【新人ピックアップ】神様、メガネをとったらイケメンという設定にしてください
“メガネ男子”。
すでに過去の言葉だ。
今の日本では医療技術が発達し、視力の悪い人間はみんな手術を受けている。
中には、手術など受けずにコンタクトレンズタイプのナノマシンを装着することで、自動的に目のレンズを修復してくれるものまである。
今や子供からお年寄り、すべての日本人が視力で悩まなくなった。
現に、僕の通っている高校でもメガネをかけた男子は全校生徒の中でも僕一人だ。
他の生徒はみんな手術を受けているかナノマシンで目を修復している。
おそらく、メガネをかけた僕のような存在は奇特だろう。
しかし、僕がメガネをはずさないのにはワケがある。
「なあ、タケオ。お前、どうしてメガネなんだよ」
「いまどきメガネかけてるやつなんて、いないぜ」
そんなクラスメイトたちの言葉を受けながらも、僕はメガネをはずさない。
なぜなら、メガネをはずすと僕は人ではなくなるからだ。
「キモい」
「ブサイク」
「怪物」
何度、言われたことだろう。
メガネをとった僕は、人であって人ではない。
メガネをかけている僕の顔こそが、人として成り立っている。
そんな僕がどうしてメガネをはずせよう。
はずせるわけがない。
「メガネかけてるやつって、高級感あるだろ?」
そんな無理矢理な理由をつけてメガネをかけ続ける。
「なあ、タケオ。お前、いつもメガネで不便じゃないか?」
ある日、担任からそう言われた。
担任のくせに何もわかっていない。
僕はそう思ったが、顔には出さなかった。
いつものように当たり障りのない笑顔でやりすごす。
「別に不便じゃありません。メガネをかけていると、不思議と落ち着くんです」
「よくわからんなあ、その感覚」
無神経なその発言が癇に障る。
でも、顔には出さない。
「先生もかけてみたらどうです? メガネ」
「よせよせ、メガネなんて性に合わないよ」
性に合う合わないの問題ではない気がするのだが。
「それに、オレ、つい先日手術したばっかりだし」
「何回目ですか? けっこうやってますよね」
「これで、通算5回目だな。さすがに5回目ともなると怖さもないな。いいぞ、手術は。終わった後、世界がパアッと開くからな」
その気持ちがまるでわからない。
担任の言葉を借りれば「よくわからん感覚」である。
「お前も早く手術しろ。一生メガネってわけにもいくまい」
「はあ」
気持ちのこもっていない返事をする。
別に僕は一生メガネでもなんら困らない。
なんなら、僕が死んで棺に入れられる時でもメガネであってほしいくらいだ。
「ま、お前の生き方に口出しする気はないけどな」
じゅうぶんに口出されているが、触れないことにした。
ここで揚げ足をとっても何の得にもならない。
「心にとどめておきます」
そう言って、なんとかその場をやり過ごした。
※
ある日、学校の帰りに僕は道端で変なおじいさんに出くわした。
白いひらひらのマントを羽織った、白髭のおじいさんだ。
その人は道端に座り込み、明らかに辛そうな顔をしていた。
通行人たちはその姿が見えないのかスタスタとおじいさんの前を通り過ぎている。
「あの、大丈夫ですか?」
僕も無視を決め込もうと思ったが、あまりにも辛そうだったので思わず声をかけた。
はた目から見てもかなり衰弱している。
これは救急車でも呼んだ方がいいのだろうか。
どうしようと迷っていると、おじいさんはかすれるような声でこう答えた。
「み、水を……水をくれんかの」
「水ですか?」
幸い、カバンの中には飲みかけのミネラルウォーターが入っている。
