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女形の姫様転生記  作者: 新島 隆治
21/49

ハンネの帰還と拡大する町

 移動時間中に書き溜めた分が意外と早く溜まったので、8月中にもう一度更新(予約投稿)。

 しばらくは制作ラインの立ち上げで忙しいため、月二回程度の不定期更新になりそうです。



 澄み渡った空には刷毛(はけ)で軽く()いたような雲が幾筋か浮かび、餌を求めて森へ消えていく小鳥たちの姿が見えていた。

 夏の暑さの残りは王国の端にある子爵領を出て二日ほどで消え、角犀馬(サルヴィヘスト)()く荷車の車列に吹き付けるのは森を渡って来た清冽(せいれつ)な風だ。


 子爵領を出て今日で七日。昨日までは街道沿いで野宿の繰り返しだったが、今日の昼過ぎにはロヴァーニの町の門を(くぐ)れる。

 女子棟の風呂に浸かって疲れた手足を(ほぐ)し、約三月(みつき)の間食べられなかった料理の数々にありつけるのももうすぐだ。

 アニエラから隔週で送られていた使い魔(ヴェカント)による報告の(ふみ)だけでは欲求不満ばかりが溜まってしまう。


「はぁ……もう秋なんですね。思ったより時間がかかってしまいました」


 御者の横で辺境に続く道を見渡し、軽く伸びをしたハンネが小さく伸びをする。

 夏の初めにロヴァーニを出た時から幾分髪が伸び、旅路で陽に(さら)されていたからか、肌が若干赤くなっていた。


「ハンネ様、もう書物はよろしいので?」


「ええ。さすがに王都の魔術学院でたくさん読んだし、姫様が教えて下さるものに比べたらかなり古い知識だったと思います。それに揺れる荷車で下ばかり向いていると具合が悪くなりますから」


 初老の御者に答えたハンネは、腰に当てていたクッションを背中まで引き上げて体重を預ける。背骨の曲線に沿って適度に中綿が潰れてくれるので、腰や背中に加わる負担が格段に減るのだ。


 別の荷車では、王都でスカウトに成功した魔術師や錬金術師、卒業を二月(ふたつき)繰り上げた学院生たちが計十一名、ぐったりとしたまま揺られている。

 自分で歩かなくて済むだけマシと言えるが、子爵領を出てから変わり映えのしない森の中の景色が気を滅入らせ、激しい上下動と相俟(あいま)って彼らを打ちのめしていた。


 彼らの乗る荷車はハンネの荷車のように板ばねも付いておらず、車輪もそれぞれ独立してはいない。衛生上の問題でシャワーや洗浄式トイレなどの魔術具は使わせているものの、ハンネの荷車に同乗している妹のクリスタ以外は男女問わず生きる(しかばね)状態である。



 御者は東部の男爵領から辺境へ移住を希望する平民を雇っている。

 農村に落ち着く以前は旅商人だったらしく、引退してからは村で小さな商店を開きながら農業をしていたらしい。


 しかし男爵領の役人の横暴さとここ数年続いている不作に限界を感じ、昔の知り合いの伝手から聞いた辺境の町の噂を頼りに一家揃って王都へ出た。

 そこで出会ったのが王都での用事を全て終え、翌日早朝にロヴァーニへ帰ろうとする商隊だったのだ。


 必死に売り込んで御者としての片道の稼ぎと移動手段を得た彼は、商人たちに噂の真偽を確かめると、妻と娘夫婦、孫を二人連れてのロヴァーニ行きを決めた。

 娘夫婦と孫二人は別の荷車に乗り、頑丈な木箱や毛布の間に埋もれて森の奥を見ている。農村でも珍しくない光景だが、東部とはわずかに植生が違うのだろう。


 ふと前方でわずかに歓声が上がる。他の商隊に付いている傭兵たちから町に近づいていることを聞いたのだろうか。

 伝わってくる気配も惰性による移動と疲労が(もたら)す重苦しいものから一転、活気に溢れた明るい雰囲気になっている。


「もう少しで(ゆる)い上り坂に差し掛かるはずです。その先は丘が左右から迫った隘路(あいろ)になっていますが、そこを越えればロヴァーニの町の勢力圏内ですよ」


 道が左右にカーブを描き、最後に大きく左に曲がると、ハンネの言葉通り緩く長い上り坂が姿を現す。

 けれどもそこは出発した時に通った凸凹(でこぼこ)の激しい土の道ではなく、何か重いもので叩いて硬く押し固められ、広げられた道の両脇には膝の高さほどまで土が積み上げられていた。


「ほう……この道に出た途端、荷車が走りやすくなりましたな。この荷車自体が魔術具で走りやすくなっているのかと思いましたが、先を走っている荷車の動きも明らかに違っていますぞ」


 ぐん、と荷車の速度が増す。角犀馬もロヴァーニが近いことを悟ったのか、列の前後で短く(いなな)きを上げ、列全体のスピードが上がっている。

 徒歩で着いて来た者たちは大変そうだが、歩いていれば必ず町に辿り着くのだ。

 足を止めなければ、遅くとも夕暮れ前までに門を越せるだろう。


「ヴィエノ、列の先頭へ伝言をお願い出来ますか? 徒歩で着いてくる人たちが大変だから、荷車の速度を抑えさせて。それと隘路を越えたらラウナを団の本部に先行させて、団長とアニエラに到着の先触れを出して欲しいんですが」


「ラウナで良いのかい? あの娘、報告したらすぐに風呂に飛び込みそうだけど」


 荷車の横を並走していたヴィエノが苦笑する。

 彼女自身も本音は女子棟に駆け込みたいのだろうが、今回の王都行きの実質的な代表であるハンネを差し置いて実行するのは難しい。

 班長は他にいても、各班の報告の取りまとめや荷の検品、入団・入植者の調書の引き継ぎなど、着いてからの業務も山積みなのだ。


「心配はあるけれど、姫様やユリアナさんがいるから大丈夫と思いたいですね。

 私たちや商隊だけなら構わないけれど、ロヴァーニに初めて足を踏み入れる移住希望者が一緒に着いて来ましたから。少しは彼らに対する配慮を見せておかないと」


 苦笑交じりに答えたハンネに、ヴィエノも苦笑を返した。

 普段は別の班編成だが、三月も一緒に過ごせば気安くもなる。


「先触れの件は了解したよ。それにしても、あの丘の稜線ってさ……砦か城壁でも作ってるのかね? 列の先頭はそろそろ隘路に差し掛かるみたいだけど」


「私はアニエラから先週の定期報告で聞いていましたけど、砦というよりちょっとした城ですよね。春くらいまでに高さ二テメル(メートル)半、最終的には四テメル半まで積み上げるみたいですよ。色々と不穏な動きがあるみたいですから」


「不穏ねぇ……あたしらの出番も増えるかね?」


「事前の根回しや対抗策で潰し切れたらいいんですけど、ね。ロヴァーニの近くで戦えば農地や住民に被害が出るかもしれないし、農地や家畜に被害が出たり、森を焼かれたりしたらみんなのご飯に直結しちゃいますから」


