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セーラと乞食  作者: 岸野果絵
失踪
5/7

協会にて

「クレメンス先生」

 振り向くと、ニコラスの弟子・ダニエルが立っていた。


「あの……。うちの師匠、どこへ行ったかご存知ありませんか?」

 クレメンスは怪訝顔でダニエルを探るように見つめる。


 昨晩、よく眠れなかったのだろうか。

ダニエルの顔は生気に乏しく、目は充血していた。


「急に仕事だと出かけてしまわれて・・・・・・。僕、なにも伺っていなかったんで、事務局に確認してみたんですが」

 ダニエルは大きく息を吸う。


「出張するような仕事は入ってないって・・・・・・」

 声の震えを懸命に抑えるように言った。

瞳は今にも泣き出しそうに揺れている。


「ああ、それは私が個人的に請け負った仕事をニコに頼んだのだ」

 クレメンスはなにげない風を装って答えた。

ダニエルは驚いたように目を見開く。


「どうしても抜けられない案件があってな。急遽、ニコに代わってもらうことにしたのだ」

 クレメンスはダニエルの様子を観察しながら、それっぽい理由を付け加えた。


「そうなんですか。良かった」

 ダニエルの緊迫した雰囲気が一気に和らぎ、強張っていた頬にも明るい色味がさした。


「すまんな。突然のことだったから、あいつも言い忘れたのだろう」

 クレメンスは優しく微笑む。


「いえ」

 ダニエルは軽く視線を落とし、首をフルフルと横にふった。


「何か気にかかることでもあるのか?」

「いえ……」

 ダニエルは視線を落としたままだった。

 クレメンスはダニエルの次の言葉を待っていた。 


 ダニエルの慌てぶりから、ニコラスとダニエルの間に何かがあったということは、容易に想像できる。

だが、その詳細はクレメンスにはわからない。

 昨日のニコラスからは、そのような様子は微塵も感じられなかったし、今日はニコラスの姿をみていない。

今の情報源はダニエルしかいない。

ダニエル本人から聞き出すしかないのだ。

 しかし、ダニエルは黙ってうつむいているだけだった。

どうやら、話したくないようだ。

無理に口を割らせることもできるが、相手はニコラスの弟子だ。

そこまで踏み込むわけにもいかない。


「まったく。あいつはしょうがない奴だな。ペラペラとよくしゃべるわりに、たまに肝心なことを言い忘れる癖がある」

 しかたなく、クレメンスはダニエルを安心させることのみに焦点をしぼる。


「え?」

 ダニエルはキョトンとして、顔をあげた。


「気にするな。あいつは昔から、そういう奴だ」

 クレメンスはダニエルにニッコリと微笑みかける。


「そうなんですか?」

「うむ。お前たちの前では気取っているようだが、ニコは昔から少々抜けたところがある」

「えええ。知りませんでした」

 ダニエルは目を丸くして、少し大げさなくらい驚く。


「だろうな。ああ見えて、私に劣らず、かなりの意地っ張りだ」

 クレメンスはしたり顔をしながら、腕を組みニヤリと笑ってみせる。


「先ほどあいつに会ったが、機嫌は悪くなかったぞ。と、いうよりは上機嫌だった」

 ダニエルの表情が見違えるほどに明るくなっていく。


「今回の仕事は厄介なので、少し時間がかかりそうだ。訓練ならば私のところに来なさい」

「ありがとうございます。でも、師匠からディミトリアス先生の元へ通うように言われてますので」

「そうか。あいつも、そこは忘れてなかったんだな」

 クレメンスは「フフフ」と楽しげ笑ってみせる。

 ダニエルの顔に笑みが浮かんだ。

 クレメンスは心の中でホッと一息つく。


「また何かあったら、遠慮なく相談に来なさい」

 ダニエルは「はい」と元気よく返事をすると、深々とお辞儀をする。

 クレメンスは「うむ」と頷くと、向きを変え歩き出した。

背後でダニエルが去っていく気配を感じながら廊下を進み、角を曲がったところで立ち止まった。


 意識を集中し、ニコラスの気配を探す。

先ほど、ダニエルと会話をしながらそれとなく探ってみたが、ニコラスの気配を見つけだすことができなかった。

 クレメンスはありとあらゆる方向に意識を向け、探ぐる。

しかし、ニコラスの魔力の気配を感じ取ることは出来なかった。

 ここまで探っても見つからないということは、ニコラスが意識的に魔力を消しているか、もしくは、この世であってこの世でない場所に居るかだ。

 通常、任務以外の局面で魔力を消すことは有り得ない。

おそらくニコラスは()の地に居るに違いない。

 残念ながら、クレメンスは彼処に入ることができない。

神域なのだ。

神に愛された者しかたどり着くことができない場所。

 きっとニコラスはひとりになりたくなったのだろう。


 ダニエルとの間に何があったかはわからない。

だがそれは、単なるきっかけに過ぎない。

おそらく、ニコラスはダニエルに対してどうこう思ってはいない。

ダニエルに対して怒りをおぼえたならば、その場で叱り飛ばすはずだ。

それをしないどころか、仕事だと嘘をつき、自分が居ない間のことまでしっかり指示してから姿を消した。

 これはダニエルの問題ではなく、ニコラス自身の問題なのだろう。

今、ニコラスは、師・レイラとの思い出深い場所で、自身の問題と正面から向き合っているに違いない。


「はやく戻ってくればいいがな……」

 クレメンスは深いため息をついた。

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