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女形の姫様転生記  作者: 新島 隆治
11/49

女子棟と風呂と初めての経験

色々あって予約投稿です。

 眠そうな目を子猫のように擦りながら起きた飛鳥は、現在ユリアナからのお小言の真っ最中だった。原因は昨晩の夜更かしだ。


 就寝と同時に集中が切れ、扉の前に張った闇のカーテンや頭上に浮かべていた灯りは消えていたが、ベッド脇に置いていた白板に文字や図面がびっしりと書かれていれば、夜中に何をしていたか想像はつく。


 おかげで今朝は、ユリアナに身体を拭かれ着替えさせてもらう間ずっとお小言を聞かされ続けている。

 曰く、淑女として、大国の姫君としての自覚をお持ち下さいませ。


 女形(おんながた)としての修業に加え、(ゆかり)の所作を見たりマナーを習ってはいたものの、こちらで女性の身体を持ち、アスカ姫として意識を持ってからまだ一月。

 一日が何時間なのかなど正確な差は知らないが、地球の時間に換算しても約一月半強しか経っていない。

 けれども、ここで反論などしても無駄なのは経験上理解していた。



 獣脂と植物油を原料とした蝋燭が団内に安定供給され、夜の過ごし方が変わりつつあるのは飛鳥も承知している。

 ユリアナたちが側仕えとして働くため宿に分宿しているのも、主として仰がれている身としてはいつまでも放置しておける問題ではない。

 けれど、いくらユリアナたちが側仕えとしての経験を積んでいるといっても、一人の貴族として組織の運営に携わったり、責任者として振る舞ってきた経験はない。サロンを主宰する夫人や派閥を構成する当主・継嗣(けいし)ならともかく、次女以降の令嬢の身分では無理からぬことだ。

 その点では現代日本の学校で委員会なり部活動なりで組織というものの特性を学び、考え、運営を年長の教師から教えられてきた飛鳥たちの方が優れている部分もある。


 飛鳥は着替えさせられながら、着替えの服をユリアナに渡して手が空いたミルヤに団長への使いを頼んだ。朝食後、執務が始まる前に面会を依頼するためだ。

 貴族以上の者が当日に前触れもなく直接相手を訪問するのは行儀が良くないとされている。男女限らず、前触れをしておかないといけないのは常識とも言えた。


 少なくとも、自分自身のためにも彼女たちのためにも、拠点となる居場所は作っておかねばならない。今回の夜更かしは、その事前準備として必要だったのだ。


「お時間があれば会計長や部隊長にも同席して頂きたい、と伝えて下さい」


「かしこまりました、姫様」


「姫様、まずは身支度を整えることに集中して下さいませ。まだ御髪(おぐし)だって整えておりませんのに」


 男だった時には短くしていたため苦労した覚えがないが、現在(へそ)の上辺りまで伸びた細い銀髪では、寝ている間にわずかに寝癖がついて乱れてしまう。

 湯に浸して絞った布を当ててしばらく押さえていれば直る程度だが、アスカ姫としての容姿を考えればよろしくはない。

 髪を整えられ、ティアラ代わりのカチューシャを着けた飛鳥は、服装以外は十分姫としての愛らしさと微かな威厳とを備えた美少女になっている。

 男性としての意識がある内面は別としても。


「団長との面会依頼が通れば、側仕えの貴女たちや護衛の皆さんにも同席してもらいます。内容は団本部の拡張と女子棟の建設、その設備についてです。

 昨晩の作業はその話し合いに必要な資料作りでしたが、話し合いの場で貴女たちの希望も聞いておきたいのです。お付き合いくださいね?」


 姿身を見ながら胸のリボンを指先で調整した飛鳥は、スカートの襞を摘んでわずかに広げて見せ、鏡越しに隣へ立つユリアナに微笑みかけた。




 団本部の朝の食堂は戦争だと言って良い。

 夕食時も大変ではあるが、商隊護衛の依頼を受けて出発する直前の隊や、早くから仕入れに動き出す調達班、素材の調達や調査・研究がある文官や錬金術師など、雑多な職種が一気に押し寄せている。

 それなりに広く、百人弱は一度に入れる食堂は連日満員御礼だ。

 出立の順番が早い者から食事を取っているため、ほんの少し待っていればすぐに席は空く。どの辺が空きそうかと見回している間に、八人がけのテーブルが丸々空くくらいには。


 飛鳥がコロッケや唐揚げ、酵母やバターを使った柔らかく甘いパンなどのレシピと作り方を料理長のダニエに教え、これまで無視されたり使われていなかったいくつかの食材を再発見し、食堂で提供するようになって約半月。

 新しい味は完全に団員たちの胃袋を掴み、引き返せぬ所まで来ていた。

 それは団長以下幹部たちの試食の奪い合いでも明白になっている。


 今ではパンもバターロールや山型食パンのような柔らかいものの他、バゲットやバタールのような表皮がパリッと焼かれ中はしっとり柔らかいたもの、女性向けにドライフルーツや甘いヴィタ酒を入れて焼いたパネトーネ風のもの、仕事をしながらでも食事が取れるサンドイッチ風、野菜や塩漬け肉、チーズのような乳製品などの具を乗せて焼いたピザ風のものが出ているが、昼食や夕食だけにしか出ないものもある。