「それは嫌だね。姫様や町にちょっかいをかけて来るような奴らがいるなら、すぐに潰さないと」


 そちらの言い方の方が不穏かも、と思いながら口を(つぐ)んだハンネは、ヴィエノには答えず坂の上を見上げた。


 上り坂で徐々に速度が落ちて来ているとはいえ、重い荷車を牽いているのは力の強い角犀馬、それも荷車に乗せた商品に合わせて二頭牽きである。

 二頭並んだ角犀馬の巨体が近づいても、打ち込まれた杭と石積みの壁の高さは倍ほどあるように見える。

 隘路の上や街道沿いに出ている人の中には、商隊の列に気付いて大きく両手を振っている者もいた。


「工事の槌音も聞こえて来てるみたいですね。護衛班は町の門を過ぎるまで周囲の状況に十分注意して下さい。町からも巡回は出ていると思いますけど、この辺りはまだ丘の外側ですから」


「了解、隊長さん」


 そう言って明るい笑顔を見せたヴィエノは、角犀馬の手綱(たづな)を操って前を向かせ、(あぶみ)に乗せた足で軽く横腹を小突いて坂を登っていく。

 団内の秘匿(ひとく)技術として使わせている(くら)や鐙だが、王都行きに同行した団員はかなり使いこなしているようだ。


 実物を見て真似(まね)ようとした商人には口頭で厳重に注意してあるが、もし守らないつもりなら自然と団や町の取引の主流から外されていくことだろう。

 往路でこそ見かけなかったが、復路だけで三~四商会ほど注意を聞かず、模造品を作って使用している者がいる。


 彼ら商隊が王都までの往復でロヴァーニを留守にしている間に、団と町の間で秘匿技術の扱いも決めごとが取り交わされ、急速に浸透して来ている。

 ハンネは使い魔(ヴェカント)を介した定期報告で情報を受け取っていたので、同行した取り引きのある商会には注意を促していた。それを『小娘の言うこと』と思って軽く聞き流していたのであれば、門での扱いがどうなろうと知ったことではない。


 鞍や鐙の使用は戦闘行為にも直結するため、赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)と各傭兵団の間では協定が結ばれ、月(ごと)の使用料を徴収するメンテナンス込みの貸出(リース)契約を結んでいる。

 汚損(おそん)や破損した場合でも一度返還することが義務付けられ、買い取りは絶対に許されないし、真似たりコピーした製品を作ることも魔術契約で禁止されているのだ。

 アスカ姫の魔力を媒介に契約しているので、契約違反が行われれば最悪傭兵団か商会か一つ、構成員ごと即座にこの世から消滅(・・)して消えることになる。


 商隊傘下の護衛や個人の商隊でも、一月(ひとつき)で鞍一つに付き金貨一枚半という高額な使用料を支払えば貸与(たいよ)されるものの、団と正式な契約を結んで既定の料金を支払い、使用許可が下りているのは現在のところアローネン商会とオークサラ商会の二つだけだ。

 ロヴァーニでも上位五指に入る商会であれば多少は懐の余裕もあるだろう。

 ただ、現在はどちらも護衛隊長の四人に配備するのが限界らしい。


 鞍も鐙も『赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)がリージュール魔法王国のアスカ・リージュール・イヴ・エルクライン王女から知識と技術供与を得て設計・製作し、使用と貸与に関する一切の契約を代行する許可を得た』とする『魔術契約による免許』を本部の新館ロビーに掲げている。


 生産と管理は厩舎付属の革職人工房が一手に引き受け、作った年月日と管理番号、製作者名が活字方式で組まれた焼印で押されていた。

 それが錬金術師により魔石の粉末でコーティングされ、契約した傭兵団や商会、分かっていれば乗り手に至るまでの情報が管理台帳に細かく記載される。

 台帳管理のため新館の受付内には新たに管理部署が設置され、新規契約や登録、現物の受け渡しなどの煩雑(はんざつ)な業務は一ヶ所にまとめられた。専任担当も二人付けられ、鍵の掛かった台帳保管庫へ出入りし、毎月の会議で契約や貸し出し状況を報告することも決められている。


 傭兵団や商会にとって適切な契約は必須となっている。

 契約主の負傷・病気による代行など契約書に書かれている例外事項や特約に該当しない限り、台帳に記載がない持ち主は魔術契約違反として自動的に処断されるのだ。

 違反した物品は没収・破却されるだけでなく、『正式な権利者との貸与契約を結んでいなかった』として厳重に罰せられる。

 目に見えぬ、しかし確かに行われた魔術契約によって。


 違反内容によっては、無断作製・無断使用していた商人や護衛の傭兵がその場で(ちり)となり消えるだろう。

 実際今月の頭に中規模商会が模倣品を作り、それを商隊の護衛に配備させようとしたことがあった。当然ながらアスカ姫との魔術契約に違反するため、門を越えようとしたところで護衛たちが装備と所持品だけを残して消滅(・・)していた。


 同日同時刻には、ロヴァーニの本部に残って普段通り勤務していた従業員と、来客との商談中だった商会主も消滅している。

 目の前で見ていた者たちの証言では、全身から一瞬で砂のように色が抜け落ち、手足や頭などの末端から崩れ去り、床に落ちる前に跡形も残さず消えたそうだ。

 商会との雇用契約を結んでいない家族は無事だったようだが、葬儀にも遺品や亡骸(なきがら)が残らず、経営者の消えた商会は財産ごと現在町の預かりとなっている。


 最悪、門前で何人かこの世から消えることになるのだろう。

 商隊の護衛も含めた戦闘や衝突、混乱や逃走もあるかもしれない。


「まあ、なるようになるしかないですね……違反した方が悪いんだし」


「何か言いました、姉様?」


 妹のクリスタが荷車の中から顔を出し、御者台の背もたれに(あご)を乗せてくる。

 揺れが軽減されているとはいえ、多少の揺れはあるのに。


「――独り言です。それよりクリスタの同級生や卒業生たちはみんな長旅でぐったりしてるけど、体調は大丈夫なの? 宿に荷物を置いたら一度姫様の前に出るのだから、次の休憩の間にあの人たちを何とかして欲しいんですけど」


 ちらり、と横眼で確認したハンネは、前を向いたまま小言を口にした。


「それといくら固めてある道とは言っても、段差はあるんですから」


 その途端、ガッタン、と大きく荷車が跳ねる。

 (なら)された道で他の荷車に比べれば揺れは大幅に軽減されているものの、人の手で大木槌を使い、地面を叩いた時の段差が残っていたのだろう。


「~~~~~~~~っ!」


 揺れに合わせて思いっきり舌を噛んでしまったらしい妹がのた打ち回るのをジト目で見ながら、ハンネはアスカ姫に習った治癒魔術を発動する。

 (てのひら)がぼんやりと光るのが日向(ひなた)でも分かるほどの魔力を込め、荷台の床を転がるクリスタを捕まえ、両手で口を押さえているその上から魔術を浸透させていく。


「二度目は無いですよ。魔術師であれ錬金術師であれ、常に自分の周囲の状況に注意を向けて備えること。魔術学院がいくら実践向きでないとはいえ、毎年春の訓示で言われているはずでしょう?

