1話 目覚めた場所は揺かごの中
盛大に添削して再構成をいたしました。
今まで読んでいただいた方は申し訳ございません。
新たにスタートいたしますのでよろしくお願いいたします。
俺の名は、定打 忠。三十歳。
学生時代から、なぜか成績は常に五段階評価の「3」で固定。社会人になって営業職に就いても、月々の契約件数はきっちり「3」件で固定。そんな人生だったから、ついたあだ名は「コテイさん」。安定して3件の契約を取ってくるお陰でクビにはならなかったが、輝かしい未来など見えない、窓際族のエースだった。
そんな俺の人生は、あまりにも唐突に、そしてあっけなく幕を閉じた。
久しぶりの休日、気分転換に散歩でもしようかとマンションのそばを歩いていた時だ。視界の端で、何かが空から降ってくるのが見えた。それが植木鉢だと認識した瞬間、頭蓋に鈍い衝撃が走り、俺の意識はぷつりと途切れた。
次に気がついた時、俺はひんやりとした霊安室で、自分の亡骸をぼんやりと見下ろしていた。
「……死んだのか、俺」
まあ、いいか。天涯孤独の独り身だ。誰に迷惑をかけるわけでもない。それにしても、植木鉢とは。俺らしい、なんともぱっとしない死に方だ。これからどうなるのか見当もつかないが、もうどうでもいい。死んでしまったのだから、流れに身を任せるしかない。
ふと、体が軽くなったのを感じた。俺の霊体は、意思とは無関係にふわりと浮かび上がり、霊安室の天井を抜け、夜空へと昇っていく。どこまで行くのだろうか。星々が近づいてくる。
その時、目の前の空間が、まるでガラスのように音もなくひび割れた。闇よりも深い亀裂が、ビキビキと虚空を侵食していく。
「なんだ……あれは?」
好奇心か、あるいは抗えぬ引力か。俺の体は、その亀裂へとゆっくりと引き寄せられていく。まずい、と思った時にはもう遅かった。掃除機に吸われる埃のように、俺の意識は亀裂の奥の暗闇へと、為す術もなく吸い込まれていった。
『……ぎゃあ、おぎゃあ!』
けたたましい赤ん坊の泣き声で、俺の意識は覚醒した。
ひどく不快な声だ。誰の子供か知らないが、少し黙っていてほしい。そう思った。だが、声は止まない。それどころか、その声は俺自身の喉から発せられているような、奇妙な感覚があった。
『ここは、どこだ?』
思考は明瞭なのに、言葉が紡げない。口から出るのは意味をなさない母音だけだ。
「あー、うー、あうぅ?」
手足を動かそうにも、まるで鉛のように重く、意のままにならない。視界に映った自分の手は、信じられないほど小さく、もみじのようにふっくらとしていた。
まさか。俺が、この赤ん坊なのか?
状況が飲み込めないまま混乱していると、遠くから楽しげな声が聞こえてきた。
「おお!目を覚ましたか、スタン!」
「あらあら、今日は一段と元気よく泣いていますわね」
視線を声の方へ向けると、二つの巨大な影が近づいてくるのが見えた。一人は、岩のような筋肉で覆われた大男。もう一人は、しなやかな体つきの、息を飲むほど美しい女の人だった。角と、少し尖った耳を除けば。
「がははは!さすがは俺たちの息子だ!この声量、将来有望だな、カトレア!」
「ええ、そうですわ、あなた。私たちの子ですもの、元気なのが当たり前ですわ」
スタン、それが俺の新しい名前らしい。そして、この二人が俺の両親か。
状況を整理しよう。俺は死んで、魂が時空の亀裂に吸い込まれ、そして――異世界に、赤ちゃんとして転生した。ラノベで何度も読んだ、あの陳腐な展開そのものだ。
呆然とする俺を、カトレアと呼ばれた母さんが優しく抱き上げる。彼女の胸に抱かれると、ふわりと甘い香りがした。そのまま口元に温かく柔らかいものが押し当てられる。本能的にそれを吸うと、優しい甘さの液体が口の中に広がった。これが母乳か。うまい。前世の記憶があるせいで妙な罪悪感があるが、今は生きるのが先決だ。
「しかし、あと一週間もすれば魔王様のもとで鑑定を受けねばならん。どんなスキルを持っているか、楽しみだなぁ」
父さんの声が頭上で響く。
「私は、ただ健やかに育ってくれれば、それで十分ですわ」
「まあ、そう言うな。俺は特別なスキルもなく、一族の落ちこぼれだったからな。息子には期待してしまう」
魔王?スキル?鑑定?
やはり、ここは剣と魔法のファンタジー世界で間違いないらしい。それも、俺は人間ではなく、この角の生えた両親から生まれた……魔族、ということか。
平凡な人生からの、まさかのハードモード転生。だが、なぜだろう。胸の奥で、ワクワクしている自分がいた。
お腹がいっぱいになると、急激な眠気が襲ってきた。抗えない睡魔に、俺の意識は再び沈んでいく。
二度目の人生。今度は「3」で固定されない、何か面白いものになるかもしれない。そんな期待を胸に、俺は深い眠りに落ちた。