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セーラと乞食  作者: 岸野果絵
失踪
7/7

滝下にて

目の前に勇壮な滝が姿をあらわした。

轟音が鳴り響き、大量の水しぶきが舞い、あたり一面薄靄(うすもや)に包まれている。


 ここは険しい山の奥。

人が訪れることはめったにない。

この滝の存在を知る者は、限られた魔術師だけだった。


 クレメンスは滝上を見上げた。

滝の上は濃い霧に霞んでいる。


 飛翔術を覚えたばかりのころ、クレメンスはニコラスとよくこの滝にやってきた。

 滝上には霧に包まれた美しい湖があると言うニコラスに誘われ、クレメンスは滝上に登ろうと、何度も挑戦した。

飛翔術はもちろん、自力での登攀も試みた。

しかし、クレメンスはどうやっても滝上に到達する事はできなかった。


 あの頃は分からなかった。

しかし、今ならわかる。

 滝上の霧は、通常の霧ではない。

人間の魔力とも、魔物の魔力とも、全く性質の違う力。

心が洗われるような清涼感のなかに、深い孤独や悲しみ、そして安らぎ、さまざまなモノが混在している。

それは『神気』と呼ぶに相応しい力だ。


 滝上にある『夢幻の湖』には、太古の夜の女神が眠るという。

 おそらく、女神に気に入られた者しか滝上に行くことができない。

そして、滝上に行くことができるのは、ニコラスとその師匠であるレイラのみ。

クレメンスの師・レクラスは、レイラの弟で、しかも夜の女神を崇めるザルリディア一族の当主であるにもかかわらず、滝上へ行くことが出来なかったと言っていた。

夜の女神とも、ザルリディア一族とも無縁のクレメンスが滝上へ行くことは出来ようはずもなかった。


 突然に霧が晴れて、滝に光が差し込んだ。

水しぶきがきらめき、滝上から滝壺に向かって虹がかかる。

その虹の上を滑るようにして、ニコラスが姿を現した。

 ニコラスはクレメンスの姿に気がつくと、右手を「やぁ」というように挙げた。

明るい表情のニコラスを見て、クレメンスはホッと胸をなでおろした。


「その様子では、心配なさそうだな」

 クレメンスに答えるように、ニコラスはニッっと笑う。


「レイラ先生には会えたのか?」

「それがさ、酷いんだ。いきなりビンタだよ。ほら見てよ」

 突きだされたニコラスの頬をよく見ると、くっきりと真っ赤な手形がついている。

そのまぬけなさまにクレメンスはたまらず「プッ」と噴きだす。


「これじゃあ、いい男が台無しになっちゃうよね」

 ニコラスは口をとがらせて憤慨している。

クレメンスは、腫れた頬をさするニコラスの手首にも、くっきりと手形がついているのを見逃さなかった。 


「逆さ吊りにはされなかったのか?」

「うわぁ。イヤな事思い出させないでよ」

 ニコラスは眉間にしわを寄せ、思いっきりいやそうな顔をする。


「あれは、ハンパなくしんどいんだからね。他人事ひとごとだと思って……」

「そうなのか? 随分と楽しそうに喚いていたではないか」

 クレメンスは、逆さ蓑虫のように吊るされながら、「レイラ婆。もう絶対しません。だから下ろしてぇ」と泣き喚いていたニコラスの姿を思い出し、「フフフフフ」と笑いだした。


「ちょっと悪戯しただけなのにさ。オイラ、あん時、本気で死ぬかと思ったんだよ」

 子供のように頬を膨らませて怒っているニコラスの姿が、クレメンスの笑いに拍車をかける。


 ニコラスは気になったらやらないではいられない性分らしく、よく悪さをしていた。

叱られると分かっていながらも悪さをし、気性の荒いレイラから、きついお仕置きをされることが日常茶飯事だった。

 ある時、悪戯をすっとぼけてダニエルのせいして誤魔化そうとした。

それを知ったレイラは激怒し、ニコラスは、嵐の中、逆さ吊りの刑に処せられたのだ。

 たまたまレクラスの使いで、レイラの元に訪れていたクレメンスは、レイラがニコラスの耳を引っ張りながら連行し、逆さ吊りにするまでの一部始終を目撃した。

ずぶ濡れになりながらも、問答無用で大木にニコラスを吊るすレイラの姿は、高齢とも、小柄な体躯とも思えない雷神のような凄まじさがあった。

あの一件は、いつだったかレクラスが「姉上はこの世で一番恐ろしいお方だ」ともらしていたのを実感した一件だった。


「ニコ」

 クレメンスは不意に真顔になった。

「ん?」

 ニコラスはきょとんと首をかしげた。


「失踪するのはお前の勝手だが、一言いってから姿を消せ。ダニエルを落ち着かせるのに苦心したぞ」 

 クレメンスの言葉に、ニコラスはハッとしたように顔を上げた。


「オイラ、そこまで気が回らなかった……。ダニエルの様子は?」

 不安そうな眼差しでクレメンスの顔をうかがうように見つめる。


「今は落ち着いている。適当に言い繕ったので、きちんと口裏を合わせてもらわないと困るがな」 

「ありがとう、クレちゃん」

  クレメンスは「フッ」っと息をついた。


「とりあえず、そんな顔で帰るわけにもゆくまい。腫れがおさまるまで私の館で休むといい」

「うん。そうさせてもらうよ。クレちゃんとこには面白い子がいるしね」

 ニコラスはそういうと、ニタァと気味の悪い笑みを浮かべた。


「おい、ニコ。私の弟子をあんまりからかってくれるなよ」

 クレメンスは横目で見ながら注意する。


「大丈夫だよ。最近カルロス君は大人になっちゃったから、オイラの相手をしてくんなくなったもん。それにロジーナちゃんは観賞用。あの子は眺めてるのが楽しいんだ。さあ、早く行こうよ」

 満面の笑みを浮かべながら、ニコラスは瞬間移動術を完成させて消えた。


「まったく……」

 ため息をつきながらクレメンスも術を完成させ、自身の館へ瞬間移動した。

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