僕はそれを取り出すとおじいさんに渡した。
「おお、ありがとう……」
言うなり、おじさんはゴクゴクとおいしそうにミネラルウォーターを飲み干す。
あの衰弱ぶりからは考えられない飲みっぷりだった。
「ふう、生き返ったわい」
「よかったですね」
見るからに元気になったその姿にホッとしながら、「じゃあこれで」と立ち去ろうとしたところ、そのおじいさんから呼び止められた。
「待ちんさい。助けてくれたお礼をさせてくれんかの」
「お、お礼?」
「そうじゃ。欲しいものをなんでも言うてみい。かなえてやるぞよ」
「い、いえ、別に僕、欲しいものなんて」
慌ててすぐにそこから立ち去ろうと考えた。
ヤバい、もしかしたら変な人に関わってしまったのではないだろうか。
そんな警戒心が僕の中で芽生える。
「ほんと、見返りを求めてたわけじゃないので、すいません。お心遣いだけいただきます」
そう言って立ち去ろうとする僕を再度呼び止めて、おじいさんは微笑みながら言った。
「謙虚な心、ますますもって感心な子じゃ。欲しいもの、いますぐにとは言わん。じっくり考えておいてほしい。おぬしが心から欲しいと願うもの、それが聞こえてきたら、すぐに差し上げるでの」
そう言うと、おじいさんはまばゆい光とともに消えてしまった。
「………」
僕はおじいさんが座っていた場所をポカンと見つめながら、たたずんでいた。
なんだ、誰だったんだ?
気が付いたら、姿かたちを消している。
いったい、何者だったんだ?
そんな疑問を抱きながら、僕は恐ろしくなって逃げ帰るように家路についた。
※
再びおじいさんの姿を見たのはそれから数週間後、体育の授業の時だった。
「タケオ、あぶない!」
体育館でバレーボールをやっていると、突然隣のコートからボールが飛んできて僕の顔に激突した。
「ぶは」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
視界が暗転し、頬骨のあたりに激痛が走る。
メガネが吹っ飛び、衝撃で身体が崩れた。
「タケオ、だいじょうぶか!?」
慌ててクラスメイトたちが駆け寄ってくる。
まずい。
メガネがとれてしまっている。
早く探さないと。
しかし、視界がぼやけたこの目では床に落ちたメガネが発見できない。
「メガネ、メガネ」
四つん這いになりながらメガネを探す僕の姿に、クラスメイトたちから笑い声がもれはじめた。
「なに、こいつ。超ブサ……」
「ブタみてえな顔してんな」
「笑える」
クスクスと聞こえる笑い声。
ようやくメガネを見つけ、顔にかけるとクラスメイトたちの好奇な視線が僕に突き刺さった。
「タケオ、おま、今の顔」
ヤバい、明らかに気づかれている。
僕は恐怖のあまり、固まった。
「な、なんのこと?」
「しらばっくれんなよ。メガネとったお前の顔、どう見ても人間じゃなかったじゃんよ」
「気のせいだよ」
「気のせいなもんか! みんな見てたぜ」
「あ、あれだよ。ボールが顔に当たったからちょっと形が崩れちゃったんだ」
我ながらなんて言い訳をしてるんだと思いながら、必死に弁明する。
「んなわけあるかよ! おいみんな、こいつのメガネ外してやろうぜ」
クラスメイトたちが僕の身体をつかむと、抵抗する僕の身体を押さえつけた。
「やめて! やめてよ!」
「ジタバタすんじゃねえ!」
レイプ魔のような発言をしながら、クラスメイトの一人がゆっくりと僕のメガネに手をかける。
ああ、神様。
どうか、どうか。
メガネをとったらイケメンという設定にしてください!!
