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女形の姫様転生記  作者: 新島 隆治
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閑話 王都ロセリアドと辺境の一年 秋

お待たせしました。夏が過ぎても多忙ですがひっそり更新。1万5千字程度。

 王都ロセリアドでは夏の終わりに第一次粛清が行われ、貴族階級、それも領地を持たぬ法衣貴族を中心に激震が走った。

 王の側近と言える侍従長を始め、上級貴族とされる数家が牢に囚われ、取り調べの末に断頭台の露と消えていく。

 泣き叫ぶ声すら口に詰められた布で封じられた彼らは、己の首を目がけて振り下ろされる大斧の刃を見つめながら最期を迎えている。酷い者になると幼子や一族郎党を道連れにし、館に籠もって抵抗し討ち滅ぼされた。


 娘の嫁ぎ先で連座した者も少なくない。侯爵家が一つに伯爵家が一つ、子爵家以下も両手で数えられるほど。

 それだけの家が取り潰されて消え、連座で多くの命が散っている。


「新たな侍従長については上級貴族から推薦のあった数名から賞罰を確認した上で面接を行って選抜し、陛下と王太子殿下の裁可を頂き就任させる方針です。

 次に領地貴族の件ですが、騎士団長のアントネンが南部を制圧完了したと連絡が入っています。秋の収穫が終わるまでに東部を経由して北部を、別働隊が南部から西部に移動して巡察します。

 第二王子派の貴族と第四王子派の貴族は戦々恐々としているようですな」


 王城の一角、基本的には王族しか入れない応接室に低い声が響く。

 私的な集まりと言って良いほど表情は穏やかながら、話す内容は物騒だ。


「アントネンは騎士団を率いて、晩秋までに東部から北部への巡察を終わらせる腹積もりのようです。残るは城内の役人たちと腹背定かならぬ法衣貴族、それに彼らの財布を握り後ろ盾となった商家の処理ですな」


 カタン、と音を立てて薄い木板をテーブルに置く。報告していたシルヴェステルの表情には疲れも見えている。目の下に(くま)こそ出来ていないが、声の張りは普段に比べて幾分弱い。


 向かいには簡素な服装のエドヴァルド王と王太子のイェレミアスが座り、さらに隣の席には第三王女イリーナが腰を下ろしていた。

 王太子の正妃候補であるアリッサは同席していない。


 シルヴェステルの隣には長く外務参事を務めたヒューティア家のトルスティが頬を緊張でひくひくさせながら座っている。事前にシルヴェステルから何度か問い合わせを受けていたが、ここまでの事態になっているとは思っていなかったようだ。


「第二王子派と第四王子派の貴族には牽制が出来たと思います、第三王子はいつも通りのようですな。王都内での『お遊び』が制限されたことで、近隣の貴族領へ足を伸ばしていると報告が来ています」


「同じ血を引きながら、どうしてこうもイェレミアス兄様と差がついたのかしら」


 深く長い溜め息を吐きながらイリーナ姫が長椅子に背を預ける。背中の半ばで揃えられた金髪が揺れ、表情には呆れの色が強い。


「陰謀ごっこや権力争いなんて、今時学院に進んだ子でもやらないわ。何より既に王太子は決まっているというのに――(わたくし)とアリッサが貴族学院で跳ねっ返りの貴族令嬢を(へこ)ませたのだって七年以上前なのに、何をやっているのやら」


「イリーナ。昔のことは仕方がないけれど、あまりうちの奥さんと変なことはしないでくれるかな?」


 妹の発言した内容には触れたくないのか、王太子が正妃候補のアリッサを庇う。頭が良く気遣いもできる美しいアリッサが、妹と学院時代から仲が良かったことは知っていた。

 妹と一緒にいる場面を城内で見かけることは何度もあったし、容姿に惹かれ内面を知り、妃にと熱烈に望んでシルヴェステルへ申し入れたのである。

 過去の行いは変えられないとはいえ、女性の武勇伝を聞かされても困るだけだ。


「それでシネルヴォ伯爵、各貴族家への牽制と掣肘は冬の社交の場で一区切りつける方針で良いのかな? 東部の状況が思わしくないことを(かんが)みて、そちらに領地を持つ者は手心を加えるつもりだと聞いているけれど」


「はい。詳しくは陛下に報告書を上げていますが」


「その判断で問題ない。この件は私が直接扱う故、イェレミアスとアリッサは矢面から外す。イリーナ、そなたもだ。イリーナには王太子派の婦人たちの取りまとめと情報収集を頼む。例の商会から新しい鏡も手に入れたのだろう?」


