ウソつく人は……嫌い、です
エリナーは、どうやらウィルフレッドのことがあまり好きではないらしい。
王都を出発して数日、ノアはエリナーの態度をみてそう結論付けた。
ノアやメイベルとは目を見て話すエリナーが、ウィルフレッドに話しかけられると目を逸らす。メイベルに隠れるようにしてぶっきらぼうに話すのを何回も見た。
それでも、ウィルフレッドは頓着していないようだった。
エリナーが、上空で旋回している鳶を不思議そうに見つめている。
「鳶だよ。初めて見る?」
そう聞くと、エリナーは頷いた。
「カラスは、よく見たんですけど…………」
「気を付けろよ。鳶は小さい女の子が好物だからさ。あんまりぼーっとしてると、さらわれちまうぞ」
ウィルフレッドがエリナーをからかいにかかる。
エリナーは彼を振り向いて、顔をしかめた。
「ウソ……つかないで下さい」
「あれ、信じてくれない?今もああやって旋回しながら、エリナーの様子を窺ってるかもしれないぜ?」
ウィルフレッドの答えに、エリナーは目を丸くした。
「ウィル、エリナーをからかうのやめなよ」
ノアが止めに入ると、エリナーがウィルフレッドを睨んだ。
「やっぱり、ウソ……。ウソつく人は、嫌い……です」
エリナーはそう言って、メイベルのところへ駆けて行ってしまった。
それを見送り、ウィルフレッドが苦笑する。
「あらら、嫌われちゃったよ」
「ウィル、困ってないでしょ。何でわざわざエリナーをからかうの?」
ウィルフレッドは腕を組み、ううんと唸った。
「素直に反応してくれるから、かな」
「何それ?」
重ねて聞くと、ウィルフレッドは片眉を持ち上げた。彼のこの表情は、本音をごまかす時だ。何か考えがあるものの、それを表に出せずに隠してしまう時の表情ーー……。
案の定、彼はそのまま唇の端をあげて笑った。
「可愛い女の子を見ると、からかいたくなるだろ」
「ああ、はいはい」
こうなると、ウィルフレッドはもう本音を話してくれない。それは、王都への道中でもうわかっていた。
彼の軽さーー軽薄とも言える軽さは、彼の本音を隠すためのフェイクのように思えた。
彼はおそらく、表に出している態度より真剣に生きている。
だが、素直なエリナーにはそれが伝わっていない。父親と同じ、女の人にだらしないというのも、負の要因のひとつだろう。それに関しては、ノアもフォローし難いのだが。
「ウィル、あんまりからかったらエリナーにますます嫌われちゃうよ」
「それは大変だな。それよりノア、おまえはどうなんだよ。メイベル、一日に何回もおまえの顔見てるぞ」
「本当?何かついてるのか、俺」
慌てて顔をこすると、ウィルフレッドが情けないような顔になった。
「なんだ、そのお子様みたいな反応」
「え?」
「幼なじみなんだろ?幼なじみから始まる恋ってのも、おつだと思うけどなあ」
「恋!?」
すっとんきょうな声に、メイベルとエリナーが振り返った。
「何、ノア。大きな声出しちゃって」
「メ、いや、その、こ……」
慌てるノアを見て、ウィルフレッドがにやりと笑った。
「ノアに大人の恋について教えてやってただけだよ」
「ふうん。ウィル、そういうの詳しそうだもんね。やらしい」
「……やらしい人も、嫌いです」
メイベルは冗談とも本気とも言えない顔で、エリナーはばっさりとウィルフレッドを切り捨てた。もしかしたら、一緒にノアも切り捨てられたのかもしれないが。
「あーあ。また嫌われた。どうするよ?」
当のウィルフレッドは、まったく意に介していない。
ノアはもうため息をつくしかなかった。
「ウィルが変なこと言うから」
「俺はうまくごまかしてやっただけだろ。……でもな、いつまでも傍にいてくれるなんて思わない方がいいぞ」
「え?」
「お嬢ちゃんだよ。ずっと近くにいると思ってると、鳶が降りてきてさらわれちまうぞ」
何言ってるんだよ、と隣を見ると、ウィルフレッドはいつになくまじめな顔をしていた。バカなことを、と笑ってしまうのを躊躇うぐらいに。
しかし、ノアの視線に気付くと彼はいつものニヒルな笑みを浮かべた。
「まあ、お嬢ちゃんが鳶にさらわれた時は慰めてやるよ」
「……メイベルはただの幼なじみだ。昔から仲は良かったけど」
「だから、その思い込みが怖いって言ってるんだよ」
ウィルフレッドがノアの鼻をつまんだ。
「大事なものは、大抵なくしてから気付くんだよ。よく言うだろ」
「二人とも、まだやらしい話してるの?」
前を歩くメイベルが振り返った。
「日が暮れてきたよ。そろそろ今晩のこと考えなきゃ」
「ああ、そうだな。もう少し行ったところに小さな町があるから、そこで泊まろう。エリナー、歩ける?」
「はい」
エリナーはにっこりして答えた。