『その願い、聞き届けた』
その瞬間、謎の声が耳に響いた。
気付けば、目の前にあのおじいさんが立っている。
僕の顔に手を伸ばすクラスメイトの間に立って、こちらを見つめていた。
不思議なことに、僕以外の誰も見えていないようだ。
『メガネをとったらイケメンという設定、叶えてしんぜよう』
そう言うと、僕の額にトンと指をつきつけた。
刹那、おじいさんの姿は消えていた。
「……?」
ポカンとしていると、クラスメイトがメガネをひっつかみ僕の顔から引き抜いてしまった。
「あ……!」
「メガネ、とったどー!」
おおはしゃぎするクラスメイトの姿に、愕然とする。
顔をおさえる間もなく、彼らは僕の顔を覗き込んだ。
ああ、終わった……。
僕の高校生活、これで終わった……。
ギュッと目を瞑る僕の耳に飛び込んで来たのは、予想外の叫びだった。
「きゃあああっ! なにこれなにこれ、超イケメン!」
「うっそ、タケオ、あんなにかっこよかったの!?」
「ヤバい、マジヤバいって、あれ! ウソでしょ!?」
女子たちの黄色い悲鳴。
何だ?
何が起きているんだ?
目を開けて見てみると、視線の合った女子たちが次々と倒れ伏して行った。
「……?」
見れば、メガネを手にしたクラスメイトがポカンとしたまま僕を見つめている。
うっすらと顔が赤くなっているようにも見える。いや、視力が悪いからよく見えないけど。
「タ、タケオ……。おま……」
わけもわからないまま、立ち尽くす彼の手からメガネを奪い取ると、サッとかけ直す。
とたんに、クラスメイトたちはいつもの顔に戻った。
「あ、あれ? タケオ?」
「タケオだけど?」
「タケオ、え、あれ?」
キョロキョロとまわりを見渡す彼の動揺っぷりが滑稽だった。
「タケオ、おま……もう一度メガネとってみ」
「やだ」
「一度でいいから、お願い!」
「やだ」
頑なに嫌がる僕に、彼らはなぜか無理強いすることはなかった。
女子たちは唖然としながら僕を見つめている。
でも、よかった。
笑われるようなことはなかったみたいだ。
不思議な気はしたけど、よくよく考えたら僕はもう高校生だ。
中学と比べて、顔つきもだいぶ大人になったし。
もしかしたら、顔のパーツがある程度はよくなったのかもしれない。
僕はそう結論づけた。
※
数年後。
僕は、非常に困っていた。
大学に通いながらも、相変わらずメガネ男子を続けている。
電車の中も、バスの車内も、メガネをかけている者は一人もいない。
みなが興味津々といった表情で僕を見ている。
「手術、受けないのか」
大学でできた友人からたまに言われるが、僕は頑なにそれを拒否する。
「メガネなんて、不便なだけじゃん」
「メガネは外せないよ、絶対に」
そんな友人たちの言葉を受けながらも、僕はメガネをはずさない。
なぜなら、メガネをはずすと僕は人ではなくなるからだ。
「かっこいい」
「超イケメン」
「まさに天使」
何度、言われたことだろう。
メガネをとった僕は、人であって人ではない。
メガネをかけている僕の顔こそが、人として成り立っている。
そんな僕がどうしてメガネをはずせよう。
はずせるわけがない。
なぜそうなったのか。
原因はわかっている。
あのおじいさんが『メガネをとったらイケメンという設定にしてください』という僕の願いを叶えたからだ。
今思えば、あのおじいさんはメガネをかけた者にしか見えない神様だったんだろう。
たった一杯のミネラルウォーターでどんな願いでも叶えてくれるというのだから、太っ腹だ。
ただ、正直ここまでしてほしくはなかった。
メガネを外した僕の顔は多くの女性を虜にし、気絶させることもある。
数歩歩いただけで、数十人の女性が一斉に倒れ込んだことまであった。
このまま街中を歩けば、死人が出るだろう。
当然のことながら、そこまで要望した覚えはない。
おじいさんの粋のはからいなのかもしれないけど、これはこれで迷惑だった。
僕はメガネを外せなくなった。
この先も、さらに先も、普通に普通のメガネ男子を演じ続けなければならない。
素顔がさらせない、と言うのは非常に辛い。
いや、そもそもメガネを外した顔が素顔であるかももはや疑問だ。
僕の顔は、メガネとともにある。
そう、僕は“メガネを外せない男子”になってしまった……。
お読みいただき、ありがとうございました。