 商品以外に情報も色々と手に入れているはずだ。アリッサからも聞いているが、アスカ姫の側仕えに学院時代の後輩がいることもエドヴァルドは知っている。

 ランヴァルド宛ての手紙を持たせたこともシルヴェステルを通じてハンネから聞いているので、何かあれば使い魔(ヴェカント)を寄越すだろう。

 皮紙を使った連絡用の魔術具も持たせてはいるが、使い魔の確実性に比べれば精度と速度がいまいちだ。


「魔術学院の学長からは予算請求が上がっておったな。ハンネ嬢の荷車を買い取りたいらしいが、金貨三万枚あれば学院が一年半から二年は運用できる。

 こちらもそれほど余裕はないので却下しているが」


「鏡、石鹸、新しい紙と香辛料。流通が期待される魔術具は今でこそ量産が厳しいかも知れませんが、来年以降になれば先方の状況が変わってくるやも――まあ当分は様子見でしょうな」


 シルヴェステルが報告事項を書き付けた木板を置く。積み上がった未読の板の数は減っているが、それでもかなりの厚さになっている。

当主を譲って一線を退いたとはいえ、大の大人二人が『重い』と感じる程度には重量があったのだ。


「それから商会は勅許扱いにされたのですが、身分を盾に()を通そうとした馬鹿な貴族家が七つほど騎士団に拘束されました。一度目は厳重注意、二度目は使用人をその場で斬り捨てています。

 三度目は家の取り潰しになると警告しておいたようですがやはり言うことを聞かず、第三王子派の男爵(バローニ)家が先週捕縛されました。私は出ることはありませんが、今週末の王城会議で裁判が行われて当主と夫人二人が斬首、一族は領地と爵位、貴族身分を没収された上で王都を追放される見通しです」


「……冬の社交が始まると、似たような案件が増えるのだろうな。何のために勅許を出したのか分からん」


「当主が実際に首を斬られるまで分からないのでしょうな。通達に実効性があると分かれば、少なくとも第二王子派と第四王子派は大人しくなるでしょう。

 このまま続けば第三王子派はかなり風通しが良くなりそうです」


 頭の中まで筋肉で出来ている愚か者は徐々に居なくなってくれるはずだが、その場の気分と感情だけで動いている連中なだけに嫌な予感は収まらない。


 リージュールの姫が関わる案件だけに、何か粗相があれば旗頭の第三王子でさえ首を落とされなければならない。エドヴァルド王もそれを躊躇わないだろう。

 この国の王権を認め安堵した王族にはそれだけの価値と恩義がある。


「ロヴァーニに本拠を持つアローネン商会とオークサラ商会は王都の支店を維持、取引量は増えているようです。間もなく辺境から西の街道は通れなくなるでしょうから、王都では冬の間に何らかの動きがあるかと思われます。

 南部の直轄地ペルキオマキとカルティアイネン男爵領は辺境との交易を拡大するようです。ハンネ・サヴェラ嬢が帰途につく前に連絡をくれています」


「シネルヴォ家から人を出すのも冬の間だったな? 南部を経由するならそろそろ季節的に限界だと思うが」


「既に先週出発し、南部を経由して向かわせております。辺境へはエロマー子爵領を通らざるを得ないので、南の領境を(かす)めて辺境街道に入らせるつもりです。

 遠回りなので一月半ほどかかると思いますが、冬篭りまでに辿り着ければ良い方でしょうな。ペルキオマキまでは我が家の従士が護衛に就いております。そこから先が問題でしょう」


 辺境に領地を接する男爵領や騎士爵領では問題が起きる可能性自体が少ない。

 あるとすれば冬眠前の獣が限られた餌を取るために作物のある土地まで入って来るか、整備されていない田舎道で荷車や客車の車輪を取られるといった程度だ。


 直轄領まではある程度道も整備もされ、石畳とまでは行かなくとも土を叩き固めたり、石を敷き詰めて凹凸が少なくなるよう突き固めている。

 しかし基本は領地を預かった貴族がインフラ整備を行うため、誰が領主を務めているかによって格差が激しい。


「カルティアイネン男爵の領地でロヴァーニかラッサーリ行きの商隊に合流し、辺境街道に入る計画で進ませていますが、冬篭りの祭りぎりぎりになりそうです。

 カルティアイネンから北のエロマーに繋がる街道は整備がされていませんから、想定しているより日数がかかるかも知れません」


「来年は国内の街道整備を進めるよう各領主に徹底させるしかなさそうだな。冬の社交の間に色々と根回しをせねばならんだろう。協力的な貴族家には報奨を考えねばならん」


「辺境には詳しくありませんが、北寄りの領地を通ったり南へ向かう原野を(ひら)いたりすることも可能だったかと思います。春以降、領軍や国軍の一部を視察のため派遣することもお考え頂いた方が良いかも知れません」


「社交が始まる前に素案を上げてくれるか。シルヴェステルとトルスティの連名で構わん。ランヴァルドとユリアナ嬢の意見も聞けるなら聞いてみてくれ」


「承知しました。トルスティ、(ほう)けている場合ではないぞ」


 大きな掌で肩をバンと叩かれたトルスティは、少し前に婚家から出戻っていた娘がリージュールの王女殿下に仕えていると聞いて現実感が失われていたのか、まだ呆然としているようだ。

