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セーラと乞食  作者: 岸野果絵
出会い
2/7

館にて

 セーラはダニエルに誘導されて歩き出した。

エントランスを抜け、長い廊下を歩いていく。

廊下の壁には、摩訶不思議なモノがところ狭しと飾られていた。

奇抜なお面、不思議な模様の布、気味の悪い人形、奇妙な絵……。

セーラはあたりの様子をうかがいながら、ときおり首をかしげた。


不思議だった。

狐につままれたような気分だ。

どう考えても、この広い館と乞食が結びつかない。

が、このおかしな展示物は、乞食にぴったりな雰囲気を漂わせている。

セーラは、夢を見ているのかも知れない、と思った。


ダニエルが突き当りの扉を開けた。

それまでの怪しげな廊下とは似ても似つかない、明るく爽やかな広間に出た。

「ここから先は使用人のスペースです」

ダニエルの言葉に、セーラは辺りをみまわした。


柱には手の込んだ装飾が施され、大きな絵も飾られていた。

まるでどこかの貴族の屋敷のような雰囲気だった。

とても使用人用とは思えなかった。


「その絵、気に入りませんか?」

ぼーっと絵を眺めていたセーラにむかって、ダニエルが言った。

「今のところ使用人はあなただけですから、あなたの好きな絵に変えていただいて構いません。後で保管庫にご案内しますね」

セーラは首をかしげた。


絵が気に入らないというわけではなかった。

ただ、こんなに大きくて高価そうな絵が使用人のために飾られているのが不思議だった。


「ここがあなたの部屋になります」

ダニエルに促されて、セーラは部屋に入った。

「え? ここが?」

セーラは思わずつぶやいた。


広い部屋には、凝った調度品が備えられていた。

カーテンや絨毯もそれらに合わせた豪華なものだ。

とても使用人のためのものとは思えなかった。


「うちの師匠、こだわりりが強いんで、凝りだすと止まらないんですよ。これでも師匠なりにセーブしたんだと思います。一般向けになるように……」

セーラはダニエルの説明に「はぁ……」と、間抜けな相槌を打つことしかできなかった。


セーブしなかったらどうなっていたのだろう。

もっと豪華だったのだろうか。

それとも、あの廊下のような奇妙な部屋になっていたのだろうか。


それにしても不思議だった。

先ほどの広間といい、この部屋といい、使用人への扱いが悪いとは思えない。

それなのに、使用人はセーラ以外誰もいないという。

隠された何かがあるのかもしれない。


「家政婦さんに逃げられたってうかがったんですが……」

セーラは意を決して尋ねた。

「あぁ、それは多分、師匠のせいです」

ダニエルはあっさりと言い切った。

「うちの師匠、ちょっと、じゃなくて、かなり変わってて……。根は悪い方じゃないんですけど……。見た目も……その……、どう見ても不審者ですし……」

ダニエルは奥歯に何か挟まったように言った。


「へぇ~。不審者かぁ」

部屋の入り口から声がした。

ダニエルが硬直する。

乞食がニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら入ってきた。


「ダニエルくんには、オイラが不審者にしかみえないんだぁ~。そうなんだぁ~」

乞食は凍りついたダニエルの横顔に顔を近づけて言った。

至近距離に迫った乞食に、ダニエルは微動だにすることができないようだった。

乞食はニヤリとすると、ダニエルの耳に息を吹きかけた。

「ヒィ」

ダニエルはビクッと飛び上がった。

乞食はニタァと嬉しそうな顔をするとダニエルから離れた。

「まぁ、いいや。とりあえず、布団を用意してあげなよ」

「はいっ!!」

ダニエルは脱兎のごとく部屋から飛び出していった。


乞食はセーラの方に向きなおった。

「そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったよね。オイラの名はニコラス。君は?」

「セーラです」

セーラは警戒しながら答えた。


「セーラかぁ。うん。いい名前だ」

ニコラスは満足そうにウンウンと頷くと、茶封筒を差し出した。

「はい。今月のお給金。いろいろと入り用だろうから、前払いしとくよ」

セーラは茶封筒を受けとった。

妙に分厚い。

慌てて中身を確認する。


「こんな大金、頂けません」

セーラは茶封筒をニコラスにつき返した。

「出産は物入ものいりでしょ?」

ニコラスは首をかしげながら言った。

