第8話 測定不能の「規格外」
魔王城へと続く道は、四年前と何も変わらない。だが、母さんの腕に抱かれていた赤ん坊は、今や自分の足で、父さんと母さんの少し前を歩いていた。
「スタン、あまりはしゃぎ過ぎてはいけませんよ」
「大丈夫だよ、母さん」
俺の落ち着き払った返事に、父さんは「頼もしい奴だ」と笑い、母さんは「本当に五歳児なのでしょうか」と不思議そうな顔をした。
謁見の間で俺たちを迎えた魔王様とひいおじいちゃんは、俺が流暢に挨拶をするのを見て、まず軽く目を見開いた。
「……見ない間に、随分としっかりしましたね、スタン。まるで小さな大人のようだ」
魔王様の言葉に、俺はただ微笑を返す。
「さて、早速始めましょうか。ジャレア、鑑定石を」
ひいおじいちゃんが、厳かに台座の上に乗った巨大な水晶玉を差し出す。四年前、俺のステータスを測定した物と同じだ。
「スタン、この水晶に手を触れなさい」
「はい」
俺は言われた通りに、小さな手のひらを、ひんやりとした水晶の表面にそっと置いた。
その瞬間だった。
ギュイイイイインッ!!
水晶が、断末魔のような甲高い悲鳴を上げた。普段は淡い光を放つだけの水晶が、内部から灼熱の太陽を宿したかのように激しく明滅し、謁見の間全体を白く染め上げる。
「なっ、なんだこれは!?」
「魔力が暴走しておる!」
ひいおじいちゃんが叫び、魔王様が即座に防御結界を展開する。だが、水晶から溢れ出す魔力圧は、それすらも押し返すほどの勢いだった。
ビキ、ビキビキッ!
水晶の表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、そして――
パリンッ!
ガラスが砕け散るような澄んだ音と共に、魔王城が誇る最上級の鑑定石は、輝く光の粒子となって霧散した。
後に残ったのは、呆然と立ち尽くす大人たちと、驚くほど静かな謁見の間だけだった。
「……鑑定石が、砕け……た……?」
魔王様が、自らの目を疑うように、震える声で呟いた。
「スタン……あなた、この四年間、一体、何を……?」
その問いに、俺は静かに答えた。
「毎日、土魔法で魔物を作っては、壊していました。それだけです」
「それだけ、だと……?」
俺のあまりにも淡々とした答えに、その場にいた全員が言葉を失う。
「魔王様。鑑定結果は、どうだったのでしょうか?」
父さんが、恐る恐る尋ねた。
魔王様は、しばらくの間、俺の顔をじっと見つめていたが、やがて、諦めたように、そしてどこか楽しそうに、ふっと息を漏らした。
「……分かりません。いえ、測定不能、です。あなたのレベル、ステータス、その全てが、この最上級の鑑定石の測定限界を、遥か彼方に振り切ってしまいました」
彼女は、美しくも恐ろしい笑みを浮かべた。
「ただ一つ分かったのは、我が魔族に、とんでもない『規格外』が生まれた、ということだけ。普通の学校に通わせるなど、もはや無意味でしょう」
魔王様は玉座に戻ると、顎に手を当てて、何かを深く思考していた。やがて、一つの結論に達したように、顔を上げた。
「スタン。あなたには、実戦経験が足りなすぎる。その力を正しく振るうためにも、本物の死線を知る必要があります。……ダンジョンに、潜ってみる気はありませんか?」
「ダンジョン!?」
父さんが悲鳴に近い声を上げる。
「お待ちください、魔王様!いくらスタンが強いとはいえ、まだ五歳の子供!ダンジョンなど、あまりにも危険です!」
「いいえ、あなた」
それまで黙っていた母さんが、静かに口を開いた。
「可愛い子には、旅をさせよ、と申します。この子の器は、もはや私たちが育てられる範疇を超えている。ならば、本物の試練こそが、この子をさらに大きくするはずですわ」
母さんの瞳には、絶対的な信頼の色が浮かんでいた。
こうして、俺のダンジョン挑戦は、ほとんど即決で決まった。
実戦。本物の魔物。未知の冒険。俺の心は、恐怖よりも、純粋な期待で高鳴っていた。