 ライヒアラ王家に直接仕えることも畏れ多いことだが、リージュールはこの国の成立と統治の正統性を認めてくれた大恩ある国である。

 歴史の長さも四千年を超え、この国の十数倍の長さを誇っていた。


 ヒューティア家は外交参事を長く勤める家柄だけに、国力の差や技術の差、それ以上にリージュール王家の価値や影響力というものを熟知し痛感している。

 ()の国の王家が一国の王家の存続に否を突きつけるようなことがあれば、周辺の全ての国が牙を剥く。王権の拠って立つ根底を覆されるのだ。

 現在この世界にあるほぼ全ての国は、リージュールに正統性を保証されることにより成り立っているのだから。


「し、失礼しました……急ぎ使い魔(ヴェカント)に持たせるユリアナ宛ての手紙を(したた)めておきます」


「頼む。既にユリアナ嬢は王女殿下の信を得て働いているそうだ。滅多なことにはならないと思うが、そなたの外交参事としての経歴に期待したい。頼まれてくれ」


「ははっ」


 頭を下げる彼に視線を向けたエドヴァルド王が片手を上げる。

 それに応えたトルスティは再度深々と頭を垂れ、予め用意されていた皮紙を受け取って手紙を書き始めている。


 その後も国内に山積する問題が読み上げられ、要点と元凶、対処法がシルヴェステルの口から語られた。イェレミアスとイリーナが時折質問や疑問を挟み、それについて周囲が説明を加えていく。


 秋が深まりつつある王都の午後はそうして過ぎていった。








 辺境街道から徒歩で二日ほど、ロヴァーニからは徒歩四日ほどの場所にあるチサリ郊外の森岩栗(カスタニヤット)の林に入りながら収穫をしていた村人が休憩時間に口を開く。

 多少汗をかいているが、山から吹き下ろす風が冷たくなってくる季節なので注意は必要になる。あと一つ背負い籠が満杯になれば帰る頃合いなので、つい口が軽くなったのもあるだろう。


「そういえば聞いたか? エーリクのところ、ロヴァーニで森岩栗を売った金を元手に一家揃って引っ越すことにしたらしい。あいつの親父さんはこっちに残るらしいが、冬前に納屋(なや)を二棟建て増すそうだ」


「二棟も?! 結構儲かったんだな……」


「市場で飛ぶように売れたらしいぜ。一昨日帰ってきたエーリクに見せてもらったが、新品の硬い農具や工具、水の魔術具なんかも手に入れてた。荷車を牽く大型のレプサンガもな」


 角犀馬(サルヴィヘスト)は騎乗用にも使える獣としては最上級で力も強く長寿だが、価格も相応に高い。牧場から出回る数自体も限りがあるため、一頭(あがな)うのに最低でも金貨数十枚は必要だ。

 レプサンガは(うさぎ)とリスのあいのこ(・・・・)のような動物で、体長数十テセ(センチ)から一テメル(メートル)半程度のものは食用に回され、二テメルを超える大型のものは荷車を()けるほどに成長する。


 平民や商人が手に入れる騎獣は大抵がこの大型のレプサンガだ。

 リース麦などの穀物や雑穀、野菜くず、夏の間に刈った草を乾燥させたものなどを食べるため、角犀馬に比べるとさらに燃費がいい。農地の開墾などには向かないが、荷物などの運搬目的であれば充分過ぎるほどに働いてくれる。


 庶民が乗用や荷車で使う走り栗鼠(ムールメリィ)だってそれなりに値が張る。

 餌や世話などの維持費も考えたら大人が一人増えるようなものだ。


「ロヴァーニか……前から辺境じゃ大きめの町だったけど、夏ぐらいから急に名前を聞くようになってきたよな。この間チサリの市場に来てた行商人もロヴァーニの仕入れの途中に寄ったって言ってたし。

 最近はロンポローとナスコの町しか行ってなかったが、冬篭りの前に一度行ってみようかな?」


「冬支度で家族に文句を言われないなら行ってもいいんじゃねぇか? 片道四日で着くんだし、王国側に引き上げてくる行商人の荷車に乗せてもらえるようならもう少し早く帰って来られるだろう」


 チサリから見ればロヴァーニは辺境街道西側の奥まった部分にあるが、辺境中の荷が集まる町でもあり、数十人から百人程度がほとんどの辺境集落の中で一千人を超す大規模な町でもある。

 今年は周辺の集落や王国側の領地からチサリなどを経由し、ロヴァーニへ移住する者が増えていることも知っていた。

 行商人の話では町の様子も一変しているらしい。


「辺境街道なら傭兵団の護衛がいる商隊も多いだろうしな。チサリもそれなりに人が多い方だけど、ロヴァーニに比べたら半分の半分より下だ。王国の方は貴族たちが野盗の真似事をしてるなんて話も出るくらいだから、気をつけるに越したことはない」


「野盗なぁ……俺たちでも街道を守ってる赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)やハルキン兄弟団の名前を知ってるくらいだからな。野盗も勝ち目のない戦いはしないだろ」