 時間のかかるパネトーネ風とサンドイッチ風は比較的厨房での作業時間が取れる昼食に、数を作り置いて一気に焼けるピザ風は夕食に、時間がなく焼くだけで済むバゲット類は朝食、と時間帯による住み分けが出来ていた。


 当然、パン作り自体は朝暗いうちから弟子たちも含めた全員で仕込み、日の出と前後してパン焼きが始まっている。

 専用石窯の設置は耐熱煉瓦の完成待ちになるため、現在は普通の粘土から焼いた煉瓦を使って厨房の外に簡単な窯を作り、そこでまとめて焼いていた。

 今は料理長のダニエの下に新たな部署を設け、専属の若手職人を雇い入れて育成している最中らしい。完全な分業はもう少し先になりそうだ。



 ユリアナたち側仕えを引き連れた飛鳥が食堂に現れたのは、その食の争いが一段落着いた午前七時くらいだ。

 夏が近づきつつある現在、朝は五時くらいから明るくなり始め、午前八時には団本部の正門と受け付けも開く。町の門は日の出と共に開いており、団本部も警備の不寝番がいる通用門だけは常時開いている。

 玄関正面のホールで依頼受付をする若い女性団員などは、仲間や外に出る魔術師たちと一緒に食事後のお茶や果物などを口にしていた。


「おはようございます、姫様」


 口々にかけられる声に微笑みを返し、時に正式な礼を取ろうとする者には軽く手を上げ、自分の準備に集中するよう止める。

 朝夕は時間がないことと、団本部の食堂であることを考慮して、ユリアナたちも一緒に一角で食事を取っている。王族の姫の食事は本来別室で摂ったりするのだろうが、ここにはそのような部屋も場所もなく、忙しい彼らを押し退けてまで食堂を占有することも出来ない。

 何より、こうした仲間同士の集まる賑やかな雰囲気は嫌いではなかった。


 飛鳥自身は学園の同級生だけでなく、若手役者や親類、一門衆で集まることも多かったため、雑然とした空気には慣れている。記憶にあるアスカ姫自身も、国を離れてからの旅では従者たちと共に寝食をし、常に支え合っていたのだから。


 昼食ではミルヤ、マイサ、ライラの誰かが給仕をしているが、朝は配膳の手伝い程度だ。給仕長のイェンナ以下給仕役の者が忙しく立ち働いているため、給金を受けている彼女たちの仕事を奪ってしまうことにもなる。

 その代わり、茶やミルクなどは自分である程度揃えられるので、今朝のミルヤはそちらに注力していた。


「揃いましたね。では――日々の糧を育て我らにお恵み下さる双月と太陽、大地と生命の精霊に感謝を捧げます」


 目を閉じて頭を軽く垂れ、胸の前で手を組み、臍の上で掌を重ね、臍下に指を触れてからもう一度胸の前で組む。

 この大陸では貴族も王族もこの言葉を口にするらしい。

 アスカ姫の故郷では『双月と陽と、海と大地と精霊に感謝を捧げます』だけだったので、文言が長くなって面倒ではある。

 現代日本で一般的になっていた『いただきます』は通用しないだろうから、いずれリージュール魔法王国の方式で通すようにしようと考えていると、イェンナがもう一つ籠を持って近づいてきた。


「姫様、ダニエが修業の成果を見せたいっていうので持ってきました。こちらも試してみてください」


 イェンナはアスカ姫を貴族以上の身分とは認識しているようだが、一介の町娘に敬語などの言葉遣いは無理だ。丁寧な言葉に気をつけて話すのがやっとで、飛鳥自身も事情は理解できるので許容している。

 古文では彼も敬語の使い分けに苦労した覚えがあるが、今はアスカ姫として過ごしているため、しかるべき場所に出たら最高敬語を使われる立場だ。


 会計長と話した時にも会話の中で確認しているが、この大陸の識字率自体が平民で一割くらい、貴族で六割くらい、王族でほぼ十割らしい。

 費用や環境の差もあるだろうし、身分がほぼ固定化されているこの世界では知識階級とそれ以外の乖離がより激しいのだろう。

 飛鳥自身、アスカ姫という特別な身分の少女の身体で目覚めなければ、そうした知識を当たり前のように引き継いでいる状態にはなれなかったはずだ。


 言葉遣いの件でユリアナがイェンナを叱りつけようとしたが、飛鳥はすぐにそれを片手で押し止めた。

 ここは傭兵団で、イェンナは団長に直接雇用されている。アスカ姫は団長たちに窮地を救い出され庇護下に置かれているが、元は王族の出身といえど居候の身分である。

 実際には鏡や技術・魔術の指導などで莫大な利益を団に(もたら)しているため、「単なる居候」などという簡単な立場ではないのだが。

 そしてユリアナたちはそのアスカ姫の従者として雇われているのであり、貴族階級出身とはいえ、独立した貴族家の当主や継嗣でもなく、第一夫人として他家に嫁いでいる訳でもないため、平民とそう大した差はない。

 貴族家出身でも継ぐべき家や立場がない限り、血を引き継いでも、その子供たちは平民と変わらなくなっていくのだから。



 アニエラやハンネとは反対側の隣に座ったライラがイェンナから(かご)を受け取った瞬間、バターとミルク、季節が終わりかけているリンゴの味に似たムィアと、カスタードクリームのものらしいふわりとした甘い匂いが広がる。

