、利用できる部位などの細かな情報が聞き取られ、文官の手で板に書き込まれていく。



 午後のお茶の時間中、本部の中庭で上がった歓声に気付いた飛鳥は、ハンネと一緒に窓から顔を出した。

 狩りに出ていた団員たちが、イノシシに似たヴィリシを仕留めてきたという。

 市場で肉として売られていたヴィリシしか知らなかった飛鳥は、ふと思いついたことをハンネに尋ね、他にも数点思いついたことをアニエラに頼み、護衛と一緒に中庭へ急いだ。

 手の空いている文官を呼んでもらったのもそのためだ。


 要はこの世界の様々な事についての知識が薄いから、機会があれば記録しておこうと思っただけのことである。

 団の本部にも色々な記録はあるが、報告書や金銭の出納に関する書類は多いけれど、動植物や鉱物についての博物学的な記録や専門的な記録は一切存在しなかった。

 あるとすれば王都の魔術学院のような施設の図書室の中だけで、それぞれを一部の研究者が独占しているのだ、と学院出身のアニエラが教えてくれた。


「だからガラスの製造や鏡の製造で魔術師や錬金術師の方たちがあれほど驚いて、詳しく聞きたがったんですね」


「はい。何ともお恥ずかしい限りですが……」


 飛鳥は呼んできてもらった団員を連れて、中庭での解体をお願いしてみる。

 夕食までの間に作る予定だった試作品の試食を交渉材料にしてみると、即座に了解の声が返ってきた。

 材料の提供を引き換えにした場合は抜け駆けに当たらないらしい。


「それと、解体の過程を記録に取らせて欲しいのです。出来ればヴィリシについて知っていることも教えてください」


「それは構わねぇが……何かの役に立つのか、いや、立つんですか?」


 普段通りの言葉遣いを無理に改めたことも気にせず、飛鳥は言葉を続ける。


「はい、立ちます。今後狩りをする人がその情報を知っておけば、同じように狩りをする時に必ず役に立ってくれるはずです。

 例えば鳥や獣がどこに住んでいるか。森のどんなところに巣を作るのか。どんな餌を好むのか、子供はいつ頃、何頭くらい生んで育てるのか。鳥ならば一度に何個くらい卵を産むのか。

 襲ってくる時の動きや特徴、こちらが近づく音を聞き分ける距離や見える範囲も分かるなら知っておきたいですね。

 毛皮や肉が市場で売られているのは知っていますが、他に利用できる場所があるのか、解体する手順、骨や肉がどのようについているのか……。

 そういったことを網羅的に調べておいて、共有財産にしていくんです。

 他にも植物がどこに生えているか、いつ頃芽が出ていつ枯れるのか。食べられるのか、毒なのか、薬なのか。場所によって使い方が違う草もあります。野菜や果物だって、今まで知らなかったものや無視していたものが新しく食べられると分かるかもしれません。

 水の中の植物や動物だって同じです。知ることで生活の中に何かをもたらしてくれることも多いと思います。毒を持っていたりする生き物なら、危険を避けるためにも役に立つはずです。

 石や粘土も詳しく調べてみたら、鏡を作った時のように役に立つものが作れるようになるかも知れませんよね? 新しい武器や防具の素材になってくれるかも知れませんよ?」


 飛鳥が次々と例を挙げていく内容に、団員たちの顔つきが変わっていく。


 言っている内容は初期の博物学の調査に等しい。現代日本では博物学自体が動物学・植物学・鉱物学・地質学などに細分化して残っていない。

 この世界でも、魔術学院の書庫や一部の研究室だけに知識が押し込められているよりは、誰にでも広く利用できるようにした方が良いだろう。


 少なくとも、この世界でアスカ姫として生きていかなければならないだろう飛鳥にとって、そうした情報は生命線でもある。

 危険を避け、利用できるものを上手く利用するためには。


 説得は功を奏し、絵の得意な団員は皮を剥ぐ前の段階からスケッチを始め、文官は我先にという団員を並ばせて聞き取りを始めていた。

 当初は野次馬としてきていた非番の者たちも情報提供側に回っている。コロッケ騒動の後の通達があっただけに、何とかして正当な試食の権利を得たいらしい。

 混乱を避けるために「最初にアスカ姫が中庭に来た時に現場にいた者だけ」と文官が宣言してくれなかったら、ヴィリシの肉が無くなるだけでなく、力尽くの光景が生まれていたかもしれない。


 飛鳥は絵を描いている横で簡単な説明文を書き加えていったが、解体中に流れる大量の血で気分を悪くすることもなく、疑問や気付いた点を団員に質問する程度の余裕を持っている。

 この世界で生きてきたアスカ姫の影響だろうか。


 解体が終わる頃には日も暮れかけ、文官の聞き取りも一段落ついていた。

 狩りをしたのが五人、聞き取り対応したのは十九人。絵を描いてくれた団員と文官三人、それに護衛たちにも報酬を与えなければ不公平になる。


 片づけを任せるにしても時間の余裕がそれほどないため、その日の夕食では厨房の隅で手早く作ったローストヴィリシのルシーニソースがけが振舞われた。時間短縮のため錬金術を併用したのは仕方あるまい。