 常に戦いの場に身を置く傭兵と、自分よりも弱いか、数で押して勝てる相手から(かす)め取るだけの野盗。どちらが強いのかなど分かり切っている。

 同数なら野盗が壊滅し、半数なら野盗の三分の一が辛うじて生還するだろう。

 しかし、それは武器対武器の相手ならば、という大前提が付く。


「魔術師が出てきたら、どちらにしろ野盗に生きる目は残ってないだろうよ」


「この間チサリに来てた傭兵団、隊に二人は魔術師っぽいのが居たもんなぁ。辺境じゃ滅多に出会えないはずなんだが」


 辺境は文字通り国の版図(はんと)を外れた地だ。

 故に野盗であれ傭兵であれ、(つど)って集団としての力を示す。個人の武に優れるだけでなく、集団の武を発揮して威を振るうのが常である。


 そのバランスをたった一人で崩すのが『魔術師』だ。

 簡単な魔術具の扱い程度なら保有魔力の少ない平民でも出来るが、風の運ぶ音を消し、(りょ)力を高め、寡兵(かへい)にして大軍を破る事ができる大規模な魔術を使える者は極めて限られる。

 王都の魔術学院か、上級貴族の治める領都で魔術学院の卒院生が教える私塾に多額の金を払って通い学問を修め、実践を経てようやく一人前の魔術師となるのが普通のルートだ。


 親兄弟や親族、家同士の伝手を頼って個人的に招き、指導をしてもらうケースも無いでは無いが少数派である。そのようなことが出来るのは王族や上級貴族、王都でも五本の指に入るような大商会の子弟だけだろう。


 平民の場合、貴族や商会などの庇護者の元で学問を修め魔術師になることもあるが、数年から十数年に一度ある程度だ。

 それでも平民の就く職業に比べると魔術師の収入は桁違いに多くなるため、人口の多い町や集落では期待もされている。


「魔術師か……俺も近くで見てみたいなぁ。行商で頑張っていれば魔術師のいる傭兵を雇えるんだろうか?」


「さあな。だが森岩栗(カスタニヤット)がロヴァーニの姫様にまとめて買われたらしいからな。ここの特産品に出来るかも知れないって町長(まちおさ)がやたら気合を入れていたぞ。

 来年の収穫に向けて、これまでの経験を持ち寄ってまとめるとも聞いた。

 それとエーリクがロヴァーニに向かう時、赤獅子の槍の傭兵に集会でまとまった内容を書き取ってもらうらしい。ほぼ全員が読み書きできるらしいしな」


「傭兵って武器を振り回すだけじゃできないのか……」


「そりゃそうだ、角犀馬(サルヴィヘスト)やレプサンガに乗って疾駆(はやがけ)もするだろうし、武器で戦う他に怪我をした時の薬や毒の知識も必要だって聞いたことがある。

 野営もするから当然飯を作れなきゃいけないし、水場を探したり狩りで獲物を仕留めて捌かなきゃいけない。貴族や商会と交渉したり契約を結ぶから、字の読み書きや礼儀作法も覚えるそうだ。

 商隊と一緒に行動するなら金の勘定だって必須だろう?」


「ますます無理そうだな。うちは上の兄貴が家を継ぐから、俺や弟たちは家を出てどこかに働きに出るつもりなんだが。実家に残っていても畑を広げさせられたり、兄貴に良いように使われるだけだしなぁ。

 商売は金勘定と文字の読み書きが必須なんだろ? チサリの町で読み書きが出来るのって、エーリクの親父以外だと町長とミリヤの家族くらいじゃないか?」


 若者の一人がため息混じりに指を折る。百二、三十人程度の集落での識字率は、王国でも数パーセントが良いところだ。それも一桁前半。

 農村では一パーセントに満たないところだって珍しくはない。


 辺境の中でも交易の中心とされるロヴァーニは商会の本拠地も多く、元々の識字率が二十パーセントを超えていたが、それはかなり異質といえる。

 今は魔術師や錬金術師、薬師が積極的に傭兵や商会へ出向いて教えているため、ロヴァーニの町中に限って言えば識字率は四十パーセントに迫りつつあった。


「そのミリヤだがな……来月の頭にエーリクへ嫁入りして、ロヴァーニ行きについて行くって話が出てる。うちの母親が水汲み場でおばちゃん連中から聞いてきた」


本当(マジ)かっ?! なんてこった……!!」


 ミリヤは一昨年成人を迎えた十五歳。年が明ければ十六歳になるチサリの町一番の人気者である。彼女の母親は王国から辺境へと流れてきた商人の娘で、貴族から「妾になれ」という圧力を交わし親子共々逃げて来たのだという。

 その娘であるミリヤも相応に容姿に優れ、幼い頃から同世代の憧れだった。


 親に結婚相手を強要されることもなく過ごしてきたミリヤには跡継ぎの兄もいるため、本人がいない場では男女問わず誰に嫁ぐのか話題になっている。

 その彼女の嫁ぎ先が決まったかも知れないという知らせに、同い年や少し上の世代の男たちに激しい動揺が走った。


 辺境ではどの町でも結婚相手が不足している。ライヒアラ王国内の紛争や野盗による被害、野生動物による農地や住居の襲撃などで主戦力となった男性の数がある程度減っていても、である。