 ライラが受け取った瞬間、彼女と向かい合わせに座っていたネリアと飛鳥の前に座るユリアナの顔も思わず(ほころ)ぶ。焼き立ての甘味は女性にとって最高のご馳走だ。


 テーブルに置かれた籠の中には、試作らしい焼き立てのアップルカスタードパンが二つ、湯気を立てて並んでいる。火加減に迷ったのか、ちょっと強く当ててしまって端が焦げているのは已むを得ないだろう。


「今朝の市場でこの春最後のムィアを見つけたらしくて、教わったレシピを最後に試してみる、と言っていました。温かいうちにどうぞ」


 ぎこちなく頭を下げる彼女に「ありがとう、イェンナ」と声をかけると、照れたように頭を掻いて他のテーブルへと走って行く。

 試食の時にダニエたちと争っていた姿が嘘のようだ。


 貴族の食事では一般的だったというが、籠の中に入っているのは二つだけで、飛鳥が食べ終えてから下げ渡すことが出来るほどの量もない。

 飛鳥は空いているガラス皿に載せ換えると、二つともテーブルナイフで十字に切れ目を入れていく。

 ナイフの刃には泡立てが少々足りなかったらしいカスタードクリームがべっとりと付いたため、切れ目の角を使って擦り付けておいた。


「さて、ダニエが作ってくれた試作品です。折角だから皆で試してみましょう。

 きちんとした作法は知っておかねばならないし、場所と時間と状況で相応しい言葉や振る舞いはいつでも変わります。ここではこれで良いのですよ、ユリアナ。

 生まれや血は変えられないけれど、意識や状況は変えて行けるの。良い方にも、悪い方にも。貴女も貴女らしさを失わず、流されず、でも思うままにならないからと言って周囲の全てを拒絶しないように。私も貴女を信頼して傍に置くと決めたのですから」


 口の中で前世の習慣に従い『いただきます』と言ってから、小さくなったそれを口に含む。焼けて甘味を増したムィアと、貴重な卵とアルマノの砂糖を使って作ったカスタードの組み合わせは良い。

 わずかにアーリスの塩を利かせたらしく、クリームの中に砂粒ほどの塊が入っていた。出したい味と反対のものをわずかに混ぜると元の味が際立つ、という飛鳥の言葉に従ってのものだろう。

 塩の量を指先一つまみくらいにし、クリームの混ぜ方をもっと細かく丁寧にすれば売り物にしても大丈夫だろう。今のままでは、原料費だけで相当な高値になってしまいそうだが。


 もっと言えば、一度ムィアを白ヴィタ酒とアルマノで煮てコンポートのようにしてから使っても良いかも知れない。カスタードも泡立て器があればもっと滑らかになり、随分と出来が違っただろう。

 シナモンのような香辛料があればもっと味が際立ったと思う。

 でもそれは先人の研鑽を経てほぼ完成の域に至ったケーキ類を、冷凍・冷蔵技術が発達した現代日本で食べた経験のある飛鳥としての意見だ。

 ユリアナ以下、貴族出身の者たちには相当な衝撃だったらしい。


「ユリアナさま、わたし、もう王都には帰れません……ここで姫様の教えを全て受けて、生涯姫様にお仕えしていかなければ」


「待ちなさいミルヤ。私たちだってお仕えしているのです――それにこの新作ですけど、少し渋めかあっさりした味のお茶が合うかも知れません。テノの初摘みの若芽を八年寝かせた物とか、若いテノでも日当たりの良い場所で育った二番芽以降とか」


 料理を主に担当しているミルヤの言葉に、お茶などに詳しいネリアが口々にケーキの味やお茶との組み合わせを挙げていく。


 飛鳥はその場で皆の意見を聞きながら、ユリアナに白板をもらって改善点を書き付けていく。筆記用具はユリアナが持ち歩いているからだ。

 同時に、鍛冶師の親方へ製作を頼んでおく道具の仕様も別の板へ簡単に書き付ける。三面図と大体の作り方くらいは、絵がそれほど得意ではないといっても、実際に使っていた飛鳥なら描ける。


 使われたカスタードクリームの混ぜ方に(つたな)さがあるのは、泡立て器が厨房に存在しないからに他ならない。

 飛鳥が厨房に立ち入った時に菜箸のようなものは作ってあるものの、それだけでここまで作ったのなら腕の様子が心配になる。下手をすれば酷使した腕が炎症で腫れ上がっているはずだ。昼の仕込みを控えているのに、朝から限界まで頑張った状態なら支障を来たすだろう。


「ライラ、カスタードクリームを作った人の腕の痛みや炎症が酷いなら私が治癒術をかけます、とダニエに伝えて。給仕長のイェンナにこちらの板を渡したら、予定通りに行動するので団長の執務室へ来てね」