 席が離れていたためレーアから食後に聞いた話だが、ご褒美の一皿にありつけた団員たちは団長や副長、鍛冶師の親方や他の団員たちの恨めしそうな視線に晒されながら、涙を流して喜んでいたらしい。

 喜んでもらえたなら作った甲斐がある、と微笑んだ飛鳥だが、その時はご褒美にありつけなかった団員たちの目の色が変わっていることには気付けなかった。




 翌日以降、護衛や警備の帰りに獲物や野草を携えてくる団員が急増する。

 中には獲物を生け捕りにしてくる強者(つわもの)や、根を傷つけずに植物のサンプル持ち帰ってきた団員もいた。

 鉱山への護衛依頼のついでに、分けてもらった粘土や見知らぬ鉱石を荷車に山と積んで持ち帰った団員もいる。


 飛鳥以上に喜んだのは鍛冶師の親方とアニエラたち薬師や治癒術師、錬金術師、研究肌の文官たちだ。新しい素材や商品のサンプルになる可能性が高く、薬草候補や鉱石は遠くまで危険を冒して出かけなくても、敷地内で時間をかけて観察し、じっくりと調べることが出来る。


 動物は「育てて増やせますか?」と飛鳥が発言したことで、会計長が色々と算段をつけ始め、町の近くに住む農家数軒と嘱託(しょくたく)契約をしてきた。

 団員が生け捕りにしてきた野獣の飼育と繁殖を行い、二日に一度文官が巡回して飼育記録を残すこと、餌代は半分傭兵団が持ち、死んだり売却する時は団が適正価格を計算して支払い預かること、売却益の分配比率などをその日のうちに交渉して決めてきたらしい。

 これらの対応のため、商人の子弟で文字の読み書きが出来る者を新たに作った商会に勧誘して、団からの委託という扱いで調査・記録を専門に行う巡回組織を作っている。

 食欲が原動力でなければ素晴らしいのだが、彼は毎晩唐揚げと麦酒の組み合わせに溺れる重篤患者だった。


 鉱石や粘土は一度まとめて鍛冶工房に預けられ、精錬や金属特性の調査は鍛冶工房に、粘土を焼いてみたり陶器に加工したりといった部分は会計長が探してきた町の工房の親方に丸投げされた。

 嘱託契約で月に数日試験を行い、目ざましい成果が出れば報奨金を、成果が出ない時でも月毎に一定の契約料を支払うという。

 金属と石の分離は親方から団に所属している魔術師兼錬金術師に丸投げされ、錬金術師たちは仕事の増加に悲鳴を上げているそうだ。



 専門外なので飛鳥が手を出すことはなかったが、金属の粉を混ぜた粘土で煉瓦を作ることだけは依頼してある。何度も試行錯誤して、いずれ耐熱煉瓦を作ってくれれば、パンを焼くのに適した石窯を作ってくれるかもしれないという打算だ。

 高温で焼いた粘土を急激に冷やしてしまうと割れてしまう可能性が高いことだけは、実際に実験を見せた際に教えてある。錬金術の加熱・加圧と冷却を使えば、再現は難しくないのだが。

 一般的な煉瓦が作れるようになるだけでも、自然石と木だけで作られた建物の改革が進み、冬でも隙間風のない環境が出来るかもしれない。



 団の資金力と影響力が増していく中、飛鳥は忙しく毎日を過ごすことになった。

 それ以上に、毎日持ち込まれる素材や動物への見返りとして料理に追われ、清潔さを保つために作ろうとしていた洗顔用や入浴用の石鹸、髪を洗うシャンプーやリンスの完成は翌月に持ち越すことになってしまう。


 研究と休憩の時間以外の全てを取られ、延々料理を作り続ける毎日が精神的に辛くなり、涙目で護衛や団長に訴えた飛鳥は三つの条件を勝ち取った。


 一つは素材持ち込みの日付を限定すること。これは月に三回までに決まった。

 次に持ち込みに重複がないか文官が事前に審査・確認すること。受け取りの窓口は団が運営する商会に任せ、姫が素材として使用したことが確認された分だけを褒美の対象とすることも追加で決まっている。

 最後の一つは、報酬としての新作料理提供はまずアスカ姫がダニエに教え込み、姫の合格が出てから実施するよう変更され、姫からの直接提供は今後行わない――という三点だ。


 こうして団長が通達を出し、皆の前でアニエラとハンネに文字通り泣きついたことで、ようやく飛鳥は料理番の日々から解放された。

 だが同時に、男である飛鳥としては「女性の涙」という出来れば女形としての演技以外では決して使いたくなかった武器に負けたような、何とも複雑な気分にさせられたのだった。


限が良かったのでここまで。次話投稿は週末の予定です。

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