大事にしろよ
クロネコリュックは、死んだ母が作ってくれた。エリナーが七歳の時、飼っていたクロネコに似せて、「これならずっと一緒にいられるでしょ」と言って作ってくれたのだ。母と大事なネコとの思い出の品だった。あれからもう六年経つ。
もう、これ背負ってるのが変な歳なんだ。
そう思うと、すごく寂しくなった。今までどこへ行くのも一緒だったのに。
「入るぞ、お姫様」
雑にノックの音がして、ウィルフレッドが顔を出した。
「メイベルは……?」
「ノア様からお説教中。俺は良かったと思うけどね、あの喧嘩」
ウィルフレッドは今にも笑い出しそうだ。おかしそうに口元を押さえていたが、ふとエリナーが抱いているネコリュックに目をとめた。
「そいつの兄弟、見つけたぜ」
「え?」
ウィルフレッドがにっと笑って、エリナーに頭を差し出させる。頭の上で、パチンと音がした。
「何……?」
部屋にある鏡の方へ目をやると、クロネコのピンがとめてあった。
少しひねくれたような表情が、リュックのネコにそっくりである。
「わあ……似てる」
ウィルフレッドは満足そうに笑った。
「だろ。それ、何でそんな顔なんだ?エリナーの顔に似せておふくろさんが作ったとか?」
「違います。……昔、うちにいたネコに似せて作ってくれたんです」
「ああ、なるほど。随分ぶーたれた顔してるなあ」
ネコリュックをつまみあげ、ウィルフレッドは大笑いである。
「でも、あんたが怒った時もこんな顔だぞ」
「……それ、お母さんも言ってました。ノーマと同じ顔になってるよって」
「ノーマって名前だったのか、その子」
「はい……病気で、死んじゃったけど……」
ウィルフレッドが目を眇た。つまみあげていたネコリュックをエリナーの膝に戻し、「大事にしろよ」と言う。
「あの、これ……」
エリナーはそっとクロネコのピンに触れた。
「ありがとう、ございます……」
「ああ」
ウィルフレッドはぽんぽんとエリナーの頭を撫でた。
「ノア様のお説教が終わったら夕飯にしようぜ」
「はい」
エリナーが答えた時、隣の部屋から「わあ!」とノアの悲鳴が聞こえた。
「待てってメイベル!剣を抜くなったら……わっ!やめろバカ!」
「うるさーいっ!手合わせよ手合わせ!」
「どこが手合わせだアホか!」
「ごちゃごちゃまどろっこしいノアが悪いのよ!」
「だからって力押しでくるな!」
「…………何だ、あいつら」
ウィルフレッドが呆れたようにため息をつく。
「仲、良いですね」
「……まあね」
止めにいくか否か迷い、ウィルフレッドは止めない方を選択したらしい。
がしがしと頭をかいて、しばらくエリナーと並んで隣室から聞こえる喧騒に耳をすませていた。
夕食の時に食堂で会ったノアは、疲れきったように肩を落としていた。それに引き換え、メイベルは元気そうだ。すぐにエリナーの髪どめに気付き、顔を明るくした。
「そのネコ、エリナーのリュックと似てる!かわいいね。どうしたの、それ」
「ウィルが……くれました」
「どこで見つけたの?」
「広場の市で。あんたたちが俺たちのこと忘れてクレープ食ってる時にな」
ウィルフレッドの嫌みはメイベルに通じなかった。
「さすが、目が早ーいっ!良かったね、エリナー。似合うよ」
「ありがとう……ございます」
メイベルに褒められて、自然と顔が熱くなる。ノアにリュックのことを聞かれて、先ほどウィルフレッドに話したことをまた話す。エリナーが怒った顔とネコのぶーたれた顔が似てるというくだりで、ノアとメイベルは大笑いした。
「お母さん、器用だよね。お裁縫得意だったの?」
「刺繍が……得意でした。でもお料理は、あんまり得意じゃなくて……よく、お鍋を焦がしてました」
「あー、あたしと一緒」
「メイベルの料理は壊滅的……」
呟いたノアの足をメイベルがテーブルの下で蹴飛ばした。それから胸を張って頬を膨らます。
「あたし、お菓子作りは意外と得意だよ」
「あ……お母さんも、お菓子は上手でした」
「本当?料理が不得意だとお菓子得意なのかな」
「かもしれませんね。アップルパイがおいしくて、お父さんも…………」
思わずそう言って、エリナーははっとして口をつぐんだ。
不自然な間に、他の三人がこちらを見る。
あの人のこと、お父さんなんて呼ぶつもりなかったのに。
昔の話をしていたらつい出てしまった。
大嫌いなのに。
あの人も、わたしのことが嫌いなのに。
「お父さんも、お母さんのアップルパイが好きだったんだね」
黙ってしまったエリナーを助けるように、ノアが助け船を出してくれた。
でも、その助け船に乗りたくなかった。
あの人は、本当にアップルパイが好きだったんじゃなくて、そうやってお母さんとわたしの機嫌をとっていただけだから。
そう言うと、ノアが困る気配がした。
せっかく助けてくれようとしたのに、申し訳なくなる。
「……ごちそうさま、でした」
いたたまれなくなって、先に席をたった。
部屋に戻って毛布にくるまっていると、あとから入ってきたメイベルも声をかけてこなかった。