「承知しました、姫様」


 食事を終えた飛鳥たちは厨房のダニエに板を届けてもらう手筈を整えると、心配そうに厨房から顔を出していたダニエに軽く手を振り食堂を後にする。

 伝言はライラがきちんと伝えると請け負ってくれている。

 飛鳥は主人としてそれを信じ待つだけだ。識字率のことが完全に頭から抜けていたが、伝える段階でライラが代読してくれたらしい。


 幸い、カスタードクリームは弟子とダニエが交代で掻き混ぜたらしく、心配していた腕の炎症は魔術師の出した氷と井戸水で冷やし、事なきを得たということだ。






(わたくし)、お風呂だけは絶対に譲りたくありません。水が必要であれば、この周辺を流れている川から水道を引き込みましょう。上流に簡単な浄水施設も一緒に作れば、町中へ一気に飲料にも使える上水道も引けます」


 整理整頓という言葉がようやく実行出来るようになりつつある執務室のソファで、開口一番に出たのはそんな言葉だった。

 毎日湯を使えるのはありがたい。だが、水を汲んで火を焚いて沸かしているのではなく、桶にアスカ姫の魔法で湯を出して使っているのだから、叶うなら肩まで浸かれる湯船が欲しい。

 何より毎日風呂に入っていた純日本人としては、きちんと入浴したいという思いが強い。まして今はアスカ姫という少女の身体を受け継いでいる状態だ。汗や匂いといったものを気にしない訳にはいかない。


 その気になれば魔術で湯を身体に纏わせ、表面のみを洗濯機か高圧洗浄機のように洗い流すことも出来なくはない。濡れた身体を乾かすのも、魔術で温風を数秒纏えば可能ではある。

 長旅の最中ならそれも有効だろう。けれども、一所に居ながらそれだけで済ますのは余りにも味気無いではないか。


 湯船だけなら土を魔術か錬金術で操って形を作り、錬金術の「物質変換」を使ってセラミックスか硬質プラスチックのような素材に変えられる。

 木で風呂桶を作ってもらってもいいが、女性の細腕では重くて簡単に移動が出来ず、屋外に置けば衝立などで仕切っても未婚の王族女性の肌を不特定多数の男性の眼に晒してしまいかねない。

 故に、屋内で給排水設備を整えた風呂がどうしても欲しかったのだ。


「姫様、性急過ぎます――しかし、そんなに簡単に水道が引けるのですか? 王都でも水場に近い貴族街の屋敷に、高価な魔道具をいくつか使った設備が少しある程度だと聞いていますが」


 王都や貴族領での生活が長いユリエラが声を上げた。


 この町でもそうだが、大抵は川から水を汲んでくるか、深く掘り下げた井戸に縄付きの桶を投げ入れて汲むのが一般的な水資源の確保法とされている、

 人口がそれほど多くない今のうちはそれでも問題はないが、いずれ人が増えた時には地下水面が低下する可能性が否定できない。


 飛鳥のいた現代日本では、二十一世紀初頭までアメリカ中西部にあった大規模な穀倉地帯が地下水の枯渇で砂漠のようになり、流域上流の大型ダムの機能停止に伴い発電も止まって、西部海岸沿いの大都市では廃墟となる場所が続出した。水も電気も止まった都市は砂漠に埋もれつつある。


 ダムはいずれ考えるとしても、上下水道の基幹設備を人口の少ないうちに敷いてしまうのは悪い考えではない。

 ついでに上下水道に沿った道の整備などもしてしまえば、ロヴァーニの町が発展していってもメンテナンスや拡張が楽になるはずだ。


「初期工事に魔術師の力を使えば、ある程度楽になります。普通に人力だけで行ったら何年もかかる大工事ですけど、お風呂を必要としている私自身も積極的に工事に加わるつもりです。

 もちろん私一人では手が足りませんから、団や町の魔術師の皆さんにも協力頂けたら助かりますけど……団長、この辺りの地図はありますか?」


「確か会計長のところにあったな?」


「ええ、こちらです」


 そう言ってテーブルに載せられたのは、中世ヨーロッパの町地図か行基図のような、縮尺も方位も全く分からない、周囲の地形と位置関係だけが記されたもの。

 高低差がないにしても、距離が『徒歩で何日、角犀馬(サルヴィヘスト)で何日』といった状態では何の役にも立たない。

 これまでに見てきた文化レベルの差から色々と想定はしていたものの、悪い方向に当たってしまったらしい。


「……位置関係は分かりますけれど、地図から作らないとダメそうですね」


 小さな溜め息と同時に呟いた飛鳥は、アスカ姫の知る魔術から便利なものを頭に思い浮かべる。航空写真とまでは行かないが、鳥瞰図に近い上空数百メートルから地上を見下ろす術があるのだ。

 元は王族の身を守るための魔術で外部には秘匿されていた技術だが、アスカ姫として暮らす自分の役に立つなら、と自らを無理矢理納得させる。


 魔術で調べて大まかな地図は描けても、詳しい測量は必要だろう。水道の場合、水の流れる傾斜や排水を流す傾斜、どこから水を引いてどのくらいの距離の水道を引き、どこへ水を出すかなどといった計算は必要だ。

 傾斜自体は設置しながら試してみる他ないが、百メートルの距離で二メートル下がるくらいの傾斜が普通だったはずだ。浄水や汚水処理のパイプもそれくらいだったような気がする。


 単位系は目覚めてから魔術師や錬金術師、団長たちとの会話の中である程度確認が取れている。近いものはグラム、キログラム、センチ、メートル、キロ程度だが、その程度でも十分に役に立つ。

