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初めての料理

仕事が忙しくてかなり遅くなってしまいました。やっと料理パートです(食べ歩いてはいない)

馬鹿兄2人をあしらってからというもの、一度も遭遇する事なく1年が過ぎ、俺は5つになった。

もしかしたら告げ口でもするかと思ったが、奴等にも意地があったのか、父親から何かを言われる事も無かった。


俺は今、日課の鍛錬を午前中で切り上げ、汗を拭いながら館へ戻っているところだ。

見目に気を使う立場でも無い為、3つの頃から髪は伸びるに任せていたが、いい加減鬱陶しいので頭頂部近くでひとつに結っている。

初めはめいど長に繕わせた着流しを見て訝しげにしていためいど達も、1年経った今では見慣れたのか呆れたのか、特に動じる事無く着替えの用意をした。

風呂に入りたいものだが、俺のような味噌っかすに入らせるには贅沢過ぎるらしく、生まれたあの瞬間にしか湯を浴びた事もない。

ここを出たら真っ先に風呂に入ると心に決めながら、俺は自室で体を拭いた。


何故今日は早く戻ったのかというと、試してみたい事があるからだ。

俺は汗で使い物にならなくなった衣服を渡し、洗濯を頼みながら、めいどに尋ねる。

「この館の厨房に案内しろ」

早い段階から話し始めたお陰で、俺の発音は大分流暢になっていた。

「厨房に…でございますか。料理人にご注文でしたら、私からお伝え致しますが」

「構わん。厨房自体に用事がある」

「…かしこまりました」

めいどは何をするつもりだと勘繰ったのか、若干不審そうに見ていたが、ひとつ礼をすると俺を厨房へ引き連れて行った。


厨房への用事と言うからには、勿論「料理」が目的だ。

俺が生まれ変わる際、神に伝えたやり残した事のひとつ「美味い飯を作る」を実行するべく、その練習の為厨房へ向かう事にしたのだ。

将来的に俺はこの家と縁を切り、1人でこの世界を見て回る旅に出る事を目指している。

そして一人旅をする間、飯は出来得る限り自分で用意したい。

これも本から得た知識なのだが、何でもこの世界には、動物とは別に「魔物」という生き物が生息しているらしい。

魔物とは、魔の名の通り魔力を扱う事が出来る動物のような物らしい。

角の生えた兎やら空を飛ぶ魚、巨大な虫や果てには龍までいるそうで、俺はそれらと出会う事を今から非常に楽しみにしている。

そしてその魔物達は、通常の動物と同じく食べる事が出来ると言う。

美味い飯を作って食べ歩くのが目的の俺にとって、見逃す事など出来る筈も無い。

森の獣達は良く捌いていたが、魔物とそれらとでは、やはり違いがあるものなのだろうか。

そういった事も含め、今から学んでおいて損はあるまい。


辿り着いた厨房は、当たり前ではあるが5つの俺には広い場所だった。

恐らく本邸に比べれば酷く簡素なのだろうが、汚い訳でもなく、そこそこに使い込まれた様子だ。

めいどが俺を伴って厨房の入口に立つと、右奥の休憩用と見受けられる小部屋で話していた男が2人立ち上がった。

「どうしたルシアナ、昼にはまだ少し早えだろ」

そうめいどに声をかけたのは、年若い男の方だ。

めいどと同じくらいに見受けられるそいつは、俺に気付いていないらしく、ちらともこちらを見ない。

一方遅れて小部屋から出てきた壮年の男は、俺の方を見て頭を下げた。

恐らくこの男がめいどを取り纏めるめいど長と同じように、料理を取り仕切る料理長なのだろう。

「これは坊っちゃん、このような場所へどうされました」

「は?……うおっ、い、いたのか…じゃなかった、いらっしゃったんすか、坊っちゃん」

多少軽薄さを感じさせる若者に比べ、料理長の方は威厳のある雰囲気だ。

父親にもこの男を見習って欲しいものである。

「急にすまんな。少し厨房を借りたい」

「厨房を……ですか」

料理長は元々厳しい面構えを更に難しくした。

それもそうだろう、彼にとってこの場所は神聖な職場である。

本邸の主人に連なるとは言え、必要とされない末弟である上にまだ5つの男児に、荒らされたくはないのだろう。

どう返事をしたものか少し悩む料理長をよそに、若者は分かりやすく馬鹿にした顔を向けてきた。

「何言ってんですか、坊っちゃん。何か食いたいもんがあるなら、俺らに言えば良いじゃないすか。大体まだちっせーのに、料理なんか出来るわけないし」