 もちろん、女性が余っているというわけではない。

 子を産むことは当然女性にしか出来ないし、子育てを始めとする家庭内の仕事や農耕牧畜、機織りや酒造りなどでも女性の人手は重要だ。傭兵のように武器を手に取り、集落の自衛を担当することもある。

 チサリでは少ないが貴族階級出身の家や裕福な商家では複数の妻を(めと)ることもあるし、夫と死に別れて寡婦となり、成人を迎えていない子供たちと一緒に家を保っている例もあった。


 各国の町はもちろん、辺境の町でも(おさ)や商人の家では女性にもある程度の教育を施すことが多い。知識階級との付き合いがあることもある。

 だがそれ以上に、日常の仕事として読み書きが必要とされるからだ。


「ミリヤが嫁に行ったら同世代の女は三人しかいないぞ。うち一人は町長の息子に嫁入りが決まってて、今年の冬篭りの祭りで結婚するはずだ。

 あとの二人はエーリクとミリヤの妹で、再来年成人を迎える。この間傭兵の男と仲良さそうに話していたが、町の外に出られたら外から嫁を連れてくるしか……」


「外からチサリに来てくれる嫁がいるのか?」


「居ないわけじゃないだろうが、ロヴァーニと比べるとな。あっちは辺境の一大交易拠点、チサリはまだ中継点で生産地の一つでしかない。

 特産品になりそうな森岩栗(カスタニヤット)はこれから増産するにしても、成果が出るまで最低四、五年はかかるだろう。(おさ)とも交渉や相談を重ねて、新しい移住者を呼び増やしていくしかない」


 狭い範囲で婚姻を繰り返すと血が濁るという話は長く言い伝えられている。

 実際、王国東部の農村で百五十年ほど前にそのような実例があったと報告もされており、辺境へ流れてきた者たちでも知らされていた。

 ゆえに新しい移住者や旅人を歓迎し、近隣の集落とも積極的に婚姻を結ぶ。

 そのためにはチサリの町の存在価値を今以上に上げなければならない。


「来年からは畑の開墾と、五年くらいかけて森岩栗の栽培地を今の三倍から四倍程度に増やす。町の合議にはこれから(はか)ることになるが、ほぼ決定だろう。

 保管場所の建設に防壁の設置、チサリ近辺の安全を確保するためには傭兵も雇いたいし、王国北西部へ抜ける街道や辺境街道に繋がる道の整備もしたい。まだまだやるべきことは山積みだな」


 比較的年長の――それでも二十代半ばくらいだが――若者が展望をまとめる。

 彼は祖父や親の世代がチサリに移ってきた家で、農業と商業を兼ねつつ寄り合いのまとめ役もしている。町長(まちおさ)の家柄ではないが、有力者と言っていいだろう。

 昨年ロンポローの町から嫁を迎え、そのお腹には初めての子供が宿っている。

 冬の終わりか春の初めには生まれる予定だと聞いていた。


「さて、日暮れまであと少しだ。収穫の続きに戻ろう。今日の収穫分は選別と加工を早めに行って、ロヴァーニ行きの商隊に預ける。冬前には現金化出来るだろう。

 明日以降の収穫分はチサリの冬の準備用だな」


「春蒔きのリースとホロゥも天気が良かったおかげで豊作気味だし、ルヴァッセやオルニア、ソジャ豆、ベルージやマーィも出来が良い。ターティは他所の町に分けてやれるくらい()れているし、ロヴァーニの市場で手に入れて飼い始めたフォーアやイェートは来年辺り子供を産みそうだしな。今年は肉のために潰さないで飼い続けるそうだ」


「じゃあ今年の冬はいつもより少し楽になりそうだな。昨日狩りから帰ってきた連中の獲物も結構肥え太ってたし、森の果実や茸も例年以上らしい。

 俺たちの森岩栗の収穫だけが例年以下にはなりたくないからな」


「辺境街道沿いの町が変わっていくのを歓迎しない年寄り世代もいるが、俺たちはどうあってもその変化に巻き込まれていく世代だからな。良い変化を見分けて乗り遅れないようにしなければ、(すた)れて消えていくだけだ。

 俺は王国で生まれ育った親や祖父の代と違って、王国のことなどほとんど知らずにこの町で生まれ育ったから、この土地に愛着もある。少しでも良い暮らしをしたいという思いも」


 森岩栗(カスタニヤット)の木へ上る時に使う、肩から脇腹へ、そして腰へと繋がる縄の張りをもう一度確かめる。実が成り始める樹高二十テメルを超える高さからの落下は即命取りになるため、農家が代々工夫を重ねてきた道具だ。


