第2話 固定された神の悪戯
目覚めると、見慣れない木製の天井が視界にあった。生まれて数日、ようやくこの異世界での生活リズムにも慣れてきた。赤ん坊の体は不自由だが、思考だけは自由だ。
昨夜、両親が「スキル」や「ステータス」について話していたのを思い出す。確か、父さんは「念じれば自分のステータスは見れる」と言っていた。半信半疑で、俺は心の中で強く念じてみた。
『ステータス』
すると、目の前の空間に、半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がった。本当に見えた。感動もそこそこに、俺は食い入るようにその内容を確認する。
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名前: スタン
種族: 魔族
職業: 幼児(生後3日)
状態: 普通
レベル: 1
HP: 3/3
MP: 3/3
攻撃力: 3
防御力: 3
知力: 3
素早さ: 3
器用さ: 3
運: 3
称号:
母親のおっぱい大好き幼児
スキル:
鑑定 LV.1
言語翻訳 LV.MAX
フィックストアタック LV.1
フィックストグロウ LV.1
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……絶句した。
名前はスタン。種族は魔族。そこまではいい。問題は、その下だ。
HP、MP、そして全ての能力値が、見事に「3」で固定されている。おい、神様。転生しても俺の人生は「3」から逃れられないのか?手の込んだ嫌がらせをありがとう。転生者といえば、初期ステータスからして圧倒的なのがお約束だろうに。
称号もひどいものだ。『母親のおっぱい大好き幼児』。まあ、事実だから反論できないが、もう少し格好いいものはなかったのか。
気を取り直して、スキル欄に視線を移す。ここが重要だ。
鑑定と言語翻訳。これは当たりスキルだろう。特に言語翻訳がレベルMAXなのはありがたい。両親の言葉が完璧に理解できるのは、このスキルのおかげか。
そして、見慣れない二つのスキル。俺は意識を集中させ、それぞれの詳細情報を表示させてみた。
【フィックストアタック LV.1】
常時発動型スキル。MPを1消費し、素手による攻撃に対象の防御力を無視した【攻撃力×50】の固定ダメージを与える。武器の攻撃力は加算されない。レベル上昇により倍率が成長する。
【フィックストグロウ LV.1】
常時発動型スキル。自身が敵と認識した者を倒すたび、全てのステータスが【+1】される(自身よりレベルの低い相手には無効)。また、レベルが1上がるたび、そのレベルの数値分、全てのステータスが上昇する(例:LV.2になると全ステータス+2)。
「…………なんだ、これ」
思わず声が漏れた。
フィックストアタックは、武器が使えないという制約付きだが、防御無視の固定ダメージは強力だ。そして、問題はフィックストグロウ。なんだこの、地味だけどとんでもない成長スキルは。
敵を倒せばステータスが上がる。レベルが上がれば、さらに上がる。つまり、レベル10になれば、レベルアップだけで全ステータスが10も上昇するということか。
初期値がALL3なのは、このスキルがあるからか。神様は、俺に「地道にコツコツ強くなれ」と言っているらしい。悪くない。いや、むしろ最高のスキルかもしれない。前世で「コテイさん」と呼ばれた俺に、神様がくれた、固定された運命を打ち破るための力。そう思うと、俄然やる気が湧いてきた。
早速、スキルの効果を試してみたい。だが、今の俺はベッドに寝かさることしかできない赤ん坊だ。
「……ん」
ふと、すぐそばにあるベッドの木製の柱が目に入った。あれなら殴れるかもしれない。
俺は、ありったけの力を込めて、小さな拳を柱に向かって振り下ろした。赤ん坊のか細いパンチ。そう思っていた。
バキィッ!
乾いた、木が砕ける鋭い音が部屋に響いた。
自分の拳に痛みはない。だが、視線の先のベッドの柱は、根本から無残にへし折れていた。
フィックストアタック……発動したのか。MPが1だけ消費されているのを感じる。
威力を確認できたのはいいが、これはまずい。どう言い訳すれば……。
そう考えているうちに、最後のMPが尽きたせいか、急激な脱力感が全身を襲い、俺の意識は再び遠のいていった。
「なんだ今の音は!?スタンの部屋からだぞ!」
「まあ大変!スタンのベッドが壊れていますわ!」
「なんだと!?あの商人の野郎、不良品を掴ませやがって!今度会ったらただじゃ済まさんぞ!」
父さんの怒声が聞こえる。ごめん、父さん。犯人は、俺です……。
その日の夜。自分の寝床を破壊した俺は、両親のベッドで川の字になって眠ることになった。そして翌朝、父さんのギタンは、寝相の悪いスタンの無意識の鉄拳を顔面に何度も食らい、いくつもの青あざを作って絶叫することになるのを、まだ誰も知らなかった。