「でも、こんなには……」

セーラは首を振る。

いくらなんでも家政婦の給金としては多すぎた。


「これはね。給金だけじゃないんだよ」

ニコラスはそう言うと、右手をセーラの目の前に出した。

「これの代金だよ」

あの指輪が親指と人差し指につままれていた。


セーラは目を丸くした。

いつの間にニコラスの手に渡ったのだろうか。

さっき取り返したはずなのに……。


「君はこの指輪をオイラにくれるって言ったよね?」

ニコラスはニヤリとした。

「でも、ちゃちだって……」

セーラは思わず言った。

ニコラスは「ウキャキャキャ」と奇声をあげて嗤った。


「君はホントに何も知らないんだねぇ」

小馬鹿にするようなニコラスの口ぶりに、セーラはムッとする。

「物品の価値は、必ずしも材質やデザインだけで決まるわけじゃないんだよ。それに込められた想いや年月、それが重要なんだ。この指輪には特別な想いがこめられている。違うかい?」


セーラはうつむいた。

確かに、この指輪はセーラにとって大切なものだった。

特別な想いが宿っていた。

でも、もうそれは、今のセーラには必要のないものだ。

全ては嘘だったのだから。


「オイラはその想いを買ったんだ」

ニコラスは指輪をはじきあげた。

指輪はクルクルと回転しながら、ニコラスの左の(てのひら)の上に落ちた。

ニコラスはを何かを呟きながら、ゆっくりと右手を動かしはじめる。

揃えた右人差し指と中指を目の高さにあげ、「フッ」と息を吹きかけ、ニヤリと笑って、指先を指輪に向けた。


指輪は輝き、一気に燃えあがる。


「うひょひょぉ。なかなかいい色に燃えるねぇ~」

ニコラスはニタニタと奇妙な鼻歌を歌いながら炎を眺めている。


はじめは赤かった炎の色は徐々に変化していき、黄色、緑色へと変わっていった。


セーラは炎をじっと見つめていた。

思い出が燃えている、と思った。

あの偽りの日々が燃えている。


炎はだんだん小さくなり、弱々しい青白い色に変わる。

ゆらゆらと揺れるたびに小さくなっていく。


炎が消えた。

指輪も跡形もなく消えた。

指輪は燃え尽きた。


セーラはしばらく、何もなくなったニコラスの掌を見つめていた。


「お持ちしましたぁ」

ダニエルの元気な声が飛び込んできた。

「ダニエル、ご苦労様」

ニコラスは、寝台の上に布団を置いたダニエルにねぎらいの言葉をかけると、再びセーラの方を向いた。

「セーラ。明日から料理よろしくね。分からないことはダニエルに聞けばいいから。ダニエル、頼んだよ」

「かしこまりました」

ダニエルがお辞儀をする。


「んじゃあ、オイラは一寝入ひとねいりする事にするよ」

ニコラスはあくびをしながら伸びをする。

「協会も人使いが荒くてまいるよねぇ。オイラも一住いちおうナマモノなんだからさぁ。もうちょっとこう、人間扱いしてくれたっていいよねぇ?」

ブツブツと言いながら、出口へ向かって歩き出した。


「あ、そうだ」

部屋を半歩出たところでニコラスは立ち止った。

「ダニエル。セーラのお腹には赤ちゃんがいるから、気をつけてあげてね」

ニコラスはそう言い残すと、鼻歌を歌いながら行ってしまった。


「はいっ」

ダニエルは反射的に返事をしたが、いぶかしげな顔をする。

「え?」

ダニエルの視線が、セーラのお腹、そしてゆっくりと顔に上がる。

セーラとダニエルの目が合った。

ダニエルの目が驚愕で見開かれる。


「あ……ぼ、僕、失礼いたします」

ダニエルは逃げるように部屋から出て行った。

「ち、違……。ま、待って……」

慌てて追いかけようとしたセーラの手から封筒が離れた。


「あ……」

紙幣がセーラの足元に散らばる。

セーラは出口と足元を交互に何度か見た後、大きなため息をつき、かがんで足元に散らばった紙幣を拾い集めはじめた。


「クスクス」

笑いがこみ上げてきた。


なぜ、こんなところでお金を拾っているのだろうか。

さっきまで死のうとしていたのに……。

自分がひどく滑稽に思えてきた。


セーラは笑いころげた。


何もかもが可笑おかしかった。

あの偽りの日々も、死のうとしていた自分も……。


セーラはひとしきり笑うと、大きく息をついた。


もう一度、生きてみよう、と思った。

もう過去を振り返るのはやめよう。

これからは、自分とこの子のために生きてみよう。


セーラは、紙幣を集め終わると、ゆっくりと立ち上がった。

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