 誤差があっても目分量でこれくらいという物差しなら、錬金術と手を使って作っていた。一センチを五センチに、五センチを十センチ、三十センチ、一メートルと伸ばして、糸を使ったものであれば百メートルくらいまでは間違いなく測れる。

 義務教育も含め約十五年ほど定規が身近に存在していた現代日本でならば、長さの感覚は身の回りの物と比較して把握していた。

 いずれ原器を作る必要はあるだろうが、既に出回っているだろうこちらの世界の単位原器を取り寄せられるなら参考にしたいところだ。


「団の書類仕事をお手伝いできなくなりますけど、五日ほど頂ければ周囲の地図は描けると思います。細かな部分の測量を行うには人手が必要になりますが」


「そんなに早く出来るのですか?」


「ええ。本来は空を飛ぶ鳥と同じ目線まで意識を飛ばして、周囲に危険があるかどうか調べる索敵魔術の一つです。

 他国に教えた場合、近隣の国との争いに使われる可能性があったため魔法王国以外には秘匿して来ましたが、私は王族として旅の間の安全を確保する必要があったため、五歳を過ぎた頃から母や教師に直接教わっています」


 教わったのはアスカ姫だが、知識を引き継いだ飛鳥自身も使えるので全くの嘘ではない。むしろ現代日本で学んだ程度までの知識を使い、方角や縮尺、単位系を意識して地図を描けるため、割と楽に軍事機密扱いの地図を作ってしまうことが出来るだろう。

 正確な地図がそれだけの価値を持つことは飛鳥も当然理解しているし、歴史上の地図の扱いも同じだ。

 第二次大戦頃までに日本が作った正確な地図が、終戦後どれほど連合国側に流出し利用されたか、世界史の教師が授業中に詳しく語ってくれたこともある。


「水道もそうですが、(わたくし)はユリアナたちが来てくれたことで、現状の宿と団での分宿を解消したいと考えております。もう少し増えるとも聞いていますし。

 それに護衛の皆さんも含め、女性団員が安心して過ごせる環境が手に入ったら嬉しく思います。アニエラやハンネがいてくれなかったら、私は未だに心を閉ざして部屋に閉じ篭っていたでしょうから。

 団本部の改築や女子棟の新設に必要であれば、基礎工事などに魔術師としての私の力を振るうことも考えております」


「姫ご自身が?! それは――よろしいのですか?」


「構いません。私が望んだことですし、私を支えるために王都から来てくれたユリアナたちを守ることにもなります。自身の経験になりますが、殿方が団長のように紳士的な方ばかりでないのも存じております。

 私は……最終的に守って頂くことが出来ましたけれど、邪教を奉じる者たちの手で、この身を(けが)されそうになりましたから。ですから何かの間違いが起こって、同じような辛い思いや悲しい気持ちをユリアナたちに味合わせたくはございません」


 毅然と言い切った飛鳥の言葉に、ユリアナたちが目元を覆った。ユリアナとミルヤ、ライラ、ネリアの唇からは微かな嗚咽も零れている。

 貴族でも次女以下は完全に政略結婚の駒として扱われるらしく、親と子ほど離れた相手との婚姻を結ばされたり、借金の(かた)に商人へ嫁がされるなど、意に沿わない関係を強要されることもあるという。

 王都での生活で派閥と親兄弟の争いに振り回されてきた彼女たちは、感じ入るところがあったようだ。


「……分かりました。こちらとしても利益の多い話ですし、女性団員の宿舎については以前から懸案となっていて、手掛ける時期をどうしようか悩んでいたところです。姫の御力をお借りできるなら、我々も助かります。

 資金は鏡や石鹸を始めとする新製品を外部に作った商会が(あきな)って、既に団の運営資金の数倍を稼いでいます。一時的に資産が変動しても、町に商人が流入して傭兵団に護衛依頼が増えることになればすぐ取り戻せるでしょう。

 地図はこちらからも是非お願いしたいところですが、測量は秘密裏に行いたいと思います。町にいる影者(かげもの)たちの目を誤魔化すためにも。水道は人目のあるところで工事をしても問題ないと思いますが、浄化施設などは警戒が必要でしょうね」


 団長が大枠で了承してくれたことで、女子棟建設の許可は下りた。


 影者というのは間者、つまりは他領や近隣の町からのスパイだ。

 地図はやはり軍事機密扱いになるらしく、下手に測量をしているところを見せたりすれば近隣の貴族領などを刺激する可能性があるらしい。

 水道も毒を入れられたり破壊活動の対象になる可能性があるため、工事中も建設後も警備を厳重にする必要がある。

 こちらは新規流入者に職を与えることができるので、計画を進めても問題ないだろう。傭兵団で訓練した後なら、町の予備的な防衛力にもなるはずだ。


 団長や会計長たちからも団本部の改築――というよりほぼ建て替えといった規模の工事について相談が出ている。

 団所属の魔術師たちに基礎工事を行わせるのは当初から計画に入っていたらしく、町の規模拡大が予想されるため、防衛拠点として整備し直す方針のようだ。

 本部の周囲に張り巡らす予定の堀や土塁、塀、門の設計図などを見ても、その方針が見て取れる。位置的には建物一つ分ずらし、新しい建物を建ててから古い建物を取り壊して、広くなった敷地はそのまま団の所有とするそうだ。