 次があれば自分でやりなさい」


 柔らかい舌を噛んだ傷は魔術ですぐに塞がったものの、痛みそのものはクリスタの身体にしばらく残る。

 魔術が問題なく発動したのを見たハンネは、涙目で(うずくま)る妹の姿を一度だけ見下ろし、御者台へと戻って行った。


 前方の荷車では同じような呻き声が上がっているが、良い教訓だろう。

 もの問いたげな御者の視線に首を振った彼女は、「魔術師や錬金術師でも、常に後方に居られるとは限らないんですから」と呟くと、強くなってきた日差しを(さえぎ)るため、荷車に付けられた小さなオーニングを準備する。


 そのついでとばかりに、彼女は荷車の(ほろ)の脇に緑色の旗を差した。

 団の基本色である赤と真反対になる緑色の旗は、商隊を含む一行に離反者や契約違反を犯した者が発生したことを表す符牒(ふちょう)である。


「斜め上が見(にく)くなるけど、前方は見えるでしょう? この辺りでは野生動物も警戒して大勢の人の前には出て来ないから、暑さ除けしておきましょう」


「何とも――この荷車は驚くことばかりですな」


「元は魔術具じゃないから、普通に市場で買えますよ。水を(はじ)く布を使っているので少々高いですが、それでもこの荷車程度なら小銀貨二枚程度ですね。

 この荷車に取り付けているのは布に錬金術を使っている特注ですけど」


 オーニングを頭上に広げた途端、陽射しが和らいで(まぶ)しかった視界が開けた。

 錬金術でガラス繊維を織り込んだ布は風に柔らかく揺れながらも、裏地に刻み込まれた魔法陣によって緩やかな風を吹き出している。

 往路では涼しい風を、復路では単なる風の循環を。

 使う機会があるか分からないが、冬が近づけば温風を出すことも出来るのだ。


「本当に、驚きの言葉しか出てきませんな」


「これから向かうロヴァーニはそういう場所です。辺境にありながら辺境で無くなりつつある、そしてあらゆる可能性に満ちている町。

 だからこそ貴方も王都で商人たちから話を聞いて、一家の将来を賭ける行き先として決めたのでしょう?」


「……そうでしたな。ならば、そういうものとして受け入れましょう。案外驚いてばかりのわしら年寄りよりも、子供や孫たちの方が早く慣れるかも知れませんが」


 愉快そうに微笑んだ御者は、軽く角犀馬の手綱を握り直す。

 隘路に続く坂道は長いが、二頭牽きの荷車は苦も無く上って行く。

 御者の隣に腰を下ろしたハンネはその様子を確認しながら、荷車の前部の柱に掛けていた水筒を手にして、槌音を聞きながらゆっくりと唇を近づけていった。






 街道沿いに低く響く(つち)音は幾重にも重なり、丘の稜線(りょうせん)に沿って姿を見せ始めた砦の石組みに反響して辺りの空気を震わせている。

 数百人もの人が同じ場所に居ながら、互いに会話をするよりも一心不乱に工事に打ち込み、槌を振り下ろし大地に杭を打ち込んでは石を積んで行く姿は見事の一言だ。


 魔術師や錬金術師の姿もあるようで、二人ずつ組になって基礎を作り上げたり、槌で固めた地面の一部を硬い岩に錬成している。

 とても王国中央や大陸の栄えた地域から離れた辺境とは思えない光景だ。


 街道は辺境の交易の要となっているロヴァーニへ向かう多数の荷車と護衛の傭兵たち、行商人で途切れることがないほど賑わっている。

 ハンネがロヴァーニを出る時に少し広く踏み固められた程度だった道は、三月ほど離れていた間に荷車三台ほどの広さに広げられ、大柄な男性が横一列に並んで掛け声と共に力一杯振り被る木槌で叩き固められていた。


 日の出から間もなく工事を始め、三十人がかりで一日に進められるのは五、六十テメル(メートル)ほどの距離である。

 その積み重ねが、今では丘に挟まれた隘路(あいろ)から一ミール(キロ)ほど王国寄りまで、そしてロヴァーニ側には四ミールほどまで整備し尽くしている。

 ロヴァーニ側からも五ミールほど工事がされているため、あと半月もあれば石畳の無い道路の下地は完成するはずだ。


 外側に荷車の走る場所とは段差をつけて歩道も作り、雨水などを道路の外へ逃がすため子供が隠れられるほど深い溝を十テメルごとに歩道の外まで導いている。

 ここまで大規模な道路整備はライヒアラ王国の王都でも珍しく、きちんと石畳を敷いて整えられているのは王城へ続く正面の道と貴族街くらいのものだ。


 貴族領の主要道路に至っては足で踏み固めた道へ申し訳程度に砂利をばら()いて叩き固めたか、以前の辺境の道と大差ない雑多な草が生えたままの農道のようなものである。大きな穴が空いて荷車が立ち往生しないだけ幾分まとも、程度の気持ちでいなければ通行など出来ない。


 道路を含めた人力でのインフラ工事など辛く苦しいものだが、この世界には魔術や錬金術による助けもあり、さらに工事をすることで移民してきた直後の仕事にあぶれることなく家族を養うことが出来る。

 加えてこの道路が出来ることでロヴァーニを訪れる商人が増え、いずれ自分たちが拓く畑から採れる作物などを生活の糧や金銭に換えてくれるのだ。


 日中町に残してきた家族は住民登録と開業登録をして道具を借り、町の行政を取り仕切る文官たちの指示に従って畑を(ひら)いている頃だろう。

 拓いた畑には赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)が直接運営する商会から肥料を買って撒き、町中を張り巡らされた水道から水を汲んで土を(うるお)している。


 水道は今年出来たばかりのものだが、既に町の住民のほぼ全てが組合に加入して利用料を支払い、その多大な恩恵に与かっていた。

 これまでの貴族領の農村ならば、出るどうかかも定かでない井戸を掘って水を得るか、遠い水場まで桶を(かつ)いで()みに行かなければならなかったのだ。

 時には半日近くかけて必要な量を汲み、さらに生活に必要な水を汲むことで一日を潰してしまうこともある。渇水(かっすい)に悩む夏なら、暑さで倒れる危険を(おか)してでも水を汲みに行かねば、秋以降の食い扶持(ぶち)を無くしてしまうのだ。



 ロヴァーニの噂は王国辺境にほど近い子爵領を超え、隣の男爵領や騎士爵領、近辺の開拓村にまで伝わっている。ロヴァーニを訪れた商人や行商人が訪れ、宿や宿場となった民家で旅の話として広めたためだ。


 噂が流布(るふ)するのには良い面と悪い面がある。


 良い面はもちろん、ロヴァーニに商機を求めてやってくる商人が増え、多種多様な品物と金銭、買い求める人が集まることだろう。品物を運び(あきな)う人間がいる以上、彼らに付随して動く辺境周辺や王国の情報も手に入る。


 住民に対して各種の援助が行われていることから、貴族領の農村や開拓村で食い詰めた農民が領地から夜陰(やいん)に乗じて逃げ出し、豊かになりつつある辺境へとやって来る契機にもなっている。

 もっとも移住してすぐに農地を得、収穫を手にすることは出来ないため、街道整備や砦の建設、防壁工事などの普請(ふしん)で日銭を稼ぎ、生計を立てながら農地を作って行かなければならないのだが。


 悪い面としては三つ挙げられるだろう。


 一つ目は農民の離散と辺境への流入により、貴族領もしくは王家直轄地の収穫が抜け落ち、食糧生産が減って土地が荒れること。それに付随する野生動物による獣害を勘定に入れても良いかもしれない。土地を耕し維持する者がいなくなれば農地は荒れ、再び収穫を得られるようになるまで長い時間がかかる。


