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突然の転機

某これくしょんでは勿論引きこもりちゃん推し。

 赤い目をした白狐は、卵を見つけた日に因んで「初雪はつゆき」と名づけた。


 雄につける名ではない気もするが、横文字が基本の世界なのだから気にはされんだろう。冬に出てくる白兎のような見た目だが、やはり狐らしく成長すると狩りなども出来るようになるのだろうか。いつか共に魔物を狩れるようになれば楽しそうだと、柔らかな毛並みをひと撫でした。


 狐にも関わらず卵から生まれたのだから、予想していた通り初雪は魔物なのだろう。懐くかどうかを懸念していたが、世話をしている俺を親だと思い込んだのか、はたまた卵から面倒を見ていた事に意味があったのか、襲いかかることもなく素直に懐いていた。今も俺の膝の上で、ぬるい山羊の乳にパンを浸した物を食べている最中だ。

 食事をする姿は普通の子狐と変わりなく見える。家人達も、俺が迷い狐を拾ったものと思い込んでいるようだ。俺の相手をしている間は硬い表情を崩さなかっためいど達も、初雪の様子を見て幾分か柔らかい顔をする事が多くなった。愛らしさとは時に武器になり得るのだなと、可愛い盛りである筈の5つの俺は思った。


 初雪の成長は早く、3日もしない間にベッドの上を転がり回るようになり、1週間半経った頃には部屋の中をころころと駆け回っていた。産まれてすぐ狙われる環境である事が多い分、成獣になるのも早いのかもしれない。

 きゃあきゃあと鳴いて腹が減ったと催促すると、俺が言うより素早くめいど達が食事を準備するのだから面白い。しかし俺以外の者を警戒しているのか、決して他の人間の手から食おうとはしなかった。ぎゅ、と短く鳴いて差し出された飯を前足で押し退けるのである。こうも懐かれると、卵の頃から世話をした甲斐があると言うものだ。



 こうして毎日育児に精を出している訳だが、鍛錬を欠かす日はなかった。むしろ初雪が多少動けるようになってからは、卵に気を使わなくて良くなった分、前より長く打ち込むようになった。ちなみに気が向いた日には料理もしている。料理に関しては、毎日練習せずとも知識も技術も既に備わっている、ある意味狡い状態なのでそれ程入れ込んではいない。

 面倒を見るので忙しいのに何故鍛錬を、と思われそうだが、俺は鍛錬の間も初雪を傍に置いていた。懐に入れている訳ではなく、普通に外に出している。

 初雪はかなり賢いらしく、少し教え込んでやればしっかりと言う事を聞けるようだ。実際、シーツを噛んで破いた時に叱れば二度としなかったし、部屋に作った専用の厠で用を足した事を褒めてやれば、次から必ずそこでするようになった。

 なので、俺が腕立てや腹筋などの運動、模擬刀での打ち込みをしている間は待たせる訓練をさせているのだ。一瞬でも何処かへ行こうとすれば注意をする。初雪を見ずに、動く気配だけを察知する訓練になるので、俺にとっても丁度良い。

「初雪」

「きゅっ」

 木の間を跳ねるように飛び移っていた小鳥達が気になったのか、思わず動きそうになっていた初雪は、俺の声でびくりと体を揺らすと、しゅんと尾を垂らした。可哀想な気もするが、早くから躾を行う事は初雪の為にもなる。上手く言う事を聞けた後には褒めているし、何もつらい躾ばかりでは無いので堪えて欲しい。


 初雪にとっては厳しい訓練が終わると、次は休憩の時間だ。俺は肉体の休憩を兼ねて、一時間ほど瞑想する時間にしている。初雪には、初雪から俺が見える範囲でならば好きに遊んで良いと伝えてある。休憩だぞと言うと嬉しそうに鳴いて、跳ね回るように林へ飛び込んで行った。

