何であいつが喧嘩買ってるんだよ
旅の行程も半分が過ぎた。
その日立ち寄ったのは、今までとは違う大きな街だった。
エリナーは、王都にいた頃からあまり外に出ていないのか、その街の人の多さや賑やかさに圧倒されていた。
「エリナー、迷子になっちゃうよ」
メイベルがそう言って手をつないだ。
「メイベル、あれ、何ですか」
「どれ?……ああ、あれはクレープ屋さんの屋台だよ。クレープ食べたことない?じゃあ食べよっか」
エリナーは遠慮していたが、メイベルはエリナーを引っ張ってそこへ行き、イチゴのクレープを買った。メイベルはチョコレートのクレープを食べるらしい。
「おいしい!」
「でしょ?チョコもひとくちあげる」
「メイベル、あれは何ですか」
「あれは大道芸人。火を吹いたり人形が喋ったりするの。見に行こう!」
「メイベル、あれは?」
「吟遊詩人だよ。いろんなお話をしてくれるの。お姫様と騎士のお話とかすごく素敵だよ」
「メイベル、何だかいい匂いがします」
「香水だよ。わあ、いろんな香りがあるね!」
「メイベル!馬がたくさんいますよ」
「馬市じゃないかな。あっ、あの灰色の子かわいいね!」
「わあ!メイベル、あれは?」
「シャボン玉だ!懐かしい!ほらほら、こうやって吹くの」
「あいつら、俺たちのこと忘れてねえか」
「忘れてる。絶対忘れてる。メイベルまで夢中になって……」
ノアは思いっきりため息をついた。
ウィルフレッドが笑った。
「でも、あいつやっと子どもらしい顔になったな」
「メイベルまで子どもらしい顔になってるのが気になるけど」
思わずそう答えてから、ノアは頭一つ半ほど高いウィルフレッドの顔を見上げた。
「ウィル、よく見てるな。エリナーのこと」
ウィルフレッドの片眉があがった。
「そうか?あんたとメイベルのこともよく見てるよ。趣味は人間観察だからな」
「またそういうことを……」
「わーっ、変なの!何だよそのネコ。ぬいぐるみ背負ってる!」
聞こえてきた子どもの声に、ノアとウィルフレッドはそちらを見た。
街の少年が、エリナーを指差して笑っている。エリナーは俯いて、隣のメイベルが少年に向かって仁王立ちになっていた。
「何よ!ネコちゃんかわいいじゃない。このネコちゃんがあんたに何か迷惑かけた?」
「俺はもうおっきなお姉さんがぬいぐるみ背負ってるのが変だって言ってるだけですー!」
「なにそれ。大きくなったらぬいぐるみ持ってちゃダメなわけ?そんなの誰が決めたのよ。あんた?あんたそんなに偉いの?何であんたの基準でこっちが批難されなきゃいけないのよ」
「何であいつが喧嘩買ってるんだよ」
がっくり肩を落としたノアの横で、ウィルフレッドが大笑いしている。
「ギャーギャーうるさいんだよ、クソババア!」
「あたしがクソババアならあんたはクソガキでしょうが!男なら堂々と拳でかかってきなさいよ」
そこまで聞いて、ノアは思わず飛び出した。
「メイベル!何やってるんだよ」
「邪魔しないでよ、ノア。これからこのチビをギタギタに……」
「よせってば。子どもをギタギタにする騎士なんて聞いたことないぞ」
ノアが必死にメイベルを止める横で、ウィルフレッドがエリナーの頭に後ろから手をおいた。
「何で黙ってるんだよ。いつも俺に言うみたいに言いたいこと言ったら?」
エリナーがウィルフレッドを見上げた。
メイベルが何か言いかけたので、慌てて口をふさぐ。
「わたしの友達に、ひどいこと、言わないで、下さいっ」
メイベルがもがくのをやめた。
エリナーは泣きそうな顔で少年を睨む。
「ひどいこと言う人、嫌いですっ!」
そう言って、ぎゅっと唇を噛んで俯いてしまった。
「少年、お兄さんがいいことを教えてやる」
ウィルフレッドが少年の前にしゃがんだ。
「ああいう時は、そのネコかわいいねって声をかけるの。そしたらこの子も笑ってくれるから。な」
わしゃわしゃと少年の頭を撫でまわし、ウィルフレッドは立ち上がった。
「ノア、そろそろ飯にしようぜ。腹減った」
「あ、ああ、うん」
「手、どけてやらないとお嬢ちゃん窒息するぜ。お姫様も、いつまでも膨れっ面してんなよ。戻らなくなるぞ」
エリナーの背に手を添えて、ウィルフレッドが促す。エリナーはぎくしゃくと歩き出した。