 二つ目は王国の住民に課せられた各種の税の減収だ。

 この世界では住人に課せられる人頭税、地代、相続税、結婚税に加え、収穫量や年商の三割から四割を金銭で納める収入税、水利権や鉱山の採掘権からの税収、工事などに従事して労働で納める賦役(ふえき)や橋・街道の通行権など、貴族による恣意(しい)的な税が色々と設定されている。


 だが、農民や平民が領外・国外に出ることでそれらの徴収が出来なくなるのだ。

 それは農村や町を治める領主や貴族の収入減に直結し、収入を奪われた者たちが『収入を奪った相手』と思い込んだロヴァーニと、町を代表する勢力である赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)を逆恨みすることに繋がった。


 三つ目はアスカ姫の存在が王国側に漏れたことだ。

 可能な限りロヴァーニの外への情報は秘匿(ひとく)していたが、水道の敷設(ふせつ)や食糧増産への協力、新素材の発見と新商品の創出、町の食堂へ教えられた美味な食事や魔術契約を結ぶことで教えられたレシピのことなど、魔術契約で縛られていない部分から漏れたものもある。

 揃いの制服を着た側仕えと複数の護衛付きで市場へ出かける姿は町の者たちにも受け入れられており、辺境には珍しいほどの気品と美貌を備えた愛らしい容姿は、老若男女問わず憧憬(しょうけい)羨望(せんぼう)の的だ。


 詳しい出自や助けられた経緯などは伏せられているものの、酒を飲みに外に出た団員の口から知られることも多い。

 未成年にして桁違いの魔力を持ち、傭兵団の熟練魔術師以上に魔術を使いこなすこと。王都の魔術学院を出た一流の(・・・)魔術師・錬金術師たちが揃って姫に弟子入りし、基礎から学び直していること。

 王族や貴族、魔術学院の教授でも持ち得ない知識を身に着けていること。

 類稀(たぐいまれ)な美しい容貌なども、市場への往復の姿を見聞きした者の口から伝わってしまっている。

 そしてその情報が耳(さと)い商人たちの元へ届き、小出しに広まっていく。



 直営商会と直接取引が出来ている商会はこうした情報漏洩には加担していない。

 彼らは少しでも団や姫自身に不利益が及ばないよう、商会傘下の従業員に厳重な緘口令(かんこうれい)()いてでも情報を守っている。

 水道や鏡、新しい食材や素材、魔術具など自分たちの商売を潤してくれるものも多く、また町の防衛を(にな)う傭兵団が少女に対して最上級の待遇と敬意を表しているのだ。相応の配慮をしない訳がない。


 夏の半ばに建てられた新しい建物は、助けられた少女のために建てられたという話も商人たちは聞いている。

 多くの魔術具を配して守られ、全館に水道を通し、貴族でも維持するのが高価だという風呂を常設した建物。窓は木板ではなく澄んだ鏡のような石で張られ、厳重に警備されて許された者しか立ち入ることが出来ない建物となれば、最低でも少女が王族か上級貴族の血を引いていることが推察できる。


 そして、地上部分だけで三階ある建物を(ひと)夏かからず作り上げてしまえる財力と魔力、大勢の魔術師を含む人々を動員する力も無視することは出来ない。


 ()えて身分を伏せているなら、平民である商人たちが興味本位で身許(みもと)()ぎ回ったりなどすれば、消されるのは彼ら自身の方だ。

 それも、傭兵団や町の暗部の手によって。


 機微(きび)を読めなかった商会や行商人は、情報を得ようと団本部に向かって姿を見なくなって以降、二度と町中で出会うことはなくなっていた。

 中には王国や貴族領に通じていた間者もいたことだろう。


 辺境生まれでロヴァーニの商会に勤める噂好きの若い女性従業員は、夏の終わりが近づいたある日を境にぱったりと噂話を口にすることが無くなったらしい。

 商会(ぬし)の問いかけにも涙目になって完全に口を(つぐ)んでいることから、余程怖いものを見たか、恐ろしい事件に()ったのだろう。

 団に食料を納品している商会の徒弟が『団の訓練所脇の通用門から、粉々に壊れてはいるが精巧な石像が運び出されていた』という話をしていたのを聞いた者もいる。


 けれど、全ては真相定かならぬ噂話でしかない。

 頭がもげていたり、腕が粉々に砕けていたり、腰から上下真っ二つに()し折れていたり、たまたま荷車から落ちて地面に転がった『居なくなった知り合いに良く似た』頭が宙を向き、恐ろしいものに出会ったような表情を浮かべていた――などと伝えられても。




 その日工事に出ていた町の人々は、八十(りょう)以上にもなる長い商隊の列が隘路を抜けて行くのを見ることになった。

 いくつかの荷車の幌に町で最大の傭兵団の紋章が描かれているのを見て、石造りの壁の上にいた者が大きく手を振っている。

 列の先頭の荷車が坂を上り切って隘路に入って来た時は、歓声とともに思わず拍手が湧き上がったほどだ。


 丘の稜線には城壁もかくやという石造りの壁が築かれ、隘路を中心に砦の門が造られることになっている。

 工事に(たずさ)わっているのは町の住人たちで、移住してきたばかりの者だけでなく、もう何年も辺境の地で暮らしてきた住人も三割近く混じっていた。

 工区ごとの交代制だから、全体で七百名と聞かされていても、割り当てられている比率の実数は不明である。けれども町全体として防壁の設置が急務であるとされ、先月の下旬から募集が常態化していた。


 来年春までの砦と防壁工事、辺境主街道の下地作り、森の材木や石切り場からの石の輸送、町の警備隊の募集と、農業が軌道に乗るまでの仕事の選択肢は多い。

 事業の母体となっているのが町の有力商会や有力傭兵団で、日当の支払いが良いのも魅力の一つなのだろう。


「随分と長い商隊だなぁ。荷車に付いてる赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)の紋章……ってことは、あれが王都に行ってきたっていう商隊の一団か。王都の酒や食い物もたくさん積んで来てるのかね?」


「商隊の荷物はそうだろうが、傭兵団の荷車は違うみたいだな。魔術師っぽいのもたくさん乗っているようだし、あっちは子供や夫婦らしいのも乗ってる。俺たちと同じように王国領から移って来たんだろう」


「あの荷物が商会の倉庫に運ばれて、数日中に市場や店に並ぶんだろう? エロマー子爵の領地にいた時には考えられないほど豊かだな」


(ちげ)ぇねぇ。それに今のロヴァーニは陸と川、海と山の食い物も増えてる。王国の内陸部には海の食い物なんてなかったからな」


 赤黒く焼けた筋肉を晒した壮年の男が唾を飲み込んだ。


 食物といえばリース、ホロゥ、ルヴァッセといった穀物に、伝統的に食べられてきた野菜や果物、狩猟で得られた肉しか存在しなかったのが王国の生活である。

 けれども辺境のロヴァーニでは、狩猟で得られることが多かった禽獣(きんじゅう)を木や鉄の柵を設けて飼い慣らし、森の一部を網で覆って野鳥を放し飼いにし、定期的に肉や卵などを得られるようになってきていた。