 言い付けを守り近場で遊んでいるのを確認すると、俺は林の中心で座禅を組み、目を閉じて背筋を伸ばす。鼻から大きく息を吸い込み、肩を動かさないよう口から細く吐き、腹で息をする。

 意識を空気に溶かす。動かないように等とは考えず、ただただゆっくりと、林に溶けて一体と化して行く。

 今どの木の枝に小鳥が止まったのか、風に揺れた葉の数、初雪が尾を追い回している姿、何も見ずとも伝わってくる。視界に頼るだけが、情報を得る術ではない。人に備わった触覚、嗅覚、聴覚全てを活用しなければ勿体無いというものだ。


 視覚に頼らないというのは、目を潰された場合、暗闇での奇襲、様々な状況に置いて重要になってくる。見えるという事を当たり前に思っていては、突然失った時に役立たずになってしまう。前世、80を超えた辺りから目が霞み始めた俺の実体験だ。まさか慣れ親しんだ家の中ですら危険になるとは思わなかった。


 段々とただの爺の苦労話になってきたので、ここらで瞑想を切り上げるとしよう。

 不思議な事なのだが、瞑想をするようになってから光のような物が見えるようになった。若い木の周りには新緑色の光が、枯れたり伐採された木の周りには老緑色の光が集まっているし、植物が盛んに育っている大地は明るい日の色の光を纏っていたりする。

 これが恐らく、魔力というやつだ。魔法とは自然の力を借りて具現化させる、という記述があったので、これは具現化される前の原初の力という事なのだろう。

 最初はただ光っているようにしか見えなかったのだが、瞑想を毎日続け、集中すればする程、色の違いや集まった力の強弱も分かってきて面白かった。

 魔法は使えない身だが、これが見えるのは悪い事ではあるまい。というか、もしかしたら世間一般の人間達は初めからこれが見えているのかもしれない。既に遅れを取っているかもしれないので、これからもしっかり瞑想を続けていこう。


 徐々に目を開けて周りの景色を確かめると、俺が動き始めた事に気付いた初雪が駆け寄ってきた。賢いやつだなと目を細めて、頭を撫でつつ体についていた葉を取ってやった。


「さて初雪、遊びの時間だぞ」

「きゃぁーっ」

 遊びの時間とは、林の中で一緒に鬼遊びをする時間の事である。不規則な足場で足腰を鍛える事は勿論、瞬発力や集中力なども鍛えられる訓練も兼ねた遊びだ。まあ、初雪は俺に構ってもらうのが何より楽しいらしく、訓練などとは考えてもいないようだが。

 始めは俺が鬼で、後は交代制だ。10数える間に、初雪は跳ねながら林の奥へと駆けていく。正に幼子といったその仕草に、思わず頬が緩んだ。


 こうして共に鍛え、時に遊びながら俺と初雪は成長していった。

 思えば初雪と出会ってから、鍛錬一筋だったこの生が少しずつ色づいていったように思う。前世の爺も、現世の離れの者達も世話はしてくれた。しかし昔も今も、遊び仲間というものは1人もいなかった。俺にとって「友」と呼べるのは初雪が初めてで、年甲斐もなく……と言って良いのか分からないが、それが俺にとっては嬉しかったのだろう。自分の事だというのに客観的な感想になってしまい、何となく面白かった。




「坊ちゃま、折り入ってお話がございます」

 いつになく緊張した面持ちのめいど長にそう言われたのは、初雪と出会って二度目の冬、俺は7つで初雪は2つになった年だった。

 初雪は、俺くらいの大きさの子供ならば背中に乗せられそうな大きさまで成長していた。その時点でどうやら普通の狐ではないらしいぞ、と家人達も思い至ったようだが、子狐の頃から可愛がってきたので今更となったのか、特に言及される事もなかった。俺も幾分か大きくなり、離れの周りの林も手狭になってきた事に少し感慨を覚える。