恐らくこの男は、日常的に料理長に叱責されているに違いない、と感じた。

若者が俺に話している間、料理長が般若のような顔をしていたからだ。

めいども呆れたような冷めた目で見ていたが、若者は気づいた様子も無くペラペラと聞かれてもいない事を話し続ける。

「多いんすよねえ、自分にも料理くらい出来ると思ってるヤツ。師匠の元について、ちゃんとした修行を積んで初めて―――」

「お前」

いい加減耳障りなので、俺は嘆息混じりに腕を組んで若者を見上げた。

話を中断されたのが癪だったのか、眉間に皺を寄せて俺を見下ろすそいつに、手で払う仕草をして見せる。

「外に出ていろ。お前の話を聞きに来たのではない」

「……はあ?」

「聞こえなかったのか?俺はこの男と話をしに来ている。どうしても話したいのならば外で違う者に話せ」

めいどは俺の話し方や口調を日常的に聞いているので慣れたものだが、若者を料理長は驚きに目を見開いた。

そして若者は即座に不機嫌な顔を晒すと、舌打ちまでしてぼそりと呟く。

「……よその男のガキの癖に」

「ヨハン!」

直後、ヨハンと呼ばれた若者は料理長に頭を殴られた。

ごんと鈍い音と、ヨハンの「いってえ!!」と言う叫びが大変に不協和音だ。

「坊っちゃんの仰る通りだ、邪魔するならテメエは外に出てろ!」

「だってムカつくじゃないすかこのガキ!」

もはや取り繕う事もしなくなったヨハンは、俺を指差して喚く。

何故このような男を雇っているのか、甚だ疑問である。

いや、本邸で使い物にならないから、離れであるこちらまである種左遷されているのかもしれないが。

俺は再度嘆息すると、未だにぎゃあぎゃあと喚いているヨハンに聞こえるように腹から声を出して一喝した。


「静まれ!」

途端、厨房はしんとした空気に包まれた。

俺は自身の言葉の余韻が消えるのを待って、ヨハンにもう一度告げた。

「何度も言わせるな。邪魔をするならばここを出ろ。俺が気に食わんなら、辞めても構わん」

辞めても、という言葉にびくりと体を震わせると、ヨハンはぐっと口を引き結んで俺を睨みつけた。

俺は本当に心からそう思っているので、何を反抗する事があるのかと少し面白く思いながら口角を上げる。

「よく分からん餓鬼の飯を作るのは、嫌なのだろう?であれば、辞めれば良い。お前の気に入る主人でも見つけて仕えるが良い」

話はこれで終わりだ、と言わんばかりに背後に控えるめいどを見ると、彼女はひとつ頷いてヨハンの腕を掴み、厨房外へ引きずって行った。

「お、おいルシアナ、やめろよ」

「坊ちゃまからのご命令ですので」

「いやいや、じょ、冗談だろ、はは」

「本日の事はメイド長にもご報告させて頂きます。どうぞ、荷物を纏めていらっしゃって下さい」

引きつった声の男は、そのまま退場させられていった。

めいどにとってはこんな俺でも一応は主人である為、害されて存外に腹を立てていたらしい。

あの様子を見る限り、ヨハンはめいど達に嫌われていそうであるから、それもあったのかもしれないが。

無駄な時間を取らされた事にやれやれと頭を振り、俺は改めて料理長を見上げた。

「すまんな。手伝いを1人減らした」

「いえ、構いません。こちらの方こそ、失礼を致しました」

「代わりの者を寄越すよう、めいど長に頼んでおこう」

料理長は謝罪と感謝をまとめて頭を下げると、それで、と切り出した。

ようやく本題に入ることが出来ると、俺も料理長を見上げる。

身長差がかなりあるので、首が痛くなりそうだ。

「坊っちゃんは、何でまた厨房を借りたいと?」

「料理をしたいのだ」

「……ご満足頂けませんでしたか?」

まあ、主人が突然そう言い出せば、自分の料理が嫌だったのかと思われても仕方がないだろう。

そういう訳ではない、と頭を横に振ると、ますます分からないという顔で見つめられた。

俺はどう言ったものやら、と思案しながら口を開いた。


「……俺は将来、ここを出たいと思っている」

この家の者に、将来の事を話したのは、これが初めてだ。

料理長は一瞬驚いたようだったが、すぐに真剣な顔で話を聞く体勢に入った。

「一生こうして、離れで暮らしている訳にも行くまい。そして出て行くという事は、1人で暮らさねばならないと言う事だ。いつまでも、めいど達やお前に面倒を見させる事もしたくない。俺は父親と不仲であるから、金銭の援助も望めまい。ならば、料理くらい自分で出来なければと思ったのだ」