 森岩栗は若木でも実をつけるのが樹高十五テメルを超えた辺りからなので、他所から移ってきた者でも採集に慣れるまで時間がかかる。

 実のもぎ方と共に、高所での作業に慣れるという面でも。


「籠二杯の割当分を終えたら薪拾いも手伝ってくれ。時間があれば家の修理用に枯れた木を倒したり、板に加工できる丸太も拾っておきたい。

 嫁やチサリの将来も大事だが、まず今年の冬をきちんと越すのが先だ」


 休憩は終わりとばかりに立ち上がり、地面に置かれた籠をざっと見渡す。

 昼を過ぎた辺りで一つ目は既に埋まっていて、二つ目も半ば以上に達している。

 あと半刻もあれば大半が今日の分の収穫を終えるだろう。森岩栗の加工や材木の加工など、町衆の明日の仕事も作らなければならない。


「分かってるよ。さて、もうひと踏ん張りするか」








 ロヴァーニの中央市場は来年の新市場移転に備えているが、それでも現在の市場への人出は減らない。

 奥地ではあるが辺境の中核都市であり、周辺や辺境街道沿いの町の生活を支える重要な場所である。夏の間に収穫され加工された作物や秋の「走り」の作物、それらを求める者や商う者たちでごった返していた。


 夏の後半くらいから辺境へ移住して来る者は増えている。

 王国東部だけでなく西部の一部でも領地によっては不作や凶作が発生し、見切りをつけて土地を離れる者が続出していた。

 彼らが移住の受け皿として目指したのがロヴァーニである。


 昼間の人口が二千を超えると言われてきたロヴァーニだが、現在の昼間の人口はかつての三倍から四倍に届こうとしている。

 その後押しをしているのが夏場に新設された上下水道の設備と、町を囲むように建設され始めた城壁のような壁、勢力圏を守るように建つ砦、凹凸なく整地されて石畳を敷かれた辺境街道だ。


 砦の手前の坂から敷き詰められた石畳は魔術師の力も借り、一般的な荷車が三台から四台並んでも問題ない広さを誇っている。

 砦の内側には自警団の詰め所も建てられ、秋の終わりまでには厩舎など付属の施設も整備されると言われている。来年の夏頃には移住関連の手続き窓口もこちらに移管され、そこが新しいロヴァーニの玄関口となるはずだ。


 既に建設予定の棟の基礎は作られており、柱や板など材料の手配も進んでいる。問題はそれらを加工し建てる大工の手が全く足りていないということだ。

 石工や内装を整える木工職人だって足りていない。

 移住者の住居すら不足している状態で、いくら金を積んでもすぐに家を得て移り住めるわけではない。多少優遇されているとすれば、技術を持った職人や傭兵団の家族、団員の縁者くらいだろう。



 現市場と新市場も同様で、こちらは辺境経済の中心だけに工事にも魔術師が総動員されているが、当初の予定より大幅に広がっている。

 町の中央を横切る通りに沿って幅約三百テメル、奥行き約四百テメルの土地を確保し、早い所では建物のほか、地下の保冷庫や倉庫も作られていた。

 秋の初めにはまだ数棟だった店舗兼倉庫は、秋半ばの七月末には二十七棟を超えており、冬の間に魔術師が地下の倉庫を整えていくことが決まっている。


 雨や雪の日にも買い物ができるように、市場の通り沿いや棟と棟の間には屋根が設けられている。市場の中は切り出された石畳が整然と並べられ、ライヒアラ王国の王都ロセリアドでも見られないような設備を備えていた。


 給排水設備が整い、市場に隣接する倉庫街から地下通路を通って各商会の建物に荷を届けられる市場など他にはなかろう。

 全部を整えるのは来年以降になるが、それでも天候を気にせず商売ができるというだけで、商会の期待も高まっている。


 もちろん防犯のため出入り口には監視用の魔術具が仕掛けられ、通路と商会倉庫の扉を開くためには認証用の魔術具が必要だ。

 ロヴァーニに本拠を持つ商会や自治を担当する協議会と、町の警備を担当する自警団、後ろ盾となる傭兵団が魔術具の貸し出しと管理を担うことになっている。


 そんな忙しい最中、ロヴァーニの民の間には一つの話題が持ち上がっていた。



「ロヴァーニを挙げての冬籠りの祭り……?」


 旧来の市場で露店を開いている中年の行商人が顔を上げる。

 彼自身は特に特徴もない、辺境産の香辛料を扱う痩せ気味の男だ。粉に()いたりせず持ち込むこともあるため、錬金術師や薬師に重宝されることもある。

 時々枯れない状態で入荷して欲しいという要望もあるため、細かな注文にも応じられる行商人は意外と大きな役割を果たしている。


 目の前にいるのは暁の鷹(ヴァリエタ・ハウッカ)の団員とロヴァーニの文官、それに赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)が傘下に収めている直営商会の幹部だ。

 町の実質的な指導層ともいえる彼らの発言だけに、無視はできない。


「ああ。(シュクスィ)の間は町の整備や冬籠りの準備で忙しいし、他の町や集落のように収穫祭もできそうにない。まあこの辺りのことは俺達よりも行商で来ているあんたらの方がよく分かってると思うがな。