 そんな事を考えつつもいつも通りの訓練、鍛錬を終えて部屋に戻ったところ、先のようにめいど長から話しかけられた。

 彼女は問われた事や必要以上の事を俺に話そうとはしない為、恐らくこれは大事かつ深刻な話なのだろう。そう当たりをつけて、質素な椅子に腰掛けるとじっと見つめて話を促した。

 そして続けられた言葉に、俺は思わず目を見開く事になった。


「来年の春が終わるまでに、坊ちゃまはここを出なければなりません」



***



 めいど長の話ではこうだった。

 曰く、俺を産んで自害した母親は、この家なぞ比べ物にならないような上の階級から嫁いできたらしい(この家が子爵家、母の家が侯爵家というらしい)。そしてその母の不貞を父が疑い、自害という哀れな最期を迎えさせてしまった。

 当然母の実家にそれが知られれば、父は勿論、一族郎党に制裁を加えられるだろう。

 何故母が疑われないのかと疑問に思われそうな物だが、父は結婚してから母を自宅に軟禁していたのだそうだ。となれば、不貞を働く事など出来る訳がない。つまり父は、俺が両親の色を持たずに産まれた理由はさておき、何の罪もない母を糾弾して自死に追い込んだ事となる。

 これを不味いと考えた父は、まず俺の存在を公表せず、母と同じように軟禁した。そして母の実家には「妻は3人目の子の出産で急死してしまった。その際、産まれた子も体が弱く、すぐに死んでしまった」と伝えたのだ。

 当然、侯爵家がそんな事を信じる訳がない。が、俺という存在が公表されていない以上、探りようも無い。幾ら身分が上とは言え、関わりを絶った娘の嫁入り先へ、何の確証も無しに家へ押し入る事など出来る筈もない。


 が、ここで俺の兄達がやらかしてしまった訳だ。人気者にでもなりたかったのか、「自分の家には出来損ないの猿がいる」と同年代の貴族達に言い触らしたらしい。

 子供の話とは言え、社交界は広くもなく、その噂はすぐに侯爵家へ届いた。「出来損ないの猿」と「俺」が結びつくまでに、そう時間はかからなかった。

 表向きには怪しい魔獣か何かを飼っているのでは無いかという名分で、裏向きには俺の存在を確保する為、来年の春頃にはこの家の捜索をする事が決まっているらしい。めいど達は働き先を失う事になるかもしれないので、そう言った情報に敏いのだと、めいど長は言った。

 俺は将来、ここを出て旅をするのが夢だと彼女に話している。侯爵家に保護されてしまえば、その夢は一生敵わないものとなるだろう。

 また、俺は言動の全てが、明らかに普通の子供からは逸脱している。

 一言で言えば、彼女は俺を心配してくれているらしかった。



 一通りの話を聞いた時、俺は思わずため息を吐いてしまった。父も兄も馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまでだとは。

 母は侯爵家の2人姉妹の次女だったという。実家で蝶よ花よと愛されており、父との結婚そのものを反対されていた。めいど長の見解では、父は恐らく母に取り入り、婿入りして権力を得たかったのだろうと言う事だった。勿論父の思惑は猛烈な反対により阻まれ、最終的に嫁入りさせて実家の援助は一切与えないという結論に落ち着いたのだそうだ。

 母は良く言えば少女のような愛らしい女で、悪く言えば感情的で愚かな女だった。

 家格など関係ない、君が君だから好きなのだという見え透いた言葉に舞い上がり、家を捨てて嫁入りした。そして謂れのない罪を被せられ、悲しみから自害した。

 やはり母に思い入れなど持てなかったが、ひとつだけ驚いた事と言えば、彼女が俺を恨んでいなかったらしいと言う事だ。俺のせいで死ぬ事になったと言っても、過言では無いだろうに。

 めいど長は、俺を取り上げためいどから聞いた母の最期の言葉を俺に伝えた。


「あいし、てるわ。サージヴァルド」

 それが、今生での俺の名らしかった。


 

12/3 「関わりを経った」→「関わりを絶った」

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