 工事も町の人間を雇ったり民間の魔術師を動員するので、町の経済も回る。建て替えで一時的に宿に移る団員も出るだろうが、それも経済の活性化に繋がる。

 長期の護衛に出ている者もおり、常に全員が揃っているわけでもないので、時期さえ選べば十分実行可能に思えた。


「風呂については水道が出来た後になると思いますが……ああユリアナ、そこで(にら)むな。出来たら男性が生活する場にも大きなものを一つ作れたら、という話だ。女子棟に建設予定のものを使わせて欲しいとか、そんなことは一切考えていない」


「当たり前です、ランヴァルド様!」


「ユリアナ、落ち着いて。もしそういうことを団長がご希望なら、きちんとユリアナを(めと)ってからされるはずですよ」


 軽く笑みを浮かべて団長を見ると、彼は首を横に振って否定した。

 どういう意味での否定か掴みかねたが、おそらくは単純に一緒に風呂に入る部分を否定したかったのだろう。団長とユリアナは歳回りも近いだろうし、好意自体は否定しなかったのだから。


「それで、開始する時期ですが――」


 話題を早く切り替えたいのか、団長が図面の描かれた板を手元に寄せる。

 結局その日の午前中は執務の予定を取りやめ、昼食を挟んで午後の半ばまで計画を詰めることになったのであった。






 団本部の移設計画を話し合い、地図を作り始めてから数日。

 飛鳥は体調の悪化により、朝からずっと寝込んでいた。

 もう年齢的に来ていてもおかしくないとは思っていたが、先月は訪れなかった月のものが現在アスカ姫の身に訪れている。


 (ゆかり)の経験談や感覚は聞いたことがあるものの、男であった時はこのような一日中継続する痛みを経験したことがなく、自分の身体から直接血が流れるの見る機会も最期の時を除いてほぼ無いに等しかった。

 つまり、突然訪れたそれに情けなくも卒倒した訳だ。

 周囲にいるのがユリアナを始めとした女性の側仕えだったため、想定していなかった事態にも対処はしてもらえている。


 そして現在、飛鳥は初めて経験する痛みと羞恥とでベッドに()せっていた。

 こちらの世界にも痛覚を和らげる薬草があるらしく、アニエラが朝食の後で処方してくれたため、現在は薬の効果が出るのを待っている状態だ。

 その間に、この二、三日ほどで調べた町の周囲の情報を板に書き込んでいく。


 やはりこういう時は使い慣れた紙が欲しい。

 木のサンプルは各地から集めてもらっているので、作り方を大雑把に書いて錬金術師や文官に試してもらうべきだろうか。


 ずぅんと重い下腹部に手を当て、考えがまとまらない頭を何とか動かしながら半身を起こした飛鳥は、団の本部前の道路幅と道路に沿った敷地の長さ、町の一角の建物の縦横など、いくつかの地点の長さの測量を頼んでもらえるよう言伝(ことづて)する。

 全体の形を描いた後、ロヴァーニの町をいくつかのブロックに分けて地図を起こしているから、ベッドの上でも作業自体に問題はない。

 問題があるのは体調だけだ。


「姫様、お辛いのでしたら横になっていても大丈夫ですよ。団長に報告して、本日のお仕事は体調不良ということでお休みを頂いております。

 先月は月のものがなかったとアニエラさんに聞いておりますが、事件の衝撃が落ち着いて、きちんと大人の女性の身体になり始めているということですわ。

 私も姫様と同じ年の頃、やはり重苦しくて辛かったですから。そのうちに身体が慣れてきますわ」


 ユリアナの言葉が飛鳥としての自分に追い討ちをかける。

 (ゆかり)や妹たちと一緒に過ごしていたから、入浴やトイレは男性との差を何とか受け入れられていた。

 けれども、女性特有のこれはさすがに精神的に(こた)える。

 男の飛鳥としての意識がある状態で、アスカ姫としての少女の身体は成熟しつつある――つまりはアスカ姫にとっての異性の誰かと子を成すことが出来るようになっているという証左だからだ。


 背を丸めて耐え続ける飛鳥は、少しでも気を紛らわせるために部屋の中へ視線を巡らせる。けれどもこの一月ばかり過ごしてきた部屋に大きな変化などなく、地図の写しや側仕えとしてのユリアナたち以外に――。


「あ、そういえば」


 思い出したように小さく呟いた飛鳥は、そのまま考えに沈んだ。


 比較的シンプルなブラウスとスカート、もしくは無地で単色のワンピースで仕えている彼女たちに、団員と違う所属で働いていることが一目で分かる服を導入したらどうか、ということは彼女たちの到着当日から考えていた。

 一番初めに脳裏に浮かんだのはメイド服だ。それも、現代日本にあったようなミニスカートの(まが)い物ではなく、ヴィクトリア朝風のもの。


 服に合わせる下着は、身体に一番近い衣服として考えなければならない。メイド服も大事だが、そのベースになるものを作らなければならないだろう。

 飛鳥は優先順位を考えながら、板に思い付いたものを箇条書きにし、簡単なデザインを描きつける。


 この世界の平均的な女性の身長は、見た目の感覚だが百六十五センチほどらしい。背の高い者は百八十センチを越す者もいるが、ほとんどはその程度である。

 アニエラが平均より少し高い百六十七センチ、ハンネが百六十四センチということも、この世界の長さの単位を教わった時に板から物差しを作り、壁に立ってもらって測っていた。