 あちこちで不作だ凶作だってのに、唯一豊作といえるロヴァーニだけが浮かれる訳にもいかねぇ。だから、今年は二つを一緒にしちまおうってぇ訳だ。協議会が中心になって動いているが、出店側をもう少し増やしたくてな」


 (いか)つい戦鎚を担いだ男がぶっきらぼうに言う。皮鎧の肩当てに太陽を背にした鷹の焼印があるので、暁の鷹の傭兵なのだろう。


「ラッサーリ辺りでも収穫は作付けした量から半分より少し上程度と聞いている。それに比べたらロヴァーニは信じられないほどの大豊作だからな。おかげでうちも無事冬を越せそうだが。

 それで? 祭りはいいが行商人じゃ露店を出しても大したことは出来ないぞ」


「俺たち傭兵団や赤獅子の直営商会、協議会や大店(おおだな)も店は出す。資金で差がつくのは祭りらしくないってんで、決まった大きさの天幕みたいな小屋を出す予定だ。貸出料と当日限りの出店権利料で銀貨二枚。火を使う場合は銀貨四枚だな。

 その代わり、当日の売上には税がかからない。店での販売価格は食事なら一品で銅貨三枚を超えちゃいけねぇって取り決めもあるが、売れるものを厳選すれば一年の最後に結構な儲けを作れるぜ。

 食い物以外は特に上限が決められていないが、余り高価過ぎると客に手を出してもらえない可能性もあるからな。鍛冶工房は弟子の作ったナイフや農具、木工工房は食器や小物、造り酒屋は今年の新酒を安く振る舞うそうだ」


 頬に傷がある陽気な傭兵が(あご)で文官を促し、一枚の薄い板を渡してくる。

 皮紙や植物紙がまだ高価なため、大きな商会や傭兵団、自警団でもないと使う者は少ない。大店との契約書や協議会への申請書で二度ほど使ったことはあるが、まだ庶民の間では移行期のためか板が使われることの方が多いのだ。


「興味があれば明日の説明会に来てください。協議会と商業組合、職人組合が合同で出店の説明をしますので。場所と時間はそちらに書いています。

 昼前からの説明会になるため、軽食も用意しますよ。赤獅子の槍が町の食堂に対して公開しているレシピの範囲内ですがね」


 扱う物には悩みそうだが、軽食の内容には興味が湧く。普段香辛料を扱っているだけに、新しい味付けや料理には関心がある。

 一人で出店するには不安があるけれども、数人が合同で店を出すことも禁じられてはいないようだ。ならば他の行商人たちと組めるかどうか質問し、当日会場内で打診しても良いだろう。


「それと直営商会は各種食材を商いますが、単独での出店は出しません。従業員が赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)の屋台を手伝うことはあってもね。

 ダニエ料理長が姫様から教わった料理を出すだろうから、そちらの方が忙しいと思いますし……」


「ま、全ては説明会に参加してからだな。参加申請は説明会の翌日昼までだから、誰かを誘うなら一緒に連れてきてくれ。案内の薄板一枚で三人まで会場に入れる」


 ならば行動あるのみ。行商仲間でこちらの会話に聞き耳を立てている者もいるようだし、声をかけて出資してもらうのもありだろう。

 香辛料だけでは何も出来ないが、自分とは違った食材を扱う行商人もいる。


 中央市場の露店には、売る側だけでも数百人の行商人がいるのだ。

 彼は次の商人へ説明を始めた三人を見送ると、ジリジリと距離を詰めてきていた顔見知りの商人たちを手で押し留めながら、頭の中で算石(さんし)を動かす。

 仕入れが安く利益が取れ、自分も儲けられる方法を考えるために。



 賑やかだった説明会の翌日、協議会の建物には長蛇の列があった。

 大商会はもちろん、中小の店や行商人たちのグループ、傭兵団の文官らしい者や町の主婦たちの姿もある。

 参加申請の書類と出店権利料を出せば、余程危険なことをしない限り出店は認められる。価格の上限の縛りや出店の広さの制限などはあるが、祭りだからと羽目を外し過ぎることも出来ない。


 もし辺境でも名の知られた傭兵団が本部を置くこのロヴァーニで無体な真似をすれば、その末路がどうなるかなど知れたこと。

 軽くて鐘一つ分は叱られるだろうが、最悪の場合は町からの追放である。

 冬篭りの祭り当日に(いさか)いを起こして追放になどなれば、冬の訪れと同時に辺境街道を彷徨(さまよ)うことになる。


「はい、次の方。申請の薄板はこちらですね――古着の融通ですか。住人が増えているので服が多く集まるのは助かりますね。参加費はこちらの箱に入れて下さい。

 出店の場所と販売内容の詳細は週明けに協議会の本部内で張り出します。変更をかけるのであれば張り出しの翌日昼までにお願いします」


「酒と酒以外の飲み物を量り売り、と。言うまでもないでしょうが、成人前の子供には売らないように気をつけて下さいね。各傭兵団の団長や協議会のお歴々も申請の内容は確認されますし、場合によっては姫様からも御下問があるので」


