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お姫様、奪還

 よく寝れなかったからか、鏡をみると少し目が赤かった。毛布に潜り込んだからか、髪もうねうねになっている。頑張って直そうとしたが無駄なようで、仕方なくウィルフレッドに貰ったネコの髪どめをつけて部屋を出た。


 食堂にはノアとメイベルがいた。ノアはもうかっちりとした騎士の略装に寝癖ひとつない黒髪で、メイベルの栗色の髪もいつものように艶やかだ。

「おはよう、エリナー」

「おはようございます。……ウィルは?」

「散歩だって。もう帰って来ると思うよ」

 メイベルが答えた時、ちょうどウィルフレッドが入ってきた。こちらもいつも通り、深い鳶色の髪を後ろへ撫で付けたスタイルで、エリナーは自分の乱れたくせっ毛が嫌になった。

 その頭に、ウィルフレッドの大きな手が載った。

「起きたか、お姫様。何だよ、目赤いぜ。今日は俺と一緒に寝るか?子守唄歌ってやるぞ」

「嫌です」

 思わず即答してしまった。ウィルフレッドが苦笑している。


 四人で朝食を食べて、出発する前にメイベルがおやつにとワッフルを買っていた。

 それを少しわくわくしながら待っていると、いきなり誰かに肩を叩かれた。

 振り返ると、昨日の少年である。驚くエリナーに、彼は小さな紙袋を押し付けた。

「……昨日、ごめん」

 それだけ言って、俯き加減のまま紙袋をぐいぐい押し付けてくる。

「何……ですか、これ」

 受け取らないエリナーに焦れたのか、少年はますます強く紙袋を押し付けた。

「いいからっ。ごめんな」

 エリナーが受け取った途端、少年は踵を返して駆け出して行った。

 ノアが不思議そうに覗きこんでくる。

「あれ、昨日の子だよね。何貰ったの」

 紙袋を開けてみると、ネコ型のクッキーが出てきた。

「あ、かわいい。あの子なりに反省したんだね。ウィルの一言が効いたかな」

「俺、何か言ったっけ」

 ウィルフレッドは惚けたのか本当に忘れたのか、適当な返事をした。ノアもそれ以上追求しない。

 ワッフルの包みを持って戻ってきていたメイベルが不満げに頬を膨らませた。

「あの子、あたしをクソババア呼ばわりしたことに対する謝罪はないわけ?やっぱりいっぺんしめとけばよかった」

「メイベルもクソガキ呼ばわりしただろ。喧嘩両成敗だよ」

 ノアがメイベルを取り成す。メイベルは不満そうだったが、すぐにワッフルへ意識を戻した。

「ストロベリーとチョコのやつ買ったよ。あとでおやつにする?焼きたての方がおいしそうだけど」

 結局誘惑に負けて、エリナーはメイベルと一緒にワッフルを食べた。ノアとウィルフレッドは、「さっき飯食っただろ」と呆れたように言って食べなかった。



 街を出ると、その日は山をひとつ越えなければいけなかった。山を登るのは街道を歩くのとは訳が違う。麓でノアが馬を借りるか聞いてくれたが、エリナーは辞退した。そして今、それを少し後悔している。

 道はそんなに悪くない。しかし、ずっと登り坂というのは思ったよりもきつい。

 ノアとウィルフレッドはともかく、メイベルも見習いとはいえどさすがは現役の騎士だ。ぺらぺら喋りながら息ひとつ乱れない。エリナーは、ほとんど喋らず相槌もまともに打てなくなっていた。

「エリナー、しんどかったらおぶってやるから」

 ウィルフレッドがそう言ってくれたが、首を横にふって断る。

「でも、このままじゃ山小屋に着かねえぞ。ヒョウが出る山で野宿ってのはきついぜ」

 ヒョウ?