 ユリアナとティーナが身長はほぼ平均そのもの、スリーサイズは大きい方からネリア、ルーリッカ、ユリアナ、ライラ、マイサの順で、ミルヤ・ティーナ・ヘルガ・エルシィの四人は若干の差はあれど、平均値と考えていれば問題ないらしい。


 アスカ姫の身長は成長途上ということもあり、まだ百五十三、四センチとかなり小柄である。スリーサイズは胸と尻周りが妹の皐月(さつき)より少し大きいくらいだったから、中等部二年から三年の女子生徒くらいにはあるのだろう。

 皐月に知られたら、飛鳥のせいではないのに散々恨み言を聞かされそうだ。

 二度と会えない寂しさはあるが、そんなことを思い浮かべてしまった。



 服を作るには型が必要で、この世界の貴族階級ではほぼ全てが個々人に合わせたオーダーメイドになる。立体の型を使うこともあれば、何度も本人の元へ訪れて、仮縫いと直しを入れて徐々に仕上げることも多い。

 けれども錬金術師が身内にいれば話は別だ。服飾に携わる者の技術を否定しかねないが、加工や調整、型の製作に至るまで、ほぼ万能になってしまう。身体の型も簡単に作れてしまうのだから。


 飛鳥も救出された直後は市場などで新しい服を買い、一部の丈などを直してもらって着ていたが、現在は布だけを買って仕立ててもらうようになっている。

 その時に使われているのがアスカ姫の今の身体の起伏を粘土で写し取り、乾燥させて前後二つに割った型をもう一度張り合わせ、一抱えほどもある丸太を錬金術で変形させて内側を満たし作ったトルソーだ。

 外側の粘土は当然使用後に粉砕処理してある。

 サイズの変化があれば楽に変形させられる、まさしく本人専用である。


 トルソーは首筋から膝の辺りまでの実物大で、移動の際に重くなりすぎないよう表面の厚さを五ミリ程度に抑え、内部に三か所の支柱を設けているものの、大きく空洞を持たせている。

 木ならば待ち針などを刺して布地を留めおけるし、人体と違って仮縫い中に誤って刺しても問題はない。仮縫いと本縫いで本人が不在でも、妊娠などで体形が変わっている訳でもなければ十分過ぎるほどだ。


 この型は現在二体あり、一つがアニエラに紹介されて頼んでいる町の服飾工房に保管され、もう一つはこの部屋の隅に埃除けの布をかけて置いてある。

 団の本部と工房を移動させる時は何重にも布で巻かれ、女性の専属職人だけが見て触れることが出来る機密品扱いになっていた。国が失われたとはいえ、大国の王族の姫の身体を写したものだから当然だろう。

 部屋にあるトルソーは現在被服を主として担当するティーナが使っており、夏の普段着を数着仕立てているが、大半の作業は終わっている。


 ベッドの脇にティーナを呼んで、ひそひそと指示を出す。

 それと同時に、女だけしかいない部屋ということもあって、飛鳥はその場でティーナに服を脱いでもらっていた。

 平均的な身長とスリーサイズだというティーナなら、彼女の身体で型を取ってしまえば被服のトルソーとしては申し分ない。

 ティーナは前回のトルソー作りには立ち会えていない。ユリアナたちと共に王都からロヴァーニに移動してくる最中だったため、これは仕方がないだろう。

 現在そのトルソーのおかげで被服作業が楽に出来ているため文句は一切無いが、彼女はアスカ姫がもの作る過程そのものに興味があった。


 筆頭側仕えのユリアナが声をかけようとしたのを手で制し、被服に関することなのでユリアナも協力してください、と言うと、大人しく指示に従ってくれる。


「それと昨日使った粘土をそちらの棚から持ってきてもらえますか? この間私の身体の型を作った丸太も、残りが部屋にあったはずです」


 身体が重くだるさがあっても、頭は色々と考え続けている。

 直径四十センチほど、高さも同じくらいと重い丸太はエルサやレーアが運ぶのを手伝ってくれて、アニエラとハンネは何が始まるのか興味津々のようだ。


「この間、皆の身長やサイズの話をしたでしょう? 私の衣服を仕立てて頂くために作ったトルソーを、平均的な女性の大きさと大柄な女性、小柄な女性でそれぞれ作っておこうと思いまして。

 この後でエルサにも協力をお願いしますね」


 ユリアナにティーナの髪を持ち上げてもらい、ベッドに腰掛けたまま片手をティーナに、もう片方の手を粘土に向ける。

 魔術で粘土を持ち上げ、錬金術で変形させていく過程にはもうかなり慣れた。

 鏡や自分の身体の型を作る時もそうだし、タトルやルビー、角犀馬たちのブラシを作ったのも錬金術だ。煉瓦の原型も同じように作っているし、他の細々とした物作りにも使っている。