 イェートなどの獣の乳は料理にも利用され、一部は母乳の出の悪い母親の助けになったり、子供たちの飲み物として推奨されるようになっている。


「人は増え続けてるけど、きちんと毎日メシが食えてるだけありがたいぜ」


「商人の出入りも多いから、何かしら仕事もある状態だしな」


「この街道と砦が出来れば、きっと今以上に商隊が安全と商品を求めて来ることになるだろうからな。我々の関わっている仕事はそれだけ重要ということだよ」


 話をしている彼らの背後から現場の監督役を任された文官らしい男が武装した傭兵を二人連れて石壁の上に上がって来た。まだ積み上げる前の石が転がっているが、足元は危な()ない。

 文官であっても、基本的な護身訓練は年に二月程度義務として仕込まれるのだ。


「お前たちも町で行商人などから聞いていると思うが、今年も王国東部から北東部にかけて旱魃(かんばつ)と不作が続いた。もうこれで三年連続だ。

 今回の移住者にも東部の出身者がいる。必要以上に気を使う必要はないが、見かけたらなるべく早めに町に馴染めるよう声をかけてやってくれ」


「それと来週、春からの牧場経営希望者と新規の農場開拓、町の自警団結成に関する募集要項が発表される予定だ。自警団は専任と兼任の二つ、農場と牧場は若干名だが町から補助金が二年間出る。応募者が多ければくじ引きだ。

 結果を出さなければ補助金は打ち切りになるがな。それと数日おきに商会の人間と文官が記録を取りに来る。最新の道具や肥料、餌が優先的に回されて使える分、責任は大きいぞ」


 傭兵は赤獅子の槍の団員らしく、文官と然程(さほど)変わらない情報を持っていた。

 町の防壁予定地の近くで杭打ちと縄張りがされた一画に、冬の初め頃までに出来上がる三軒の実験農場。そして少し場所を離して作られる四軒の実験牧場。

 家屋と敷地の柵、厩舎、畜舎などは町の大工工房がまとめて受注し、上物(うわもの)の完成後に検査を受け、冬の積雪にきちんと耐えられるかを確認した上で町の評議会に引き渡されることになっている。


 農場と牧場部分は傭兵団所属の魔術師が魔術実習で地下一テメル程度まで掘り起こしを担当し、錬金術師たちが混錬と発酵を担当した肥料を土地に()き込む。

 少々硬い砂岩(さがん)程度なら魔術で粉々に破壊して小石も取り除くため、裸一貫で町にやって来て農地を(ひら)く苦労に比べたら破格の条件だ。

 故に審査も厳しくなるし、保証金こそ無いものの団や町の評議会との魔術契約を結ぶことになる。


 評議会は先月末、団所属の文官数名とロヴァーニに本拠を置く商会・工房の代表数名、古くから辺境で暮らしていた者たちの顔役二名と移住者たちの取りまとめを行っていた者から三名、町在住の魔術師と赤獅子の槍の魔術師・錬金術師が二名ずつ、防衛の要である傭兵団から一、二名が集められた『町の運営を協議するための会』だ。

 議決権のないオブザーバーとして各傭兵団の団長も呼ばれており、評議会自体の代表には引退して王都から移って来た元文官を、その補佐に団と商会から二人の文官を付けている。


 統治組織としては弱いが、人口二千人を越した程度の町で考えれば大きめの互助会のようなものだ。さらに人が増えて行くのならば、拡大した町の規模に合わせて拡充させれば良い。

 それに何を置いても内政面で急務なのは、移住者の対応と登録だった。


「まあ農場と牧場はそれなりの知識が必要になるだろうし、()けの要素が強いのもあって成功報酬もでかい。詳しい説明が聞きたければ一度行ってみると良いさ」


 文官らしい男は車列を見ながら反対の丘に向き直り、腰に差していた小さな緑の旗を手にして振って見せる。反対側でも同様に緑の旗が振られ、すぐにその背後から煙が立ち上った。

 煙に続いて空に向けて火弾が四発打ち上げられ、それが二度繰り返される。


「ありゃなんですかい? 向こうの丘にゃ魔術師がいるみたいですが……」


「工事とは別に何人か現場を巡回しているんだよ。森から出てきた獣や野盗の襲撃に対する備えだな。それと、今回のように団の者が帰還した時に連絡する意味もある。たまに索敵の網を抜かれて出て来るのもいるが、工事が始まってから盗賊らしいのには一度も会っていないと思うよ?」


「ああ――確かに、工事中にヴィリシが出てきたことが一度ありましたな」


 工事が始まって間もない頃、午後の作業が始まる直前に迷って出た個体がいた。

 護身用に短剣程度は持ち歩いている者が多く、大木槌やロープ、掘り返した石なども大量にあったため、その場で打ち倒されて血抜き・解体され、夕方の仕事上がりの際に土産として切り分けられた肉を持たされたことはある。


 その時当番に当たっていなかった者たちからは後日二匹目の登場を待ちわびる声が多かったけれど、残念ながら二頭目が出て来ることはなかった。

 巡回頻度もそうだが、本部での魔術訓練で索敵範囲が広がり、森から街道・砦予定地へ出て行く獣の取りこぼしが少なくなったためである。

 今では迷い出た獣に出会うのは「ご褒美」や「家族への土産(みやげ)」としての意識が強く、過去にいた村や町での「脅威」としての気持ちは薄れていた。


 もっとも魔術師の本来の役割として比重が高いのは討伐ではなく、工事現場の側にこそある。


 現場に出てきた魔術師や錬金術師は、大半が防壁の基礎作りや街道の側溝部分の形成、あるいは砦本体の基礎設営のために派遣されている。

 現代日本のように土木工事へ持ち込める重機が無いため、個々人の魔力頼みにはなるが使い勝手の良い魔術師や錬金術師が配されているのだ。


 実際彼らの働きは通常の人夫が行う十数倍もの作業を短時間でこなす時もあり、日当自体も五倍から八倍程度支払われている。単純に労働効果と同じ倍数にならないのは、出せる結果が使用できる魔力量に依存するからだ。

 保有する魔力がそれほど多くなければ、現場に滞在する時間は長くても稼働時間は短くなり、結果として数人分程度の働きは出来てもそれ以上にはならない。


 アスカ姫や団の魔術師たちのように「環境魔力」とも呼べるものを自身の魔力で呼び込み、保有魔力量以上の作業をこなせるなら一日中でも現場で動けるだろう。

 けれども、大半の魔術師は自身の魔力が尽きたらそこで作業は終了になる。

 魔力が枯渇しない範囲で収めさせているが、退勤時に魔力の回復を促進させる薬を渡していなければ、町の魔術師たちの継続的な動員は厳しかったかもしれない。


「王都までの街道じゃ酒はともかく、食べられる飯はロヴァーニより数段落ちるだろうからな。俺たちも当番で商隊の護衛に付くことがあるが、王都よりはるかに近い子爵領との往復だって辛い時があるんだ。

 帰ってきたらメシの注文が増えるだろうから、早く準備させておくのさ」


「まあそんなところだ。今なら追加で仕入れてもらっておけば、ぎりぎりで晩飯の仕込みに間に合ってくれるだろう。こっちはきちんと連絡を入れたんだから、後は厨房の連中に任せるよ」