そもそも援助を求めるどころか縁を切るつもりだとか、いつ頃出ていく予定であるとか、そういう詳しい話は伏せておいた。

成人の儀で出るなどと告げたら、止められそうな気がしたからだ。

だが嘘はひとつも言っていない。

どうだと料理長を見上げれば、まだ険しい表情ではあったものの、先程よりは幾分か穏やかになっていた。

「……なるほど。坊っちゃんは、随分しっかりと将来の事を考えていらっしゃるんですね」

重ねて言うが、俺は5つだ。

その歳からすれば、仰天するような将来設計だろう。

侮っていた訳ではないようだが、所詮は子供と見ていた料理長は、多少尊敬が混じったような目で俺を見つめた。

「……分かりました。それならば、厨房を使用する許可を出しましょう。しかし、危ないと思えば止めますし口も出しますよ」

「構わん。感謝する」

俺が頭を下げると、料理長は慌てて自分などに畏まらなくても良いと恐縮していた。


***


「坊っちゃん、本当に料理をした事がないんですか」

呆れたような感動したような、複雑な声音でそう聞かれるのももう5度目だ。

俺は練習と称して、今日の昼食に出る野菜を処理している。

料理長・ダイは俺の隣に立ってそれを指導しているのだが、その必要は全く無かった。

何故ならば俺の手は、俺ですら驚く程の早さで人参の皮を剥いて銀杏切りにし、玉ねぎの皮をさっと剥いだかと思うとあっという間にみじん切りにしてしまったからだ。

端的に言うと、俺は異常に手際が良かった。

「寝ている間に無意識に厨房を使っているのでなければ、初めての筈だがな」

鮮やかと言える手つきで鍋に調味料を適量落としながら、冗談を言う余裕すらある。


今日の献立は「野菜スープ」と「チキンソテー」、「パン」だ。

ひとつとして聞いたことがない料理名であると言うのに、それを聞いた途端に俺の脳内には完成図と、それに至るまでの過程が全て浮かんできた。

恐らくこれは、神に「美味い飯が作りたい」と言った影響なのだろう。

俺の頭の中には、ありとあらゆる料理・食材の名前と知識が詰め込まれているらしい。

何と料理名からだけでなく、この材料を使いたいと思えばその一覧が、こういう料理が食べたいと思えばその条件に適した物の一覧が出て来るという便利仕様だ。

料理をする事も楽しいが、何を食べようか考えるだけでもこんなに楽しいとは、と俺は胸を躍らせた。

そんな考えをよそに、手の方は鶏肉の水分を軽く拭き取り、余分な脂を取ったり筋を切ったりと忙しい。

料理長はもはや指摘するという立場から降り、ぶつぶつと呟きながら俺の手元を見ていた。

「この早さでこの丁寧さ……以前見た王宮料理人すら凌駕しそうな……」

「おい、そろそろ皿を出してくれんか」

鶏肉を「フライパン」という調理器具に皮の方から押し付けつつ頼むと、彼は横に用意しておいたらしい皿を近くに並べた。

こんがりと均等に焼けた鶏肉をしばらく置いておき、先にスープを注ぎ分ける。

「屋敷の者全員分あるだろう、お前が作ったと言う事にして、感想を聞いてみてくれんか」

「坊っちゃんが作ったとは言わないので?」

「餓鬼の作った物だぞ?食いたがらんだろうし、信じないかもしれんからな」


それからニンニクとバターを組み合わせた「ガーリックバター」をパンに塗り、パセリを適度に散らして焼く。

焼いている間に肉汁も適量になったチキンソテーを切り分け、野菜と一緒に皿に盛り付けていく。

チキンソテーも野菜スープも薄めの味付けにしておいたので、味と風味の強い「ガーリックトースト」は良く合うだろう。

味付けについて使用人達から何か改善点が出れば、脳内の料理帖に書き込んでおけば良い。

どうやら書物のように要所要所の書き込みまで出来るらしく、本当に使い勝手の良い料理帖だ。

そんな事を考えながら盛り付け終わったと同時に、パンが焼きあがる。

パンは焼き上がりが1番美味い……らしく、食欲を誘う匂いが辺りに漂った。

料理長はガーリックトーストを知らなかったらしく、興味深く眺めたり、感激したように匂いを嗅いでいる。

全ての調理を終わらせた俺は、料理長にめいど達を呼ばせ、使用人一同の食堂へ運ばせた。

俺の料理は自室に置いておくよう毎回頼んでいるので、いない事を怪しまれる事もない。

勝手に調理器具の洗浄を始めた手を見つつ、俺は改めて己を転生させてくれた赤の神に感謝した。

神が食事をするのかは知らんが、いつか赤の神にも俺の料理を捧げさせてもらいたい物だ。

さて、この片付けが終わったら、俺も鍛錬ですかすかになった腹を満たすとしよう。



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