 身体の表面を這うように広がった粘土は厚さ五ミリほどで、肩口から腿の半ばまで、それも身体の前半分を覆ったところで止めていた。背中側はそのままの位置で後ろを向いてもらい、前半分の粘土を脱水して、印を付けて剥がしてから作業する。

 背中側の型を取って同じように印を付け剥がした後、今度は水と火の魔術で湯を作り、ティーナの身体に付いた泥を綺麗に洗っていく。


 前半身と後ろ半身の粘土は印を付けた部分で綺麗に切り口を整えられ、錬金術で融合させて粘土によるマネキンの型が完成した。

 これをエルサとレーアに支えてもらっている間に、丸太を錬金術で変形させて内側から張りつけ、マネキンの本体と支えを一気に成型していく。時間にして五分ほどと、樹脂製のマネキンには遠く及ばないだろうが、この世界で一から手作りするよりもはるかに楽な作業だろう。

 町の工房に預ける分も含めて二つ作り、一つはこの部屋で保管する。工房に預けておけば、それに合わせて勝手にサイズを合わせた既製服を作ってくれるはずだ。


 使い終わった粘土は錬金術で分解し、魔術で出した水やティーナの身体を洗った水で練り合わせ再利用する。粘土の入った箱の中で作業を行うので、部屋が汚れないで済むのも利点だ。


 エルサにも同じように全裸になってもらい型取りと洗浄した後、飛鳥は下着についての相談を側仕えたちにしていた。腰の両横で紐を結んで留める下着や胸を覆う下着など、色々と頼りなさを覚える部分があったからだ。

 もちろん、まだこちらの世界でゴムの素材が見つかっていないので、現代日本で流通していたものと全く同じものを作れる訳ではない。紫の下着を見て触れたことがあるので大体の構造は分かるが、後は試作を繰り返して近いものを再現してもらうしか出来ないのだ。

 それでも、数百年分の進歩を先取りすることになるだろう。

 特に胸回りは、思春期かつ成長期のアスカ姫にとっては切実な問題だ。形が崩れたりしないよう、可能ならワイヤーも入れておきたい。


「私とティーナ、エルサの身体の型が出来たので、色々試すことが出来ると思います。それと胸の部分の下着ですが、この部分に半月型の細い金属を入れられたら良いのですが――」


「この部分ですね? 布地はどうしましょうか?」


「布は試してみないと何とも言えません。木型の膨らみに合わせて作ることになると思います。試行錯誤が必要でしょうから、費用は私の予算から使って下さい。団長か会計長が管理されていたはずです。

 支える紐の部分、乳房を覆う部分、脇から背中に回して留める部分で全体の形を整えられるようにして、重さや張りを分散させられたら良いと思いませんか?」


 現代日本的な下着を理想的な到達点として置き、実際の開発・試作はティーナにほぼ丸投げだ。他にも関わっていることが多い飛鳥が下着の製作にまで始終携わるのは無理がある。

 肩紐の長さを変えたり、背中で留める金具についてのアイデア出しはするが、実際に作るのは任せてしまいたいのが本音だ。


「これがきちんと出来れば服を着ていても綺麗なスタイルになれると思いますし、胸が大きくなっても重さを分散して支えてくれますから、肩が凝ることも少なくなるはずです。この大陸に来る前に、侍女が使っていた古いものは処分してしまったので見本が無くなってしまいましたが……」


 布だけで作られた似たような下着があったのは本当で、一緒に旅をしていたアスカ姫の記憶の中にもある。この大陸でも身に着けていれば、穴蔵に囚われた時に遺品として残っていてもおかしくはない。それが残っていないということは、旅の途中で失われたからだろう。


「外側の生地と内側の生地は別々に考えて良いと思います。特に内側の生地は肌に直接触れますから、柔らかく肌触りの良い物を厳選して下さい。市場の中にティーナの眼に適う品物がなければ、素材収集と調査・分析をしている商会に問い合わせたり、取り寄せても構いません。

 外側の布地に刺繍などを入れて見栄えを良くすることも、将来的には考えても良いでしょうね。見えない所にもきちんと気を配った方が良いでしょうから。

 それと、膨らみをきちんと布地で作って、外側の布と内側の布の間に植物性の綿――ふわふわした繊維質を入れて形を整えれば、身体の線の補正と乳房の保護に役立つはずです」


 身体の線の補正という所でエルサやレーア、ユリアナたちの顔が引き締まる。

 そういう意味での下着は未だこの世界には存在していないのかもしれない。


 アスカとしての身体を預かる以上、少なくとも出来る限りのことはしておくべきだろう。そう言い訳をして、飛鳥はティーナに下着の試作を任せることに決めた。


先日たまたまTVを点けてる時に下着の生産工程を紹介してた某番組があったんですが、女性下着って大変なんですね……生地とパーツ数がすごく多かったのだけは覚えてます。4~50近くあるとかレポーターが言ってたような。

飛鳥自身はDTではなく、紫ちゃんのブツも見て触れた経験がある&アスカ姫の身体から抜け出る方法もないため、現時点で出来ることを模索中。


作品世界の時点では錬金術師は魔術も使う怪しげな便利屋、魔術師は固定砲台のような扱いをされています。アスカ姫みたいに生活の中で便利な使い方を考えている人もいますが少数派です。

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