 本当の理由には触れず、手を振ってその場を離れる三人に、工事中の手を止めていた男たちも現場に戻って行く。

 防壁を離れた彼らは厳しい顔で一人を伝令に送ると、次の現場巡回のため穏やかな表情を作り出し、同じように募集の話を持ちかけて現場を和ませていった。






 太陽が頂点を通り過ぎ、わずかに傾き始めた頃、ハンネたちの乗る荷車はロヴァーニの街並みを視界に収める辺りまでやって来ていた。

 出て行く時はまだ赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)の本部建物くらいしか目立つものは無かったが、現在は白っぽい外壁の女子棟が並びたち、直営商会の大型倉庫棟や上水道設備、規模を大きくしているらしい商会の建物など、出発前との違いも見られる。


「でけぇ……あれがロヴァーニ……?」


「王都に近いマルトラ男爵領や先日のエロマー子爵領にあった町よりも大きいな」


「いや、王都で羽振りの良い商会だってあんな大きな倉庫持ってないだろ」


 昼前の休憩で少し持ち直したらしい学院生たちが、先行する荷車から町並みを見て声を上げているのが聞こえてきた。


 王国領に比べたら発展する外的要素も薄く、人や品物の集まりも多くないというのが辺境に対する一般的な認識である。情報自体が少なく、その伝わり方も行商人や極めて少ない魔術師の使い魔(ヴェカント)を介したものだから()むを得ない部分はあろう。


「姉様、あれが……?」


「そう、あれがロヴァーニ。辺境にありながら交易の中心として生まれ、この半年ほどで急成長している町よ。本部の女子棟に入ったらもっと驚くことになるわよ」


 荷台で呟いたクリスタの言葉に、ハンネが律儀(りちぎ)に答える。

 口調が砕けているのは、実家で一緒に育った肉親に対するものだからだろう。


 彼女に限らず、初めてロヴァーニを訪れる者たちは発展した町並みに一様に驚くのだ。まだ工事が途中とはいえ、団本部を中心とした石畳の敷かれた道や堅固な作りの上下水道設備、既に威容が見えている団本部の建物、全てが驚きの対象になる。


「道中でも簡単に話したと思うけど、この荷車に載せている魔術具よりも扱い易くて優れたものが置いてあるわ。研究室はしばらく私と共用になるけど、置いてあるものを勝手にいじったら駄目よ。

 それと私は姫様の護衛や団の魔術師たちへの講師役もあるから、常に一緒という訳ではないわ。アニエラや他の魔術師たちもいるから質問には答えてくれると思うけど、魔術学院と同じように教えてもらうのを待っているだけじゃ成長出来ないから気を付けてね」


 進んで行く隊列を眺めながら、ハンネが事も無げに言う。

 クリスタはその内容に驚いているが、彼女はその違和感に全く気付いていない。


 普通は魔術学院を卒業して三、四年ほどで他の魔術師の講師役になったり、縁故もなく王族の護衛になったりなど出来るものではない。

 冬の初めに卒業する予定の学院に姉が訪ねて来て『実家に残っているのは危ないから、ロヴァーニで魔術を習ったり研究したいならある程度生活の保障もする』と言ったのは一月半前のことだ。

 学院に乗り付け、旅の最中にも圧倒的な能力を如何(いかん)なく発揮した魔術具の塊といえる荷車は、学院長が年間予算を無視して金貨二万枚で買い取りを提示したほどの代物である。


「魔術学院で教えられていることがどれほど遅れているか、私は姫様に習って思い知ったの。王都にいたら習えないことや、卒業しても職にあぶれて実家の言う通り政略結婚の餌にされたりすることを考えたら、()り固まった(しがらみ)から解放されてみるのも良いことだと思うわ。

 しばらくは団所属の魔術師や錬金術師から講義を受けてもらって、今までの考え方を捨ててもらうつもりよ。実習もあるし、仕事も力量を判断しながら徐々に任せて行くので、見習い程度の給料も出ます――と、これはスカウトの時や道中でも何度か言っているわね」


 前方が詰まり、スピードが落ちて来るのに合わせて角犀馬(サルヴィヘスト)たちの歩みもゆっくりとしたものになる。小さく短い鳴き声が聞こえるので、前後の個体と情報をやり取りしているのだろう。


「帰ったらこの子たちの身体も綺麗に洗ってあげて、マッサージやブラッシングもしてあげないとね。長旅お疲れ様、今夜は久しぶりにロヴァーニのご飯よ」


 御者の脇からハンネが声をかけると、荷車を()いていた角犀馬が嬉しそうに首を縦に振りながら脚を止めた。前の荷車との間隔が三テメルほどになり、前方の商隊が止まっている。


「ああ、そうですか――始まりましたか」


 半ば諦め、半ば呆れたような声がハンネの唇から漏れる。


「何ですか、姉様? 何が始まったって……?」


「魔術契約違反の取り締まりです。ロヴァーニの現状や特殊性は道中話しておいたでしょう? 便利な魔術具やこの大陸にまだ伝えられていない知識や技術、そういったものを保護するために魔術契約を結んでいるんですけど――」


 突然、前方二百テメルほどの所にいた商隊の人間と護衛たちが、荷車や角犀馬の上から砂のように崩れて消滅した。

 前後の商隊の者は半ばパニックになりかけているが、門を出てきた一団が説明に回っている様子が座った席からも見て取れる。


「あれは鞍と鐙の扱いに関する魔術契約に違反した者の末路ね。本物は工房で見せてあげられると思うけれど、リージュール魔法王国のある別の大陸から持ち込まれた知識と技術で作られているわ。

 便利な道具であると同時に、戦争や盗賊行為でも容易に使われてしまう技術だから制限を設けているの。普通の魔術契約なら、契約の有効範囲は個人間や個人の魔力の及ぶ範囲内だけど、それを王族や貴族家出身の魔術師が()り行うとしたら、一体どうなるかしら?」


「それは……国や領地が対象になる魔術契約ですよね?」


「半分までは正解ですね。では、諸外国に最恵国(さいけいこく)待遇を受ける超大国の王女が他国で魔術契約を行えばどうなるのか、答えられるかしら?」


 意地の悪い質問と思いながらも、アスカ姫の安全を最優先にしたい護衛としての立場から質問を投げかけた。

 魔術と魔力が根本を支配する世界では、外交関係もまた魔力や魔術を媒介に定義づけることがある。現在でも外交文書や調印に関する取り決めは王族同士の魔術契約によることが多いのだ。


 その諸国が最大限の便宜を図るとしたリージュール魔法王国は、存亡が現在も明らかになっていない別大陸の国である。だが、王家の血筋を引いて出自を明らかにする護身の短剣を持つアスカ姫が存在する以上、諸国との契約は継続されている。

 つまりアスカ姫が契約の主体に名を連ねる魔術契約は、ライヒアラ王国を含む大陸全土、そして滞在する辺境のロヴァーニでも有効になってしまうのだ。


「――有効、でしょうか?」


「質問に対して疑問形で答えるのは()められたものではないけど、一応正解。外交に関する契約とか、詳しいことが知りたければ姫様の筆頭側仕えになっているユリアナさんに聞くといいわ。