 視線だけで聞いたが、ウィルフレッドには通じた。

「でっけえネコみたいなヤツなんだけどな。普段は木の上にいて、夜になると襲ってくるんだ。ヤツらにとって人間はエサだからな。あいつらは怖いぞ。気配がしねえから気付いた時には食われてる」

 ウソばっかり、と思ったが、いつもはウィルフレッドを取り成すノアやメイベルが何も言わない。

 ウィルフレッドを見上げると、彼は平然として歩いている。

「本当……なんですか、ヒョウ……」

「おっ、信じる気になった?」

 その返事に、ウィルフレッドを叩いてやりたくなった。

「ウソつく人、嫌いだって言ってるのにっ」

「俺はエリナーの素直な反応が好きなんだけどな」

「知りませんっ」

ずんずん歩き出したエリナーを見て、後ろから「おっ、元気!」なんて茶々が入った。

 確かに妙に元気にはなったが、何だか腹が立つ。

 ノアもメイベルも抜かして、たったと歩き出したエリナーにウィルフレッドが言った。

「あんまり先に行くなよ、お姫様。山賊にさらわれちまうぞ」

「もうウィルの言うこと、信じませんっ」

 振り返らずに答えて、そのまま歩き続ける。

 それが功を奏したのか、日暮れまでに山小屋にたどり着きそうだと休憩をとった時にノアが言った。

 エリナーはその時、メイベルとキイチゴが生っているのを見つけて二人でそれを摘んでいた。

 食べきれないかなと思うのだが、面白くてやめられない。「あんまり遠くに行くなよ」と言うノアの声に返事して、エリナーは茂みのなかへ進んで行った。


 ガサガサと自分が音をたてていたので、近くで自分がたてた音ではない茂みをかきわける音がしたことに気付かなかった。

 手元に影が落ちた時も、メイベルかなと思った。

 しかし顔をあげて目に入ったのは、見たこともない薄汚れた大きな男たちだった。


 エリナーが声も出せないでいるうちに、男の一人がエリナーの襟元を掴んで持ち上げた。

「何でこんなところにガキが一人でいるんだ」

 男のだみ声に恐怖心が煽られ、やっと声が戻った。

「は、離して、くださ……!」

「小綺麗な格好したガキだな。金目のものはあるか?」

 違う男が後ろにまわり、リュックのなかを漁り始める。怖くて血の気が引いていくのを感じた。

「や、やめてっ!下ろして!」

 エリナーが叫んだ時、背後でガサガサと音がした。

「その子を放せ!」

 ノアの怒鳴り声がして、エリナーは少しだけ安堵した。が、次の瞬間喉元に刃物を突きつけられる。ひっとか細い声が洩れた。男が笑った。

「悪いようにはしねえよ。ちょーっと恵んで貰うだけだ」

「聞こえなかったの。その子を今すぐ放して」

 今度はメイベルが剣を抜いて凄む。

 エリナーのリュックを漁っていた男が笑った。

「何だよ、姉ちゃん。この状況で俺らに勝とうっての?」

 黙って控えていた男が小刀を抜き、「油断するな」と唸った。

「奴らのマント、あれ騎士団の紋章じゃねえか?」

「そうそう。だから刃向かうだけ無茶だぜ」

 呑気な声がして、エリナーを掴んでいた男が「うおっ」と悲鳴をあげて転んだ。エリナーは一緒に転ぶ前に、ひょいと抱えられる。

「お姫様、奪還。怪我ねえか?」

 そう言ってウィルフレッドが笑った。

 驚きで声が出ない。ただ頷くと、ウィルフレッドはエリナーをノアとメイベルの方へ押しやって、唖然としている残りの二人に向かって剣を抜いた。

「ちょうど腕が鈍ってきた頃だ。二人合わせてかかって来いよ」

 しかし、男たちは唖然としたまま動かず、エリナーを捕まえていた男が起き上がって呻いた。

「う……ウィルの兄貴……!?」

 臨戦態勢だったウィルフレッドの身体が傾いだ。

「ん?……あ、おまえアレクか?……よく見たらジャイロとネズじゃねえか。何やってんだよ」

 ウィルフレッドが剣をおさめ、転けていた男の立たせてやる。

 エリナーもノアもメイベルも、呆然としてそれを見ていた。

 ウィルフレッドが振り返る。

「悪い。俺の知り合いだった」

「何がどうしたら山賊に知り合いができるのか説明してくれ」

 ノアのため息に、ウィルフレッドは困ったように頭をかいた。

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