「読み書きが出来ない方はこちらで代筆を受け付けます。二列で並んで下さい」


 読み書きの出来る商会の代表や行商人から申請書を受け取り精査する者、参加費を徴収し金額を確かめる者、読み書きできない者に代筆を代行すると説明する者。

 受付側だけでも二十人が並び、朝二の鐘から夜一の鐘まで三交代で対応する。

 多くの人でごった返す場所だけに、自警団の団員も五人一組で詰めていた。


「申請書を受理しますね。週明けに受付状況を整理して発表しますから、他の出店の内容を見て変更する場合は協議会の窓口までお願いします。

 飲食の出店は火の使用の有無で金額が変わる場合がありますが、変更で差額が発生する時は返金したり追加で徴収することがありますので」


「じゃあ本格的な仕入れは発表の後の方が良いかね?」


「下交渉は必要でしょうけど、他と競合して変更する可能性があれば仕入れが無駄になることもあるかも知れませんからね。冬篭りの祭りまで大体一月半ありますから、確定してから動いても問題ないと思いますよ。

 幸い辺境街道沿いは豊作が見込まれていますから、大商会であれば多少の変動があっても対応できると思います」


「祭り当日の参加人数はどのくらいか予想がつくかね?」


「さあ、はっきりしたことは……ただ、ロヴァーニの商業組合に登録している行商人や商会の方たちからは周辺の集落からもかなりの参加者が来そうだ、という話を聞いています。登録済みの住人がそろそろ二千人を超えるということですから、冬篭りの祭りは四千から五千くらいは集まるんじゃないでしょうか」


 商業組合には辺境街道にある集落からの情報が集まってくる。協議会はその情報をある程度共有しているし、職人組合とも横の繋がりがある。

 七月半ばのこの時期、日によって多少差異はあるものの昼の人口だけで五千人を数えていた。砦や内門の通行記録は文官たちが毎日集計しているし、協議会、傭兵団、自警団が共有している。


 それを元に考えると、年越しの大事な日であっても大幅な変動はないだろう。

 むしろ年越しの大事な祭りに美味しいものを食べ、娯楽の集まる大きな町で過ごすことを楽しみにしている辺境の住人の方が多いと思われる。

 天候次第ではあるが、冬篭り当日に大雪でも降らない限り人出は増えるはずだ。


 少数派ではあるが年越しの大事な日を自宅で家族と共に過ごす者もいる。

 けれども一年の無事を祝い新年を迎えるための祭りは特別だ。自分たちの冬の食料をある程度温存し、わずかな金銭で(あがな)うことが出来るなら一家総出で町に繰り出したくもなる。


赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)の直営商会とロヴァーニの四大商会は次々に倉庫を増築していますからね。夏以降収穫された物も加工された物も順次運ばれていますし、肉や海の魚なんかも凍らせて長期保存できるようになってきています。

 商売人にとって稼ぎ時なのは間違いないでしょうね。決め事はあれど、その枠の範囲でなら工夫次第でいくらでも稼ぎようがあるんですから」


 商業組合にとっては全く利益が無いように見えても、納められた出店料の中から一部が還元される。町としても()()のようなものだ。今すぐには投資を回収できなくても、数年から十数年ほどの時間をかけて依存度を増し回収していく。

 いずれ移住してくるようなことになれば税としても十分に回収出来るだろう。


「こちら空きました、次にお待ちの方どうぞ」


 それぞれの受付の前には未だ少なくとも二十人ずつ並んでいる。それにここでの受付が終了しても、今度は協議会と商業組合、文官が総掛かりで申請書の仕分けと集計、場所の配置などの作業が待っている。

 原票である薄板から植物紙に写すのは主に文官の仕事だが、読み書きの出来る商業組合の者も駆り出されるのだ。協議会の者は利害調整や警備の都合を確認しながら週明けまで寝る暇もない。


 特に今年は至高の国の姫が滞在されている。美姫としても知られ始めている彼女がこの町に滞在している間にもたらしたものは多く、ほぼ全ての住民がその恩恵を受けているのだ。

 その姫が直接手掛けた物も屋台には多く並ぶため、受付後の仕事にも一切手を抜くことができない。大きな利鞘を稼ぐもの、食糧事情や旅の安全に関わるものなども多く、それ故に近くに配置する商人や商会は厳選する必要がある。


 結局、第一次の発表とその変更が落ち着くまで協議会の建物は不夜城さながらの様相を見せ、祭りの二日前まで人の出入りが絶え間なく続くことになった。

 翌年の正式発表で分かったことだが、祭りの当日にロヴァーニを訪れた者は住人が二千四百五十五人に対し、七千三百七十二人。およそ三倍の人間が集まっていたという。


 それがやがてロヴァーニへさらなる人を――善悪やそれぞれの思惑を問わず――呼び込む遠因になるとは、彼らもこの時点では想定していなかったが。


もう一話、短めの冬の話を挟んで本編再開の予定です。早ければ十月上旬。

秋のCOMIC☆1と冬コミは仕事で申し込みそびれたため不参加です。

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