 ユリアナさんは代々王都の外交参事を務めているヒューティア家の出身だから」


 その間にも前方で三度ほど驚愕と恐怖の声が上がり、角犀馬に乗った者と徒歩の一団が走り寄っては荷車と残された角犀馬を脇に避けて行く。

 剣を佩いて近寄ったもう一つの商隊は、ハンネたちのいる場所から二十テメルと離れていない。その至近で止まったのは、副長のスヴェンとその配下の部隊のようだ。


「お前ら、ギヴィラ商会だな? うちの魔術師のハンネから道中で馬術具の契約に関して詳しい説明は受けているはずだが、違反を続けているようだな。一体どういうつもりだ?」


 野太く、しかし良く通る声が響いてくる。

 詰問に近い口調だが、ハンネが王都から帰る道中で再三再四注意をしてきたにもかかわらず、団との正規の契約を結ぶことなく誤魔化し逃げようとしてきた商隊が複数あったことを定期報告の中で連絡していた。

 その名前は報告にも上げ、判断は幹部に一任した。

 報告は当然団長や副長にも上がり、こうして衆目の集まる場所で処断することで契約を無視した際のリスクと対処を広めることを選んだのである。


 結果としてロヴァーニの町に入る直前で既に二商会と行商の一人が魔術契約への違反に問われ、町に入る列の待ち時間に文字通り姿を消した。

 誠心誠意謝罪し、違約金を支払って無許可で製作した模倣品の現物を破却し、正式な契約を結ぶと宣言すれば状況は変わったかもしれない。

 けれども全ては終わった後の後知恵だ。


 既に契約を交わしている商会や、忠告を大人しく聞き入れて模倣品を即座に破棄した商会は心の底からの安堵(あんど)に胸を撫で下ろし、同時に魔術契約の効果を目の当たりにして震え上がっている。


 平民の経営する商会同士が行う魔術契約では、軽度の違反をしても精神的・肉体的な苦痛を感じ続ける程度で、生命まで取られることはない。

 だが、貴族や王族が関わる魔術契約は強制力が違う。

 契約が履行されるまで肉体的な機能の一部を失ったり、心的外傷(トラウマ)を負うほどの苦痛や幻覚を受け続けたり、最悪の場合は即座に生命を落とし存在そのものが消されるのだ。

 その差は持って生まれた魔力量の違いに起因する。


 何よりも真っ当に暮らしている平民ならば、王侯貴族が絡む魔術契約の違反者を取り締まる現場に偶然でも居合わせることなど普通ならあり得ないのだ。


 (くだん)の商会は屁理屈に近い言い訳を何度も繰り返していたが、気の短い副長には通じなかったらしい。要領を得ない話に()れて(あご)をしゃくった所にいた魔術師の一人が、すっと前に出て契約違反を告発する文書を読み上げ、皮紙を掲げた。


「以上の契約違反により、権利者たる赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)とリージュール魔法王国王女、アスカ・リージュール・イヴ・エルクライン様の名において告発し、違反者を断罪するものとする。戒めとその対価を!」


 魔術師の声と皮紙へわずかに流れた魔力、それが赤黒い光となって(ほとばし)る。

 幾条にも別れた雷光は意志を持つように商会の従業員と護衛たちを捕らえ、足元の自由を奪い、剣を抜こうとした手を塞ぎ、声を荒げて叫ぼうとした(のど)を覆った。

 やがて(まゆ)のように身体を包み込んだ光が薄れて消えると、身体や髪、瞳といった全ての色を持つ部分から色が抜け落ち、身体の(はし)から砂が(こぼ)れ落ちるようにさらさらと崩れていく。


 周囲にいた商会の従業員たちはこれ以上ない恐怖に縛られながらも、貴族以上の身分が絡む契約情報の確認と順守とを改めて心に誓っていた。


「他の商会は既に道中でハンネの説明を受け入れたものとして報告を受けている。このまま町の門に向かい、所定の入門の手続きをしてくれ。

 おい、後の説明は任せた。俺は団長へ報告に行ってくる」


「またですか、副長……ええと、移住者は登録を行うから、文官が(そば)を通る時に声をかけて欲しい。数日ほど時間をもらうが、ロヴァーニの住民としての登録証と、わずかだが町からの支度金を渡す予定だ。

 住居については一時滞在先と、条件によってはすぐに住める家もある。登録を行う際に相談してみてくれ。

 勝手な農地の開拓や建築は禁止されているので気を付けて欲しい。魔術契約ではないが、土地の整備計画が既に立てられているので移転させられることがある。

 これだけ列が長いので待ち時間が長くなると思うかも知れないが、少し先で団員と商隊の帰還受付が一列と、移住者の受付が一列の計二列に分かれている。もうしばらく辛抱してくれ」


「犯罪者でない限り入門税は銅貨一枚、ロヴァーニで住民登録している者は登録証を提示すれば無償だ。他国からの商隊は国の登録証の提示と、簡単な誓約書を書いてもらう。町中で違法な取引をしないことと、犯罪行為に加担しないことを文書で誓約してもらうだけだ」


 スヴェンに付き従っていた団員と文官が声を張り上げ、凍りついた空気を吹き飛ばすように説明して行く。

 親しい付き合いのある商会の従業員には軽く手を振っており、商取引の成果を短く尋ねたり挨拶の声をかけている。


「わしらはどうしたらいいですかな、ハンネ様?」


 近づいてくる文官たちに視線を向けたまま、御者の男が声をかけて来る。

 短く考えたハンネは、腰のポーチから小さな植物紙の束とペンを取り出すと、短い書き付けをして一枚破り取った。


「連絡してくる間、一旦手綱は私が預かりますけど、この荷車は町の中までこのまま走らせて下さい。別の荷車に乗っているあなたの家族にはこの書き付けを渡してあげて下さい。王都からここまで団に協力した者として、優先的な案内と審査をするように命じてありますから」


 御者は目を閉じて深々と礼をすると、手綱をハンネに預けてすぐ後ろの荷車に駆けて行く。娘夫婦と孫たちの声が途切れ途切れに聞こえてくるが、その声音には明るさが滲んでいた。


「ハンネさん、お帰りなさい。王都までの往復お疲れ様でした」


 角犀馬に乗って近寄って来た錬金術師は彼女の同僚だ。町を出発する時は危なげで一人乗りは厳しかったはずだが、三月(みつき)も留守にしている間に上達したらしい。


「ただいま、シュルヴィ。お土産が色々と、魔術学院の卒業生を確保してきたわ。かなり教え込まないといけないから、詳しくは夜にでも相談しましょう。

 姫様は女子棟かしら?」


「いえ、門まで迎えに来られていますよ。ユリアナ様とアニエラさんたちが護衛に()いているし、今回は魔術契約に違反した者が出たということで団長も部隊を連れて一緒に来ています」


 嬉しそうに話す錬金術師のシュルヴィが、荷台から恐る恐る顔を出しているクリスタに目を向ける。


「そちらが妹さんですか? 目鼻立ちが良く似ていますね」


「魔術や魔力の扱いはこれからの教育次第ですけどね。能力的な面は二、三年待って判断して下さい。さて、御者も戻ってきましたし報告に行きましょうか。

 シュルヴィ、前にいる荷車も連れて行きます。誘導をお願いしますね」


「お任せ下さいっ」


 元気が有り余る声に笑みを浮かべたハンネが御者の戻りを待って、団員たちの誘導に従い行列の脇にずれる。

 車輪がそれぞれ独立して稼働するハンネの荷車は、急な方向転換でも全く苦労することなく方向を変え、荷車一つ半ほどの隙間をすり抜けるように門へと向かう。


 列を飛ばしていく荷車を(いぶか)しむ視線は、幌の紋章と先導する角犀馬の馬具に刻まれた団の紋章を見てすぐに納得したものへと変わった。

 王国領から遠く離れた辺境の地で自分たちの交易や生活の安全を守ってくれる傭兵団、特に赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)への信頼度が高いためだ。

