道化になるのは得意だよ
「あ、ウィル。エリナー」
呑気な声とともに、男を背負ったノアとメイベルが現れた。
「なんだ、あんたらか」
ウィルフレッドは息をついて剣から手を離す。
エリナーはメイベルに飛び付いた。
「メイベル!」
「ごめんね、エリナー。心配かけた?でもおかげでね、マークスさん見つけたよ」
「見つけたよ、じゃないよまったく。心配ばっかりかけて、けろっとしてるんだもんなあ」
ノアが呆れたようにぼやいた。メイベルが少しばつが悪そうになる。
「ごめんね。でも良かった、合流できて。エリナーは大丈夫?どこもケガしてない?……あれ、ウィルがケガしてる!」
「いい男度が増しただろ?」
ウィルフレッドはにやりと笑った。てっきり、狼と戦った話をぺらぺら話し出すかと思ったが、そんなこともなかった。
「本当にすみません。私が足をケガしたばっかりに」
マークスがノアの背中からすまなそうに言った。
「謝らないでよ。無事で良かった!おかみさんたちも心配してるだろうから、帰ろ」
メイベルがそう言って、町へ向かって歩き出した。
その手を掴んでついていくと、メイベルがこちらを向いてにっこりした。
「ウィルと仲良くなったの?」
「イチジキュウセン、です。メイベルたちが、見つかるまで……」
「そうなの?ずっと休戦してたらいいのに」
メイベルはそう言って笑った。
町に戻ると、町の自警団が森へ入ろうとしているところだった。
マークスが事情を話し、みんなに詫びと礼を述べる。おかみさんが飛んできて、ノアたちに涙声でお礼を言った。
ノアがマークスの状態を説明する。
「足、折れてはないと思うんですけど、お医者さんに診て貰って下さい」
「はい、ありがとうございます。宿に来て下さい。お礼もしたいですし」
「いいですよ、そんな……」
そう言ったノアの横で、メイベルとエリナーのおなかがきゅるると鳴った。
ノアがため息をつく。おかみさんは食いついた。
「朝ごはん、食べていってください!」
町に騎士がいるのが珍しいらしく、宿で朝食を食べていると見物人が集まってきた。多くはノアやウィルフレッドを目的とした娘たちで、窓の外できゃあきゃあ言っているのが聞こえる。
一度ウィルフレッドが顔をあげて手を振ったら、歓声があがった。
「……すごいね」
「あんたもやってやれば?」
「いいよ、そういうのはウィルに任せる。慣れてそうだし」
「まあな。道化になるのは得意だよ」
ウィルフレッドの少し自嘲的な口調に、エリナーは器から顔をあげた。
ウィルフレッドは、いつもと変わらない様子でパンをちぎっている。
ドウケって、なんだろう?
「騎士ってもてるんだね!知らなかった」
無邪気に言ったメイベルに、ウィルフレッドがにやりと笑った。
「気を付けねえと、ノアもすぐ人気者になっちまうぞ」
「かもね。でもノアって、口うるさいし心配性だし細かいし、みんな外面に騙されるだけだと思うの」
「おい、聞こえてるからな!」
テーブルの向かいでノアが吠えた。
「褒めてるんだよ。外面はいいって」
「……お嬢ちゃん、存外いい性格してるな」
苦笑いのウィルフレッドが、ふとこちらを見た。
「どうした、エリナー」
「ううん、何でも……ないです」
食事を終えて、荷物をまとめている時にウィルフレッドがエリナーのところへ来て顔を覗きこんだ。
「あんたさ、気になることがあると追及したくなる質だろ。何だよ、怒らねえから聞いてみな」
ドウケが何か考えていたのがばれているらしい。
いい意味じゃなさそうだと思って、何となく聞けずにいたのだが。
「あの……ドウケって、何……ですか?」
「え?ああ、道化」
ウィルフレッドはううんと唸って前髪をかきあげた。
「例えると、見世物小屋の芸をする動物ってとこだな」
「芸をする動物、ですか?」
「ああ。芸をして愛想振り撒く動物だ」
「ウィルは……道化になるのが得意だって、さっき……」
ウィルフレッドは困ったように笑った。
「ああ、あれね。ほら俺、へらへらしてるから。女の子に愛想振り撒くのも得意ってことだよ」
返事をしないエリナーの顔をウィルフレッドが覗きこんだ。
「また怒っちゃったか?やらしいって」
「そんな……いつも怒ってるみたいに、言わないで下さい」
ふいっと顔を背けて、これでは結果的に「いつも怒ってる」ことになってしまったと思ったがもう遅い。
ウィルフレッドはエリナーの頭をひと撫でして行ってしまった。
本当は、怒ったんじゃないのに。
楽しくなくても笑っているウィルのことを考えたら、なんだか悲しくなった。
ウィルは、自分が楽しくなくても笑うんだ。他の誰かのために。
ウィルはいつもへらへらしてるけど、本当は楽しくないのかな。
楽しくなくても、ノアやメイベルやわたしのために笑っているのかな。
それはなんだか、とても寂しいことに思えた。