 貴族領との往還(おうかん)に慣れた商隊からも文句は一言も出ない。


 前に三十輌近い荷車があっても、脇道を走れば時間はかからない。

 ハンネの角犀馬(サルヴィヘスト)も自分の(ねぐら)に間もなく帰れるのが分かっているのだろうか、荷車の重さも長旅(ながたび)の疲労も感じさせない走りになっている。


「手綱は持っているだけで良いですよ。きちんと加減して止まってくれるはずですから、ぎりぎりまでこの子に任せて下さい。団の角犀馬は商隊のもの以上にきちんと訓練されているので大丈夫です」


「は、はあ……」


 御者が短い溜め息を吐いた直後、荷車全体が急速に速度を落とし始める。

 慣性で荷台の荷物が少し前に寄ったけれど、着替えの入った木箱やクリスタの蔵書が入った箱、王都で購入した装飾品や布の入った軽い箱が動いただけだ。


 蔵書と言っても魔術学院の図書館の写本が七冊ばかりと、在学中に書き写した教科書や実家から持ち出した十数冊の本で全部である。

 確たる印刷技術が無く、本を増やす手段を写本に頼るしかない世界では仕方がないことなのかも知れないが、書籍自体の単価が極めて高いのだ。写本を生業(なりわい)にしている工房や専門の職人もいるほどで、学院を中心にその需要は多い。


 ハンネも魔術学院へ院生のスカウトに行った際、百数十年前に作られた動植物図鑑の原典と写本を研究室に持っていた教授へフンメールとイェルムの氷柱標本を見せ、標本の譲渡と引き換えに写本を二冊と教授の研究・調査資料の写しを譲り受けている。


 この他にも鉱物研究で知られている教授からは学院の図書館から二十年近く借りっぱなしになっている鉱物調査書の写本を巻き上げ、紋章学や法律、薬学の研究家からはそれぞれの蔵書から写本を格安(・・)で譲り受けることに成功した。

 使用回数に制限のあるちょっとした魔術具や、アスカ姫から教わったリージュール魔法王国の学問の断片をまとめた書き付け数枚でそれだけの成果を上げたのだから、誇っても良いだろう。


 冷蔵や冷凍の魔術具を欲しがった教授は、魔術契約の内容と代価を話した途端に尻尾を巻いて逃げ出している。いくら学院全体への寄付や国の予算があるとはいえ、個人で金貨数千枚を出すのは厳しいのだ。

 学院の教授が持つ年間の研究費など、一番多くても金貨一千枚だ。普通に勤めて院生に教えている教授など、年間予算は書籍の購入費用や研究費を合わせても金貨三十枚くらいである。

 学院長は荷車ごと金貨二万枚で買い取ろうとしたが、一台で数年分の学院運営予算が消し飛ぶような購入申請など、予算審査会や国王の決裁を通ったとしても、後々(のちのち)までしつこくネタにされるのは間違いない。


「クリスタ、姫様がいらっしゃるからきちんとご挨拶してね。あなたは御者台から下りて、膝を突いて平伏すれば問題ありません。

 ただ、姫様か側近から『顔を上げるように』と言われるまではそのままの姿勢でいて下さい。それだけで不敬に問われるようなことはありませんから」


「分かりました……平伏して待っております」


「学院の制服のままですけど、大丈夫でしょうか?」


「旅装なので、服はそのままで大丈夫です。今は帰還の挨拶だけで、詳しい紹介は本部に戻ってからになりますから」


 話している間に完全に止まった荷車を降り、護衛の人垣の向こうに特徴的な銀髪と紫瞳を備えた華奢な少女を発見したハンネは、旅装の上に纏ったローブを(ひるが)して数歩歩み寄った。

 アスカ姫の前には、三月の不在とはいえ懐かしい顔が並んでいる。


「お帰りなさいハンネさん。無事任務を完了されたようですね。お疲れ様でした」


 膝下丈の濃紺のスカートをわずかに揺らしたユリアナが微笑む。同僚の魔術師であるアニエラや、エルサやレーア、クァトリたち護衛の面々も元気な姿を見せたハンネに小さく頷きを見せていた。

 そのすぐ後ろには、目の端に涙を浮かべながら、ハンネの帰還を心から喜んでくれている彼女たちの(あるじ)の姿がある。


「ハンネ、長旅お疲れさまでした」


「大勢での出迎えありがとうございます、姫様。魔術師ハンネ・サヴェラ、ただ今王都より戻りました」


 ハンネはその場で深々と膝と腰を折り、自身の主に帰還を報告した。


「無事で何よりでした。ゆっくり休んだら、土産話をたくさん聞かせて下さいね」


 長旅の苦労や体調を気遣う言葉と共に零れ落ちた涙が頬を伝い、胸元を滑り落ちて乾いた地面に吸われていく。

 彼女自身、生まれて間もない頃から半年ほど前まで十数年に渡って旅を続け、多くの苦労や困難に遭いながら生き長らえている。幾度かの死の危険や、春先には貞操の危機なども経験していた。

 だからこそハンネの無事の帰還を喜んでいるのだろう。


「ハンネさん、報告や挨拶は後ほど。まずは夕方まで休憩を取って下さい。女子棟の湯殿の準備と部屋のベッドも既に整えさせてあります。

 妹さんと学院の卒業生、雇った魔術師はマイサの誘導で本部新館の会議室へ。文官の皆さんは準備が整い次第、まず住民登録と入団書類を作成して下さい。

 宿の手配と女子棟の準備の指揮はライラに任せます」


 ユリアナの指示が迎えの者たちに飛ぶ中、礼の姿勢を取ったままのハンネの身体にぽすんと触れてくる感覚が伝わる。鼻に届く甘く柔らかな花の匂いは、アスカ姫が普段精油の精製から手掛けている特別な石鹸の匂いだ。

 首から背中に回された細い腕が優しくハンネを抱き締めて来る。

 その腕は微かに震え、耳元には小さくしゃくりあげる声が漏れ聞こえていた。


 わずかに視線を上げると、頬に伝う涙をそのままにしながらも、心底嬉しそうに微笑むアスカ姫の顔が彼女の視界に飛び込んでくる。


「お帰りなさい、ハンネ。無事に帰って来てくれて、本当にありがとう」


 今回、姫様の出番が少なくてごめんなさい。次回は増えます。きっと。多分。


 ハンネの妹・クリスタがアスカ姫に挨拶とか自己紹介とか出来ていないけど、今回更新分は一先ずここまで。映像的には泣き笑いだけど嬉しそうなアスカ姫の笑顔のアップで終わる感じです。

 御者のお爺さん? は五十歳を越えた辺りです。平民の初婚年齢が平均で十代の半ば過ぎから二十歳前と比較的早いため、孫がいてもそのくらいになります。寿命自体が長くて六十代に届くかどうかなので。


 次回更新は九月上旬から中旬頃になると思います。

 ゲームの制作ラインの立ち上げが複数重なっている時期で辛いのです……。


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